第142話 ぬいぐるみと海運ギルド

 ファタリアからの紹介状を受け取り、先日訪れた屋台や露店の多い通りにあるという、海運ギルドへ歩を進めていたウルとフィンの二人。


 ファタリアが『ギルドらしく無い外観』としか教えてくれなかった事もあってか、中々見つからず辟易へきえきとしながらしばらく歩き続けていた時、先日の屋台の店主を発見し彼に正確な場所を尋ねた事で、漸く二人は目当ての場所に辿り着いたのだが――。


「もしかしなくても……ここか。 何か縦に長ぇな」


 そう口にしたウルの視界には……横幅は冒険者ギルドと大差無いにも関わらず、縦幅だけがやたらと大きな二階建ての建物が映っている。


 その建物はファタリアの言う通り海沿いにあり、奥にはほんの数隻の商船や漁船、そしておそらく使っていない船がしまってあるのだろう、大きな、されどお世辞にも綺麗とは言えない船渠せんきょも見てとれた。


「……それ以外は他のとあんま変わんないね、そりゃ気づかない訳だよ。 こんなボロ……あー、えっと……ね、年季入ってるぅ〜……みたいな?」


 きょろきょろと辺りを見渡し、他の建物と比較していたフィンは、またしても口をついて出てしまいそうになった雑言にハッと口を押さえ、何とか良い風に表現しようとあたふたしていたのだが、

「あたしに聞くな」

「ちぇー。 まぁいいや、入ろうよ」

 それもサラッとウルに流されてしまった事により、彼女はぷくっと頬を膨らませつつも扉に手をかける。


(……気のせいか? 凄ぇ強そうな奴の匂いが……)


 その時、ウルは一瞬だけ鼻を鳴らして強者の香りを感じとり足を止めたが、まさか海運ギルドにそんな奴いねぇだろと首を振り、フィンの後をついていった。


「……へぇ、あっちよりは賑わってんな」


 そんなウルの言葉通り、冒険者ギルドに比べれば人も多く、かつ陰気臭いという事も無い、おそらく商人や船乗りなのだろう者たちが目に映ったものの、

「そういえばそうだね……でも何だろう、あんまり良い話はしてないみたいだよ」

 一方のフィンは彼らの話している事が詳細に聞こえており、商談に失敗した、この町を拠点にするのはもう限界だ、他の港町も大して変わらない、などなど、こったも別に明るい訳じゃ無さそうと判断していた。


「っと、受付はここでいいんだよな?」


 しばらく奥へ歩くと、こちらも冒険者ギルドのものと大差無い受付だろう場所があり、見るからに覇気の無さそうな受付嬢の一人にウルがそう声をかけると、

「はぁ、そうですが……ご用件は?」

 見てくれは良いが声音に全く活気が無い、リヴリィと名乗った金髪の受付嬢は、目の下に濃いくまを湛えたその表情を二人に向けて聞き返す。


 この町の冒険者ギルドのものともドルーカのものとも違う受付嬢の態度に、ほんの一瞬気圧されたウルだったが、ブンブンと首を横に振って気を取り直し、

「……ちっと情報が欲しいんだ。 例の海賊についてな。 出来れば実際に被害に遭った奴がいいんだが」

「後ね、船も貸してほしいんだ! 海賊たちを倒しに行くのにいるから! あ、ボクはいらないんだけどね!」

 ハピに頼まれた事を成す為にそう言った彼女の言葉に付け加える様に、フィンが割り込みもう一つの用件を口にしつつ、ボク人魚マーメイドだし! と得意げにしていた。


 一方それを聞いても尚、全く表情を崩さないままのリヴリィは手元の書類をパラッとめくりつつ、

「成る程、海賊を……ですが、それは難しいと思いますよ。 情報も船も……そのどちらも」

 二人がそれぞれ挙げた用件を、バッサリと斬り捨てる様に及びがたいと告げた彼女に対して、

「……あ? 何でだよ」

 そんなリヴリィの態度も相まってか、ウルは思わず変に語気を強めて疑問を投げかけてしまう。


 それでも彼女は動じた様子は無く、お待ち下さいと言って受付から離れ何かの書類を手にして戻ってくると、それを二人に見せる様に広げつつ、

「まず、前者についてですが……海賊の被害に遭われた方は、その殆どが船と共に沈み亡くなったか……生きて戻ったとしても、既にこの町を出ていますから」

 一枚目の書類には海賊による犠牲者、特に商人や漁師を始めとした者たちの名がズラッと記されており、リヴリィはそれを指差しながらそう説明した。


 そんな彼女の説明に二人が反応する間も無く、リヴリィは二枚目の書類を一枚目の上に重ねてから、

「そして後者についても、最早この町にまともに航海出来る船は殆ど残っていないんです。 僅かに無事だったものも、冒険者たちが海賊の討伐に向かう際に借りていき……戻ってきていませんからね」

 そこに同じくズラッと記された、商人や漁師の自前の船……或いは冒険者たちが海運ギルドで借りた船の入出港の記録を指差し、お分かりですか? と無表情で問うてきたリヴリィに、ウルは思わず舌を打つ。


「んー、そっかぁ……あ! そういえばさぁ、冒険者ギルドのギルドマスター、ファタリアちゃんから貰った紹介状があるんだけど……ほらこれ」


 その一方で、とりあえず理解は出来たのか頷いていたフィンが、ここで漸く紹介状の存在を思い出し、革袋の中から紐で纏めてある紹介状を受付に置くと、

「ファタリアさんから……? 一応、拝見しますね」

(一応って)

 リヴリィは初めて表情を変え、胡乱うろんな瞳で二人と紹介状を交互に見遣りつつも手を伸ばし、そんな彼女の言葉に引っかかったフィンは、この人で良かったのかなと今更ながらに不安を覚えていた。


 そんな彼女をよそに紹介状に目を通していたリヴリィは、読み終えた後で浮かない顔を二人に向けて、

「……確かにファタリアさんからの紹介状で間違いありませんね。 これでは対応しない訳にも……はぁ」

 筆跡でも確認したのかそれとも何か目印でもあったのかは分からないが、疑ってしまってすみませんでした、と言いながらも億劫げに溜息をついた彼女に、

(感じ悪ぃなこいつ……)

 決して言葉にはしないが、ウルもフィンと同じ様に他の受付嬢にすりゃ良かったと脳内で呟く。


「少々お待ち下さい、当ギルドのギルドマスターにこちらの紹介状をお渡ししてきますので」


 その時、リヴリィがスッと椅子から立ち上がり、二人に軽く会釈してからそう告げると、

「……あぁ、頼むぜ」

 こんなとこで文句言っても仕方ねぇ、と考えたウルは、大人しく片手をひらひらと振って彼女を見送りつつ、奥の扉へと消えた時点で深く溜息をついた。


(ねぇ、大丈夫かなこのギルド)


 そんな折、フィンが身を寄せコソッと呟き、暗にまだ冒険者ギルドの方がマシだったかもと伝えると、

(さぁな。 ま、長居する理由もねぇし……情報と船だけ確保してさっさとミコんとこ帰ろうぜ)

 そもそも海賊のせいで忙しくてあんな対応なのか、それとも元々ああいう性格なのかも分からないウルとしては、何と答えていいのかも分からず、とりあえず早めに終わらせようとそう告げる。


 しばらくカウンターで待っていると、受付の奥の扉がひらき、そこから出てきたリヴリィが、

「お待たせしました、こちらから奥へどうぞ」

 カウンターの横から二人の方へ歩み寄りつつ、彼女が出てきた方とは違う、おそらく職員用では無い扉を手で示してからそう口にすると、

「ギルドマスターが会ってくれんのか?」

 あぁ、とそれである程度の事を理解出来たウルが、一応確認する為にと問いかけた。


「はい。 紹介状の内容に興味を持たれた様で、お二人から直接話を聞いてみたい、との事です」


 すると既に歩き出していたリヴリィが振り返り、相も変わらず無表情でギルドマスターの言葉を伝え、

「へー、何て書いてあったの?」

 最初に受け取った時に中身を見ようとした時、ウルにそれを咎められてから結局見れていないフィンは、彼女の顔を覗き込んでそう尋ねたのだが、

「さぁ? 私は見ていませんので。 それに関してはギルドマスターに聞いて頂ければと」

「そ、そう……何かごめんね……」

 それでもリヴリィが一切感情を顔には出さずそう告げて、再び歩き出してしまった事にフィンは思わず呆気に取られてつい謝ってしまう。


(何でこんな素っ気ないんだろうこの人)


 ほんとに受付嬢なの? と困惑した様子のフィンをよそに、彼女はコンコンコンと執務室の扉をノックし、

「……ギルドマスター、先程の紹介状を持ち込んだ冒険者をお連れしました。 お通ししても?」

 微塵も抑揚の感じられないその声で、中にいるのだろうギルドマスターへ向けてそう口にした。


 ……瞬間、彼女は何故か両手で耳を押さえ、一方ウルは扉の向こうから漂う強者の香りに、敵では無いと分かっていながら思わず臨戦態勢をとってしまう。


 二人の行動にフィンが首をかしげていた時、椅子を引いて立ち上がったのだろうガタッという音と共に、

『おぅ! 入ってくれ!!』

 極めてハスキーな、それでいて極めて大きな声が扉を突き破る勢いで彼女たちの耳に届き、

「ぅおっ!?」

「ぅわっ!?」

 ウルは思わず耳をペタっとさせ、フィンも咄嗟に頭の横の鰭を押さえつつ突然の轟音に驚きを隠せない。


(……女の声? こっちも女がギルドマスターなのか)

(何かドシンドシン言ってんだけど……これ足音?)


 ウルとフィンが身を寄せてコソコソと呟き合っているのを気にも留めずに、ギルドマスターの許可を得たリヴリィが比較的建て付けは良さそうな扉をひらく。


「……なぁっ!?」

「え、何……ぅえぇ!?」


 その瞬間、ひらいた扉の向こうに現れたギルドマスターであろうその女性……の様な何かに、かたやウルは驚き目を剥いて声を上げ、かたやウルの声にびっくりしたフィンが部屋を覗き込むと、同じく驚いて両手を上げ思わず妙な声を出してしまう。


 無理もないだろう、そこに立っていたのは魔族特有の褐色の肌とは違う、おそらくは日焼けによる至って健康的な浅黒い肌にそれを隠そうともしない薄着と、筋肉質で二メートル半はありそうな巨体……そして何より、真っ赤な髪をかき分ける様にして額から二本の鋭く赤黒い角を生やした――。


「おぉ! お前らがそうか! 良く来たな! 俺がショストの海運ギルドのギルドマスター、鬼人オーガのオルコ=タグワールだ! 歓迎するぜ!!」


 その豊満な胸が無ければ一見おすとしか思えないめす亜人族デミは、扉越しだった先程とは違い、じかに彼女たちの聴覚を刺激する大声で自己紹介をした。


「あ、おぉ、どうも……」


 巨体に相応しい大きな手で自分の手を握られたウルは、動揺しつつも何とかそう返していたのだが、

(……でっっっっか!! バーナードの奴より一回りくらいでけぇぞ!? いや人族ヒューマンなのにこれに肉薄してるあの爺さんがおかしいのか!?)

 彼女は内心、こんなでかい亜人族デミもいんのかよと驚きながら、ドルーカの冒険者ギルドのギルドマスターである白髪の老爺を脳裏に浮かべていた。


 一方、そんなオルコを見上げていたフィンは、本当に何気なくか細い声で一言、

「……逆じゃない? ファタリアちゃんと」

 冒険者ギルドの妖人フェアリーと役割を交換した方がイメージに合う、とまたも思った事を口にしてしまい、

「……んの馬鹿!」

「いったぁ!」

 ただでさえ強そうな目の前の亜人族デミ相手に、失礼に当たるかもしれない事を呟いた彼女を、ウルは咄嗟に殴りつけたのだった。


 ――今度は、グーで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る