第113話 盗賊の引き渡し

「よし、では早速……」


 レプターはピアンの言葉を受けてすぐ、馬車や牛車の立ち並んだ遠目に見える行列の最後尾につく為、颯爽と歩を進めようとしたのだが、

「あ、レプターさん! ちょっと待ってください!」

 そんな彼女を慌てた様子で制止するピアンの声で、レプターはピタッと足を止めて振り返り、

「ん? どうしたピアン」

 その都度ズサァと引きずられるルーベンを全く気にかける事無く、カクンと首をかしげた。


「普通ならそれでも良いんですけど、今日はその……事情が事情じゃないですか。 だからあの列の横を抜けて、直接門の所へ行ってしまいましょう」


 ピアンもその光景に慣れてしまった様で、至って冷静にレプターの足元から遠くに見える門へと視線をスライドさせながらそう提案する。


「え、そんな事して大丈夫なの?」


 一方、未だ慣れないカナタはチラチラと息を切らすルーベンを見遣ってからピアンに尋ねてみた。


「勿論好ましくはありませんが……まぁ、それを見たら大体は納得してくれるかなぁ、と」


 するとピアンはゆっくりと首を横に振りながらも、レプターの足元に目線を下げてそう言って、

「う"っ……ぐぅ……」

「「あぁ……」」

 それを聞き声を揃えた二人の視線の先には、昨夜の戦闘で一切の手傷を負っていないにも関わらず、既に満身創痍なルーベンの姿があった。


 ピアンの助言通りに、そこそこの長さの列を横目に歩いていたレプターやカナタに向けて、

「それに……これでも私、結構顔は広い方なんです。 店主に頼まれて市場へ買い出しとか、昨日みたいに採集の為と町の外へ出たり……とかで」

 そう言ったピアンは、ふんす、と薄い胸を張って自慢げにしていたのだが、

「へぇ……え、店主? ピアン貴女、何処かのお店で働いてるの? てっきり冒険者か何かかと思ってたわ」

 彼女の顔の広さに……では無く、店主という言葉の方に引っかかったカナタは何の気無しにそう尋ねる。


 するとピアンは、たははと苦笑しつつ、ゆっくりと首を縦に振った後で、

「いやまぁ、一応冒険者でもあるんですよ? といっても……黒曜オブシウス、なんですけどね。 ご覧の通り……あ」

 ゴソゴソとふところから黒い宝珠の付いた免許ライセンスを二人に見せたが、突然何かを思い出したかの様に声を上げ、

「……そういえばお二方、身分証明は大丈夫ですか? 町へ入る時は当然ですけど、その人に懸賞金が掛かっていた場合、潔白だと証明出来る身分が無ければ報酬として受け取る事も出来ませんが……」

 昨日、カナタが必死に自分の正体を誤魔化そうとしていた事を覚えていたピアンは控えめに問いかけた。


「あー……問題、無いよ。 私はな」


 最初にレプターが、特に表情も変える事無くそう答えてカナタを見遣ると、

「……私も、大丈夫よ。 一応ね」

 彼女の心配をよそに、カナタは革袋から免許ライセンスに良く似た、しかしデザインは全く異なる何かを取り出して、安心させる様に笑みを見せる。


「そうですか? それなら良いんですが……っと、それじゃあ私が先に行って事情を説明して来ますから、準備をしておいてくださいね」


 そんな二人を見たピアンは、杞憂だったかなと考えながら、段々と近くなってきた門に一人足早に向かっていき、手を振ってそう声を上げた。


 駆けていくピアンを見送りながら手にしていた縄を伸ばし、寝そべるルーベンから少し離れ、

「カナタ、本当に大丈夫なのか?」

 内緒話でもする様に身を寄せつつ、そんな事を尋ねてきたレプターに、

「……これ、見てくれる?」

 カナタは先程取り出した物を、はい、とレプターにあっさり手渡してしまう。


「ん? ……あぁ、神官の活動許可証か」


 するとレプターは受け取ったそれをまじまじと見た後、サラッとその正体を口にしてのけた。


「しばらく王都で怪我人の治療に協力してたって話したでしょ? 私……聖女だからか、これ持たされてなくてね。 その時に向こうの教会で発行してもらったのよ。 ほら、名前もそのままで」


 彼女の答えを正解だと肯定した後で、その許可証を手に入れた過程について簡単に説明したカナタへ、

「……? バレなかったのか?」

 ここまで正体を隠して来ていた筈なのに、本名はバレてもいいのか? と疑問に感じたレプターは思わずそれを声に出して問いかける。


「こんな事、言いたくないんだけど……聖女わたしあやかった、カナタって名前の女の子……結構いるらしくて」


 かつての聖人と同じ感じよ、とお世辞にも嬉しくは無さそうなその声音で語られた彼女の言葉に、

「……成る程」

 幼く見えるのも原因の一つだろうとは思ったが、それを口に出す事は無いレプターだった。


 その後、駆け戻ってきたピアンの案内で、門の横に設置されていた屯所に入ったカナタたち。


「お二方、こちらはドルーカの警備隊のお一人で、私の顔馴染みでもあるアルロさんです」


 そう言ってピアンが片手を広げて指し示した先に、警備隊というには若干頼りなくも思える優男がおり、

「はじめまして、アルロと申します。 この度は旅の途中に盗賊の討伐と拿捕にご協力頂いたそうで……」

 されど、すくっと椅子から立ち上がった彼は思いのほか背が高く、差し出された手をビクビクしながら握るカナタとは対照的に、キューは『きゅー!』と嬉しそうに彼女の真似をし、彼の指を握っていた。


「偶然だから気にしないでくれ。 それと、捕らえたのは一人だけで、残りは殲滅してしまったんだが……これで盗賊たちの討伐の証明になり得るのか?」


 一方レプターが同じ様に握手をしながらも、チラッと視線を斜め後ろに向けてそう告げると、

「捕らえた盗賊の格にもよりますね。 一応ピアンさんから二十程の集団の纏め役と伺ってはいますが……その縄の先に転がってるのがそうですか?」

 あぁ、と反応してからアルロは彼女の視線の先、最早ズタボロなルーベンを見遣って問いかける。


「あぁそうだ……ほら、顔を上げろ二代目」


 するとレプターは彼の問いかけに答えつつ、転がり伏すルーベンの顎の下に右の足先を突っ込み、強制的にグイッと顔を上げさせたが、

「う、るせぇ化け物……俺には、ルーベンって名が」

 何とか悪態をつくぐらいの元気は残っていたルーベンが、少しでも抵抗しようと言葉で噛み付いてくる。


「……ルーベン? それに二代目……まさか」


 その時、そんな二人のやりとりを聞いたアルロが何かを思案する様に顎に手を当て、ハッと目を見開いて書類が纏められている棚へ手を伸ばしたかと思うと、

「やはり……手配中の盗賊団、『死毒旋風シムーン』の二代目、双短剣ツインダガーのルーベンでしたか」

 パラパラとめくっていた手配書の様な書類の一枚を取り出し、そこに記された盗賊団の名前と、他でも無いルーベンの二つ名を口にした。


「しかし、肝心の短剣ダガーを持っていない様ですが……」


 アルロは手配書と転がり伏す男を照合しつつ、二つ名の由来となる短剣ダガーが無い事に気づいたが、

「あぁ、それは私が回収したからな」

 そんなアルロの呟きに、レプターが革袋から二振りの短剣ダガーを取り出しあっさりと答える反面、

「……この辺りでは有名なんですか?」

 流石に初対面の男性に対して、気さくには対応出来ないカナタは敬語でおそるおそる尋ね、

「そうですね。 この街を目指してやって来る商隊や、人数の少ない冒険者などを狙う……彼らが通り過ぎた跡には何も残らない……そんな盗賊団やつらです」

 元々普段から丁寧な言葉遣いをしているのだろう、アルロが同じく敬語でそう説明してみせた。


 それを聞いたレプターは、ゴミを見る様な目……の方がまだマシだと思える程に強い殺気を纏わせた視線をルーベンに向けながら、

「……見下げ果てた連中クズだな」

 たった一言に、敵意、殺意、嫌悪感……様々な感情を乗せてそう呟いた。


「うるせぇって言ってんだ……! 牢に入れたきゃ好きにしろ、いずれ親父が俺を迎えに来るからな……!」


 一方、縄で縛られた状態のまま他の警備兵に強制的に連行されながらも、彼は最後の最後まで見苦しく、そして聞き苦しくもある捨て台詞を吐き続けていた。


「親父……初代、ですか……レプターさん、それと、カナタさんと仰いましたね」


 だが、この場で唯一彼の捨て台詞をまともに捉えていたアルロは、ぶつぶつと呟いた後、此度の功労者である二人に向け丁寧に声をかける。


「ん? あぁ……」

「何、でしょう」


 そう反応したレプターの後を継ぐ様にカナタがおそるおそる聞き返すと、

「少し、聞いて頂きたいお話があるのですが……私と共に、冒険者ギルドまでご同行願えますか?」

 勿論ピアンさんも一緒に、と付け加えた彼の言葉を受けたカナタたちは、特別断る理由もなかった為、ドルーカの冒険者ギルドへと向かう事となった。

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