第114話 ギルマスからの依頼

 理由も聞かされぬまま、アルロの案内の元ドルーカの街を歩いていたカナタたちに、

「あちらがドルーカの冒険者ギルドになります」

 アルロは他の家々より一層大きな、それでいて外観は然程変わらない建造物を指差して彼がそう言うと、

「ほぅ、中々にしっかりとしたギルドの様だな。 王都と比べてしまうと少し劣りはするが……」

 レプターは顎に手を当てつつ、まるで評論家かとばかりにその建物を眺めていた。


「……お二人は王都から来られたのですか? 確か王都は魔族の襲撃に遭ったばかりだとか……」


 そんな彼女の言葉に出て来た、王都という単語に引っかかったアルロが怪訝な表情で、あらかじめ得ていた情報と共におそるおそる尋ねると、

「ご存知、なんですね」

 襲撃中はおろか、襲撃がある事を事前に知っていた唯一の人族ヒューマンであるカナタは、バレません様にと彼以上におっかなびっくり聞き返し、

「えぇ、国の一大事ですからね。 ドルーカからも小銭稼ぎだとばかりに冒険者が数組向かった事実もありますし……お二人も、襲撃に遭われたんですか?」

 一方アルロはギルドの扉に手をかけて、ギィッとひらき彼女たちを先に通しつつ再び問いかけた。


 中へ入ると、老若男女問わずひしめく冒険者たちの幾人かがこちらを見たが、警備隊のアルロと一緒という事もあってか絡まれたりする事は無く、

「あぁ、私も王都の防衛に参加していたんだが……それも何者かによって撃退され、今は復興も進んでいるからな。 もう離れても大丈夫だろうと踏んで、仕事を求めて王都を出た時に……」

「……同じタイミングで王都を出ようとした私とバッタリ、って感じで」

 レプターは悠然と歩を進めながら語り、その後を継ぐ様にカナタがそう口にして、この子は道すがらね、とキューをアルロに見せる。


 ――無論、彼女たちの話の殆どが、虚偽に塗りたくられている事は言うまでも無い。


 この設定は、サーカ大森林にて出会った蜘蛛人アラクネのウェバリエと共に考えたものなのだが、アルロやピアンがそれを知る由も無かった。


「成る程……っと、では話を通してきますから、こちらで少々お待ち下さい」


 虚偽の経緯だとは露知らず、うんうんと頷いて納得したアルロは空いたテーブルを指差しそう告げて、受付嬢が数人座っているカウンターへ向かう。


「お二人は王都の冒険者だったんですねぇ」


 ここまでの間、気を遣ってかその口を閉じていたピアンが突然そんな事を言うと、

「いやいや、私は違うわよ。 私はほら、本当に……単なる神官だから。 冒険者の免許ライセンスは持ってないわ」

 カナタは神官の活動許可証を取り出し、彼女にどうぞと手渡してそう口にした。


「あれ、そうなんですね……レプターさんは?」


 一方ピアンは受け取った許可証をしばらく「おー」と声を上げながら見ていたが、満足したのかありがとうございましたと礼を述べ、それをカナタに返しつつレプターに、貴女は冒険者ですよね? と問いかけ、

「あぁ、私は――」

 レプターが返答しようとしたその時、細長い足をチャキチャキと動かしながら歩いてきたアルロが、

「皆さま! 話がついたみたいなので、どうぞ奥へ!」

 カウンターから出て来ていた受付嬢の一人を連れ立って、彼女たちを呼ぶ声を上げる。


「……っと。 すまないピアン、また後で……おや、貴女は……?」


 その声に思わずたたらを踏んだレプターは、話を振ったピアンに断りを入れようとしたのだが、そんな彼女の視界に先程からアルロと並び立つ女性が映った。


「はじめまして。 当ギルド所属の受付の一人である、エイミーと申します。 以後お見知りおきを」


 すると彼女はぺこりと一礼し簡単な自己紹介を済ませ、一方冒険者たちの喧騒に押され気味のカナタは、

「よ、よろしくお願いします……」

『きゅー!』

 極めて控えめに挨拶を返したが、そんな彼女とは対照的にキューはいつも通り楽しそうにしていた。


 しばらくエイミーに連れられて、そこそこ長い木製の廊下を歩いていた時、とある扉の一つの前で足を止めたエイミーが、コンコンコン、とノックし、

「ギルドマスター。 アルロさんたちがいらっしゃっていますが……お時間の方よろしいでしょうか?」

 中にいるのだろうギルドの長に向けて、許可を取ろうとそんな風に問いかけると、

『ん? おぉ、問題無い。 入ってくれぃ』

 ひるがえって扉の向こうからは、随分としゃがれた低い男声が返ってきた。


 エイミーが扉を開け、レプターたちを通した後、では私はこれでと彼女が受付へと戻っていく中、

「ようこそ、ドルーカの冒険者ギルドへ。 儂が当ギルドのギルドマスター、バーナードじゃ」

 彼女たちにかけられた声の主は勿論ギルドマスターであり、そこには座った状態でさえ大きく見える、白髪の老爺の姿があった。


 彼女たちも立ったまま自己紹介を済ませると、バーナードはうむうむと頷きつつも、

「聞いた話では、お主たちが死毒旋風シムーンの二代目を拿捕してくれたとか……む、ピアン。 此度は災難じゃったのぅ。 リエナも心配しておったぞ」

 よっこいしょ、と立ち上がりながらそう語り始めようとした彼の視界に馴染みの有角兎人アルミラージが映り、

「ほ、本当ですか? じゃあ怒られないで済むかなぁ」

 そんな風にかけられた声は優しく、本当に自分の保護者が心配してくれているのだろう事が分かった為、ピアンは少しだけ安堵して息をつく。


「……座っても?」


 そんな折、腕組みをしたレプターが、痺れを切らしたのか腕甲を爪でトントンと叩いて急かすと、

「む? おぉそうじゃった。 すまんのぅ、歳を重ねるとどうにもこう……まぁ座ってくれぃ」

 彼は謝りながらもほっほっほと笑い、広い肩幅から伸びる片腕を広げて着席を促した。


「……あのぉ、私たち……何も聞かされないままここまで連れて来られたんですけど……そろそろ説明とかしてもらえないかなー、なんて……」


 全員がソファーに座ったタイミングで、おずおずと挙手したカナタがそう口にすると、

「……まぁ、私は大体分かっているがな」

 何故かそれに答えたのは、バーナードでもアルロでも無く彼女の同行者のレプターであり、

「ほぅ? して、その心は?」

 やけに自信満々に言ってみせた彼女に興味をいだいたのか、顎に手を当てニヤリと笑う。


「あの二代目……ルーベンとか言ったか。 奴が口にしていた『初代』、『親父』という発言……指名手配犯を牢に入れられるというのにあの浮かない表情をするアルロ……そして、突然の冒険者ギルドマスターへのお目通り……考えられる事はそう多くない」


 すると彼女は一つ、また一つと自身の憶測を確かにする為の要素を指折りながら語り、

「……つまり?」

 それ程急いでいる訳でも無いが、結論を聞こうかと言わんばかりにそう告げるバーナードに、

「盗賊の……では無く、初代を含めた盗賊団そのものの討伐依頼クエストじゃないのか?」

 彼女の中では高確率で的中だろうと考えている答えを、その鋭い眼光で彼を射抜きつつそう告げた。


「……ご明察じゃ。 どうじゃろう、報酬は弾むが」


 すると彼はふーっと長く息を吐き、至って真剣な表情でそう口にしたものの、

「他にも冒険者はいるだろう? 何故私たちなんだ?」

 暗に気乗りしないから嫌だと伝えてくるレプターに、バーナードは両手を口元で組み肘をつきつつ、

「簡単な話じゃよ。 あれと……死毒旋風シムーンを結成した初代首領、グラニアと対等に戦える可能性がある者は、このギルドには数える程しかおらんのじゃ」

 こちらとしては然程興味も無かった初代の名を口にして、もう少し育成に力を入れておくんじゃったと自分を戒めるかの様な発言をする。


 だが、突然彼がフッと笑みを浮かべた事に違和感を覚えたレプターが、どうした? と問おうとした時、

「……少し前なら、確実に勝てるであろう一党パーティがおったのじゃがな……」

 少し前、と言っておきながら随分と懐かしむかの様な視線をくうへ向けた彼を見たカナタは、

「? あっ、もしかして亡くな……って?」

 何を深読みしたのかそう言って、一瞬聖女らしさを表に出して十字架を切ろうとしたのだが――。


「既にこの街を発っておるよ……む? そういえば、お主たちとどこか似ておる気がするの。 のぉピアン」

「え? あー……似てなくも無いって感じですかね」


 ほっほっほ、と笑いながらそう言いつつも、急に何かを思い出してちょこんと座るピアンに話を振ると、彼女は、んー、と首をかしげ、留保つきつつ頷いた。


「私たちと……? どういう事だ」


 二人のやりとりを不思議に感じたレプターが、まさか、と軽く身を乗り出して問い詰めようとしたが、

「詳しい事はギルドマスターとしての守秘義務があるから話せんが……早い話が組み合わせじゃの。 今は一人増えておるが、結成当初は四人じゃったんじゃよ」

 バーナードは自身の白い髭を扱きながら、少し上の方を見つめてそう告げ多くは語らない。


「……構成は?」


 一方、特に意味も無く声を潜め、薄々勘づいてはいるものの実際にこの耳で聞くまではと考え、答えを待つレプターたちに向けてバーナードは――。


亜人族デミが三人と、人族ヒューマンの少女一人の一党パーティじゃな。 そしてそこへもう一人、人族ヒューマンの少女が加入しておる」


「「……!?」」


 それを聞いたカナタとレプターは、揃って目を見開き、驚愕の色に染まった顔を見合わせる。


 無理もないだろう、彼女たちには、そのたった一つの情報だけで……理解出来てしまったのだから。

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