第139話 二色の宝珠と二色の眼
ファタリアが首都サニルニアのギルドマスター、ノーチスとの通信をしてから早二日、折り返しの通信にて、漸く許可を下ろせますよと申請用の書類の情報が送られてきた事で、彼女はサクッとギルドマスターの権限を持ってウルたちの仮昇級を済ませていた。
「へぇ、これが仮昇級後の
「赤と緑が半々で……ちょっと綺麗だね」
その後すぐに、職員を介して三人を呼び出したファタリアが、仮昇級を済ませた
「
そう説明した彼女の言葉通り、
「成る程な……じゃ、あたしらはこれで――」
そんな中、用も済んだみたいだし、と立ち上がったウルがそう言って踵を返そうとした時、
「あぁ待ちな、あんたら
彼女を引き止める様にそう口にしたファタリアの問いかけに、ウルはふと足を止め振り返った。
「ん? あぁ知ってるぜ。 何でか例の海賊たちはその精霊の怒りを買ってねぇ、って話だろ?」
ウルが先日、屋台の店主から聞いた話をそのまま口にすると、そうなんだよと彼女が頷き、
「本来なら、
「……神の、
口惜しげな表情を浮かべ歯噛みするファタリアの言葉に、ハピは図らずもおそるおそる聞き返す。
「あぁ。 もしかしたら海賊どもは、神……もしくはそれに近い何かの加護でも受けてるのかもしれないね」
ここで漸く葉巻を取り出したファタリアは、煙でも吸わなきゃやってられないとばかりに、慣れた動きで着火させた葉巻を咥えてそう告げたのだが、
「何でそう言えんの?」
その一方で、何故そんな事が憶測でも分かるのか、と気になったフィンが首をかしげて問いかけた。
「……
すると彼女は、ほぅ、と輪っかの形の煙を吐いてから、自身が属する
「……ふーん、成る程ね」
いつも通りといえばそうだが、聞いておいて然程興味も無かったフィンは、分かっているのかいないのか、微妙なラインの返事を返していた。
(神、神ね……ローアは邪神の気配は無いって言ってたけれど、警戒しておくに越した事は無いわね)
その一方、唯一ファタリアの説明をしっかり把握出来ていたハピだけはぶつぶつと思案していたが、
「まぁ一応覚えとくぜ。 これ、ありがとな」
「あぁ、気をつけなよ」
そんな彼女をよそに、ウルは自分の
――――――――――――――――――――――――
「……で、どうする? もう討伐に行くか?」
受付にて正式に
「そうだねぇ……うん、ボクもそれでいいよ?」
うーん、と少し唸ったフィンは、あんまり時間かけて望子たち待たせるのもね、と付け加えて頷く。
「いやいや何を言ってるのよ貴女たち。 情報収集は基本、アドだってそう言ってたわ。 まずはこれまで
しかしその一方でハピは、臨時とはいえしばらく行動を共にしていた、
「えぇ? 冒険者って……この前めっちゃ騒いでた人たちの事? やだなぁ、関わりたくないんだけど」
ほぼ同時にハピの方へ心底面倒臭そうな表情を見せた二人のうち、真っ先にフィンが渋面でそう言って、
「あたしもパス。 ドルーカの奴らは気さくって感じだったけどよ、あんなの魔物や魔獣と変わんねぇだろ」
ウルもそれに同意せんと、望子相手でも贔屓目で見ず、酒や飯を共に楽しんだドルーカの冒険者たちとここの陰気臭い冒険者たちを比較し、無い無い、と首と手を横に振って彼女の案を否定した。
「……っ、はぁ、分かったわよ。 そっちは私一人でやるから、貴女たちは町の人とか商人とか……そういう人たちから話を聞いてきて。 それなら出来るわね?」
それを受けたハピは一瞬カチンと来て、二人からは見えない位置で翼爪に冷気と氷を纏わせていたが、ここは町中だと思い直して溜息をついてから、
「「りょうかーい」」
二人に向けて簡単な頼み事をすると、彼女たちは一切真剣な様子など見せずに声を揃えて片手を上げた。
(どうしてこんなに緊張感無いのよこの娘たち……まぁひとえに自信の表れなんでしょうけど……)
そんな彼女たちに心底呆れながら、ハピが脳内でそう呟いていたその時、再び前を向いて歩き出そうとしていたウルがピタッと足を止め――。
「……ん? おいハピ、ちょっとこっち向いてくれ」
突如ウルがハピの顔を眉を顰めて注視し始め、そんな彼女の何の前触れも無い発言と行動に、
「は? 何いきなり」
ハピはウルが何をしたいのか全く理解出来ず、多少強めの語気でそうやって疑問をぶつけたのだが、
「いいからこっち向けって……ん〜、んー?」
そんな彼女の疑問の声を尻目に、ウルは更に顔を近づけて、逃げぬ様に両手でハピの頭を押さえてから、ジーっと顔を、正確にはその赤い目を合わせてきた。
「ちょ、何よ……何か顔についてる?」
……これが望子ならともかくウルに近寄られても然程嬉しくないハピは、困惑しつつ顔を離そうとする。
「どうしたの? 何か気になる事でもあった?」
そんな中、突然見つめ合い始めた二人が気になり、ひょこっと顔を割り込ませたフィンがそう尋ねた。
するとウルは、んー、ともう一度唸って、余程言い
「あぁいや……あたしも今気づいたんだけどよ……ハピ、お前……何で右眼だけ黄色いんだ?」
「……はぁ?」
数秒後、まぁいいかと呟いたウルのおずおずとした問いかけに対し、何を言っているのか理解出来なかったハピは、首をかしげるでも無くただ固まっている。
「……? あっ、ほんとだ! ほらハピ、これ!」
そんなウルの言葉の真偽を確認する為、フィンがハピの顔……もとい眼を覗き込むと、彼女は思わず声を上げつつ当の本人にも自覚させようと掌の上に卓上鏡の様な形の水を出現させる。
……そこにはハピの整った顔と、紛れも無く黄色に染められた、宝玉の如き右眼が映っていた。
「……っ!? ぇ、ぁ、な、何、これ……!」
……彼女は決して自分に原因不明の異常が起こったからショックを受けている、という訳ではない。
「い、嫌よ、こんなの……! だって、望子が……!」
栗色の布生地、そして目を模した緑色のボタン……自分をぬいぐるみとして作り出してくれた望子の想いが、文字通り別の色に塗り潰されてしまった事に強いショックを受け、その眼に涙を溜めてしまう。
(……いつからだ? いつからこいつの眼は……)
(さぁ、分かんないけど……山にいた時は絶対緑色だったよ。 ルドもそう言ってたし)
そう、少なくとも……この港町に足を踏み入れるまでは、彼女の右眼は普段通りの緑色だったのだ。
現に、山で出会った
つまり、彼女の右眼はショストに、或いは海に近づいたその際に変化していた事になる。
――まるで、何かに呼応する様に。
「……おいハピ、今日は休んでろ。 何なら今回の
一方、ショックを受けるハピの肩に手を置き、ウルが珍しく優しい声音でそう告げると、
「そうだね。 ほんとは絶対やりたくないけど、聞き込みもやってあげるから」
フィンもそんな彼女に同調する様に、気持ちは分かるよとばかりにハピの涙を細い指で拭った。
普段、望子以外には絶対にこんな行動を取らない二人が自分を慰めてくれている事実に、
「……っ、そう、ね……今日は、休ませて貰うわ」
ハピは情けなくも少しだけ嬉しく思い、何とか涙を止めてからそう答えつつゆっくりと立ち上がり、
「……でも、
未だ涙目のまま、僅かながらの虚勢と……ついでにその豊かな胸も張って、軽く微笑みそう告げる。
「あぁ? ……ったく、気ぃ遣ってやってんのによ」
一方、それが強がりだと分かっていたウルは、憎まれ口を叩きながらも同じく笑みを浮かべ、
「ほんとだよ! 無理して倒れたりしてみこに泣かれても、助け舟なんて出してあげないからね!」
かたやフィンはといえば、ビシッとハピを指差しそう忠告してから何故か得意げな表情になっており、
「港町だけに、ってか? 上手い事言うな」
「へへ、でしょ? 良く分かったね!」
もしかして、とばかりにウルが何気なくそう口にすると、差していた指をウルへスライドさせた彼女は、やたら嬉しそうにニパッと笑っていた。
そんな折、二人のやりとりを見ていたハピは軽く苦笑した後、涙を拭いながら空を見上げて、
(……杞憂で済めば、それでいいのだけれど)
望子と一緒に宿屋で留守番中の知識豊富な上級魔族に聞いてみよう、と密かに決意したのだった。
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