第137話 異世界の波打ち際で
ファタリアに教えてもらった宿屋を訪れた望子たちは、持ち金は充分にあれど一人一部屋は贅沢だというハピの意見により、大部屋を借りて一夜を過ごした。
そして翌朝、『料理も悪くない』とのファタリアの言葉で朝食を楽しみにしていた彼女たちだったが、
「……うーん……ちょっとこれ、しょっぱいかも……おいしくないわけじゃないんだけど」
「塩が主張し過ぎている様に感じる、という意見には我輩も概ね同意なのであるよ、ミコ嬢」
そんな風に小声で呟き合う二人の前には、港町らしく魚介……だけで無く、望子が旅の途中で作った干し肉料理を豪華にした様な肉料理も並べられている。
昨日魚介を口にした事もあってか、肉料理が出てきた事自体には喜んだものの、その味はやたらと塩辛く望子の舌にはあまり合わない様で……されどここは大部屋では無く、宿屋の一階にある食堂の様な場所であり、それを大々的に言うのは失礼かもと望子は考え、もくもくと食事を続けていた。
……実のところファタリアの発言には裏があり、魚介中心の港町にしては珍しく、宿の主人が漁師だけで無く猟師も兼ねている為に肉『料理も』出てきて、魚ばっかりで飽きてる身としちゃ『悪くない』という意味が強く込められていたのだった。
「で? 今日はどうする?」
一方、特に料理には不満無さげなウルがフォークを咥えたまま、全員に向けて意見を募ろうとする。
「あぁそれなんだけど……昨日ファタリアさんが言ってたじゃない? 仮昇級の申請には時間がかかるって」
それを受けたハピが水をこくんと喉を鳴らして呑みこんだ後、昨日の話を思い返してからそう口にして、
「むぐ……ごくん。 言ってたねぇ、それが何?」
フィンは輪切りにしたバゲットの上に薄い肉を乗せかぶりつき、それを咀嚼しきってから首をかしげた。
するとハピは自分の分を食べ終わったのか、ご馳走様でした、と粛々と両手を合わせて、
「だから、今日の所は海を見に行かない? 折角だし」
その後、ニコッと笑ってそう提案した彼女の言葉を耳にした瞬間、フィンがバンッと机を叩き、
「……いいねぇ、それいいねぇ! そうしよう!!」
望子たちの説教により抑えられていた欲求が再度吹き出したのか、超が付く程の上機嫌でそう叫んだ。
「さわぎすぎは、めっ、だよ。 いるかさん」
「で、ですよねぇ〜……」
だが、怒るでも苦笑するでも無い、至って真剣な表情で唇に人差し指を当てた望子に注意された事で、一気にしゅんとなった彼女は大人しく椅子に座り直す。
「皆さん、海へ行かれるんですか?」
そんな彼女たちの元に、水のお代わりを注ごうとしていた宿屋の女性店員が確認する様にそう尋ねると、
「ん? あー、そのつもりだが……もしかして、遊泳禁止とかになってんのかな? ほら、例の……」
ウルは彼女の言葉を肯定しつつ、そもそも海に近寄っていいのかどうかを確かめる為に聞き返す。
「あぁ、もう知ってたんですね。 沖に、というか縄張りにさえ入らなきゃ大丈夫みたいですが……気をつけて下さいね? こんな小さい子たちもいるんですし」
「えぇ、そうするわ。 ありがとうね」
海賊の事を言ってるんだろう、そう理解した店員は町の人たちもここの店主も釣りには行ってますしと付け加えながらも忠告し、ハピが代表して礼を述べた。
――――――――――――――――――――――――
宿屋での食事を終えた彼女たちは小休止の後、先日の屋台が並ぶ通りの方へ向かい、偶然先日世話になった店主を見かけ挨拶しつつ海を目指して歩いていき、
「海だぁああああ……! あっ、う、海だぁー……」
いよいよお目当ての海が目前まで迫り、キラキラと青い目を輝かせていたフィンだったが、先程の望子の忠告を思い返した途端ハッとなって、多少抑え気味にふわふわと海の方へ向かっていった。
「おー、見た目は完全に同じだなぁ」
一方、港町という事もあってかあらかじめ少し薄着になっていたウルが、記憶の中にある地球の海と比較して、煌めく海を眩しそうに見ながらそう言うと、
「そうだね。 でも、しょっぱくないんだよね?」
自分は留守番だと分かり汚れる心配が無いからか、
「うむ、確かめてみるのであるか? 害は無いゆえ」
望子はローアの言葉を全く疑う事無く、同じ様に海に近寄って波打ち際にしゃがみこみ、
「うん! ひゃ、つめた……」
寄せては返す波の冷たさを感じながら、僅かに濡れたその手を口元におずおずと持っていく。
「あ、ほんとにしょっぱくない……なんかへんなかんじ……うん? なんだろう、あれ……?」
そして、少しばかり妖艶にも思える仕草で、ぺろっと指を舐めた望子の視界に小さな何かが映った。
――瞬間。
「ぅひゃあ!? なになに!?」
『『『――――?』』』
「! ミコ、どうした!?」
そんな望子の声に反応したウルは、とても足元が砂浜とは思えない程の俊敏さで駆けつける。
『『『――――♪』』』
だが、彼女の焦燥感とは裏腹に三体の小さなそれは
「ぁ、わっ……ぇ、ぇへへ、ちょっとかわいいかも」
結局のところ、それが一体何なのかは分からない望子だったが、未知の可愛い生物にすっかり目を奪われて、それらと同じ様に愛らしい笑みを返していた。
「……何も、いねぇぞ?」
一方、怪訝な表情で呟くウルには、望子が波打ち際にしゃがみこんで笑っている様にしか見えておらず、
「え、ウル貴女……見えてないの? 望子の言う通り青くて小さな……フィンとあの
そんな彼女とは対照的に、妖しく光る眼により小さなそれらが視えていたハピは、しゃがみこむ望子の手元を指差しその正体を看破してそう口にする。
「ほんとか……? 何処にいんだよ――」
しかしやはりというか、ウルには彼女たちの言うそれらは見えず、もうちょい近寄りゃ見えるのか? と考えて望子たちの方へ歩を進めたその時、
『『『――――!!』』』
「あっ!? まって……あぁ、にげちゃった……」
突如、蜘蛛の子を散らす様にそれらが望子から離れて海へ戻っていく一方、折角仲良くなれると思ったのに、と望子はしゅんとしてしまっていた。
「ウルが近づいたから逃げた様にも見えたわね」
そんな望子を慰める様に、綺麗な黒髪を撫でていたハピの何気ない一言を受けて、
「は、はぁ……? なぁ、お前も見えてたのか?」
困惑しつつもそう問いかけてきたウルの言葉にローアは、いいや? とゆっくり首を横に振り、
「我輩仮にも魔族であるからな。 種族上精霊には好かれようも無いゆえ、知覚する事は出来ぬのである」
無論、強制的に顕在化させる事も出来なくは無いが……と決して望子には聞こえぬ様に付け加える。
「……何であたしには見えねぇんだ?」
その一方で、
「……ミコ嬢は召喚勇者であるし、ハピ嬢はあの眼で見通していたのであろうが……本来は
軽く溜息をついてから、ローアは聞き馴染みの無い
……最も、
「な、成る程な……まぁそれなら――」
それを聞いたウルは、別にあたしが駄目だから見えねぇって訳じゃねぇんだな、と若干安堵しうんうんと頷いていたのだが、そんな彼女の耳に少し遠くの方から無駄に元気な
「ねぇ見て見てー! 何かちっこいの捕まえたー!」
そう叫ぶフィンの手の中には、彼女の腰の辺りについたそれより一回りも二回りも小さな水玉があり、
『――――!?』
あろう事かその水玉の中には、先程逃げた個体とは別の
「ちょ、何やって……何で貴女はそうすぐ問題を!」
「い、いるかさん!? はなして! そのこをはなしてあげて! ね、ねれ……せいれいさんだからぁ!」
それを視認した瞬間、望子とハピはほぼ同時に彼女の元へ……正確には捕まっている精霊の元へ駆け出して、思わず二人揃って声を荒げてしまう。
「……なぁ、あれは?」
そんな中、漸く納得出来たところだったのに、とウルがフィンや望子たちを指差しつつ尋ねる一方で、
「……さぁ?」
我輩にも知らぬ事くらいある、とばかりにローアは両手を肩のところまでやり、
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