第131話 港町の屋台にて
門兵二人による事情聴取も終わり、漸く町に通された望子たち一行は、海が近いという事もあってか比較的涼しくかつ日差しの強いその町を見て、
「日焼け! 漁船! 青い海! うん、港町っぽいね!」
真っ先に少しだけ高く浮き上がり、きょろきょろと辺りを見渡していたフィンが高揚する一方。
「そ、そうだね」
元気になってくれたのは嬉しいけど、とばかりに何なら若干引き気味の望子が苦笑いで返し、
「つってもあんまり活気がある様には見えねぇな……ドルーカより小せぇってのもあるんだろうが」
二人の会話に割り込む様に、ウルが一つ前の町と比較して何気なくそんな事を口にした。
――港町ショストは、魔族の侵攻以前から存在していたドルーカとは違い、ここ数十年で出来た比較的新しい町であり住民や家屋の数もドルーカに劣るのは仕方ない事だが、彼女たちがそれを知る筈も無い。
「そうねぇ、
そう呟いたハピの言葉通り、彼女たちの視界にはいかにも魚が好物そうな
その中には、望子と同じくらいの年に見える少年少女たちも混じっていた。
(……単純に美形揃いだからではなかろうか)
一方ローアは脳内でそう推測を立てつつも、千年以上生きていてこの町に来るのは初めてなのか、きょろきょろと辺りを見回している。
「あ! ねぇみこ、お腹空いてない?」
そんな折、高い位置に浮かんでいたフィンが、何か興味を惹かれるものを見つけたのか声を上げ、スイっと戻って来ながら望子にそう尋ねると、
「え? あ、そういえば……ぅ、すいてる、かも」
彼女のその言葉で空腹を意識してしまった望子のお腹が可愛らしく鳴り、少し気恥ずかしそうに頷く。
「屋台があったの! 行ってみない?」
するとフィンは、だよねだよねと笑みを浮かべて屋台があるのだろう方向へ指を差してそう提案し、
「下山途中でパンとかクッキーとか食べたけど、流石にあれだけじゃあ足りないわよね」
顔を僅かに赤く染めていた望子を、愛おしそうに撫でながらハピが彼女に同調する様に言うと、
「多少なり
ローアが望子と同じくお腹を押さえて、我輩も空腹であると付け加えてフィンの意見に賛同した。
「……っし! 金はあるし、腹ごしらえするか!」
そんな彼女たちの話を纏める為に、パンっと手を叩いたウルがそう口にすると、それを提案したフィンを除いた全員がこくんと頷いたのを見て、
「よーし、それじゃあ行こう!」
フィンはぎゅっと望子を抱きかかえ、望子に負担がかからない程度の速さで宙を泳ぎだし、
「わっ、いるかさん! さわいじゃだめだからね!」
突然の事に驚きつつも、また問題が起こったら大変だと思い、望子は彼女の腕の中でそう忠告する。
「……ったく、調子良いんだからよぉ」
一方、すっかり元気を取り戻したフィンを見遣り、ウルが頭を掻きながら溜息をつき苦笑していると、
「まぁ気持ちは分かるわ。 私だって望子にあんな風に撫でられたら機嫌良くなっちゃうと思うし」
ハピは自分の栗色の髪を指で梳きつつ、フィンの蕩けた表情を思い返して少し羨ましそうにしていた。
「うむ、ミコ嬢との
そんな彼女に同意する様に、ローアが腕組みをしつつ首を縦に振っておよそ魔族らしくない表現をし、
「……上級魔族が何言ってんだ。 それよりあたしらも早く行こうぜ。 さっきから良い匂いしてんだよな」
呆れた様子で視線を送ったウルは、気を取り直して鼻を鳴らし、指をクイッと先を行く二人へ向ける。
「うむうむ、我輩これでも魚介が好物でなぁ。 煮たり焼いたり
ウルの言葉を受けたローアは、これまで口にしてこなかった自身の食の好みについて語っていたのだが、いくつかの屋台が並んでいる通りの中、何故か一つ屋台の前でじーっと網焼きを見ている二人に彼女は違和感を覚えて思わず声を出してしまう。
一方、隣に立つ望子以上に、食い入る様に屋台の網焼きを凝視していたフィンが一言、
「う、うーん……美味しそうだけど……ちょっと期待してたのとは違う……」
「ちょ、ちょっといるかさん」
望子でさえ、どう考えても失礼にあたるだろうと分かるその呟きに、望子があたふたとしながらもフィンを諫めようとしている中、何故か焼き網の向こうに座る店主は怒る事も無く苦笑している。
「どうした? 何かあったか……ん? こりゃあ……」
ウルもその状況は見えていたが、何が起こっているのかは分からなかった為、彼女たちが見つめていた焼き網を覗き込むとそこには――。
「貝とか蟹とか……浅瀬で獲れそうなのが多い、のかしら? いやまぁ、魚もある様だけれど……」
「ふむ、港町の屋台としてはいささか……おっと」
ハピとローアの言葉をそのまま表した様に、熱した網の上には貝や蟹、そして小ぶりな魚といった港町で無くとも獲れそうなものばかりが並んでおり、ローアは一瞬、手抜きではないかと思ったが、失言だと判断しわざとらしく口を押さえた。
そんな彼女たちを見ていた人当たりの良さそうな壮年の男性店主は、はははと力無く笑い、
「すまねぇなぁ、嬢ちゃんたち。 今のショストじゃどの屋台も店も、こんな感じの品揃えなんだ」
眉を垂れ下げ申し訳無さげにそう言って、あんまり近づくと危ないぞ、と望子たちに告げる。
「何か、あったのか?」
一方、相変わらず敬語など使うつもりが更々無いウルは、パチパチと音を立てる焼き網の上の貝や小ぶりの魚を金物の火箸で裏返している男性に問いかけた。
「あぁ……ちょっと前からこの町は、とある問題に苛まれててな。 そのせいで沖の方まで漁に出られなくなっちまったんだ。 お陰でこの通りさ」
すると彼はゆっくりとその表情を暗くして、町の住民全員が直面しているという問題について口にし、
「……
それを聞いたハピが、もしかしてとローアが先程言っていた海の精霊を思い返して問いかけると、
「ねれいす? あぁ、精霊様の事か……それは無い」
この町ではその呼称では無いのか一瞬首をかしげた店主だったが、すぐに彼女の言いたい事を察し、首をゆっくり横に振ってそれを否定する。
「ふむ、その心は?」
ローアとしても、ハピと同じく
「俺たちショストの住民は船乗りじゃ無くとも、海と共に生きる者として精霊様に感謝して日々を過ごしている……こんな状況であってもな」
朝と晩に全員がそれぞれ祈りを捧げてるんだ、と壮年の男性は至って真剣な表情でそう告げたが、
「じゃあ何なの?」
その一方で、痺れを切らしたフィンがそう尋ねると同時に、店主はチョイチョイと手招きして彼女たちを焼き網の横まで誘導して、言い憚られる様な事なのか口元に手をやりか細い声で――。
「――海賊さ」
「「「「海賊?」」」」
そんな風に、思わず
(かいぞく……えほんにもでてきたなぁ)
望子だけは、元の世界でお気に入りだったシリーズ物の絵本……その中に登場し、主人公たちと敵対する海の荒くれ者を思い出し、懐かしんでいた。
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