第119話 免許の発行と突然の森人

 特段怪我などはしていなかったものの、倒れてしまったという事実に変わりは無い為、カナタは一応もう一日だけしっかり休息をとっていた。


 そして翌日、カナタたちは先に話を受けていた盗賊団の討伐依頼クエストを受注する為、冒険者ギルドを訪れる。


「これが私の免許ライセンス……等級クラス鋼鉄メタル、一応初心者の中では最上位なのよね……? いいのかしら」


 神官である為か本来行われる模擬戦を免除され、速やかに発行して貰えた冒険者の免許ライセンスをまじまじと見つめてそう呟いていると、

「えぇ、勿論ですよ! このご時世、神官の需要は尽きませんし……何より誰もが匙を投げたあの二人をたった一度で治療してみせたカナタさんの腕前を疑う人なんていませんから! ですよね、ギルドマスター!」

 満面の笑みを浮かべつつ胸の前で両手をグッと握って、全く問題ありませんとばかりにカウンターの向こう側、カナタの近くに立つバーナードに話を振る。


「うむ、そうじゃのぅ。 色々思う所もあるじゃろうが、何も飛び級という訳でも無い。 お主の実力が評価された証じゃと考えてみれば良いのではないかの?」


 バーナードは目を細め髭を扱き、何も知らないエイミーもいるからか、決してカナタが聖女だという事は口にせぬまま言い聞かせる様にそう語り、

「……そう、ですね、そうします。 後、キューのは」

 特別扱いではないのだ、と暗に言われた事が逆に嬉しく感じた彼女はそう言って頷き、肩の上に乗る樹人トレント免許ライセンスはどういう扱いになったのかと問いかける。


「こちらです! はいキューちゃん、持てる?」

『きゅー? きゅー!』


 するとエイミーがカウンターの下から普通の大きさの免許ライセンスを取り出し、キューは一瞬首をかしげてカナタをチラッと見たが、彼女が許可を出す為頷くと両手を根っこの様に伸ばして免許を受け取った。


 その時、それまで空気を読んで黙っていたレプターが、カナタの背中側から免許ライセンスを覗き込んで、

等級クラスは……原石ストーンか」

 キューに与えられた等級クラスを、免許ライセンスにはめ込まれた研磨された石で判断してそう口にすると、

「本当は試験官との模擬戦形式で決めるのですが……流石にそれは酷ですし。 かといってカナタさんの様に目に見える実績がある訳でもないので……」

 エイミーは、あははと苦笑しつつ、前例もあるにはあるのですが、と自信なさげにそう語る。


「あの亜人族デミたちが力を振るった森で生まれたというのが本当なのだとすれば……まず間違いなく何らかの影響も受けておるじゃろうし、文字通り『原石』という事にさせてもらったのじゃが、どうじゃろうか?」


 そんな彼女の言葉に付け加える様にしてバーナードが、彼女たちから聞いたキューの生い立ちを口にしつつ、顎に手を当てそう告げると、

「妥当な落とし所だな」

 レプターは特段不思議に感じた事もなかったのか、うんうんと頷いて彼らの説明を受け入れた。


「それにしても……レプター、お主はまだ翡翠ジェイドじゃったのじゃな。 それ程の強さがあるなら最低でも紅玉スピネル……いやブロンズくらいはあるかと思うておったが」


 そんな折、話題を切り替える様にバーナードがレプターを見遣って、ふむ、と唸りながらそう言うと、

「私が冒険者登録をしたのはもう五年以上も前なのだが……あまり昇級に……特に、半分より上の等級クラスに上がる事への魅力を感じなかったものでな」

 彼女は、ふー、と長い息を吐いてから王都の兵士だという情報は隠した上で自分の等級クラスを語る。


 ……ちなみに、彼女の腕甲にはルニア王国の紋章が刻まれているのだが、戦闘時以外はそれを外している為、エイミーにバレてしまう事は無かった。


「……もしかしてレプターさんは一つの場所に……今回なら王都に留まるタイプの冒険者だったんですか? それなら確かに昇級のメリットは少ないですよね」


 それでも王都から来たという事は伝えてある為、エイミーがそんな風に推測して勝手に納得していると、

等級クラスが上がれば上がる程受注可能な依頼クエストも増え、それに比例して遠方からの指名依頼も増えていく……が、面倒だからとそれを断れば冒険者としての箔に傷がついてしまうからのぅ。 この辺りはギルド全体で改善の余地有りと見るべきじゃな」

 彼女とは違い、レプターが王都の兵士だと知っているバーナードは、それを表に出さぬ様にさもエイミーの推測が正しいとばかりにそう付け加える。


「……さて、これで二人も正式に冒険者となった訳だし、このまま盗賊退治に向かえば良いのか?」


 一方、そういったギルドの仕組みには然程興味も無いレプターが、パンッと手を叩いてそう尋ねると、

「すぐにでも向かってほしいのは確かじゃの。 あの二代目……ルーベンは今も尚、初代が自分を助けに来てくれると信じて疑っておらぬらしいし……万一部下を率いてこの町に攻め込んで来ないとも限らん」

 うぅむ、とバーナードは唸ってから、レプターたちが捕まえた盗賊、死毒旋風シムーンの二代目であるルーベンの名を挙げて難しい表情を浮かべ、

「ならば今からでも――」

 向かえばいいだろう、と言おうとしたレプターだったが、そんな彼女の声を遮る様に――。


「やぁ、何やら楽しそうな話をしてるじゃないか。 私も混ぜてもらえると嬉しいな」


 男とも女ともつかない端正な顔立ちで、羽根付きの青い帽子に緑色の短髪、帽子と同じ色合いの中世における狩人然とした装いの長身の森人エルフが優しげな声音で話しかけてきた事に彼女たちは驚いていたが、

「アド、お主いつの間に……いや、良いタイミングで出て来たものじゃ、紹介しよう。 我がギルドが誇る最上位、銀等級シルバークラスの冒険者、森人エルフのアドライトじゃ」

 当然その森人エルフの事を知っているバーナードは、名前と等級クラスを口にして簡単に紹介し、

「はは、最上位か……間違っては無いけどね」

 一方、アドライトと呼ばれたその森人エルフは恐縮だなと小さく呟き、緑色の髪をクシクシと掻いた。


シルバー……上位三等級か」


 ひるがえってレプターが、アドライトをまじまじと見つめて……いや見上げてそう口にすると、

「そうだね。 改めて……アドライトだよ。 アドと呼んでくれると嬉しいな、麗しいお嬢さん方」

 アドライトはニコッと笑って手袋を外し、彼女たちへ握手を求めて綺麗な手を差し出す。


「私はレプター、レプター=カンタレスだ」


 レプターは、先のリエナの事もあってか若干怪しみながらもその手を取って名乗り、

「えっ、と……カナタです。 この子はキュー」

『きゅー!』

 次いでカナタが一歩前に出てアドライトと握手し、肩に乗るキューの紹介も済ませたのだが――。


「……あ、あの?」


 何故か握手したまま手を離してくれないアドライトに、不思議に思ったカナタがおずおずと声をかける。

 その時、突然アドライトがカナタへ顔を近づけ、

「君が……あの子をここへ連れて来たんだって?」

「「!?」」

 囁き声でそう告げられて、カナタは勿論の事、龍人ドラゴニュートの聴覚により聞こえていたレプターも目を剥く。


「その反応……ピアンやリエナさんが嘘をついてるとは思ってなかったけれど、本当に聖女そうなんだね」


 それを見たアドライトは、昨日リエナたちから話を聞いたのだと明らかにして軽く息を吐く。


 ――彼女もまた、黒髪黒瞳の少女の正体を知る者の一人である為、何らおかしくは無い事だった。


(……? 何の話かしら)


 一方、この中でたった一人話を理解出来ていないエイミーがこてんと首をかしげる中、

「……お主も知っておったのか?」

 最初の囁き声はともかく、二言目はしっかり聞こえていたバーナードが、何をとは言わずそう尋ねると、

「私はその場に居合わせただけなんだけど……ん?」

 アドライトが苦笑を湛えつつ、偶然ねと付け加えた時、握っていたカナタの手が震えている事に気づく。


「あぁ、どうか怯えないでほしいな。 私は別に怒ってはいないよ。 それに、君たちに助力するという事は間接的にでもあの子の力になれるって事だからね」

「ふぇ、え……? 助力って……?」


 パッと手を離し目の前の少女を宥める様にそう言ったアドライトの言葉に、カナタは思わず間の抜けた声を出して聞き返してしまう。


「盗賊退治、結構な事じゃないか。 私も手を貸そう。 ちなみに、ピアンも参加したいと言っていたよ。 良く分からないけど、『店主の代わりに見極めさせてもらいます』って。 いつもより気合い入ってたなぁ」


 すると彼女はカナタの問いにニコッと笑みを浮かべてそう答え、更にはピアンの参加とその理由まで口にして、それを聞いたレプターは少し思案していたが、

「……そうか、まぁいいだろう。 バーナード、エイミー。 明日より私たち五人は盗賊団『死毒旋風シムーン』の討伐に向かう。 このアドを……銀等級シルバークラスを筆頭にな」

 その後、バーナードと受付のエイミーに顔を向け、アドライトの細い肩に手を置きながら正式に依頼クエストを受注する事を伝えてみせた。


「そうじゃな、それが良い。 この依頼クエストは全員が翡翠ジェイド以上で無ければ臨めぬが、頭目リーダーシルバーとするなら受注可能じゃからのぅ。 元より儂はそのつもりじゃったよ」


 バーナードは真剣な表情で依頼クエストの受注条件を告げた後、アドライトなら問題無いだろうと言わんばかりに一転ニィッと笑みを浮かべ、

「では、その様に! 皆さん、無事の帰還を心待ちにしております! 頑張って下さいね!」

 そんな彼に呼応する様に、エイミーは手元にあらかじめ持っておいた依頼クエストの詳細が記された書類をアドライトとレプターに手渡して、準備の為ギルドを後にする彼女たちを見送ったのだった。

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