第126話 祈りよ届け

「キュー……? キューなの!?」


 グラニアの尻尾……正確には、それが巻きついた黒焦げの人型の木の中から聞こえてきた、甲高く力無い鳴き声にカナタが一歩前に出て反応すると、

「ぷはぁ! み、皆さぁん! 私たちは無事ですぅ! キューちゃんが、頑張ってくれたお陰で……!」

『きゅう〜……』

 頭に相当する部分をひたいの角でパカっと割って、その中から顔を出したピアンが息を切らしてそう叫び、そんな彼女の頭の上でうつ伏せに寝そべったキューが、先程まで聞こえていた声と同じ様に唸っていた。


「キュー! ピアン……! 良かった……っ!」


 そんな二人を視認した瞬間、カナタは嬉しさからの涙を流して二人の名を口にしていたのだが、

(……確か、ウルは炎を扱える様になっているんだったか。 キューはそんな彼女が力を振るった場所で生まれた樹人トレント……まさか、火炎に耐性が?)

 その一方で、レプターは長い舌で乾燥した唇を潤わせながら、サーカ大森林にてウェバリエから得た情報を元にたった今起こった現象について思案を始める。


(だが耐性というには随分と……いやそれよりも)


 グラニアの足元に転がる黒焦げの根っこを見た彼女は、本来なら消し炭になっているだろうし……単純に力量の差なのだろうなと結論づけてから、未だ唖然とした表情を浮かべるグラニアに向けて、

「残念だったな、思い通りにならなくて」

 挑発的な笑みを湛えつつ、真剣な声音でそう告げると、グラニアは三つの頭全てでギリっと歯噛みする。


『……しゃらくせぇ、そんなら直接――』

「ひゃあ!? 結局食べられちゃうんですかぁ!?」


 そのすぐ後に彼がわざとらしく大きく舌を打ち、心底不機嫌な様子で低く呟いたかと思うと、未だピアンに巻きつけたままの尻尾ごと、彼女たちを喰らわんと中央の獅子レオの顔に寄せたのだが――。


「やるぞ、ケイル! 『風速双鉞アクスラレート』!」


 その瞬間、三人の中で唯一の混血であり、魔力も多めのオルンが緑色の宝珠の埋め込まれた投擲鉞トマホークを握りしめ、斬り裂く為では無くあくまで加速させる為に風属性の魔術を付与して勢いよく投擲し、

「わーってるよ! 『変幻弐釵デュオフリール』!」

 そんな彼に呼応する様にケイルが黄褐色の鱗を逆立て、鎖鎌チェインサイスの鎖部分を腕に巻きつけた後、武技アーツの名を叫ぶと同時に高速で回転し、解き放たれた鎖鎌チェインサイスは摩訶不思議な軌道を描いてグラニアへ襲いかかる。


 ――彼らは今この瞬間まで、先程のグラニアの咆哮で吹き飛ばされ意識を……手放してはおらず、レプターたちが初代と会話している隙に煙に紛れて彼の後方へこっそりと回りこみ……今、飛びかかったのだ。


『あぁ……?』


 とはいえ勇み叫んで突撃した以上、当然グラニアはそれに気づく訳で、低く唸りつつ彼らがいる背後へと顔を向けようとしたその時、

「……! 夜帳化メイクダーク安楽化メイクヒュプノっ!」

 ピアンは彼らを支援する為、もう一度先の状況を作り出そうと二つの魔術を同時にグラニアへ行使した。


『う、お……!? ぐっ、い、てぇなぁああああ!』


 そんな彼女の狙い通り、グラニアの視界は一瞬で暗がりとなって、その上襲いくる睡魔に抗いきれず変異した身体がぐらついた所へ、二種の斬撃が襲来する。


「……っ、アング! 今だ!」

「おうよ! ぶちかましてやらぁ!」


 これを好機だと見たオルンが、隠れていたもう一人の仲間へ向けて叫ぶやいなや、巨大な戦鎚ウォーハンマーを担いでいるとは思えない程の俊足でアングが接近し、グラニアを叩き伏せんと高く跳び上がる。


夜帳化メイクダーク解除……! からの……重量化メイクヘビィ!」


 未だ尻尾に捕まったままのピアンは、こちらも同じく支援する為一時的にグラニアの視界を戻して、アングと戦鎚ウォーハンマーの質量を増加させた。


「ぅお!?」


 落下速度が突然上昇したばかりか、戦鎚ウォーハンマーまで重くなった事に一瞬目を剥いて驚いたアングだったが、

「……あぁ成る程な、悪くねぇ! 『剛鎚撃沈スタンブロウ』!!」

 ピアンがこちらを見上げていると気づいた瞬間、それで全てを理解した彼は決して手放さぬ様にしっかりと戦鎚ウォーハンマーを握りしめ、武技アーツの名を叫びながら隕石の如き一撃を叩き込まんとし、

『……ぎっ、ごの……! があ"ぁああああっ!?』

 それが見えていたグラニアは、咄嗟に防御しようと眠気を顧みずに半端な変異をしたクラブの爪を掲げたが、振り下ろされた戦鎚ウォーハンマーの勢いに惜しくも敗北し、けたたましい音を立て赤い爪は砕けてしまう。


「はっ、悪ぃな初代! おい、無事……にゃあ見えねぇな、とっとと下がれ!」


 濁った悲鳴を上げるグラニアを尻目に、砕けた爪を足場に彼の尻尾へ跳び移ったアングは既に拘束が緩んでいたピアンと、彼女の頭の上にいたキューを助けつつ離れた場所に着地してからそう告げて、

「あ、ありがとう、ございます……」

『きゅ〜……』

 相手は盗賊とはいえ助けて貰ったのだから、と思い謝意を示したピアンを真似する様にキューもぺこりと頭を下げると、彼は照れ臭そうに頬を掻き、

「……気にすんな。 ついでだついで」

 小さくそう呟いてから、戦鎚ウォーハンマーをその手に再び戦場へと駆け出していった。


「二人とも、大丈夫!?」


 そんな中、アングが着地した地点まで駆けて来ていたカナタは慌てた様子で声をかける。

「私は、何とか……でも、キューちゃんが……!」

『きゅ、きゅう〜……』

 事実、キューが根の盾で庇ったお陰でピアンはほんの少し火傷を負った程度で済んでいたが、

「キュー……よく、頑張ったわ……勿論ピアンもね。しっかり休んでて……持続治癒キュアケイプ

 カナタは二人を精一杯労いつつ、ゆっくり治した方が良さそうだと判断し、その為の治療術を行使した。


「ありがとうございます……皆さん、大丈夫でしょうか。 やっぱり私も……ぅ」


 一方ピアンは、キューのお陰で然程怪我も負っておらず、すぐに立ち上がり未だ戦いを繰り広げるレプターたちを支援しようとしたが、精神的ダメージからか思わずふらついてしまい、

「無理しちゃ駄目よ……ピアン、キューをお願いね」

 それを見たカナタはピアンの頭に手を置き、優しい声音でそう告げて彼女をぺたんと座らせた。

「は、はい……え? か、カナタさん? 何処へ……」

 そんなカナタの様子に違和感を覚え返事をしつつも彼女を見上げると、既にカナタは歩を進めており、思わず声をかけたがもう遅く――。


 ――彼女は、戦場へと足を踏み入れる。


 一方、アドライトや三人の盗賊たち共々、満身創痍となりながらも怒髪天をつく勢いのグラニアとの戦闘を繰り広げていたレプターが、

「カナ、タ……? カナタ! 何をしてるんだ!?」

 神官姿の少女が悠然とグラニアがいる方向へと歩いていくのを見た瞬間、目を剥いて驚きそう叫んだものの、彼女の歩みは止まらない。


 そして、怒りから荒い息を上げるグラニアの眼前まで近づくと、彼は漸くそこで少女の存在に気づき、

『あぁ!? おめぇは……何だ? さっきの樹人トレントの飼い主か? 見たとこ神官らしいが、何しに来た? まさか、俺を治療して命乞いでもしようってかぁ!?』

 他の亜人族デミたちに比べれば警戒の必要など皆無だろうと考え、嘲笑うかの様にそう言い放った。


 今すぐにでもカナタのフォローに入ろうと、レプターやアドライトが構えていたそんな時、かたやカナタは彼のとある言葉で何かの確信を得ており、

「……っ、一つだけ、聞いてもいいかしら」

 それをより確実なものとする為、溢れる恐怖を何とか抑えつつ巨大な怪物に問いかける。


 その一方で、明らかな非戦闘員である筈の、目の前の少女の妙な冷静さに違和感を覚えたグラニアは、

『あ……? 何だ?』

 そう聞き返しつつも、三つの頭全てで何となく怪訝な表情を浮かべていた。


「治療して命乞いを、って事は……治療術は、貴方に通用すると思っていいのね?」


 震える片手をもう片方の手で抑えながら、彼との戦闘が始まる前から考えていた一つの可能性を確かめる為にそう口にすると、

『……たりめぇだ。 治療術が通らねぇのなんてそれこそ屍人グールとかの……おめぇ、何が言いたい?』

 この女はこの状況を理解してるのか? と思いつつ、その程度の事であれば痛手にもならないと判断し、グラニアは律儀にもそう答えたのだが、

「そう。 なら……私の勝ちね」

『……はぁ?』

 自信に満ち満ちた表情でこちらを見上げるカナタの呟きに、強い違和感を覚え声を上げた瞬間――。


「――『医神アスカラに懇願す。 貪婪どんらんなる我が祈りに応じ、かの者の御霊みたま現世うつしよへと呼び戻さん……例え、刹那の邂逅であろうとも』」


『……? 何するつもりか知らねぇが――』


 目を閉じて両手を組み、祈りと共に詠唱を始めたカナタに疑問を持ちつつも、まさか本当に自分に対して治療術を行使する筈も無いと思い何かする前に止めてしまおうと、砕けた腕を再度変異させ---。


「――『遡行治癒キュアリターン』」


 彼女の交差した両腕の先から放たれた淡い緑色の光に驚き、思わず防御態勢を取ったグラニアだったが、

『は……? な、何も起こって』

 その言葉通り、彼にもカナタにも……ましてやそれを見守るレプターたちにも何も起きていない。


 ……そう、思っていた。


『……ぐ!? げ、あ"ぁ! 何だ、こりゃあ"!? 俺の、身体がぁああああああああっ!!」


 瞬間、グラニアが苦しみ出したかと思うと、彼の身体の至る所から何かが飛び出してきた。


 魔物に魔獣に魔蟲……そして亜人族デミ、それらは明らかにグラニアがこれまでの生涯で恩恵ギフトを用いて喰らってきたものたちであり、次から次へと飛び出して、彼の身体を食い破り……何度か牙や爪を浴びせたかと思えば、一匹、また一匹と力尽きていく。


「一体何がどうなって……カナタ、何をしたんだ? 貴女が行使した以上、治療術ではあるんだろうが……」


 そんな凄惨な光景を見せつけられていたレプターはといえば、多少動揺を見せつつもその原因であろうカナタへおずおずと問いかける。


遡行治癒キュアリターン……既に死した存在の魂を、ほんの一瞬だけ呼び戻して仮初かりそめ生命いのちを与える……こんな私が唯一扱える、中途半端な蘇生術よ」


 それは、聖女であるカナタにとっては禁忌の治療術であり、唯一にして絶対の……自衛の手段。


「……まさか、奴がこれまで喰ってきた魔獣や魔蟲、亜人族デミたちを蘇生させたのか? 奴の身体から、犠牲になった者たちを引き剥がす為に……」


 そう、カナタはこの治療術を生物に行使すればどうなるか完全に理解した上で放っており……ともすれば勇者召喚サモンブレイヴと並び立つ程に、彼女が出来る限り行使したくない術の一つであった。


「これが、聖女の力……凄まじいね」


 その凄惨な光景を垣間見ていたアドライトが、感嘆と畏怖の混じったそんな声音で呟いていた時、

(せ、聖女? あいつ聖女なのかよ!?)

(……どうりで傷の治りが異常に早ぇと思った)

 無意識だった為かその声は決して小さくなく、偶々聞こえていたケイルとアングはそれぞれカナタが自分たちに行使した治療術を思い返して呟き合う。


(これでは、流石の初代あのひとも……)


 オルンはというと、仮にも世話になった人の殺しに加担してしまった事に今更ながら僅かばかりの罪悪感を覚えていたが、これも生きる為だと首を振り、未だ苦しみ続けるグラニアを見遣っていたのだが---。


「ご、ぉ……っ! ふざ、け……な……ぉれは、なねぇ、ぞ……息子あいつが……待って、だ……」


 亜人族デミたちにより全身をズタズタに引き裂かれ、強靭な四肢も身体の内から這い出てきた獣たちに噛みちぎられ、蟲たちに腹を食い破られた事で内臓の殆ども辺りに散らばっており、とうに事切れていてもおかしくない筈なのにも関わらず、それでもグラニアは無い腕を伸ばし目も見えぬまま前へ進もうと地面を這う。


 ――奇しくも、息子ルーベンがいるドルーカの方へ。


 そんな死に体の彼を見て、思う所があるのか三人の盗賊たちは気まずげに目を逸らしていたが、

「……もうここまでだ、死毒旋風シムーン初代首領、獣宿ビスドエルのグラニアよ。 聞こえているかは知らないが、その親子愛に免じ……一瞬で終わらせてやる」

 そんな彼らをよそにレプターはバサッと飛び上がって、地面に転がる彼の頭上で止まり、抜き放った二本の細剣レイピアきっさきと、バキバキと音を立てて槍の様に変化させた翼をグラニアへ向け魔力を溜めていく。


 実を言えば、既にグラニアの目と耳は完全に潰れており、彼女の言葉はおろか頭上に回られた事にすら彼は気づいていなかった。


「……っぐ、ぞぉおおおおおおおおっ!!!」


 だがそれでも、何処かで膨大な魔力が充填されている事は嫌でも悟ってしまい、これから自分がどうなるのかを察してしまったのだろう、グラニアの慟哭が洞穴中に響き渡り――。


「――『四矢弩砲フィアバリスタ』」


「――――――――!!」


 二本の細剣レイピアと、今や破城槍と化した翼から黄金色で放射状の極大な魔力を放つ、数少ないレプターの遠距離攻撃により、グラニアは声にならない声を上げ……肉体の一片も残さず消滅した。


「……任務ミッション完了コンプリート

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