第143話 大きな鬼のギルドマスター

 ウルたちの案内を済ませたリヴリィが軽く会釈して受付へ戻った後、どうしていきなり殴りつけたのか分からず首をかしげていたオルコだったが、

「あっはっは! 確かに俺の見てくれじゃあ、冒険者の纏め役って方がしっくりくるよな!」

 失礼じゃなかったか? とおそるおそる事情を説明したウルの言葉を受けた彼女は、がっしりとした腕を組んでそんな風に笑い飛ばしていた。


「す、すみません……」


 一方、フィンは普通サイズのソファーに座ったままの姿勢で頭を下げて謝意を示しつつも、彼女の大声対策か、頭の横の鰭に遮音性の小さな泡をくっつけており、何ならそっちの方が失礼じゃねぇのか、と思ったウルが再び彼女を咎めようとしたその時、

「いやいや気にすんなって! んなこたぁ当人の俺が一番分かってるからな! 謝んなくてもいいぜ!」

「そ、そう? それなら……」

 またも大きく高笑いしたオルコがそう告げると、フィンは露骨にホッと息をつき安堵する。


「でだ……紹介状これ、見せてもらったんだけどよ。 ここに書いてあんのは事実でいいんだよな?」


 その後、二人の緊張が漸く解けてきた頃、話題を切り替える様に彼女の手には少し小さい普通サイズの紹介状を手に、確認だとばかりにそう尋ねると、

「……何が書いてあんのかは知らねぇが、わざわざギルドマスターが嘘つく利点メリットもねぇだろ」

 尋ねられても中身を見てないウルとしては、そうだと言う事も出来ず当たり障りの無い返しをした。


 するとオルコはそんなウルの物怖じしない態度が気に入ったのか、ははは! と高笑いして、

「確かにな! じゃあ話を戻すが……お前たちは、海賊の情報と船を求めてここへ来たって事でいいか?」

 彼女の巨体相応の大きな机に置いた紹介状にチラッと目を向けてから、再度確認する為問いかける。


 そんな折、既にオルコの事を『単にでかくてマッチョなだけの怖くない鬼』だと判断していたフィンが、

「そうそう。 あぁでも、さっきの人には難しいって言われちゃったんだけど……」

 完全に打ち解けた様子で頷いていたものの、先程の受付嬢の言葉を思い返し、駄目かな? と首をこてんとかしげると、オルコは途端に表情を暗くして――。


「あぁ、リヴリィか……あいつは例の海賊に婚約者を殺されたばかりで傷心してるからな。 対応が少し雑になっていたかもしれないが、許してやってくれ」


 ほんの一ヶ月前に彼女に起きた悲惨な出来事を、机に肘をつき組んだ両手を口元にやりつつそう語り、そのままの姿勢で軽く頭を下げた。


「あ、あぁそうなのか。 そりゃ仕方ねぇな」


 そんな彼女に対してウルは、頭を上げてくれと言いながらも、感じ悪いと思ってしまった事を脳内でリヴリィに謝っており、その一方でフィンは、

(あ、危な……何でそんな素っ気ないの? とか聞いちゃうとこだったよ)

 奇しくもウルと同じ様に、口にしなくてよかったとコッソリ息を吐いて豊かな胸を撫で下ろす。


 少しの間押し問答がありつつも、オルコは気を取り直して先程までとは違う神妙な表情を湛え、

「で、まずは情報についてだが……二つあるぜ」

「「二つ?」」

 大きな右手の、そして鋭い爪の人差し指と中指を立てて告げると、首をかしげる二人の声が重なった。


「おぅ。 奴らのアジトについての情報と、海賊どもを纏める船長についての情報ってとこだな」


 一方のオルコはそんな二人がおかしく見えて、ははっと軽く笑いつつ指を一本ずつ折り畳んで列挙し、

「聞かせてもらえるか? あぁ情報料は勿論……」

 それを聞いたウルが、硬貨を取り出そうと革袋に手を入れると、オルコは彼女を大きな手で制して、

「いや、ファタリアからの紹介状もあるし……そもそもうちは海運ギルドであって、情報屋じゃねぇしな」

 紹介状を指でつまんで持ち上げつつそう告げてきた事もあってか、まぁそれなら、と納得したウルは革袋から手を抜き話を聞く姿勢に移る。


 そんなウルの様子を見て満足げに頷いたオルコは、机の下の棚から何かを取り出してからすくっと立ち上がり、二人が座るソファーの近くに置いてあるおそらく彼女専用の大きなソファーにどかっと座り込んで、

「そんじゃあまずは……これを見てくれるか」

 紹介状と同じ様に紐で纏められていた大きな紙を机の上に広げると、その紙は殆どを青い海で染められており、所々に緑……或いは茶色の陸地と、そこにこの世界の文字や数字で地名や座標が記されていた。


「何これ、地図?」


 それを覗き込んだフィンが何気なくそう問いかけると、オルコは少しだけ、あー、と声を上げてから、

「地図っつーより、海図だな。 で……ここだ。 大体この辺に海賊どものアジトがある」

 彼女は苦笑しながらそう答えつつ、海図と一緒に持ってきていた大きな羽ペンで、ショストのあるガナシア大陸から少し離れた位置……何処かの島などでは無く、海の真ん中に大きく丸をつけてそう告げた。


「? そこ海の上だろ。 島とかじゃねぇのか?」


 するとウルは、当然の意見だとばかりに声を上げ、陸地から離れた位置にある小さな島……の様な場所を指差してそう問いかけたが、オルコは首を横に振り、

「……いや、ここで合ってるぜ。 奴らのアジトは、深い深い海の底にあるんだ。 何せもれなく全員が、水棲の亜人族デミで構成されてるからな」

 かつて海賊に襲われ、何とか生き残った商人や漁師たちから得た情報を元に、溜息をつきそう口にする。


「はぁ……? じゃあどうすりゃいんだよ」


 一方、あまりに突拍子の無い情報に、自分が泳げるかも分からないウルは思わず語気を強めたが、

「まぁまぁ。 ほんとに海の底だっていうならボクの出番だよ……っていうか、ボクだけで良くない?」

 そんな彼女を宥めつつ、ウルとは違い実際に泳いでもみていたフィンは、トンと豊かな胸を叩いて得意げにしながらも、それならさと別案を挙げた。


 だが、それを受けたオルコは、残念だが、と口にしてからゆっくりと首を横に振って、

「そうもいかねぇんだ。 海賊っつーぐらいだから、当然奴らも船……海賊船を持ってる。 つまりは……」

 こちらも当然だと言わんばかりに、フィンだけで無くウルにも言い聞かせる様にそう答えると、

「……海上での戦闘も有り得るってこったな。 ってなるとあたしらもいた方がいいのか……はあぁ」

 彼女の言葉である程度理解出来たウルは、活躍出来んのかな、と呟きながら深く大きな溜息をつく。


 そんな折、一つ目の話は終わりだという様に、広げていた海図を大きな手で器用にクルッと纏めつつ、

「ま、アジトについてはこれくらいにしておいて……二つ目の船長についての情報だが、どうもくだんの海賊団には船長が二人いるらしいんだ」

 話し始めた時と同じく真剣な表情で、指を二本立ててそう告げると、二人はこてんと首をかしげ、

「二人……? っつーか、らしいって何だ?」

 代表してウルが、確かな情報じゃねぇのかよと付け加えてから、二つの疑問を投げかけた。


 瞬間、オルコの表情は先程のリヴリィの件を口にした時よりも更に暗くなったものの、気を取り直す為かかぶりを振り、これから話すのは、と口火を切って、

「生き残ったとある商隊のおさが言ってた事なんだがな? 始めは一隻の海賊船に進路を阻まれ、『大人しく積荷を渡せば命までは取らない』と船長らしき帽子を被った……他の船員どもとは風体ふうていの違う亜人族デミにそう告げられたんだと。 んでおさは、乗員たちの安全を第一に考慮して、積荷を全て渡そうとしたらしいんだ」

 彼女が話しているとは思えない程の力の無い声に、ウルたちも思わず必要以上に静かになってしまう。


 そこで一旦間を置いて、まるでこの先は口にしたくないとでも言いたげな様子だったが、オルコは深く息を吐いてから、覚悟を決めて大きく息を吸い、

「……だがその時、突然海の下からもう一つの海賊船が浮上してきたかと思えば、バサッとの海賊旗を広げてこう告げたそうだ……『子飼いの魔獣どもの餌が足らない、折角だから命も置いていけ』ってな。 そして、それを言った奴の頭には……最初の海賊船に乗っていた船長と同じ帽子があったらしいぜ」

 護衛の冒険者たちが命を賭した事もあり、何とか生きてここへ辿り着いた長と数人の乗員たちが、すっかりやつれた状態で話してくれた情報を口にした。


「……成る程な。 それで、船長が二人って事か。 で、一枚岩じゃねぇ可能性もある、と……」


 口惜しげな表情を湛えたままのオルコに釣られる様に、神妙な表情と声音でウルが、付け入る隙はありそうだな、と呟くと同時にフィンが彼女の肩を叩き、

「情報収集としては充分じゃない? 後は船だね」

 ねぇねぇ、と声をかけて思案を一旦中断させ、ここへ来た理由のもう一つの用件を解決する為、ウルからオルコへ視線をスライドさせてそう告げる。


 そんな彼女の言葉と視線を受けたオルコはハッと我に返り、パンッと自分の頬を両手で挟んでから、

「そうだったな! 心配しなくても船はあるぞ! といっても、貸し出し用のじゃなく俺のなんだがな」

 何とか表情を笑顔に戻し、執務室の奥にあるやたらと大きな扉を親指で差し示してそう言うと、

「あんたの……? それ、貸してもらえんのか?」

 ウルは思わず眉を顰めて、大事だったりしねぇのかと座った状態でも尚大きな鬼人オーガを見上げて尋ねた。


 するとオルコは、再び声音を低く落としながらも、はは、と力無い苦笑を浮かべてから、

「……本当は、貸し出しなんざしたくは無い。 親父から受け継いだ、俺の大事な船だからな。 だからこそ、これまで冒険者に頼まれても絶対に拒否してきた」

 二人がまだ見ぬその船は、かつては世界の海を股に掛ける大商人おおあきんどだった父親から譲り受けたものなのだと語り、懐かしさからか目を細める。


「だが、最早そうも言ってられなくなった。 奴らの縄張りは日に日に拡大してる。 いずれはこの町も……だから俺は決めてたんだ、次に船を貸して欲しいと言ってきた冒険者に、俺のいのちを預けようってな」


 しかし次の瞬間には、彼女の表情は覚悟を決めた者のそれになっており、そう言い終わるとオルコは大きな拳を握りしめ金色の眼を二人に向けて、

「それがお前たちなら、俺は喜んでいのちを預けよう! その代わり……必ず奴らを討伐してくれ!!」

 これまでで一番の大声でそう叫ぶと同時に、オルコは机を叩き割らん勢いで両手をつき頭を下げた。


 ――いや、事実ひびは入っている。


「……へっ、言われなくてもな」

「うんうん、ボクたちに任せてよ!」


 そんな彼女の心からの頼みを受けた二人は、一瞬顔を見合わせてからニカッと笑みを浮かべて、約束だとばかりにそれぞれ握りしめた手をオルコに伸ばす。


「……あぁ、頼んだぜ!!」


 それを聞き顔を上げたオルコは、彼女たちの言葉を嬉しく思い、同じくその大きな両手を二人の手に合わせて、期待してるぞと笑顔を見せた。


(ぅお、勢いが……)

(あぁ、手が痛い……)


 ――とはいえ体格差が圧倒的な為、力自慢のウルでさえ軽くよろめき……フィンに至っては、その衝撃で赤くなってしまった手を冷たい水玉で覆い、何とか痛みを和らげようとしていたのだった。

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