第138話 ギルドマスター同士の通信


 ――がさごそ、ぽいっ、ばたばたっ。


 そんな音を立てながら執務室の戸棚を小さな身体で漁るのは、先日ウルたち三人に依頼クエストの受注条件を一時的に満たす為、仮昇級を勧めたばかりのギルドマスター、妖人フェアリーのファタリア=ニーフ。


「さーって、何処にやったかなーっと……」


 彼女は今、仮昇級の申請許可を自身の上司にあたる『首都』サニルニアのギルドマスターから貰う為、通信用の魔道具アーティファクトを探していた。


(ったく……自分のせいとはいえ、面倒臭いねぇこれ。 ちょっとくらい整理しとくんだったよ全く)


 ファタリアが配置される以前……正確には海賊騒ぎが起こる以前、その戸棚は前任者によって丁寧に整理されていたが、今や見る影も無くズボラな彼女のせいもあり許容量を超えて様々な物が詰め込まれている。


 ――自覚しているだけ、マシかもしれないが。


(普段は食費も軽く済むし、必要以上に若く見られるしで良い事の方が多いけど……こういう時は自分の小さい身体が不便に思えて仕方、ない……おっ?)


 その小さな身体で作業しているとは思えない程の勢いで、ぽいぽいと今の彼女に不必要な用品を投げ散らかしつつ脳内でボヤいていたそんな時、戸棚の奥底で僅かに光る目当ての物の存在を視認する。


「あったあった、こんな奥に入れてたっけね……?」


 何やかんやですぐ見つかるだろうと考えていたファタリアだったが、予想の倍くらいの時間を費やしてしまった事に些か呆れながらもそう呟き、

(最後に使ったのが確か……あぁ、あれだ。 共和国になるそうですー、っつって……はぁ、馬鹿馬鹿しい)

 その一方で、手元にある彼女用に小さく調整された水晶玉を見つめつつ、一月程前に使用した際伝えられた、然程興味も無い事実を思い返して溜息をついた。


「んじゃ早速……よっと」


 ファタリアは散らかした物もそのままに定位置である小さなソファーに座り、掌に乗せたその水晶玉……『交信珠玉コルタル』に魔力を集中させ、通信を開始する。


「……よし、繋がった。 あー、こちら港町ショスト。 あたしはギルドマスターの――」


 しばらくすると、水晶玉の中に通信先の様子がうっすらと浮かび、一月ぶりでもいけるもんだねと得意げにしながらも、自分の所属と名を口にしようとした。


 しかし、水晶玉の中に映る目当ての人物はこちらを見ていないばかりか、おそらく気づいてもおらず、

『――あぁ、その書類はそちらに置いて下さい。 それからこの護衛依頼クエストは私が選別した一党パーティから――』

 明らかに他の方へ目を向け、部下であろう職員に対して敬語で指示を出すその男性へファタリアは、

「……あー、あー、聞こえてるかい?」

 先程より少し大きな――それでも小さいが――声を出し、空いた手でコンコンと水晶玉を小突く。


 その瞬間、水晶玉に映っていた男性がパッとこちらを向き、怪訝な表情で覗き込んだかと思うと、

『……? あっ!? こ、これは失礼しました、いつの間にか通信が繋がっていたんですね。 すみません、お見苦しいところを……サニルニアのギルドマスター、ノーチス=サイシンです。 お名前を伺っても?』

 ノーチスと名乗った細身の男性は、人の良さそうな顔をキリッとさせて軽く会釈をした後、小さな妖人フェアリーの姿が見えているであろうに丁寧にもそう尋ねてきた。


 その一方、ファタリアはそんな彼の様子を見て苦笑しつつも葉巻を取り出そうとしたのだが、

「そんな畏まらなくても……っと、あたしは港町ショストのギルドマスター、ファタリア=ニーフだ」

 流石に失礼かと考え直して懐から手を抜き、掌の上の水晶玉を前に自己紹介をする。


『ショストというと……あぁ、数ヶ月前に前任者が亡くなった事で配置された妖人フェアリーの…… その節は大変なご迷惑をお掛けしました。 配置を担当したのは私ではありませんが、書類に目を通してはいましたので……』


 それを受けたノーチスは、ふむ、と少し唸った後、水晶玉に映る妖人フェアリーを見て思い出したのか頭を軽く下げ、書類の上では把握していたものの、急な配属を強いてしまった事を深く謝罪した。


「まぁ確かにねぇ。 そういや前任者は王都……あぁ今は首都か……で働いてたんだろう? 冒険者を引退してそのまま勧誘されてー、って聞いてるけど」


 ファタリア自身、その事を大して気にはしていなかったが、それでも嫌味たらしく水晶玉に顔を近づけ、赴任した際に聞いていた情報を元にそう尋ねる。


『……えぇ。 彼は冒険者としても職員としても非常に優秀でしたよ。 ただ……ただあまりにも、正義を重んじ過ぎると当時から感じてはいたのです……』


 対照的に、極めて暗然たる表情を浮かべたノーチスは、かつて職場を共にした元銀等級シルバークラスの男を脳裏に映し、後悔を露わにして組んだ手に力を込めていた。


「……ギルドマスターとしちゃあ、正しい行動じゃ無かったねぇ。 元々向いてなかった、とも言えるか」


 するとファタリアも釣られた様に真顔になって、深く溜息をついて事実を突きつけるかの如き発言をし、

『かも、しれませんが……だからこそ貴女が……妖人フェアリーであるファタリアさんが配置されたのです……っ、その後、如何いかがですか? 精霊たちについて何か……」

 そんな彼女の言葉を肯定しつつもノーチスは、貴女で無ければならないのは理解しているでしょう? と言わんばかりに少しだけ語気を強め、ファタリアがこの港町へ配属された理由は口にせぬまま状況を問う。


 だが、ファタリアは何も分からないとばかりに首を緩やかに振り、それを見た彼は軽く息をついてから、

『そう、ですか……とりあえず、引き続き調査……及びギルドの管理をお願いし……そういえばファタリアさん、本日はどの様なご用件で?』

 期待外れ、とは言わないまでもがっかりした様子で呟いたノーチスだったが、その時、ふとこの通信は彼女が繋げてきたものだと思い、何気なく尋ねた。


「え? ……あぁ、忘れてた。 危ない危ない……とある冒険者たちのね、仮昇級の申請許可を貰いたいんだ」


 一瞬ファタリアはきょとんとしていたものの、すぐに通信する事になった理由を思い出しそう告げて、

『仮昇級ですか? それなら私の許可なんて取らずともそちらで判断して頂いて構いませんよ?』

 ひるがえってノーチスはというと、シルバーブロンズといった等級クラスの高い冒険者となると話は別ですが、と付け加える。


 ……実を言えばこの仮昇級という制度、元々がシルバー以上の上位三等級、若しくは仮昇級した場合にシルバーとなるブロンズの冒険者には適用されない。


 無論、例外も無くはないが、その場合は必ず上の許可が必要になってくる……以前までなら国の、今なら冒険者ギルドを統括する彼の許可が。


 翡翠ジェイドから紅玉スピネルという、決して高くない等級クラスかんでの仮昇級に本来彼の許可など必須では無いのだが――。


亜人族デミが三人。 で、全員が翡翠ジェイドだね。 今そっちに鑑定眼鏡シントレンズで得た情報を送るよ」


 それでもファタリアは、ウルたちの経歴を鑑みれば絶対に確認は必要だと考えており、手元に用意していた片眼鏡モノクルを水晶玉に近づけ鑑定結果データを送る。


『はぁ、翡翠ジェイドですか。 でしたら……っ!?』


 私に許可など取らずとも、ノーチスはそう口にしようとしたのだが、水晶玉に浮かんだ鑑定結果データに彼は思わず目を剥き、言葉を失ってしまう。


「驚いたろう? ドルーカの領主直々の指名依頼で上級魔族及び、魔族の軍勢の撃退。 おまけにサニルニアで免許ライセンスを発行してる。 そうじゃなきゃあたしだって、わざわざあんたに許可取ったりしないよ」


 するとファタリアは予想通りに彼が驚いているのを見て、何故か得意げな様子で彼女たちの経歴を簡単に語っていたのだが、水晶玉の向こうの彼は何かを思案しているのか沈黙を貫いていた。


(……間違いない。 あの時の……魔族の王都襲撃後にレプターさんからの推薦で登録した亜人族デミたちだ)


 ――そう、彼は何も彼女たちの依頼クエストの履歴に驚いた訳では無く、そこに記されていた種族と……何より安直過ぎるその名前が、彼の脳裏に圧倒的な結果で終わったギルドでの模擬戦を映しており、

(一党パーティメンバーが五人という事は、あの黒髪の少女以外にも……? 時期的にレプターさんでは無いだろうし)

 その一方で、彼女たちと一緒にいたミコという少女はおそらく無事なのだと安堵しつつも、もう一人のメンバーは一体誰なのだろうと考えを巡らせる。


「で、許可は貰えるかい? つっても貰えないと困るんだけどねぇ。 あたしがあのたちにどやされるよ」


 そんな中、ファタリアは彼からの返事が返ってくる前にそう言って、ふふっと笑っていたのだが、

(……どやされるで済むのか?)

 彼女たちが王都で魔族の軍勢を撃滅し、魔王軍幹部の一人を討ち取った……とレプターから秘密裏に聞かされていた彼にとっては正直畏怖の対象でしか無く、何なら殺されるんじゃ? とまで思ってしまっていた。

「……ノーチスさん? どうしたんだい?」

 ここで漸く返事が無い事に違和感を覚えたファタリアは、おずおずと水晶玉を覗き込んで声をかける。


『あ、あぁいや、少し考えごとを……そうですね、許可を出しましょう。 ただ……二日程時間を頂く事になります。 何分なにぶん立て込んでいますので……』


 そんな彼女の声で漸く我に返ったノーチスは言葉に詰まりながらも、サニルニアは今冒険者や商人でごったがえしていますから、と申し訳無さそうに呟き、

「了解。 忙しいとこすまなかったね」

『いえ、こちらこそ。 ではまた後日改めて……』

 それを受けたファタリアが、そろそろ切り上げるかと込めていた魔力を弱めつつそう言うと、彼もまた簡素に挨拶を返し、通信を終えた。


「……はぁ〜……っ」


 その後すぐに、ノーチスは深い深い溜息をつき、ギシッと音を鳴らして椅子にもたれかかる。


(二度と関わる事も無い、なんて思っていたら……)


 彼はあの時……レプターの推薦だからと彼女たちの冒険者登録を担当した事を、今も尚後悔していた。


 生涯を平職員で終える者もいる中、当時二十九歳という若さにして王都のギルドマスターに任命された彼の灰色の脳細胞が、三人の亜人族デミたちに対し全力で警鐘を鳴らしていたからに他ならない。


 ――魔族の軍勢を退け、魔王軍幹部の一人を討ち取ったという目覚ましい事実があったとしても。


「魔王、討伐か……」


 ノーチスはかつて耳にした彼女たちの最終目標を思い出し、誰に聞かせるでも無くそう呟いたのだった。

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