第141話 無益な会話と紹介状

 重い足取りで宿屋に向かうハピを見送ってすぐ、彼女の代わりに冒険者たちから情報収集をする為、ギルドへ戻って来ていたウルとフィン。


 ……だが、そんな二人の表情はお世辞にも愛想良く聞き込みをしようとする者のそれでは無く――。


「……めんどくせぇなぁ。 ほんとにやる意味あんのか? 冒険者あいつらからの聞き込みなんてよぉ」


 呑まなきゃやってらんねぇよと言わんばかりに注文した酒を呷り、渋面を隠そうともしないウルに対し、

「むぐ……わざわざ言葉にしないでよ。 ボクだって嫌なんだから……ちょっとくらい我慢出来ないの?」

 同じく注文した魚の切り身をパクッと頬張り、しっかり咀嚼し飲み込んだ後、ジロっと睨んでフォークの先を向けつつ嫌味たらしくそう告げる。


「……お前に言われたくねぇよ、思った事すぐ声に出しちまう癖に。 堪え性の無さはお前のが上だ馬鹿」


 するとウルはハッとあざける様に軽く笑い、この町に入る時にも全員に説教された彼女の欠点を挙げた。


「ぐっ……それは今関係無いでしょ! バカって言った方がバカなんだよこのバカ!」


 それを受けたフィンは一瞬言葉に詰まったが、バンッと机を叩いて全くもって語彙力の無い反論をし、

「んだとぉ!? じゃあお前も馬鹿なんじゃねぇか!」

 対抗するかの如く机にガンッと木製のジョッキを叩きつけたウルは、いかにも頭の悪そうな発言をしつつ彼女を睨みつけていた。


 ……二人は決して酩酊状態にある訳では無く、また仲が極端に悪いという訳でも無い。


 ただ……望子以外の事に関して、反りが合う事の方が少ないというだけなのである。


「あ、あの……騒ぎは控えて頂けると……」


 そんな彼女たちを止めようと、先日も出会った受付嬢のセリーナがおずおずと口を挟もうとしたのだが、

「邪魔すんな!!」

「邪魔しないで!!」

 こういう時だけ息ピッタリな二人が、割り込んできた彼女にそう怒鳴りつけるやいなや、

「ひぇっ!? す、すみませんすみません!」

 セリーナはビクッと身体を震わせ頭を下げて足早に受付に戻っていき、それを見送った二人は再びぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めてしまう。


 しばらく二人が言い合いをしていると、初めて会った時と同じ前傾姿勢でふわふわとギルドの奥から、

「やけに騒がしいと思ったら……またあんたらかい」

 深い溜息と共にそう呟いたファタリアが、こちらへ飛んできた事に気づいたフィンは、ん? と声を上げ、

「……あ、ファタリアちゃんだ。 さっきぶりだね」

「あぁ、さっきぶり……で? 何でまたここに?」

 先程までのウルとの喧嘩は何処へやら、ふるふると手を振ってそう言うと、彼女は同じ様に手を振り返しつつ二人に問いかけた。


 それを聞いたウルは、あー、と声を上げてガリガリと頭を掻いてから心底面倒臭そうに、

「……ハピの奴が、実際に依頼クエストを受けた冒険者から情報収集してこいって言うからよ」

 ファタリアから目を逸らし、身体の至る所に包帯を巻き自棄酒やけざけを呷る冒険者たちを見つつそう呟くと、

「あいつらから? そりゃまぁ、情報収集は冒険者の基本だけど……んー、ちょっと、いや大分だいぶ厳しいね」

 そんなウルの視線を追って、先日より数の少なくなっていた冒険者たちを見遣った彼女は、少し唸って思案したものの、首を横に振ってやんわりと却下する。


「あ、やっぱり? ねぇファタリアちゃん、他に……普通に話聞けそうな人に心当たり無いかな?」


 それを聞いたフィンが、だよねぇ、と首を縦に振りながらも、別案が無いかどうかを彼女に尋ねると、

「あー、そうだねぇ……それなら海運ギルドは?」

「「海運ギルド?」」

 ファタリアは腕を組み、んー、と唸って再び思案した後、何かを思いついたのかパッと顔を上げてそんな風にとあるギルドの名を挙げ提案し、聞き馴染みの無い言葉が出てきた事に二人の声が重なってしまう。


 そんな彼女たちの反応を見たファタリアが、得意げに頷きつつも葉巻を取り出し着火させ、

「あちらさんも……いや、海の行商人であるあちらさんの方が被害は大きい筈だからね。 ついでに依頼クエストに向かう為の船でも借りてくるといいよ」

 大きく煙を吐いてから、我ながら妙案だとばかりの笑顔でそう提案した時フィンが、あっ、と声を上げ、

「そういえばハピも言ってたね、商人さんから話聞いてきてって。 丁度良いかも」

 ハピが別行動を取る前に口にしていた事を思い返して、そうしようよとウルに声をかける。


 一方、フィンがファタリアの提案を受け入れた事で、ここで拒否しても仕方ないかと考えたウルが、

「……まぁ何でもいいけどよ、その海運ギルドってのは何処にあるんだ? それっぽい建物は見てねぇが」

 残っていた麦酒エールをグイッと呑み干し、ぷは、と声を出してからそう尋ねると、

「ん? あぁ……まぁ仕方ないか。 うちもそうだけど、一見ギルドとは思えない外観だし……あんたら、もうこの町の屋台や露店が集中してる通りには行った?」

 ファタリアはきょろきょろと自分の管理するギルドの様子を見て溜息をつきつつ、焼きたての魚介の良い匂いがする通りなんだけど、と尋ね返した。


「うん、ちょっと思ってたのとは違ったけどね」


 するとフィンがこくんと頷きつつも少し不満げにそう言うとファタリアは、ふふ、と軽く微笑み、

「なら話は早い。 この町の海運ギルドはあの通りの近く、海沿いにあるんだよ。 ちょっと待ってな、紹介状でも……ん? 待て待て、あの鳥人ハーピィの嬢ちゃんは?」

 こんな状況だからね、と付け加えてからギルドの場所を簡単に説明しつつ、ファタリアがふわっとギルドの奥へ飛ぼうとした瞬間、そういや何で二人なんだ、と漸く違和感を覚えてクルッと空中で振り返る。


「……あぁ、あいつは今日だけミコたちと留守番だ」

「何か調子悪いみたいでね? まぁ依頼クエストには参加するらしいから、安心していいよファタリアちゃん」


 するとウルとフィンは、ハピの右眼の事はおおやけにはせぬままにそれぞれが彼女に言い聞かせる様に説明し、

「え、あぁそう……まぁ、大丈夫かな……」

 そう答えた二人の言葉にファタリアはそこはかとない不安をいだいたが、とりあえず一旦思考を止めて、紹介状を書いてくるから待ってて、と言い残し、ギルドの奥へふわふわと飛んでいった。


「それにしても……良かったねウル。 面倒臭い事しなくて済みそうだよ? いやぁ、良かった良かった」


 その時、蜂蜜酒ミードをごくごくと呑んでいたフィンが笑顔を浮かべてウルの肩をポンポンと叩きつつ、もう片方の親指を相変わらず陰鬱な冒険者たちへ向けると、

「お前が一番喜んでんじゃねぇか」

「いったぁ!」

 ウルはビシッとフィンの頭にチョップして、明らかに自分より嬉しそうな彼女にそうツッコミを入れた。


 そんな中、四枚の羽のうち緑色の羽を光らせ、軽く巻き起こった風で羽ペンを動かし、普通サイズの紹介状を書いていたファタリアの元を訪れたセリーナが、

「……ぎ、ギルドマスター。 あのお二人が海運ギルドに向かうって、大丈夫なんですか……?」

 執務室の扉をノックし入室するやいなや、あの二人が聞けば間違いなくカチンとくるだろう発言をする。


 それを聞いたファタリアはといえば、風で動かしていた羽ペンを一旦止めてチラッと彼女を見てから、

「あんたの言いたい事は分かるよ。 口より手も魔術も早そうなあの二人だけをよこすってのは……正直あたしも、必要以上に話がこじれる気がしてならない」

 その疑問は最もだとばかりにこくんと頷き、扉の向こう……ギルドで酒と食事を嗜んでいた二人の亜人族デミを脳裏に浮かべて淡々とそう告げた。


「……それなら尚更、ギルドマスターが直接出向かれた方が良いのでは……?」


 紹介状よりよっぽど効果的ですよ、と付け加えてセリーナがそう助言したが、彼女は、はぁ? と声を上げつつ心底嫌そうな表情で煙を大きく吐いた。


「嫌だよ面倒臭い。 何よりあたしが行ったら絶対あいつと……向こうのギルドマスターと顔を合わせる事になるだろう? ハッキリ言って苦手なんだよ」

「……は、はぁ。 貴女がそれで良いのなら……っと」


 書き終えた普通サイズの紹介状を器用にクルッと紐で纏めるやいなやセリーナにポイッと投げて、驚いた彼女があたふたしながらも受け取ると、渡しといてと軽い口調で頼み、ファタリアはソファーに寝転がる。


「もぅ……分かりました。 では失礼します」


 セリーナは、はぁ、と深く溜息をついてから、小さな上司にそう言って執務室を後にした。


 一方、そんな二人を待っていた亜人ぬいぐるみたちだったが、魚のすり身団子をフォークでつんつんと突くフィンは、何故かやたらと不機嫌そうに眉を顰めている。

「……失礼だなぁ、全く」

 そう、圧倒的な聴力を持つフィンにその会話が聞こえていない筈も無く、やはりカチンときてそう呟いていた彼女に対して酒をグイッと呷ったウルが、

「……あ? 何か言ったか?」

 きっちり呑み干してから口元を拭い、僅かに聞こえたフィンの言葉を確認しようと聞き返す。


 だが、ここでそれを口にしてしまうとあの二人の評価通り手の早いウルは騒ぎかねないと考え、

「んーん、何でも」

 完全に自分の事は棚に上げてしまっていたフィンは、首をふるふると横に振って口を噤んだのだった。

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