第136話 紅玉への仮昇級

「……どうした?」


 俯いたまま無言を貫いているファタリアを見て、ウルが怪訝な表情を湛えて問いかけると、

「え、あ、あぁ何でも無いよ」

 彼女はハッと我に返って苦笑し、気にしないでと手を振っていたのだが――。


(……この機を逃したら、おそらく当分ショストはこのまま。 あたしは別に構やしないが、住民たちからの突き上げも面倒だし……いい加減、冒険者あいつらの耳障りな声も聞き飽きた……このらに、懸けてみるか?)


 一方ファタリアの脳内では、功利と打算に満ち満ちた会議が繰り広げられており、しばらく思考の海に沈んでいた彼女は何かを決意し顔を上げる。


「それよりあんたら、海を渡りたいんだろう? なら海賊の討伐は避けて通れない……が、今のあんたらの等級クラスじゃあ依頼クエストは受注出来ない、残念な話だけどね」


 一度大袈裟に息を吐いた後、これまでの話を総括するかの如くそう語り始めたファタリアに、

「……改めて確認する様な事かしら」

 何を企んでるの? と言わんばかりに眉を顰めて、ハピは彼女に疑わしげな視線を送る。


「必要な事さ、これから話す事には……なぁ、もしあんたら三人の等級クラスはそのままに、依頼クエストを受注する方法があるって言ったらどうする? やる気はあるかい?」


 ひるがえってファタリアはそんな彼女の視線など何処吹く風と流し、望子とローアを除く亜人ぬいぐるみたち三人へニィッと不穏な笑みを浮かべつうそう問いかけ、

(……さんにん?)

(ミコ嬢と我輩は蚊帳の外の様であるな)

 『三人』という言葉に気づいた望子がコソッとローアに声をかけると、彼女は望子に身を寄せながら同じく小声で、おそらくはと付け加えて答えた。


「そりゃあ無くはないけど、それってどんな方法なの? もしかして……ボクたちより等級クラスの高い人を頭目リーダーにしてー、ってやつ? それなら知ってるよ!」


 勿論、小さな二人の呟きはフィンの耳に届いていたが、今はこっちが先かなと思ったより冷静な判断をした彼女はドルーカで銀等級シルバークラス森人エルフに手伝って貰った事を思い返して、ふんすと得意げにしていたのだが、

「……それは、出来ない」

「あら、どうして?」

 何故かファタリアは途端に苦々しい表情を浮かべてフィンの言葉を否定し、そんな彼女の様子に違和感を覚えたハピは首をかしげて尋ねる。


 するとファタリアは、懐から二本目の小さな葉巻を取り出し先程と同じ様に赤い羽で着火させ、

「もう……試したからだよ」

 それを咥えてスゥッと吸って、はぁーと重々しく煙を吐いてから、あまり言いたくない事なのか胡乱な瞳を湛えつつそう口にした。

「駄目だった、って事か?」

 誰の目から見ても明らかに一変した彼女の面持ちから、そう判断したウルが声をかけると、ファタリアはゆっくりその小さなかぶりを縦に振って答えてみせた。


「……じゃあどうすりゃいいんだよ」


 実を言うと、ウルもフィンと同じ考えを持っていた為、他に思いつく事も無い彼女がそう言うと、

「――仮昇級さ」

「「「仮昇級?」」」

 気を取り直す為かパチンと頬を両手で強めにはたき、真剣な表情を湛えたファタリアが告げた聞き馴染みの無い言葉に、図らずも亜人ぬいぐるみたちの声が重なる。


「あぁ。 冒険者の等級クラスが受注条件に達しておらず、されど実力は充分にその依頼クエストを受注するに値する場合に限り、ギルドマスターが一時的に仮初かりそめの昇級を許可してやれる……それが仮昇級だよ」


 ファタリアは彼女たちの反応に満足げにしつつ、フィンの提示した案とは若干異なる新たな提案をし、

「上級魔族を撃退出来るあんたらであれば、問題なく適用可能の筈だ……どうだい?」

 鑑定眼鏡シントレンズを手にその性能と結果を説明しながら彼女たちの経歴を口にして、上に許可は取らなきゃ駄目だけど、と付け加えて問いかけた。


 上? とウルは思わず声を上げたが、ファタリアはかつてウルたちの免許ライセンスを発行した王都のギルドマスターの名を挙げ、何とかその名を思い出す事に成功していた彼女はそうかと安堵した様にふぅと息をつく。


(王都の、って事は……あの気弱そうな奴か? まぁあいつなら余計な詮索はしねぇだろうし……うーん)


 そう脳内で呟くウルは、王都で再開を約束した龍人ドラゴニュートを介し、望子たちの大まかな事情を話した細身の男性を脳裏に浮かべつつ、あれそんなに偉かったのか? と別の疑問をいだいてしまっていた。


「それはいいけれど……さっき、三人って言った?」


 一方、ウルとは異なる疑問を持っていたハピが、押し黙ってしまった彼女の代わりにそう尋ねると、

「仮昇級は等級クラス一つ分までしか適用出来ない。 そっちの二人が一つ昇級したところで瑠璃ラピスだ、つまりは」

「我輩たち二人はここで留守番、という事であるか」

 はぁっ、と煙を吐いたファタリアは、葉巻の先を望子たちに向けそう告げようとし、その言葉をローアが継ぐと彼女は我が意を得たりと頷く。


「おるすばん……そっかぁ……」


 そんな二人のやりとりを聞いた望子は、今回自分は力になれないのだと理解し、しゅんとしていたが、

「……ミコ。 そんな顔しなくてもよ、あたしらが強ぇのは知ってんだろ? 安心して待ってろって」

「そうね、なるべく怪我はしない様に帰ってくるわ。 望子をこれ以上心配させたくないもの」

「海賊なんてあっという間に海に沈めてくるよ!」

 一方の亜人ぬいぐるみたちは、何とか望子を元気づけようと努めて明るく口々にそう告げた。


「……うん。 みんな、きをつけてね?」


 それを受けた望子は眉を垂れ下げつつも、ふわっとした笑みを浮かべて三人の身を案じ、そんな望子を見た亜人ぬいぐるみたちは矢も盾もたまらず望子を愛で始める。


 ウルはにひひと笑って望子の髪をくしゃっと撫で、フィンは望子の細い肩を後ろから抱き、ハピはそんな光景を微笑ましそうに見つめていた。


「決まりだね。 ただ、仮昇級の申請にはしばらくかかる筈だ。 それが済み次第、声をかけるからね」


 彼女たちの望子への愛玩が済んだ頃、それを苦笑いで静観していたファタリアはそう告げつつも、これから行わなければならない面倒な作業を思うと正直言ってうんざりしていたが、それも無理はないだろう。


(……何せ共和国になったばかりだからねぇ……王都のギルドも今頃てんやわんやだろうし、二日三日で済めば良い方か……全く、これだから魔族ってのは)


 そう、王都……いや、今は単に首都となったサニルニアにて、王が魔族に殺害されたという話は既に全土へ広まっており、このままでは不味いと考えた比較的まともな上流貴族たちはこぞって、君主を持たない政治体制……つまりは共和制を取り、この国はルニア共和国となる、と大々的に発表。


 ……当然、国に属する冒険者ギルドもその煽りを受け、統括、及び全権が国からサニルニアのギルドマスター、ノーチスへ移った事で、彼は職員たちと共に休む間も無く様々な方面からの職務に追われており、仮にも同じギルドマスターであるファタリアは、通信用の魔道具アーティファクトにてその事を把握していた為、下手すりゃ一週間とかになりかねない、とも考えていた。


 最も、王の殺害の実行犯でありながら運良くそれを魔族に罪着せる形となり、まつりごとに疎いなどというレベルでは無い亜人ぬいぐるみたちがそれを知る筈も無く――。


「了解……あぁそうだ、おすすめの宿はあるか?」


 話が終わったと見たウルが何気なくそう尋ねると、腕組みをして思案していたファタリアは、

「ん? あぁ、それならギルドを出てすぐ右手の所に比較的綺麗な宿があるよ。 あそこは出てくる料理も悪くないし、過ごしやすいんじゃないかね」

 ハッと我に返って扉の向こうを指差し、他の宿も悪くは無いけどと若干のフォローを入れてそう告げる。


「じゃあ、そこにしましょうか。 望子もいい?」


 それを受けたハピが自分たちの頭目リーダーたる少女にそう声をかけ、確認する様に覗きこむと、

「うん、いいよ。 ろーちゃんは?」

「うむ、我輩も構わぬよ」

 否定する理由も無い望子はこくんと頷き立ち上がって、隣に座っていたローアと共に部屋を後にする。


「それじゃ、ボクたちはこれで。 仮昇級よろしくね、ファタリアちゃん」


 そして、最後に部屋を出ようとしたフィンが振り返って、手をひらひらと振りつつ一時の別れを告げ、

「あぁ、こちらこそね」

 同じ様に手を振ったファタリアは、彼女たち全員が部屋を出た瞬間、違和感を覚えて首をかしげる。


(……ファタリア『ちゃん』?)


 しばらく唸っていた彼女は、先程のフィンの自分への呼び名が違和感の正体だと気づき、苦笑する。


(あの、あたしをいくつだと思ってんのかね……)


 唯一ハピには視えていたがこのファタリア、御年おんとし五百歳であり、亜人族デミとして生を受けたばかりのフィンからすれば、大先輩もいい所だった。

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