第123話 菫色の龍人

 時は、レプターがアドライトの立てた作戦を無視してアジトへ向かい、歩哨をしていた盗賊を翼で斬り捨て、洞穴に響かせる様に口上を述べた辺りまで遡る。


「……ふむ」


 自分の声が洞穴中に反響している事を、龍人ドラゴニュートの聴力で確認していたレプターは腕組みをして低く唸り、

(突然の事態に狼狽し、碌な準備もせぬまま飛び出てくる程愚かという訳でもない、か……盗賊の分際で)

 心底気に食わないといった様子でそう考えていたのだが、しばらくすると一つの可能性に辿り着く。


(……いや、誘われている? 考えられなくはないが……それなら逆に都合が良い、丁度試したい事もあるしな)


 レプターが痺れを切らしてアジトへ入って来る所を待ち構えているのでは、と思いつきはしたものの、彼女は爬虫類種特有の長い舌で唇を湿らせてから、『カナタたちが一緒では試せない力』を使うのに良いタイミングじゃないか? とプラスに捉える事にして、

「行くか」

 誰に了解を取る訳でも無く、小さくそう呟いて単身盗賊たちのアジトへ足を踏み入れた。


 その洞穴は、いくら恩恵ギフト持ちだったとはいえ一人の人族ヒューマンが掘ったなどと言われても信じられない程広く、

(洞穴の中にしては明るいが……魔石の影響か)

 更には外と大して変わらない明るさにレプターが違和感をいだき辺りを見渡すと、盗賊のアジトとしては珍しく、松明たいまつでは無く光属性の魔術を組み込んだ魔石が壁に埋め込まれているのが見てとれた。


 しばらく誰一人現れない洞穴を歩いていると、まるで山の中身をくり抜いたかの様な上にも横にも広い場所を発見したレプターは、

(これは……随分広いな。 まぁ百人弱がここを拠点にしているのだから、これくらいでなければ……ん?)

 何なら少し感心した様子で、アングたちが口にしていた現在の団員の人数を頭の中で反芻していると、彼女の角がピクッと動き、何かの気配を察知する。


 ――瞬間。


「おいおい! てめぇがさっきの声の奴か!?」「何が冒険者だ、雌の亜人族デミ一人じゃねぇかよ!」「はっ、丁度退屈してたとこだ! 相手して貰おうぜ!」「ぎゃはは、そりゃいいな! よく見りゃ中々上玉だしよ!」


 一体何処に潜んでいたのか、おそらくではあるが初代を除く全員がこの空間に集合しており、口々に下衆な発言をする人族ヒューマン亜人族デミの入り混じる盗賊たちを冷ややかな目で見ながら、やはり罠だったかと深く溜息をついたレプターは、

「……下っ端と話す事など無い。 だが一つだけ、一方的に聞かせてもらおう。 初代とやらは何処にいる?」

 一切動揺する様子など見せず、視線をゆっくりと動かしながら不特定多数へそう問いかけた。


 すると盗賊たちは、思っていた反応と違う事に一瞬言葉を失っていたものの、

「……なぁ、この状況理解出来てんのか? 囲まれてんだぜ? いくらてめぇが……龍人ドラゴニュートでも――」

 最前列に立っていた盗賊の一人が、彼女の妙な冷静さが気に食わなかったのか諭す様にそう告げる。


「貴様らの様な雑魚など物の数には入らない。 何十人だろうが何百人だろうが同じ事……貴様らが二代目と呼ぶあの男もそうだったがな」

「……!? てめぇまさか、二代目を!?」


 一方、レプターが表情を崩さぬままにただ事実だけを突きつけると、先程の盗賊が目を剥いてそう叫んだのを皮切りに、彼らがざわつき始め-――。


「戻ってこねぇと思ったら、こんな奴にやられたってのかよ!」「ふざけやがって、あの人は生きてんだろうなぁ!?」「捕らわれてんならまだ間に合う、場所吐かすぞ!」「死なない程度に痛めつけてやれぇ!」


 一瞬にして彼らの怒号で空間が埋め尽くされ、轟音となってレプターの身体を叩いていたが、

(……一応慕われてはいたのだな、二代目)

 彼女は何処吹く風といった様子で頬を爪で掻き、自身が捕らえた二代目を思い出しながら脳内で呟いた。


 その後、ガチャガチャと音を立て各々武器を手にした盗賊たちが、一人の龍人ドラゴニュートを本格的に囲み始め、

「さて……即興アドリブでどこまでやれるか」

 ゴキゴキと首と手を鳴らし、小さく小さく呟いたレプターの身体が少しずつ変色していき、

「力を借りるぞ……ウェバリエ!」

 脳裏に、森で出会った銀髪の蜘蛛人アラクネを思い浮かべてそう叫んだ彼女の金色の髪と瞳、そして身体中の緑色の鱗は、すっかりすみれ色に染まってしまっていた。


 それを垣間見た盗賊たちは一様に異常を感じて足を止め、前列にいた一人が目を剥いて、

「あ? あいつ、身体の色が……」

 レプターを指差しそう言って、おかしくねぇか、と隣に立つ仲間に問いかけたが、

「ケイルの奴みてぇなもんだろ? 色変えたって強さまで変わる訳じゃ――」

 現在洞穴の外にて、カナタたちと話し合いをしている守蜥蜴人ゲッコーの保護色を見た事があったその盗賊は、ふんと鼻を鳴らして返事をしようとしたのだが――。



「すうぅぅぅぅ……はあぁぁぁぁ……!」



 突如レプターが大きく息を吸い、そのまま地面の方へ顔を向け息を吐いたかと思うと、

「な、何だ、あいつと同じ色の……ぐっ!?」「ま、まさか毒……が、はぁっ!」「口と鼻閉じろ! 吸うんじゃねぇ! 一旦奥へ――」「は、あ"!? ぎゃああああ!」「吸ってねぇ奴まで……何なんだよぉ!」

 彼らの言葉通り、その息は彼女の身体、髪や瞳といった部分と同じ紫色に染まっており、吸い込んでしまった前列の盗賊たちが吐血し、苦しみ始めた。


 それを見ていた後列の盗賊たちは口と鼻を布や手で覆って洞穴の奥へ逃げようとしたが、何故かそんな彼らの肌が息や彼女の身体と同じ紫色に変色し、やはり同じ様に吐血してその表情を苦痛に歪める。


 ――しばらくすると、その空間に立っているのはレプターだけとなっており、既に盗賊たちの殆どはその劇毒の息により事切れてしまっていた。


「……『龍如毒息ドラガヴェノム』、といった所か。 目を見張る制圧力だ、これもウェバリエのお陰だな……だが」


 最早、彼らの呻き声一つ聞こえなくなったその空間で、自分の力と成果を噛みしめる様にそう呟いたレプターだったが、その表情は決して明るくない。


(感覚で分かる、龍如吸引ドラガサクスで吸い込んだ力を行使出来るのは一度きりだ)


 そう、既に彼女の身体から少しずつ色が抜け、元の金色の髪と瞳、緑色の鱗へと戻っていた事で、もう先程の毒の息は吐けないだろうと直感で理解していた。


(とはいえ一度吸い込んだものはもう私には通用しないらしい……免疫というやつか? 我ながら便利な事だ)


 だが、こうして元に戻った今でも、自分の息とはいえ毒が効いていない身体に違和感を覚えつつ、彼女はそう結論づけて僅かに口元に残る毒気を拭う。


(……良い実験も出来た事だし、そろそろ奥へ)


 彼女が試したかった事は充分に試せたからか、多少上機嫌な様子で、毒の漂う空間の向こうに見える奥へと続く穴へ顔をふいっと向けたその瞬間、

「うお……っ!?」

 突如、その穴の方から強い風が吹いて来た、と彼女は思ったのだが、実際はそうでは無く、

(私の毒が……吸い込まれて……?)

 漂う毒が穴の方へ吸い込まれていくのを見たレプターは、そこで漸く風の向きが違う事に気づいた。


 その風が止み、空間を漂っていた毒がほぼ全て穴の向こうへ吸い込まれてしまった頃、

「げふっ……ったく、折角息子に跡目を譲って、ゆっくり隠居生活送れると思ってたのによぉ」

 聞こえてきたその低い声と共に、ズシンと地面が軽く揺れる程の足音を立てながら、一般的な人族ヒューマンの倍はあろうかという巨体で筋肉質な男が現れた。


 その男は、仕留めたものであろう巨大なベアの毛皮を頭に被り、腰蓑代わりにボアの毛皮を巻き、如何にも盗賊然とした格好で彼女を見下ろし、

(こいつ……こいつが、そうなのか)

 レプターは一瞬、鬼人オーガか何かかと思い呆気に取られていたが、首を横に振って気を取り直し、改めてその男に鋭い視線を向けた。


「……貴様が、初代とやらか?」


 神妙な声音と表情で、レプターが腰の細剣レイピアに手をかけながら問いかけると、

「俺の息子を二代目とするなら、そうだろうなぁ。 それで? おめぇは息子ルーベンを……殺したのか?」

 この空間に所狭しと転がっている盗賊たちとの会話が聞こえていたのか、きょろきょろとその惨状を見渡しそう答えた後、彼はレプターを高い位置から見下ろし、二代目の……息子の名を挙げて尋ねてきた。


「……いいや、捕らえている」


 一方レプターは、警戒を解く事無くそう告げて、最後まで悪態をついていた二代目を脳裏に浮かべる。


 すると初代は巨体に見合った深く重く、長い溜息をつき、ギロっとレプターを睨みつけ、

「そうかよ。 まぁ十中八九ドルーカだろうが……あの馬鹿息子を連れ戻すのは、おめぇを喰ってからだ」

 捕らえられてんならそこしかねぇからな、と言って目下の龍人ドラゴニュートを指差した事で、

(来るか……!)

 いよいよか、と細剣レイピアを抜き放とうとしたその瞬間、彼女の耳に……いや、この空間に響き渡る様にして、ぐぅ〜っと間の抜けた音が初代から聞こえてきた。


「……ん、中途半端に毒なんて吸い込んだから小腹空いちまったなぁ……こいつでいいか」


 そう言って腹をさすりながら呟いていた初代は、おもむろに足元に転がっていた亜人族デミ……純血の猫人ケットシーに手をかざすと、突然その腕がバキバキと音を立てて変異し、次の瞬間には巨大なクラブの爪で挟まれ持ち上げられた猫人ケットシーの死体がレプターの視界に映る。


「な……っ!? 貴様、まさか!」


 レプターが何かを察した様に、腕を伸ばして叫び、止めようとしたがもう遅く、彼の手に掴まれた亜人族デミの死体は、あっさりと初代の恩恵ギフト獣宿ビスドエルにより変異し巨大化したウルフの口に放り込まれてしまった。


「毒に汚染された亜人族デミの肉ってのも中々悪くねぇ……ん、そういやおめぇの名は何だったかな」


 巨大化した頭と口、生えそろった牙でグチャグチャと盗賊の一人を喰いちぎった初代が、これから喰うのに名も知らねぇんじゃなぁと付け加えてそう問うと、

「レプター=カンタレス! 貴様をたおす者の名だ!」

 レプターは抜き放った片方の細剣レイピアを初代に向けて、アジトの前でも口にした自身の名を叫ぶ。


 最早彼女の怒りは、最高潮ピークをとうに超えていた。


 一方、初代は耳まで裂けた大きな口をニィッと歪ませ、血と唾液で汚れた口元を拭いながら、

「……獣宿ビスドエルのグラニア。 ここへ向かって来てる奴ら共々……おめぇを喰らう者の名だ」

 自身の恩恵ギフトを二つ名としても扱い、そう名乗った彼の眼は、亜人族デミ一人喰らったばかりだというのに、既に飢えで血走ってしまっていた。

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