第125話 個に秘める全の力

「ピアン! 試したい事が――」


 今まさに戦闘が幕を開ける、そんなタイミングでそう声をかけてきたアドライトに、

「分かってます、支援魔術は属性を持ちませんからね! 『夜帳化メイクダーク』!」

 任せて下さい、と言わんばかりに頷きワンドをクルクルと回した後、ビシッとグラニアに向けて止め、新たな支援魔術の名を叫び放って赤い宝玉を輝かせる。


『……んん? 何だこりゃ、見えにくいが……そんだけだな。 くだらねぇ事しやがって、時間稼ぎかぁ?』


 突然グラニアの三つの頭全ての目の色がグルンと黒に変わり、自身に発生した異常を口にしつつ頭をブンブンと振るが、どうやら解除はされていないらしい。


「視界を暗闇で包む魔術なのですが……属性以前に魔術そのものへの高い耐性があるみたいですね」


 見えにくいだけってちょっとショックです、と付け加えつつも、ピアンは魔術を行使する手を緩めない。


「先のいかずち、あれは魔力だけの一撃では無かった筈だが、それでも初代は無傷だった。 俺たちの攻撃が通用するとはとても思えない……打つ手はあるのか?」


 そこへ割り込んできたオルンが先程のアドライトの不死雷鳥ボルテクスを自分なりに分析し、推測した結果を彼女に伝えて神妙な顔で問いかけた。


 一方アドライトは、それを十二分に理解した上で、ピアンがいればまだ勝ちの目はあると判断し、

「だからこそ、支援魔術がかなめになる。 試してみようか……ピアン! それを維持したまま別の魔術を!」

 如何にも頭目リーダーらしい頼もしげな表情をオルンとピアンに向け、無理を承知でそう告げる。


「はい! ちょっと前までは魔術の同時行使なんて無理でしたが……これもあの人のお陰です! 安楽化メイクヒュプノ!」


 だが彼女の予想に反しピアンはまだ余裕がありそうにニコッと笑って、かつて二代目をあっさりと眠らせた魔術を碌に前も見えていない初代に放った。


 見えにくい、という発言から、完全に見えていないのだろう事を理解していたピアンは、

(多少効き目が悪くても、視界を暗くする夜帳化メイクダークとの合わせ技なら通用する筈……!)

 それでも視界を暗く……すなわち夜に近い状態に陥っている今なら通るのではと考えており、

『ん、お……? ぁんだ、眠気、が……?』

 そんな彼女の推測通り即座に昏睡するという事は無くとも、彼の目蓋は段々と下がり、それに伴って変異していた身体が弛緩していくのを見たアドライトは、

「! 今だ、一斉攻撃を!」

 これを好機と捉えて、レプターたちに指示を飛ばしつつ自身も弩弓クロスボウをグラニアへ向ける。


「了解だ! 貴様ら、私に続け!」


 その指示を受けたレプターは、地面を力強く踏みしめつつ翼を大きく広げ、細剣レイピアを構えて突撃しながら後ろにいる盗賊たちに目を向けぬまま叫び放ち、

「命令してんじゃねぇ! くそ、やってやらぁ!」

 彼らを代表して叫んだアングの声を皮切りに、三人は一斉に銘々武器をその手に初代へ牙を剥く。


 そして、最初にアドライトの放った数本の矢が彼の身体に突き刺さり、更に追い討ちをかける様にレプターと盗賊たちが彼の身体に斬撃、打撃を浴びせた。


 それぞれの渾身の一撃を受けたグラニアは、眠ってしまったのか俯いたまま動こうとせず、

(どうだ……?)

 同じく遠距離にて攻撃したオルンと共に、少し離れた位置から様子を見守っていたその時、

『……る』

「ん? 何だ――」

 グラニアの頭の一つ、中央の獅子レオが小さく何かを呟いた事に気がついたレプターが、ついつい気になってそちらへおずおずと近寄った瞬間――。



『『『――ルォオオオオオオオオッ!!!』』』



「「「「「「!?」」」」」」


 突然グラニアの三つの頭全ての目がクワッとひらき、三つの大きな口からかの人狼ワーウルフの咆哮と同じかそれ以上の轟音が放たれ、その音圧により接近していたレプター、アング、ケイルの三人だけでなく、中距離にいたアドライトとオルン、ピアンまでもが、広い空間の端から端まで吹き飛ばされてしまう。


『きゅー!?』

「……な、何が……!?」


 勿論、更に遠い位置で待機していたカナタとキューもその咆哮に驚き耳を塞ぎつつ、何が起こったのかは分かっていてもそう口にせざるを得ない程に混乱の極みに陥ってしまっていた。


『……ふぅ。 おっ、視界良好。 やっぱり力業が一番ってこったなぁ』


 しばらくして、洞穴中に反響する咆哮が弱まってきた頃に、グラニアが一息つきつつそう言うと、

「ぐ、がはぁ……っ! 力業、だと……っ!?」

 鈍い音を立て半ば埋められていた壁を拳で叩き割りながらレプターが、馬鹿な、といった表情を浮かべ、

「……まさか、ただの大声で……!? ピアン!」

 かたや身軽さを活かして何とか壁に叩きつけられる事だけは避けたアドライトは、決して責めるつもりは無いものの少し強めの語気でピアンを呼び、

「……す、すみません、もう一度……きゃあっ!?」

 怒られると勘違いしたピアンは、ふらふらと身体を起こして再度支援魔術を行使しようとした。


 だがそれは、彼女の足元から突如現れた蠍の尻尾に遮られたかと思えば、ピアンはそれにグルっと巻きつかれて他でも無いグラニアの方へ引き寄せられ、

『……別にあんなの効きゃあしねぇんだが、鬱陶しいからなぁ。 おめぇから喰っとくか』

 彼は尻尾ごとピアンを獅子レオの顔に近づけて、ニヤニヤと笑いながら牙の生えそろった大きな口をける。


「くぅ……こ、この……っ! 夜帳化メイクダーク……!」


 当然ピアンとしてはただ黙って喰われる訳にもいかず、ギシッと軋む身体を動かし何とかワンドを向けて魔術を行使したはいいものの、

『おっと……無駄だぁ。 さっきはいきなりだったから驚いたが、よく考えりゃ俺には耳も鼻もある。 目が見えなくなった程度で焦る事ぁねぇんだよな』

「ひっ……!」

 彼は最早視界が暗くなる事を何とも思っておらず、真っ黒な瞳で彼女を睨んでそう呟き、自分がやった事だと分かっていてもピアンは思わず怯えてしまう。


『きゅーっ!』


 瞬間、それを見かねたのかカナタの肩にしがみついていたキューがピョンと飛び降り、腕の根っこを伸ばして硬い地面に突き刺して、ボコボコと割りつつ少しずつ肥大化させたかと思うと、その根っこをグラニアの巨体を拘束するかの様に絡みつかせた。


「ちょ、キュー!?」


 カナタが驚いた原因は、キューの突然の行動に……でもあるが、その根っこの大きさにもある。


(……もしかして、魔石のせい? これなら……)


 そう、彼女の推測通り、キューは壁に埋め込まれた魔石の放つ光により光合成を可能としており、植物とは無縁の洞穴内でも充分に力を発揮出来ていた。


『……んん? 何だこりゃ、根か? おめぇみてぇなちっせぇ樹人トレントが何とか出来ると思ったか……そら』


 だが、そんなカナタの期待を嘲笑うかの様に、グラニアはあっさりとキューの根っこを引きちぎりつつ、

『きゅ、きゅ〜!?』

「キュー!? やめて、お願い!」

 キューと繋がったままの根っこを鬼人オーガの腕で引き寄せた事で、キューは悲鳴を上げながら彼の方へ飛んでいき、カナタは無意味だと分かっていてもそう懇願せずにはいられなかった。


『折角だ、兎共々こんがり焼いて喰ってやる。 樹人トレントは初めてだからなぁ、楽しみだ』


 無論、グラニアがそれを聞き入れる筈も無く、彼はそう言うが早いか獅子レオの頭を変異させる。


「あれは……火焔蜥蜴サラマンダーか!? ピアン、キュー!」


 そう叫んだレプターの言葉通り、周囲の空気が熱で歪んで見える程の高温の炎を纏う火焔蜥蜴サラマンダーの頭部へと完全に変異し、その口を大きくひらくと、

「……っあ」

『きゅー……!!』

 おそらくピアンからは口内に蓄えられた業炎が見えているのだろう、生を諦めた様な声を上げる一方で、キューは最後まで抵抗する為根っこを伸ばし、自身とピアンを覆う大きな球状の根の盾を作り出す。


 だが次の瞬間、無情にもキューの盾を完全に隠す程の業炎が放たれ、満足げにグラニアがその口を閉じた頃には、焦げ目一つついていない蠍の尻尾に巻きつかれた丁度人一人が入っていそうな細い木があり、

「ぁ、あぁ……そんな、そんなぁ……!」

 その光景、そしてグラニアの目の色が元に戻り、ピアンの魔術が解かれたのを見たカナタが、二人の生存が絶望的だと悟りポロポロと涙を流して膝をつく中、

「……っ! 貴様ぁ! よくも二人を!」

 ギリっと歯噛みし、カナタとは対照的に怒りを露わにしたレプターが細剣レイピアを向け怒鳴り散らす。


『ふん。 おめぇも俺の部下を散々殺してくれたんだ、これでおあいこといこうじゃねぇか。 なぁ?』


 そんな彼女たちの悲哀や激昂など何処吹く風とばかりに、グラニアは三つの頭全てでニヤニヤと醜悪な笑みを湛えて声をかけてきたが、

「ふざけるな……! 二人の命の価値が貴様らの様な盗賊などと……平等な筈があるまい!」

 レプターは決して、命はあまねく平等だ、などと綺麗事を言うつもりは無くそう叫び放ち、

『ふん。 さて、そろそろ食べ頃か……あぁ? 何だ、動いたか今……?』

 されどグラニアはどうでもよさそうに鼻を鳴らし、丸焼きになっているだろう彼女たちを喰らう為尻尾を緩めたその瞬間、何かがもぞもぞと動くのを感じた。





『……きゅ、きゅ〜……』


「……え?」

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