第127話 聖女の旅は続く

 無事に、とは言えぬまでも何とか初代首領グラニアをたおし、死毒旋風シムーンを壊滅させたカナタたち。


 満身創痍のレプターたちをカナタが治療した後、念の為にアジトを調べてみたものの、『退屈していた』という盗賊の発言通りか女性が捕らえられて……といった事も無く、討伐証明の為に武器や貨幣、骨董品などをなるだけ回収し、アジトの外に待たせていた馬車に乗ってドルーカへの帰路に着いたのだった。


 ドルーカに辿り着いた彼女たちは、特に抵抗する事無く改めて緩めの拘束をされていた三人の盗賊たちをアルロを始めとした警備隊に引き渡した後、ギルドへの報告もついでに頼むと言付けて、その日はアドライトを除きすぐに宿へ戻り……二日間の休息をとった。


 そして翌々日、ギルド職員を名乗るエイミーとは別の女性が彼女たちの元を訪ね、ギルドで募集をかけた有志の冒険者たちによるアジトの調査も終わり、ギルドマスターが呼んでいると伝言を受けた為、疲労も随分取れた身体を起こし、ギルドへ向かう事となった。


「此度は本当にご苦労じゃったのぅ。 これがお主たちの依頼クエスト達成の報酬じゃ、受け取ってくれぃ」


 柔和な笑みでそう言って、バーナードが腕を広げた先の机の上に積み上げられた金貨が、執務室の窓から差し込む日の光を反射して煌めいている。


 ――総額、金貨三百枚……一人につき金貨五十枚という大盤振る舞いであった。


 この世界の冒険者に当てはめるのならば、少なくとも数年は遊んで暮らせる程の大金である。


 盗賊団そのものの壊滅の依頼クエストであれば、被害状況によって変動はすれど多くても一党パーティ単位で金貨三十枚から五十枚程というのが相場である以上、嫌でも今回の報酬が異例だという事を彼女たちに分からせた。


「ぅわぁああ……わ、私こんな一杯の金貨初めて見ましたよ……! これ貰っちゃって良いんですか……?」


 それをよく分かっているピアンが、あわあわとしながらも目を輝かせ、バーナードやレプター、アドライトにきょろきょろと視線を動かしつつ尋ねると、

「確かに報酬は弾むと言っていたが……これ程にか? 『盗賊団の討伐依頼クエスト』という名目にはとても見合っていないと思うのだが。 なぁカナタ……カナタ?」

 ピアンの反応も最もだとばかりに、依頼クエストを受注する前にバーナードが言っていた事を思い返してそう告げて、隣に座るカナタへ同意を求めたが、何故か彼女は金貨の山を見つめたまま微動だにせず返事もしない。


 一瞬無言の時間が出来てしまったものの、カナタはすぐにハッと我に返ったかと思うと、

「……へ!? あ、あぁうん、そうね!」

『きゅ?』

 何故か随分と慌てた様子で首を振り、そう答えた彼女を肩の上からキューが不思議そうに見ていた。


(……あの時山程お宝見ちゃったからかな、あまり凄くは感じないわね……これって良い事なのかしら)


 あの時とは、彼女がまだ王都にいた頃に亜人ぬいぐるみたちと共に宝物庫へ入ってしまった時の事であり、それが善行では無いと分かっていた為か、カナタは心の中でそう呟きつつこっそりと苦笑を浮かべる。


「それ程までに困っておった……という事じゃ。 彼奴きゃつらにはこの町の領主も手をこまねいておったからのぅ」


 そんな中バーナードは、ドルーカの領主であるクルトが、死毒旋風シムーンから受けた被害状況の確認作業で疲弊しきった顔を思い返してそう告げた。


 ――ちなみに、クルトが召喚勇者一行にその話を持ちかけなかったのは、今や一党パーティの五人目の仲間である上級魔族と邂逅するきっかけとなった指名依頼を優先し、そちらに専念してもらう為であった。


 実を言えば、彼女たちはその領主からの指名依頼を達成したという事もあり、カナタたちの報酬を更に上回る金貨六百枚を受け取っているのだが……その場に居合わせなかったピアンはそれを知らない。


 バーナードからの説明を受けたレプターは、ふむ、としばらく腕組みをして思案していたが、

「そういう事なら……ありがたく頂いておこうか」

 彼女がそう言って仲間たちに顔を向けると彼女たちも一様に頷き、あらかじめ用意されていた袋へ平等に分配していた時バーナードが、あぁ、と声を上げる。


「ついでにこちらも……レプターたちが捕らえた二代目の懸賞金じゃ。 あの時渡し損ねておったゆえな」


 おもむろに立ち上がったかと思えば、ギルドマスターの執務室としては随分素朴な棚から、通貨が入っているのだろう袋を持ち出してそう告げる。


「また多いな……まぁ理由は聞いたし受け取るが」


 ジトっと視線を向け呟いた彼女の言葉通り、今回の報酬程では無いにしろ、金貨五枚と銀貨十枚、銅貨三十枚と……盗賊一人の懸賞金としては多めだった。


「あぁそれと、アドを除き此度の依頼クエストに参加したお主たちは等級クラス一つ昇級となるからのぅ」


 その一方でバーナードは更なる情報を口にしつつ、彼女たちがギルドを訪れた際、受付に提出させていた免許ライセンスを取り出して笑顔を向ける。


 これにより、カナタは瑠璃ラピスに、ピアンは鋼鉄メタルに、キューは黒曜オブシウスに……そしてレプターは現時点での亜人ぬいぐるみたちを越える紅玉スピネルへと昇級する事と相成った。


「え? どうしてアドさんが……」


 が、臨時とはいえ頭目リーダーを務めたアドライトが昇級無し、その事実に引っかかったカナタがそう呟くと、

「私は現状の……銀等級シルバークラスで満足しているし、何より金等級ゴールドクラスになんてなったら、国内だけじゃなく他国からの要請にまで応えなきゃならなくなるからね」

「な、成る程……?」

 バーナードが口をひらくよりも早く、そういうしがらみは面倒なんだとアドライトは赤裸々に語り、当のカナタはといえば、納得した様なしていない様な……そんな微妙な表情を浮かべていた。


 報酬の受け渡しも終わりしばらく茶菓子を嗜みながら談笑していたそんな時、執務室の扉がノックされ、

「失礼するよ」

 返事も待たずにそう言って、カランコロンと下駄を鳴らして入室して来たのは他でも無い、

「あれ? 店主、どうしたんですか?」

 魔道具店主の狐人ワーフォックス、リエナであり、ピアンはきょとんとした表情でそう問いかけた。


「あぁ、少し……その子に用があってねぇ」

「わ、私に……?」


 一方、リエナは真顔のままそう答えて、リエナを視認した瞬間ビクッと身体を震わせたカナタを鋭く青い眼光で射抜き、カナタはおずおずと自分に指を差す。


「……本当にあの子の元へ、行くつもりかい? あの子が魔王討伐なんて事をしなきゃならなくなったのは、他でも無いあんたが原因なのに」


 そんな彼女を見据えた状態で、リエナは懐から煙管キセルを取り出し青い火を着けて、紫煙をくゆらせながら紛れも無い事実を突きつけた。


「……分かって、ます。 だから私は、あの子の力になる為に……あの子を元の世界に帰す為に、今回の依頼クエストを経てほんの少しでも成長出来たらって…… 実際に成長出来たかは分かりませんが、それでも手応えは確かにあったから……だから、貴女に何を言われても私は……押し通っていきます……!」


 だがカナタは怯えつつも決して退く事無く、彼女の青い瞳をしっかりと見て自分の想いを口にする。


 リエナは彼女の強い覚悟が宿った茶色の瞳を見て、ふむ、と腕を組み豊かな胸を震わせて、

(……ちったぁマシな目をする様になったかね)

 脳内でそう呟きながら軽く微笑んだ後、彼女は組んだ腕を解いて煙管キセルを咥えてから、

「……そうかい。 ま、好きにしたらいいさ。 現にあんたは力と覚悟を示したんだ、精々頑張ってあの子を元の世界へ……母親の元へ帰す手伝いをしてやりな」

 彼女の事を認めた訳でも赦した訳でも無いが、覚悟だけは買うとばかりのその言葉に、

「……っ、はい!」

 安堵からかカナタは若干涙目になり、それを見たレプターに良かったなと頭をぽんぽんとされていた。


「ほっほ……円満に済んだ様で何よりじゃ。 それで、お主たちは今日ここを発つのじゃったな?」


 話が一段落ついたと判断し、バーナードが髭を扱きながらレプターにそう問いかけると、

「あぁ、出来るだけ早くあの方たちに追いつきたいからな……バーナード、短い間だったが世話になった。アルロにもよろしく言っておいてくれ」

「何の何の……世話になったのはこちらの方じゃ」

 彼女は至って真剣な表情で語りつつ謝意と共に手を伸ばし、バーナードもそれに応じる様に手を差し出して固い握手を交わす。


「アドさん、それにピアンも……ありがとうね」


 カナタもピアンとアドライトへ同じく謝意を示す為に手を伸ばすと、ピアンはその手を両手で握りつつ、

「いえいえ、お気になさらず! 本当は私、ついて行きたいんですけど、まだまだ未熟ですから……キューちゃん、あの時は助けてくれてありがとう。 元気でね」

『きゅ〜♪』

 寧ろご迷惑をかけちゃいまして、と付け加えながらも、カナタの肩に乗るキューにも礼を述べて、葉っぱでかたどられた頭を優しく撫でていた。


「私も良い経験が出来たから、気にしないでくれると嬉しいよ。 それに、今回の事でギルドの戦力が増加したからね……まぁ三人だけなんだけど」


 一方、アドライトは今回の依頼クエストで共闘した三人の盗賊たちの処遇について簡潔に語り、

「あの三人……恩赦、だったわよね? 大丈夫なの?」

 領主直々に恩赦を受け戦奴隷として活動し、ある程度の実績を残せば解放、という軽い処分を受けた事を聞いていたカナタが心配そうに尋ねる。


「私がしっかり監督するさ。 それもあって私も君たちには同行出来ないけれど……無事を、祈ってるよ」

「……えぇ、ありがとう」


 するとアドライトはトンと胸を叩き、されど共にあの少女の元へ行けない旨を残念がりつつ手を伸ばし、カナタも同じ様に手を差し出して握手を交わした。


「……聖女カナタ」

「え、は、はい……何ですか?」


 そんな折、突然名を呼び話しかけてきたリエナに、カナタがおずおずと返事して聞き返すと、

「あんたの髪は……生まれつきその色なのかい?」

 リエナはふぅっと煙を吐いてから、カナタの煌々たる金色の長髪を見遣って尋ねた。


「髪色、ですか? すみません、それはちょっと……あぁ違うんです、答えられないとかじゃなくて……覚えて、ないんですよ。 何でか、記憶が曖昧で……」


 そんな彼女の問いかけに、カナタは心底申し訳無さそうな様子でぺこりと頭を下げてから、自身の金色の髪を梳く様に手を通してそう答える。


「……そう、かい。 ならいいんだ」


 そうは言いながらも全く納得がいっている様子では無いリエナの表情に、カナタは首をかしげていたが、

「カナタ! キュー! 出発するぞ!」

 すっかり出立の準備を整えていたレプターがそう叫んだのと同時に、カナタはハッと我に返り、

「あ、え、えぇ! 今行くわ! それじゃあ、これで失礼します……私、頑張りますから」

「……あぁ、気をつけなよ」

 足元の革袋を手にぺこりと頭を下げた後、最早恐怖など微塵も宿っていない視線をリエナに向けてそう宣言したカナタに、リエナはふっと微笑んで見送りの言葉を優しい声音で投げかけた。


「店主、どうしてあんな事聞いたんです?」


 彼女たちが執務室を後にしてからすぐ、ピアンがリエナの顔を覗きこんでそう問いかけると、

「……あんたには関係無い」

「えぇ〜? 気になりますよ〜」

 何故だかバツが悪そうな表情で目を逸らし、煙管キセルを片手に煙を吐いたリエナにそう言われたピアンは、何とか聞き出そうと彼女に食らいつき、それを見ていたアドライトたちは思わず苦笑していたのだった。


(『カナタ』、ねぇ……てっきりあの子と同じなんじゃないかと思ってたんだけど……気のせいだったかね)


 ドルーカを出立し、海へと向かった召喚勇者一行を追いかける為に、リフィユざんへ歩を進めるカナタたちは、そこで新たな亜人族デミたちとの出会いを果たし、またしても一悶着起きてしまうのだが――。


 ――それはまた、別のお話。

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