第130話 免許の意外な仕組み

 免許ライセンスからゆっくりと視線を移し、おそるおそるといった様子で問いかけてきたオーウェンに対し、

「ドルーカの領主……? って確か――」

 いの一番に反応したハピがぷるんとした唇に指を当てつつ上を向き、山の向こうの町で依頼主となった領主の顔を思い浮かべて答えようとしたのだが――。


「あぁ、クルトの事か? 懇意っつーか、知り合いっちゃあ知り合いだが……ってか、何でそれを?」


 しっかり彼の名を覚えていたハピとは違い、思案の末に何とか名前を思い出していたウルが彼女の言葉を遮って、頭をガリガリと掻きながら聞き返すと、

「領主様を、呼び捨て……? いやしかし……」

 彼女たちの対面のソファーに座るオーウェンは、全く持って領主を敬う気持ちの無いウルの物言いに引っかかり、片手で頭を押さえてうーんと唸りだす。


 そんなオーウェンと同じく、後ろに立ったまま控えているリアムも顎に手を当てているのを見て、

(……あれ、何かまずったか)

 ウルが何かを感じ取ったのか、こそこそと近くにいる仲間たちにしか聞こえない程の小声で呟くと、

(あのクルトとかいう男がどれ程の身分だったかは知らぬが……貴族である事に違いない以上、少なくとも敬称略は不敬と捉えられてもおかしくは無いのである)

 彼女の左隣に座っていたローアが僅かに身を寄せ、若干呆れた様子でウルを見つめてそう告げる。


 ――ちなみにドルーカ領主、クルト=シュターナは二十五歳という若さで侯爵……所謂辺境伯であり、本来一介の亜人族デミが呼び捨てにしていい相手では無い。


(あ、ま、マジか。 やっちまったかあたし)


 当然そんな事など知る由も無いウルは、つーっと冷や汗を流して僅かに焦り始め、

(……おおかみさんまで、やっちゃったの?)

 ウルの右隣に座っていた為二人のこそこそとした会話が聞こえていた望子は、未だ自分に縋りついているフィンに向けていたものと同じジトッとした視線でウルを射抜き、心底呆れた様にそう呟いたのを聞いて、

(え、いやちが、ミコ――)

 ウルは何とか言い訳しようとあたふたし、何なら自分も望子に抱きつけばあるいは、と考えてしまう程度には混乱してしまっていた。


「……あんたらは」


 そんな折、思案を止めたオーウェンが神妙な表情と口調で声をかけようとしたその瞬間、

「! あ、あー、その、な? クルト……さん? とは、知り合いっつーか何つーか、依頼クエストの関係で――」

 不味い展開になる前にと判断したウルは彼の言葉遮りつつ、普段の彼女であれば絶対に使わない敬称を口にして目を泳がせながら弁明を始めたのだが――。


「……あぁ、分かってる。 領主様から直々に指名依頼クエストを受け、それを見事達成したんだろ? それもこの等級クラスで……いや、大したもんだ」

「……へ? 何でそれを」


 ひるがえってオーウェンは、バタバタと慌てるウルを見てフッと微笑んでから、何故か彼女たちがこなしてきた依頼クエストを知っているかの様にそう言って称賛する。


「随分慌てられていましたから、もしかしてとは思っていましたが……ご存知、無い様ですね」

「……? 何をだよ」


 何が何だかといった様子のウルに対し、控えていたリアムが意外そうな表情を浮かべると、彼女は全く要領を得ないと言わんばかりに首をかしげた。


「冒険者ギルドが発行する免許ライセンスには、その冒険者がこれまでにどんな依頼クエストを受注し、成功、または失敗してきたのかという情報が明記されてるんですよ」


 するとリアムは彼女の疑問を解決をせんと、免許ライセンスに微量の魔力を流す事で確認出来るんです、と指を立てつつ詳細に、かつ分かりやすく説明し、

「え、あ、そう、なのか?」

「……ボクもそれ初めて聞いた」

 一方、完全に初耳の情報に驚いていたウルが、偶然目が合ったフィンに尋ねたものの、残念ながら彼女にとっても未知だった様で、鼻をすすってそう呟いた。


「あまり知られてない事だが、この免許ライセンスは立派な一つの魔道具アーティファクトらしいぞ。 かつてとある冒険者兼魔具士がこの仕組みを作り上げたとか何とか……」


 等級クラスに応じたこの宝珠が肝らしくてな、と付け加えつつ免許ライセンスを一枚手に取り緑色の宝珠を見せてそう告げるオーウェンの説明を聞いたウルは、

「……エイミーそんな事言ってたか?」

 ドルーカのギルドの受付嬢、彼女たちの免許ライセンスの発行を担当したエイミーの名を挙げ仲間たちに尋ねる。


「言ってたわ、貴女とフィンは聞いてなかったけど」

「あはは……おおかみさんはねてたし、いるかさんはその……わたしをぎゅーってしてたから……」


 そんなハピと望子の言葉通り、エイミーが説明をしている間、ウルは長話に耐えきれずうたた寝し、フィンは望子を愛でるのに忙しく聞いていなかったが、

「ま、マジ?」

「……ローアは? 知ってたの?」

 当然自覚などしていないウルとフィンは、心底予想外といった表情を浮かべつつ、ローアに話を振る。


「我輩もその説明は受けていたのである。 何も知らずに慌てるウル嬢は中々滑稽であったなぁ」

「ぐっ……!」


 一方、彼女たちとは別のタイミングで免許ライセンスを発行してもらっていたローアは、魔族らしくもなく至って真面目に説明を受けており、ウルはフッと嘲笑する彼女に一切反論出来ず低く唸るに留まった。


「……まぁともかくだ。 例え懇意だったとしても、相手は紛れも無い貴族だからな……敬称ぐらいはつけるべきだと思うぞ。 年長者からの助言ってやつだ」


 そして、話を纏める様にオーウェンが免許ライセンスをそれぞれに返却しつつそう口にすると、

「わ、分かったよ……」

 とことん気まずげにウルが指をいじいじとしながらも返事をし、彼女たちは一様に免許ライセンスを受け取った。


「それで、結局入っていいのよね?」


 そんな折、漸く終わったわねとばかりにハピが飲み終えたカップを机に優しく置いてそう尋ね、

「えぇ勿論ですよ。 あぁでも、お願いですから騒ぎは起こさないで下さいね?」

 彼女の問いに対し、リアムがニコッと笑いつつ、今回の騒動の原因となったフィンに、頼みますよと物腰柔らかに、されど確かな声音で告げる。


 未だ望子に抱きついたまま、ある意味ぬいぐるみとしての役割を全うしていた彼女は、

「すみません……いやほんとに……」

 蚊の鳴く様なか細い声で謝罪し、一方で既にそんな彼女を赦していた望子はといえば、

「……ふふ、ちゃんとごめんなさいできてえらいね」

「みこ……! 好き……!」

 綺麗な水色の髪を梳く様に撫で、かたやフィンは心底嬉しそうに目を細めており、

「「「……」」」

 そんな彼女をウルとハピはともかく……何故だかローアまでもが羨ましげにじーっと見つめていた。

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