第124話 『獣宿』のグラニア

 一方、互いに口上を終えたその瞬間、レプターは抜き放った細剣レイピアをグラニアに向けて構え、

「行くぞ! 一角独槍アインスピア!!」

 一本の大きく鋭い槍となって突進する武技アーツの名を叫び、突っ込んでいく。


 かつてのウェバリエの分析通り、龍人ドラゴニュートとしては彼女の速度スピードは一歩劣るものの、それはあくまでも龍人ドラゴニュートの中では、という事であり、少なくともグラニアの巨体で躱せる程に鈍重という訳では無い。


 グラニアもそれが分かっていたのか、はたまた余裕からなのかは分からないが、

「……ふん」

 彼女の渾身の武技アーツを、所々に貝殻を付着させたクラブの爪で簡単に受け止めみせた。


「!? な、何だと……っ」


 本来であればこの一角独槍アインスピア人族ヒューマン亜人族デミ程度であれば四、五人を貫きつつ集団を吹き飛ばしながら押し通る程の力があるのだが、

(貫くどころか……! 何だこの硬さは!?)

 脳内でそう叫んだ彼女の言葉通り、槍と化した細剣レイピアきっさきは、ガキンと音を立て堅固なクラブの爪にそれ以上の進向を阻まれてしまっていた。


「そら、お返しだ」


 そして、予想通りとばかりにニヤッと笑ったグラニアはそう言って、もう片方の腕を鬼人オーガのそれに変異させつつレプターを吹き飛ばさんと殴りかかる。


 彼女は一瞬、得意とする絶衛城塞ランパートを行使しようとしたが、片手が細剣レイピアで埋まってしまっている事に気づいたレプターは咄嗟にもう片方の腕を構え、

「っ! 『隻腕要塞ガントレス』!」

 絶衛城塞ランパートをそのまま縮小化し、取り回しを良くした武技アーツを行使してその一撃を迎え撃つ。


(お、重……っ! だが、これしきで……!)


 明らかに通常の鬼人オーガの腕より強靭なそれを、少しでも勢いを殺す為に翼を広げた甲斐あってかそこまで距離を稼ぐまでも無く止め切る事が出来ていた。


「……ほぉ、今のを防ぎ切るかよ。 おめぇ、攻撃は大した事ねぇが……防御だけは一級品だなぁ」


 一方、グラニアが心底感心した様に、拍手はしないまでも彼女を称賛するかの如き発言をすると、

「黙れ……! 貴様の様な屑に褒められて、も……? 何だ、何を考えている?」

 レプターは息を切らしてそう言おうとしたのだが、いつの間にかクラブの爪を元の腕に戻していた彼が顎に手を当て自分を見ている事に気づき、そう問いかけた。


「そうだ、さっきおめぇを喰らうっつったが……やめだ。 丁度部下も減った事だし、おめぇを餌に魔獣や魔蟲を集めて苗床にでもなってもらう事にしよう。 手駒も増えるしつまみも増える、良い事づくめだ」


 するとグラニアは考えが纏まったのか、ニィッと笑ってレプターを指差しながら、彼にとっては最良の、レプターにとっては最悪の、そんな案を口にしたが、

「……悪いが私の身体は頭の天辺てっぺんから爪の先に至るまで、あの方に捧げると誓っている。 貴様の目的とその手段に利用されてやる事など出来よう筈が無い」

 当然レプターがそれを受け入れる訳も無く、彼女は脳裏に黒髪黒瞳の愛らしい少女の姿を浮かべて、ハッキリとした声音で告げつつ改めて細剣レイピアを向ける。


「……あの方とやらが誰かは知らねぇし、興味もねぇが……それを決めるのはおめぇじゃねぇ……この俺だ――『全貌獣宿フル・ビスドエル』」


 そう呟いたグラニアの身体がバキバキと音を立て、少しずつ大きく、そして異形の存在へと変異する。


「……はは」


 それを見ていたレプターはといえば、彼女自身の意に反して力無い乾いた笑みが漏れていた。


(……貴様の父親の方が余程化け物ではないか)


 ほんの数日前、自分を化け物だとのたまった二代目ルーベンの言葉が滑稽に思える程に、初代グラニアの姿が正真正銘の化け物へと変貌を遂げてしまっていたからに他ならない。


「レプター! 間に合っ……!? 何、あれ……!」

『きゅーっ!?』


 その時、漸くレプターに追いついたカナタとキューが、目を見開いてしまったのも無理はないだろう。


 今や彼の姿は元々巨大だった身体が更に大きくなり、クラブの右腕に鬼人オーガの左腕、ベアの屈強な下半身からスルリと生えた双尾毒蠍デュオスコルプの二叉の尻尾が見え隠れし、何より一つだった筈のグラニアの頭は、ウルフ山羊ゴート、そして獅子レオの三つに増えており、まさしく魔合獣キメラと呼ぶに相応しい容貌と成り果てていたからだ。


「か、カナタ! キュー!? 何もこんな時に――」


 その声で二人の存在に気がついたレプターは、暗に逃げろと叫ぼうとしたのだが、

「『魔弾装填ローディング属性付与エンチャントTサンダー標的確認ターゲットロックオン!』」

 そんな彼女の声は、同じく洞穴を走って来ていたアドライトの詠唱によって遮られ、その詠唱が終わると同時に展開した両腕の弩弓クロスボウを、上下に重ねる様にして既に異形と化していたグラニアに向ける。


「支援します!『二重化メイクデュアル』!」


 一方、自分の役割を理解しているピアンは彼女をサポートする為、ワンドを彼女へ向け支援魔術を行使し、

霹靂へきれきせよ――『不死雷鳥ボルテクス』!!」

 それを受けたアドライトは横目でピアンを見つつ頷いてから矢を放ったかと思えば、次の瞬間にはグラニアの巨体と然程変わらない大きさのいかずちの鳥が彼に向かって飛んでいき、更にはピアンの支援魔術によりサイズをそのままに二つに分かれ、かの者を貫かんとまさしく雷鳴の様ないななきを轟かせる。


 そんな折、漸く変異が完全に終わったのか三つの頭全ての目がゆっくりと開けたグラニアは、

『ん? 何だ――』

 高低入り混じった不気味な声でそう呟こうとしたのだが、彼の視界を埋め尽くす様に二羽の雷鳥が飛んで来ている事に気づき、咄嗟にクラブ鬼人オーガの腕を交差させて防御した瞬間、二つのいかずちの魔力が激烈な爆発を引き起こし、広い空間に暴風が吹き荒れた。


 その衝撃からカナタたちを守る為、翼を広げて足に力を込め、絶衛城塞ランパートを行使したレプターが、

「やったか……?」

 爆発の衝撃が少しずつ収まった頃、確認する様におそるおそる半透明の絶衛城塞ランパートの向こうを覗き込んでそう呟いた時、土煙の中で何かが蠢いて、

『……ふぅ。 思わず防いじまったが、そもそも俺にいかずちは効かねぇんだったなぁ。 ついつい忘れちまう』

「な、無傷だって!? 私は手心など加えて……!」

 そんな事を口にしながら三つの頭全てで極めて醜悪な笑みを浮かべたグラニアに、アドライトは信じられないといった様子でそう叫び放つ。


『悪ぃなぁ森人エルフ獣宿ビスドエルは喰らった奴らの力や姿だけじゃなく……その耐性まで再現出来るんだよ』


 ひるがえってグラニアが未だ身体中を這い回る雷撃を、ふんっ、と力を入れて吹き飛ばしながらそう告げると、

「……成る程ね、いかずちが通らないのもそれが原因かな」

 臨時とはいえ頭目リーダーとして何とか冷静を装い、アドライトが小さく悔しげに呟き、

(という事は……やはり、吸い込まれていたのだな)

 それを見ていたレプターは先程穴の奥に吸い込まれた毒の行方を察し、同じく悔しそうにしていた。


『おめぇらは俺が今までどれ程の命を喰らってきたかなんて知る由もねぇんだろうが……少なくとも、俺に属性を付与した魔術や武技アーツは一切通用しねぇ』


 グラニアが自身の恩恵ギフトを誇るかの様に笑い、彼女たちに言い聞かせるかの如くそう言うと、

「……面倒な事だね」

 アドライトは苛立ちを隠そうともせず舌を打って、弩弓クロスボウをガチャガチャと弄っていたのだが、

(だから言ったのによぉ……! とにかく逃げ――)

 相手が初代のみだと分かった時点で隠れていた三人の亜人族デミの内、アングがか細く叫んだその時――。


『聞こえてるぞこの裏切り者共ぉ! こそこそしてねぇで出てきやがれぇ!』


 そんな小声すら今のグラニアには聞こえていたのだろう、突如洞穴中に響き渡る大声をかけられた事で、

「ぎゃあっ! バレてんじゃねぇかぁ!」

「そりゃそうだろ、耳も鼻も強化されてんだろうし」

 アングは同じ程の大声で驚き、逆に冷静さを取り戻していたケイルは彼を諭す様にそう言って、

「もう諦めろ、俺は……覚悟を決めたぞ」

 かたやオルンは、自分の武器である色違いの宝珠を埋め込んだ二本の投擲鉞トマホークを握り決意を口にした。


「……生きてここから出られっかなぁ」


 そんな折、鎖鎌チェインサイスを手に持ったケイルが溜息混じりに自身のくだらない生涯を振り返ってそう呟くと、

「それも、俺たち次第だろうな」

 あくまで平静な様子でそう答えたオルンと、それを聞いて頷くケイルを交互に見ていたアングは、

「……だああああっ! やりゃいいんだろやりゃあ!」

 そんな風に叫びながらガリガリと頭を掻いた後、その膂力を存分に活かし、身の丈程の戦鎚ウォーハンマーを担ぐ。


 初代グラニア対冒険者、盗賊連合の戦闘が今まさに始まらんとしていたその時――。


(魔術が、効かないって……治療術も? いや、そんな耐性があるなんて聞いた事無いわ)


 レプターやアドライトたちより少し後ろの方に控えていたカナタが、グラニアの言葉を脳内で整理し、

「……なら、もしかしたら」

 小さく小さく呟いたその声は、幸か不幸か戦闘を繰り広げんとするレプターたちの耳には届かなかった。

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