第116話 乱入する狐人

 目の前に立ち、床に座り込む自分を冷たい瞳で見下ろす狐人ワーフォックスに、カナタは意を決して、

「ミコ、って……貴女も、あの子の知り合い……?」

 彼女にとって、罪を償わなければならない相手に他ならない少女の名を挙げ尋ねる。


「知り合いどころか、あの子の魔術の師匠さね。 そのかいあって、今ではあの子も立派な魔術師さ」


 狐人ワーフォックス……もとい魔道具店主であり、くだんの少女がおししょーさまと慕う亜人族デミ……リエナはそう言って、懐から煙管キセルを取り出し火を着けた。


 すると、それを聞いたレプターが一転嬉しそうに彼女へキラキラと視線を向ける一方で、

「おぉ、ミコ様が新たなお力を……! い、いや待て、それより貴女も、貴女たちも……!」

 されどこれだけは確かめなければと、先程は聞きそびれたピアンも含めて声をかける。


 そんな折、少しだけきょとんとした表情のリエナとピアンが顔を見合わせた後、

「……あぁ、知ってるよ。 あの子が……ミコが、異世界からの召喚勇者だって事はね」

 軽く頷いてから、代表してリエナが答えると、カナタやレプターはやはりという表情を浮かべていたが、

「「……!?」」

 その一方で、突然衝撃の事実を耳にさせられたバーナードとアルロは、目を剥いて驚きを顕にする。


「ま、待て待てリエナ! 少し待ってくれぃ! ミコが勇者じゃと!? あの……覚えたての魔術で人を傷つけてしまったからと涙目になる様な……そんな優しいあの子が召喚勇者などと急に言われても……」


 バーナードは片手を前に伸ばしつつ、理解が追いつかないといった様子で捲し立て、

「前に見たあの少女が……リエナさん……これは自分なんかが聞いていい話では無かったんじゃ……?」

 アルロは額を手で押さえながら何とか情報を整理し、この一瞬で随分疲弊したその顔でリエナを見た。


「気持ちは分かるけどねぇ、バーナードにアルロ。 これは事実さ。 あの子は勇者で……あの三人の亜人族デミは、あの子が元の世界から持ち込んだ――」


 煙管キセルを吸い、煙をふぅっと吐いてからもあくまであるがままを突きつけようとするリエナの言葉を、

「……人形パペット、だろう? それくらいは知っている」

 半ば遮る様にそう言い放ったレプターに、へぇ? と興味深そうな声を上げたリエナは笑みを浮かべ、

「それを知ってるって事は……もしかしてあんたもあの子の力を受けたのかい? この子と同じ様に」

 そう言いながらも近くにいたピアンの頭にポンと手を置き、ピアンは少しだけ気恥ずかしそうにする。


「……そうだ。 あの方の、ミコ様のお力で私は蜥蜴人リザードマンから龍人ドラゴニュートへと進化を果たした」


 そんな彼女をよそに、レプターは至って真剣な表情でそう告げつつ左腕を横に伸ばし、それに沿う様に左翼をバサッと広げ龍人ドラゴニュートである事を主張し、

「成る程ねぇ。 あんたがあの子たちが言ってた龍人ドラゴニュートか。 いずれ仲間になる、そう約束したっていう」

 ひるがえってリエナが、彼女の言葉で勇者一行との会話に登場した龍人ドラゴニュートを思い出してそう口にすると、

「ミコ様が私の事を……? そうか、そうか……!」

 彼女としては珍しく、破顔して喜びを全面に出しつつ、えへ、と腑抜けた声まで上げていた。


(ならこの子もピアンと同じく人形パペットに……まぁあたしの仮説が正しければ、だけどねぇ)


 一方、そんなレプターには目もくれず、ピアンに目を遣りながら脳内でそう呟いていたリエナは、

「問題なのは……あんたさ、聖女カナタ」

 レプターに話しかけていた時よりも、明らかにトーンの落ちた底冷えする様な声でカナタの名を呼び、

「……っ」

 森でも似た様な状況に遭遇したものの、相対する存在の格が違い過ぎる事を理解していたカナタは一切の身動みじろぎどころか視線を外す事すら出来なくなる。


「あの子たちの情報が欲しいって事は、後を追いかけようとしてるって事だ。 その龍人ドラゴニュート樹人トレントはどうだか知らないけど……あんたは一体どの面下げてあの子に会いに行こうとしてるんだろうね?」


 完全に硬直してしまったカナタへ問い詰める様にリエナがそう言っても彼女は、ぁ、ぅ、としか言えず、

「……リエナ、といったな。 それには理由わけが」

 平常心を取り戻していたレプターが、そんな彼女を見かねて助け舟を出そうとしたのだが、

「待っ、て、レプター。 私が、言うから……」

 どうにか息を整えたカナタがソファーに手をついてゆっくりと立ち上がり、既に涙目となりながらも、詰まった言葉でそう告げた。


「確かに私は王命とはいえ……禁断の秘術、勇者召喚サモンブレイヴを行使して、あの子を強制的にこの世界へ呼び出した……元の世界から、家族から引き離したのよ」


 覚悟を決める為大袈裟に深呼吸をし、半ば開き直っている様にも聞こえるそんなカナタの説明に、

「っ!」

 カッと目を見開いて怒りを顕にしたピアンが、再びワンドを彼女へ向け魔術を行使しようとしたが、

「ピアン」

 師匠の口から己の名を小さく呟かれた事で、出しゃばりましたと頭を下げて一歩後ろに下がる。


「だから私は……っ! せめて、罪滅ぼしをって……」


 そんな二人のやりとりの後、カナタは神官服の胸の辺りを両手でぎゅっと握りながら声を荒げたが、

「そんな事、あの子は望んじゃいない」

 だがリエナは対照的に表情も声音も一切変える事無く、青い瞳で彼女を射抜きつつそう告げると、

「そ、それは……でも!」

 カナタも負けじと何とか反論する為に、身体も声も震わせてそう声を上げようとした。


 その時、リエナがふぅと息をついたかと思うと、群青色の煌めきを湛えた瞳を向けて、

「それに……これは推測でしか無いけどね。 ミコはともかく、あの三人の亜人族デミはあんたを見たら……下手すりゃ殺そうとするんじゃないかって思ってるんだけど……心当たりは無いかい? 聖女様」

 推測、とは言いつつも、あの少女の愛らしさも亜人ぬいぐるみたちの想いもしっかりと把握しているリエナは、半ば確信を持ってそう問いかける。


 ――その、瞬間。


「……ぁ、うぅ……っ!」


 カナタが突然頭を押さえて苦しみだし、か細い呻き声と共に再び床に膝をついてしまい、

「カナタ!? どうした、どこか傷むのか!?」

 そんな彼女を心配する様に、レプターが駆け寄りしゃがみこんで声をかけ、

『きゅー!』

 自力で床から机の上に戻っていたキューも、同じ様にカナタの元へぴょんっと飛び移ったが、

「――っぁ」

 既に彼女の脳裏には、恐ろしい三人の亜人族デミの姿が浮かんできており、それに耐え切れなかったカナタはぷつんと糸が切れた様に意識を手放した。


「これはいかん……アルロ! すまんがここに常駐しておる救護班を呼んできてくれぃ!」


 それを見ていたバーナードが、同じく蚊帳の外だったアルロにそう指示を飛ばすと、

「は、はい! お任せ下さい!」

 彼も慌てた様子で、されど即座に行動に移り部屋を足早に出て行った。


「店主……これで良かったんですか?」


 同じ立場にあったとはいえ、少しやり過ぎたのではと良心が痛んでいたピアンはリエナに問うたが、

「……心的外傷トラウマ程度で倒れる様じゃあね」

 一方リエナは煙管キセルを片手に煙を吐いて、反省や後悔など何一つする様子も無くそう答えてみせる。


「そう、ですね……」


 ピアンとしても、今の自分の問いかけは一時いっときの良心の呵責からである事は自覚していた為、か細い声でそう呟いてからその小さな口を閉じた。

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