第144話 見送り勇者

 ウルとフィンによる海運ギルドでの情報収集と船の手配、そしてローアによる望子の新たな力の検証と、ハピの身に起きた異常の解明がそれぞれ終わり、その日は全員が宿に戻って休息をとっていた。


 翌朝、宿の料理を食べながら互いに得た情報を交換した彼女たちは、船の手配までこなしてみせたウルたちに、貴女たちにそんな事出来るの? とハピが心底驚いたり、それに対して二人が拗ねたり、そんな三人の間に望子が割って入って宥めたりと色々あった。


 何とか騒ぎにはならぬうちに食事を終えて、ウルたち三人は討伐へ行く為に、かたや望子たち二人はその見送りをする為に、一行は海運ギルドへ向かう。


 宿から出てしばらく屋台や露店のある通りを歩いていると、海運ギルドへは未だ訪れていないローアが、

「む、あれが海運ギルド……っと、その前にいるのは話に聞いた鬼人オーガと、先日の妖人フェアリーであるな」

 外観の話だけは聞いていた為特徴的な建物に気づいたが、それと同時にその前に立つ、対照的な二人のギルドマスターの存在にも気がつきそう口にした。


「あ、ほんとだ……ん? 何かファタリアちゃん、随分疲れてるみたいだけど」


 一方、会話していた望子から視線を外したフィンが、いつも通りの前傾姿勢ではあるものの、やたらとげんなりした様子の妖人フェアリーを見遣ってそう言うと、

「あぁ確かに……ま、とりあえず……おーい! ファタリア、オルコ! 待たせちまったかー?」

 ウルも同じく彼女の様子に違和感を覚えたが、ひとまず挨拶しようと手を振って声をかける。


 すると、その声で彼女たちに気がついたオルコが、ブンブンと手を振りながら大きな歩幅で近寄り、

「おぉ! ウル、フィン! 待ってたぜ! んでそこのお前が昨日話してた鳥人ハーピィのハピだな!」

 昨日も会った二人の肩をバシッと叩いた後、話に出てきたもう一人の亜人族デミに握手を求めて大きな手を差し出すと、ハピもおそるおそる手を伸ばした。


「え、えぇそうよ。 船、ありがとうね。 大事な物なんでしょう? 必ず返しに戻ってくるから」


 巨体に相応しい力で握られた事による手の痛みを、決して顔には出さぬ様に苦笑いでそう告げたハピに、

「あぁ! 期待してるぞ! なぁファタリア!」

 オルコは嬉しそうにそう言って、満面の笑みをハピからファタリアにスライドさせる様に向ける。


 だが、一方のファタリアはそんな彼女の言葉と視線に、嫌悪感を隠そうともしない表情を見せて、

「まぁそれはそうなんだけどさぁ……その馬鹿みたいにでかい声はいい加減どうにかならないのかい?」

 舌を打ちつつ葉巻を取り出し、赤い羽で着火させたそれを咥えてオルコの大声について言及すると、

「そりゃ無理だな! こんだけでかい身体してんだぜ?声もでかくなきゃ釣り合いが取れねぇってもんだ!」

 オルコはニィッと笑って自分の豊満な胸をドンと叩き、あっはっは! と高笑いしてそう言った。


「……だから苦手なんだよこいつは」


 ……小さな妖人フェアリーが小さくそんな恨み言を呟いたが、残念ながら大きな鬼人オーガには届かない。


「で、お前さんたちが今回は留守番のちびっ子だな? 俺はオルコ! 見ての通り鬼人オーガだ、よろしくな!」


 一方、ハピの手を離したオルコは、自分より遥かに小さな望子とローアに視線を合わせる為にしゃがみ込んだが、それでも彼女の方が大きい事に変わりなく、

「み、みこです。 よろしく……」

「我輩はローアである。 以後よしなに」

 望子は正直ビクビクしながら頭を下げて挨拶し、かたやローアは鬼人オーガなど見飽きているのだろう、特に表情も崩さぬままに一礼していた。


「……それで? 船は何処にあるのかしら」


 そんな折、未だにウルたちが船を手配出来た事をいまいち信じ切れていなハピがそう声をかけると、

「こっちだ! 裏へ回るぞ!」

 そうだったな! とここで待っていた理由を思い出したオルコはすくっと立ち上がって、彼女たちを案内する為ギルドの裏口を手で指し示す。


 ……実を言えば、普通に目の前の扉から入った方が近いという事はウルもフィンも知っていたのだが、彼女の巨体ではそこを通れない事も理解していた為、大人しくオルコの後をついていった。


 しばらく歩いていると、おそらく彼女専用なのだろう大きな扉のついた倉庫の様な物が見えてくる。


「さぁ、ここが海運ギルドの船渠せんきょだぜ!」


 極めて自慢げな表情を湛えたオルコがそう言うと、一方のファタリアは対照的に暗い表情を浮かべ、

「……相変わらずここはそこそこ綺麗だよねぇ……これならギルドの方も何とか出来るだろうに」

 予算の使い方間違ってない? と告げたが、かたやオルコは、はははと笑いながら、船は船乗りの命だからな! と分かる様な分からない様な根拠を口にする。


 ――そこには、船を整備する為の工具が沢山……そして、それらを扱う職員たちが数人忙しなく動いており、オルコが足を踏み入れた瞬間、彼らはこの町の民としては珍しく快活な声で挨拶をしていた。


 そんな彼らに対して挨拶を返したオルコが、整備はどうだと尋ねると、問題ありませんと敬礼しつつ、彼らは大きな天幕を外し、くだんの船を望子たちに見せる。


「もしかして……これが?」

「あぁ! 親父から受け継いだ船、大鬼帆船オグロ・ベレーロだ!!」


 望子のふとした呟きに答える様に、大声で船の名を告げた彼女の視線の先には、巨体の彼女に相応しい、木製の大きな帆船があった。


 形状としては方舟はこぶねに近いその帆船の船首には、トレードマークだとばかりに強面こわもての鬼の顔が取り付けられており、それについてハピが尋ねると、当然ながら彼女と同じく鬼人オーガだった、父親の顔を模した物なんだとオルコは誇らしそうに語る。


「うわぁ……! すっごーい……!」


 おおぉ、と望子が目を輝かせながら、船渠せんきょ内を子供らしく駆け回っているのを、走ると危ねぇぞ、とウルが声をかけたりしている中で、

「確かに凄いわね。 勿論大きさもそうだけれど……」

「うむ、随分と強力かつ上質な……物理、及び魔術耐性が付与されているのであるな」

 ハピとローアはそれぞれ瞳を黄緑色と薄紫色に妖しく光らせつつも、その船に付与されている様々な種類の耐性を看破し、分析し合っていた。


「ほぉ、分かるのか! 流石は新進気鋭の一党パーティだな!」


 それを聞いたオルコは、自分の船を褒められて嬉しいのか、腕を組んだ状態でうんうんと頷いていたが、

「何であんたが得意げにしてんのかは知らないけど……あたしがさっき急拵きゅうごしらえで付与したんだよ」

 そこへ割って入ったファタリアが疲労困憊といった様子でそう告げると、成る程、とハピとローアは頷いて、当のオルコは、そうだったな! と笑顔を見せる。


(分かったか?)

(いやぁ、全然)


 一方、ハピたちと違い、そういった観点から物を見る習慣が無いウルとフィンは、こそこそと呟き合いつつも、仲間がいた事に互いが安堵していたのだった。


「さて、海へ出る以上、本来なら操舵手も航海士もいるんだが……本当にお前たち三人だけでいいのか?」


 そんな折、話題を船本体から航海の面へ変え、本来必須となる二つの役割を挙げて問いかけたが、

「えぇ、見たところあので風を受けて進むんでしょう? それなら私の風で充分よ。 それに……」

「そうそう! この前海に行った時、波の動きも大体分かったからボクも何とか出来るよ!」

 ハピとフィンが互いに顔を見合わせて、全く問題無いとばかりに笑顔でそう告げると、オルコは一瞬きょとんとしたもののすぐに同じく笑顔になり、

「そうかそうか! ははは、頼もしいな!!」

 そんな風に高笑いしながら二人の背をバシバシと叩き、かたや二人はその衝撃に思わずよろめく。


「……あれ? おおかみさんはなにをするの?」


 その時、ふとそんな事が気になった望子が、ウルの方を向き首をこてんとかしげて問いかけると、

「へぁ!? あ、あたしは……勿論、戦いに行くんだよ! 船の上でドッカーンってな!」

「どっかーん……! そっか! がんばってね!」

 瞬間的にあたふたし始めたウルは、二人と違い自分が戦闘でしか役に立てない事を充分に理解していた為か、ビシッと拳を前に出してそう言って、それを見た望子は目をキラキラさせつつ彼女へ笑顔を向ける。


(……あぁ、ミコの純真さが痛ぇ……ほんとにあたし行く意味あんのかな……?)


 ハピはともかくとしても、少なくとも今の時点ではフィンが自分より強いのだろうと思っており、海上での戦闘も全部あいつ一人でいいんじゃねぇのか、とウルは脳内でそう呟きつつ溜息をついた。


「よし! それじゃあ三人とも、早速乗ってくれ! 今、海に通じる門をひらくからな!」


 そんな中、突然オルコがそう口にしてきびすを返し、帆船の先にある大きな門の方へ向かっていくと、望子が改めて三人へ心配そうな表情を見せて、

「みんな、ぶじにもどってきてね……?」

 ほんの少しだけ、その小さな瞳に涙を浮かべつつ彼女たちを見上げて声をかける。


「……おぅ! 任せとけって!」

「帰って来たらいっぱい褒めてね!」


 それを見たウルたちは、勿論きゅんとしてしまっていたが、抱きしめるのは帰って来てからでもいいと三人揃って考えて、そんな風に笑顔を向けると、

「うん!」

 望子も服の袖でごしごしと涙を拭ってから、ニパッと笑って返事をしてみせたのだった。

「ふふ……あら、どうしたの? ローア」

 一方、微笑ましい光景に目を細めていたハピは、その輪に入る事無く何故か自分の近くに来ていたローアに気づいて、首をかしげて声をかけた。


「……ハピ嬢。 我輩ハッキリ言って、今更海賊如きにお主たちが劣るとは思っておらぬのである。 が、その中で一つだけ懸念点があるとすれば――」


 するとローアは腕を組んだ状態でハピを見上げてそう告げながらも、決して明るくはない表情と声音で懸念点とやらを口にしようとしたのだが、

「……私の、右眼?」

 それに心当たりのあったハピが、自身の黄色い右眼を片手で覆って尋ねると、彼女はこくんと頷く。


「お主たちが帰還するまでには、その眼の対策も考えておくが……決して無理はせぬ様に。 ミコ嬢を哀しませる結果にはなって欲しくないのである」


 フィン程に望子を想っている訳では無くとも、観察対象として……そして、一人の友達として望子の泣き顔は見たくないと彼女は口にして、それを聞いたハピは肝に命じておくわ、と真剣な表情で返した。

 

 その後、三人が船に乗り込み、大きな帆船が通れるだけの、より大きな門がひらくと同時に、

「よし! 乗ったな、三人とも! お前たちなら大丈夫だと思うが、充分気をつけるんだぞ!!」

 門の傍で大きく手を振りながらオルコが三人を激励し、それに続く様に近くまで来ていた望子たちも、

海精霊ネレイスたちの事もよろしくね」

「健闘を祈っているのであるよ」

「みんなー! がんばってねー!」

 それぞれが手を振って声をかけると、職員たちも同じ様に手や帽子を振り、三人がそれに応えた後、ハピとフィンは風と波を操り大きな帆船を操舵する。


 そしてついに、三体のぬいぐるみ……もとい亜人族デミたちは、海賊討伐の為に海へ出たのだった。

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