第118話 本領発揮と小さな決意

 ゆっくりとけたカーテンの向こうに横たわっていた男女……とギリギリ判別出来るかどうかという程に傷ついた二人を見たカナタは、

「……ぅ、ぇ……」

 込み上げてくる吐き気を抑える為に口を片手で覆いつつ、思わず目を逸らして小さく呻いてしまう。


『きゅー……?』


 一方キューは、そんな彼女を肩の上から心配する様にか細い声を上げていた。


(王都の怪我人よりよっぽど重傷じゃない……!こっちの女の人……よね? 肌が炭化しちゃってるし……これで本当に治療されてるの……? いやとにかく今は!)


 逸らした目を何とか二人の方へ向け脳内でそう分析した彼女の視界には、まるで呪いか何かの様に青い炎がくすぶり続ける男と、触れるまでも無くボロッと崩れていく黒焦げの女が映り、怖気づくと共にこの二人を治療していたという神官や救護班たちの技量を疑ったが、気を取り直して首を横に振り手をかざし――。


「『覚醒治癒キュアウェイク』」


 術名と共にかざした彼女の手から淡い光が放たれたかと思うと、その光は二人の身体を包み込み、

「それって……私の時とは違う術ですよね?」

 後ろからそれを見ていたピアンが、自分の足を治した部分治癒キュアパーツとは異なる術に興味を持って尋ねる。


「えぇ、覚醒治癒キュアウェイクは対象が怪我や病気で昏睡状態にある時、その原因となる部分を探知して治療し、覚醒を促してくれる術なの。 便利でしょ?」

「は、はぁ……そうですね」


 顔だけをピアンの方へ向けて説明するカナタの手の先にいる二人の身体は、そうこうしている間にも青くくすぶる炎が消え、炭化していた肌は綺麗に元通りになり、ピアンには最早彼女が聖女なのだろう事を疑う余地も無くなってしまった。


「……カナタ? 食事と水を貰ってきたぞ。 偶然下で会ったバーナードも一緒だが」


 そんな折、扉が数度ノックされ、しかし反応が無かった事に違和感を覚えたレプターが器用に尻尾で扉を開けて、部屋に入りつつそう言うと、

「おぉ、もう立ち上がる事も出来ておるのじゃな。 ならば心配は……お主たち、何をしておる?」

 彼女の後ろに立っていたバーナードが、にこやかに笑みを浮かべながら同じく部屋に入ってきたが、開かずのカーテンがひらいているのを視認した瞬間、彼の顔から笑みが消えてしまう。


「バーナードさん。 カナタさんが、例の二人を治療してるんです。 目、覚めるみたいですよ?」


 そんな彼に言い聞かせる様に、ピアンが至って冷静にそう告げると、バーナードはくわっと目を見開き、

「な、何じゃと? 複数の神官や救護班が集まって漸く命を繋いでおったのじゃぞ? あ、いやしかし、本当に聖女だというならそれくらいは可能なのかの……?」

 慌てた様子でほぼ治りかけている二人へ駆け寄り、冷や汗を流して顎に手を当て思案しつつ、治療しているカナタへ目を向けてぶつぶつと呟いている。


「とにかく事が事じゃ、すぐに警備隊を召集せんといかんな。 それからとどこおっていた刑罰の執行もせねばならんし……ピアン、悪いが一走ひとっぱしりして警備隊にこの事を伝えてきてくれぃ。 無論、聖女カナタの事は伏せての」


 しばらく思案していた彼は、白髪をガシガシと掻いた後、深く深く息を吐き眉間にシワを寄せながらもそう言って、この中で最も身軽なピアンに頼み込むと、

「お安い御用です。 軽量化メイクライト

 ピアンは頷き窓を開けて、ワンドの先をこつんと自分の頭に当ててそう呟くと同時に窓からピョンッと飛び出し、屋根の上を駆けていった。


「何だか良く分からんが……この者たちは一体?」


 そんな中、空気を読んで黙っていたレプターが、説明を希望するとばかりに二人を指差し尋ねると、

「……実はのぅ」

 漸く平静を取り戻してきたバーナードが、髭を扱きながら彼女に事の顛末を語り始めた。


 しかし、バーナードが詳細に語れば語る程、レプターの纏う敵意……いや、殺意が眠る二人に向けられ、

「……ミコ様を、奴隷に? カナタ、バーナード、折角の所悪いが……私は今からこいつらを殺そうと思う」

 ウルが敗北した際の罰を聞かされた瞬間、彼女は腰の細剣レイピアを抜き放ち二人を串刺しに――。


「待て待て! 待ってくれぃ!」

「落ち着いてレプター! 未遂だから! ね!?」


 しようとしたのを感じたカナタたちは、そうなる前にとバーナードが彼女の腕を倍以上に太い腕で何とか止めて、かたやカナタは抱きつく様にしてそう叫び、

『きゅ、きゅ〜!?』

 一方カナタの肩の上に乗ったままのキューは、グラグラと揺れる自分の定位置にしがみついている。


「えぇい止めるな! こんな奴らを生かしておいて、一体誰が得をするというんだ!!」


 レプターが自分を止めようとする二人に叫び放ち、私は何も間違ってないと主張していたそんな時、

「よっと、バーナードさん。 警備隊の方々、間も無く到着しますよ……って、どうしました?」

 飛び立っていった窓から帰ってきたピアンが、目の前で起きている騒動にも似た何かに首をかしげると、

「あ、あぁいや、気にするでない。 すまんかったの、ピアン。 さて、そろそろ目覚める頃合いかの?」

 流石に警備隊の前で殺しはしないだろう、と判断したバーナードはレプターの腕を掴んでいた手を緩め、誤魔化す様に既に完治している二人に目を向けると、丁度そのタイミングで彼らが目を覚ました。


 かつてこの地で黒髪黒瞳の少女に因縁をつけ仲間の人狼ワーウルフに返り討ちにあった挙句、納得がいかないと決闘を挑んだ男女の冒険者……ワイアットとメリッサはおよそ一月ぶりに意識を取り戻し、

「……ぅ、眩し……あ? 傷が……?」

「っ、ここ、は……ひっ、あの人狼ワーウルフは……!?」

 それぞれが飛び込んでくる光に目を眩ませつつ、ワイアットは自分の身体から傷が消えている事に気がつき、メリッサは自分を一瞬で炭へと変えた人狼ワーウルフの鋭い眼光が脳裏に蘇ったのかビクビクとしている。


「遅くなりました……っと、丁度目覚めた様ですね」


 その時、唯一事情を詳細に理解しているアルロを先頭に救護室へ警備隊が入ってバーナードへ声をかけ、

「うむ、意識もハッキリしておる様じゃ……ワイアット、メリッサ。 起き抜けで悪いがお主たちは立派な犯罪者じゃ。 このまま詰所まで連行、罪状の確認と速やかな刑罰の執行を受けて貰う……頼むぞ」

「「「はっ!」」」

 それを受けたバーナードは、目覚めた二人を高い位置から睨みつけつつそう告げて、その後視線を警備隊にスライドさせると、彼らは一斉に敬礼し二人を連行する為強制的に立ち上がらせ始めた。


「な、何だと……!? 離せよ、くそ……っ!」

「ちょっ、どこ触って……! 私が何を……」


 当然二人は抵抗を試みるが、仮にもつい先程まで死にかけていた上に、いくら聖女の治療術とはいえ精神の摩耗まではどうにもならず、

「黙れ」

 それでも尚逃げようとする往生際の悪い二人に、我慢の限界だとばかりにレプターがありったけの殺気を込めて威圧すると、

「「……ッ!?」」

 当の二人だけでなく、警備隊やバーナード、果てはカナタやピアンといった部屋にいる全員が身を震わせ彼女へ視線が釘付けになってしまう。


「貴様らがやった……いや、やろうとした事は極刑も生温い程の大罪だ。 が、私に貴様らを裁く権利が無い以上、降格と追放で赦してやるが……覚えておくがいい、もし他の地で似た様な事をしでかせば、私は必ず貴様らを殺す。 何処に逃げてもだ、分かったな?」

「「……!!」」


 底冷えする様な低い声音でそう告げて腰を抜かした二人をギロっと睨みつけると、彼らは壊れた玩具おもちゃの様に首をブンブンと縦に振ってみせた。


 その後、すっかり意気消沈した二人は警備隊に引きずられる様にして連行されていき、

龍如威圧ドラガスリート……確か、龍人ドラゴニュートの固有武技アーツじゃったな」

 アルロが最後に敬礼をして部屋を出た途端に、バーナードがレプターにそう言うと、

「脅す訳じゃあ無いが……一歩間違えば貴方もあちら側だったという事を忘れるな、バーナード」

「分かっておるよ……すまんかったのぅ」

 そんな言葉に反して彼を睨んで明らかに脅す勢いのレプターに、バーナードは反省しているとばかりに年の割には真っ直ぐな腰を曲げて謝罪する。


「……聖女カナタ、礼を言わせてくれぃ」


 そして、顔を上げたバーナードは突然、カナタへ向き直ったかと思うと、彼女へ謝意を示しだし、

「え……?」

 仮にも犯罪者を治してしまったのに、と勢いでやってしまった事を後悔していたカナタは首をかしげた。


「実を言うと、後数日で彼奴きゃつらが目覚めなければ、文字通り処分しろとの意見が出ておったのじゃ……儂は、犯した罪は生きて償うべきじゃと思うておる、お主はその機会を作ってくれたのじゃよ。 本当に……ありがとうの、『聖女カナタ』」

「……はいっ」


 そんな彼女へ諭す様にそう言ってきびすを返し、今回の件で増えるだろう仕事を片付ける為部屋を後にするバーナードに、カナタは少しだけ嬉しそうに頷いた。


「……ねぇ、レプター。 私、決めたわ」


 彼が部屋を出てから、ピアンを含め四人となった救護室でカナタがレプターにそう声をかけ、

「ん? 何をだ」

 ご飯冷めてないか? と確認していたレプターが、その声に反応してそちらへ顔を向けると、

「やっぱり私……あの子の力になりたい。 今までずっと、勇者召喚サモンブレイヴだけが私の存在価値だって思ってたけど……こんな私でも、誰かの役に立てるのよね」

 真剣な表情を湛えたカナタが、神官服の胸の辺りをぎゅっと握りしめてそんな風に語り始める。


「だから、罪の意識からじゃなくあの子を守れる様になりたい。 そして……出来る事なら私の手で、あの子を元の世界に帰してあげたいの」


 カナタが自分なりの決意を語り、レプターの眼を真っ直ぐに見つめていると、彼女はふっと微笑み、

「……そうか。 まぁ、まずは飯にしよう。 キューも喉が渇いただろう? ほら、ピアンの分もあるからな」

 まるで分かっていたとばかりの反応を見せた後、ご飯が冷めてしまうぞと彼女たちへ声をかけ、

「そう、ね。 いただきましょうか」

『きゅー!』

 そんな彼女の淡白な反応に一瞬呆気にとられたカナタだったが、レプターなりの気遣いだろうかと考え、気を取り直してキューと共にベッドへ腰掛けた。


 ――そんな中ピアンは、揺れていた。


(……悪い人では、無いんだろうけどなぁ)


 たった今見た彼女の覚悟と、彼女がしでかした事、そしておそらく彼女とは相容れない店主リエナとの狭間で。

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