第115話 交換条件

「……バーナード。 先程貴方は、ギルドマスターとしての守秘義務があると言っていたな」


 数秒程、顔を見合わせていた二人だったが、何かを決意したかの如くレプターがそんな風に切り出した。


「む? うむ、そうじゃのう。 それがどうかしたか?」


 何を今更、と彼は思ったが、決してそれを表情や声音には出さずに聞き返すと、

「正直に言うと、私は盗賊団の討伐など御免被ごめんこうむりたいし、そんな事に割いている時間も無い……が、とある条件を飲んでくれるというなら引き受けなくもない」

 先の一件は偶然だからな、と付け加えたレプターの言葉に同意せんとカナタもうんうんと頷いている。


「……ふむ、その条件とは……あぁいや、待て待て」


 条件の内容を聞こうとしたバーナードは、制止する様にバッと片手を前に掲げた後、ふむ、と軽く俯き白い髭を蓄えた顎に手を当て思案し始め、

「わざわざ守秘義務の事に触れてから話を振り……突然の心変わりからの交渉……そして先程のお主たちの驚愕の表情……考えられる事はそう多くないのぅ」

 ギリギリ聞こえるかどうかというか細くしゃがれた声で呟き、最後の一言だけ周りに聞こえる声量で口にしたが、今や感覚の鋭さだけなら亜人ぬいぐるみたちにも劣らないレプターの耳にはその前の呟きから届いており、

「……意趣返しのつもりか?」

 先程自分がしてやった手法を真似られた事に、若干の苛立ちを覚えつつも、声を潜めて問いかける。


 するとバーナードはいやいや、と首と手をゆっくりと横に振って彼女を宥める様にして、

「そう聞こえてしまったのなら、すまんかったのぅ。 それよりお主たちの要求じゃが……先の一党パーティについての情報の開示、ではないかの?」

 軽く頭を下げてから、至って真剣な表情で自分が導き出した解答をレプターたちに告げる。


「……そうだ」


 ふー、と長い息を吐いて答えたレプターの顔には、これを飲めないのなら、と書いてある様に見えた。


「ふぅむ、元より死毒旋風シムーンを根絶出来るのならば、ある程度の報酬を用意するつもりではおったのじゃが……とはいえそれはのぅ……」


 盗賊は放っておけない、しかし規則を破る訳にも、そんなギルドマスターとしてのしがらみの板挟みになったバーナードは唸り、俯いてしまう。


 そんな折、レプターたちの視界にそーっと伸びてくる細い腕が映り、全員がそちらへ顔を向けると、

「……あの、どうしてレプターさんたちが、その一党パーティの事をそんなに気にする必要があるんですか?」

 ピアンが伸ばした腕と同じ様なおずおずとした声音で、核心をつく様な問いかけをし、

「確かに……私も数度しか見ていませんから気にはなりますけど、レプターさんたちからは、その……何か、執念の様なものを感じると言いますか……」

 それまで気を遣って口を閉じていたアルロもピアンに同調して、言い淀みながらもそう告げた。


「レプター、それにカナタよ。 あの者たちの情報が欲しい理由を正直に述べてみぃ。 もしそれが正当な理由であれば、依頼クエストを達成次第儂の権限で開示しよう」


 それを聞いたバーナードが二人の意見を纏める様にそう言って、鋭い眼光を彼女たちへ向けると、

「……カナタ」

「そう、ね。 いつまでも隠してはいられないわよね」

 レプターは確認を取る様な声音でカナタへ声をかけ、それに答える形で彼女は首をゆっくり縦に振る。


 ちなみに、キューはカナタの肩から降りて机に座り、しゅるっと伸ばした腕を根っこに変えて出された紅茶を吸収している。


 ――水だけでは無く、紅茶でも良いらしかった。


「改めて、私はレプター。 レプター=カンタレス。 王都サニルニアにて、駐屯兵長を務めていた龍人ドラゴニュートだ」


 そんな樹人トレントをよそに、レプターが正式な自己紹介をしたかと思うと、警備隊所属のアルロが、

「王都の、駐屯兵長……!?」

 同じ様な職に就く者として思う所があるのだろう、そう呟きながら驚きを顕にしており、

「成る程。 という事は、おのずとお主の正体も見えてくるというものじゃ……のぅ、『選ばれし者』よ」

「なっ、まさか……!」

 その一方で、彼女たちの名前を聞いた時点で何かを察していたバーナードが、カナタを視線で射抜いて低い声でそう言うと、アルロは一層目を見開いていた。


「……はい、私はカナタ……聖女、カナタです」


 そしてカナタは、先程の自分の決意を無駄にしない様に、しっかり深呼吸をしてから粛々とそう答え、

「……聖女は確か、魔族の襲撃以来行方知らず、生存は絶望的、との情報がこちらまで届いておったが……生きておったとはのぅ……」

 バーナードは深く深く息を吐いてから、王都のギルド経由で得た情報を口にしつつ髭を扱く。


「……あの、一ついいですか。 カナタさん」


 その時、明らかに声のトーンが格段に下がったピアンが、カナタを名指してそう言うと、

「何、かしら?」

 様子がおかしい事には気がつきながらも、返事をしない訳にもいかずカナタは小さくそう呟いた。


「これは、私ではなく私の保護者……の様な人が言っていた事なんですけど、聖女にはとある役割があるそうじゃないですか……『勇者召喚サモンブレイヴ』って大役が」

「っ、え、えぇ。 そうね……」


 ピアンがまたも核心をつく様に、カナタにとっては思い出したくも無い、しかし決して忘れてはならない魔術の名を挙げてそう告げると、カナタは彼女の謎の気迫に押され、言葉に詰まりながらそう答える。


 ――瞬間。


 突然立ち上がり、迫真の形相でカナタを睨みつけつつ持っていたワンドをクルッと手の中で回転させ、

「じゃあ、やっぱり貴女が……っ! 『重量化メイクヘビィ』!」

 パシッと音を立てて回転を止め、赤い宝珠の付いたワンドの先をカナタに向けてそう叫んだかと思うと、

「え、きゃあっ!?」

 気持ちを落ち着かせる為紅茶を飲もうとしていたカナタの手からカップが離れると同時に、ソファーの彼女が座っていた部分だけがへこみ、カナタはそのままそこそこ高そうな絨毯の敷かれた床に、へばりつく様にして倒れ込んでしまう。


「ピアン!? 何を……!」


 突然の事態に驚いたレプターだが、だからといってピアンを敵として認識する事も出来ず、代わりに心配そうにカナタへ寄り添おうとしたキューが、

『きゅー……? きゅっ!?』

「なっ……!? キューまで!?」

 その手に触れようとした瞬間、カナタと同じ様に床に這いつくばってしまったのを見て、レプターは漸く強い危機感を覚え腰の細剣レイピアに手をかけた。


「……重量化メイクヘビィは、対象及び対象に触れた物の重さを倍以上に増加させる支援魔術です……が、そんな事はどうでもいいんですよ」


 するとピアンはワンドの宝珠を赤く輝かせながらも、レプターやキューには敵意は無い事を示す為か、ワンドをふいっと横に軽く振ると、

『……きゅ? きゅーっ!』

「キュー! 大丈夫なのか……?」

『きゅっ! きゅー……』

 どうやらキューだけが重量化メイクヘビィから逃れた様で、ぴょこっと立ち上がるとレプターに駆け寄り、そんなキューにレプターが声をかけると、キューは大丈夫だよとばかりに一鳴きしつつも、やはりカナタが心配なのか力無い視線を向けていた。


「貴女のせいで、あの人は……! あんなに頼りになる人たちがいるからまだ良いものの、たった一人で異世界に飛ばされたあの人の気持ちが分かりますか!?」


 ひるがえってピアンは、親の仇に復讐の真っ最中とでも言いたげな様子で、自らに新しい姿と力を授けてくれた、黒髪黒瞳の少女を思い浮かべて叫び放ち、

「ぅぐ……ぇ、それ、って……!?」

「ピアン、まさか君は」

 それを聞いたカナタは、段々と重さを増していく神官服に潰されそうになりながらも彼女の発言の真意に気がつき、同じ様にレプターも驚きそう呟く。


「待て待て、先程から一体何の話を……む?」


 アルロが突然の事に完全にフリーズしているそんな中、呆けていたバーナードが漸くハッとして彼女たちを止めようとした時、仮にも元金等級ゴールドクラスである彼は扉の向こうにいる何かにいち早く気づいたが、次の瞬間には扉が音を立ててひらいていおり、

「……え、店主?」

「……ぅ、はぁ……っ!」

 本来ここにいる筈の無い、彼女の保護者……もとい魔道具店主の狐人ワーフォックスがそこに立っている事にピアンは驚き、思わず魔術を緩めてしまった。


「ピアン、あんたへの説教はまた後でね。 それよりも……話は聞かせてもらったよ」


 カランカランと下駄を鳴らし部屋に入ってきた狐人ワーフォックスは、弟子の頭をクシャッと雑に撫でつつそう言って、息を切らして床に座り込むカナタの前に立つ。


(何だ、この狐人ワーフォックスは……力の底が見えない……?)


 キューと共にカナタに寄り添うレプターが、龍の眼で見ても計り知れない程の力を目の前の狐人ワーフォックスが有している事に驚愕していたその時――。


「あんたがあの子を……ミコをこの世界に呼び出した張本人なんだろう? 聖女カナタ」

「「!!」」


 真っ青な目で射抜いたままそう告げてきた彼女の言葉に、カナタたちは今日何度目かも分からない、目をくわっと見開いた驚愕の表情を見せたのだった。

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