第112話 草原引きずり回しの刑

 人為的に眠らされた二代目と、自然的に眠りについていたキューを除く三人は、手早く夕食――時間的には夜食だったが――を済ませた後、明日に備えて銘々簡易的な寝床へ横になっていた。


 ――そして、翌朝。


 遮蔽物の一切無い草原で寝ていた彼女たちを朝日が照らし、その顔が淡い朱鷺とき色に染まり始めた頃、

「ん、んん……ふあぁ……」

 閉じていた目蓋の向こうから差す光に気がついたカナタが、ググーッと背伸びをしつつ欠伸をし、

(もう朝か……ちょっと寝足りないけれど、昨日寝るのが遅かったし仕方ないわよね……って)

 寝起きであるが故のふわふわとした頭でそんな事を考えていた彼女の視界に、すくっと立ったまま朝日が昇っている方へ顔を向ける誰かの姿が映る。


「ん……レプ、ター? 随分、早起きね……?」


 眠い目をこすってもう一度そちらを見てみると、立っていたのはレプターであり、何をしてるんだろうと考えたカナタが拙い口調で声をかけると、

「ん? あぁ、おはようカナタ。 だが早起きというのは間違いだ……私は寝ていないからな」

 その声に気づいたレプターはふいっと振り返り、欠伸を噛み殺した口を手で覆い隠しながらそう言った。


「え? どうして……」


 確かに彼女たちが寝る前に、火の番は私がやろう、とレプターが口にしてはいたが、眠くなったら起こしていいからねと言ってあった筈なのに、とカナタはカクンと首をかしげてしまう。

「どうしても何も……有事の際、何があっても即座に対応出来るのはこの中じゃあ私だけだろう?」

 だがレプターは、カナタと同じ様に首をかしげて、これくらいは当然だとばかりにそう告げた。


「そっ、か……ありがとうね。 今からでも、寝る?」


 彼女の言わんとしている事は理解出来るものの、結局自分がのうのうと寝てしまった事実に変わりは無い為、多少の申し訳なさを込めて提案したが、

「気持ちはありがたいが、やめておこう。 今とこに就いてしまっては……その、起きられる自信が無い」

 ひるがえってレプターはふるふると首を横に振り、朱色に染まった頬を気恥ずかしげに爪でカリカリと掻く。


 そんな彼女の珍しい姿を見たカナタは一瞬呆気に取られてしまったものの、クスッと微笑んでから、

「そういう一面もあるのね……あっ、そう、いえば……あの、盗賊の人は?」

 レプターの意外な弱点を見つけたと少し嬉しそうにしていたが、その時ふと彼女が昨日引きずって来た男の存在を思い出しておそるおそる問いかけた。


「……寝息を立てている以上、死んではいないな。 正直ああもすやすやと眠られると苛ついて仕方が無いのだが……叩き起こしてやろうか」


 するとレプターは、あぁ……と溜息混じりの声を出し、めらめらと燃える焚火の向こうで、すかーと寝息を立てる二代目を忌々しげに胡乱な瞳で見つめ出す。


「や、やめなさいよ。 貴女の方が強いってのは分かってるけれど、仮にも盗賊なのよ?」


 その一方で、盗賊を含め『自分よりも強い何か』への恐怖を拭い切れていないカナタは、何とか彼女を制止しようとあたふたしていたが、

「分かってるさ……っと、あちらも起きた様だな」

 それを見たレプターが、ククッと喉を鳴らして笑いながらもそう言ってカナタの方へ目を向けた時、むくっと起き上がる亜人族デミが彼女の視界に映った。


「あふ、あぁ……あ、おはようございまふ……」


 その亜人族デミとは勿論、有角兎人アルミラージのピアンであり、昨夜色々あったせいか彼女はカナタ以上に眠たげな様子だったが、既に起きていた二人を視認すると、噛み殺し切れない欠伸と共にそんな挨拶をする。


「あら、おはようピアン。 ちょっと待っててね……」


 レプターとの会話をしながらも朝の軽食を準備していたカナタはそう返しつつ、あつっ、と取っ手付きの鍋ごと焚火で温めていた橙色の何かをコップに注ぎ、

「はいこれ、眠気覚まし……とは違うかもだけど、良かったら飲んでみて」

 未だ目蓋を開ける事すら満足に出来ていないピアンに、どうぞとコップを差し出した。


「あ、はい……ありがとうございまふ……んくんく、ぷはぁ……美味しいですね、何でしょうこれ」


 おぼつかない手付きで温かいコップを受け取った彼女は、ふーふー、と軽く冷ましつつ口をつけそれを喉に流し込むと、身体が少しは温まったのか比較的流暢な様子でそう言って、こてんと首を横に倒す。


「細かく切って乾燥させた果物を煎じたお茶なんだけどね、お口にあったみたいで良かったわ」


 それを見ていたカナタはふふっと微笑んで、彼女特製のお茶について簡単に説明してみせた。


 しばらくそのお茶と共に朝食のサンドイッチを嗜んでいたそんな折、カナタの革袋で寝ていたキューが、

『……きゅ、きゅ〜?』

 か細い声で鳴きながらもぞもぞ動き出し、きょろきょろと辺りを見回している事に気付いたレプターは、

「……む、キューも起きたか。 ならばそろそろ後始末をして、ドルーカに向け出発したいのだが」

 んでいたサンドイッチをお茶で流し込んでから、キューの為にと用意していた煮沸済みの清潔な水を与えつつ、カナタたちにそう提案する。


「そうですね……ただ一言に罪人の引き渡しといっても、身元の照合、速やかな尋問、懸賞金の用意、新たな依頼クエストの発注……と向こう側のやる事は沢山ある筈ですし、早めに行くに越した事は無いと思いますよ」


 その提案を聞いたピアンが、むぐむぐとサンドイッチを頬張りつつもそう語り、レプターに同意すると、

「へぇ、じゃあそうしましょうか……で、レプター?その人はどうするの? まだ寝てるみたいだけれど」

 彼女の説明に納得した様子のカナタは、二人に同意したはいいものの、やはり盗賊の存在が気にかかる様で、転がる二代目を指差して尋ねたが、

「このまま引きずって行くが、どうかしたか?」

「い、いいえ……」

 何を今更とばかりに表情を一切変えずそう言ったレプターに、何も言えなくなったカナタは大人しく引き下がるしか無かったのだった。


 その後、朝食を済ませた彼女たちは、火の後始末と片付けを終わらせて出発の準備を銘々整えて、

「よし、ではドルーカへ向かうとしよう!」

 先頭に立つレプターが、一睡もしていないにも関わらず……いや、一睡もしていないからこその高揚感を顕にしてそう叫ぶと、

「そ、そうね」

「そう、ですね……」

『きゅー!』

 カナタとピアンは、そんな彼女に引きずられていくのだろう二代目に僅かながらの憐憫の視線を向け、キューはすっかり定位置と決めたカナタの肩の上で、レプターの真似をして片手を振り上げていた。


――――――――――――――――――――――――


 そして彼女たちは、まだ見ぬドルーカを目指してトコトコと歩いていたのだが、

「……ん!? い"っ! 痛ぇ痛ぇ! 何だこりゃあ!?」

 ここで漸く目を覚ました二代目が、引きずられている事による身体中の痛みに喘いでいると、

「……あぁ、おはよう二代目」

 全く感情のこもっていない顔を向けながら、一切その足を止めようとしないレプターが簡素に告げた。


「て、てめ……ぅぐぇ! ぺっぺっ! 草が口にっ! おいこら! 一旦止めろ化け物!」


 そんな彼女に文句を言おうと彼が口をひらいた瞬間、その口の中に青々とした雑草が入った事で、更に怒りを増した二代目がレプターを見上げてそう言ったが、

「それは出来ないな。 私は一刻も早く貴様を引き渡したいんだ、悪いが足をめてやる理由はない」

 盗賊の存在を気にかけるカナタたちを気遣ってなのか、それとも自身を襲う睡魔からなのかは分からないが、彼女はそう口にしつつ何なら足を速めていく。


「ふ、ふざけん、げほぉっ!? 今度は土が! がっ、石も……っ! 止めっ、止めろぉおおおお!」


 当然それにともない彼の身体を襲う痛みも増していき、悪態をつこうとした二代目の口に比較的大きめの土や石ころが入っていくのを横目に見ていたレプターは、

「ははは! 朝から元気だなぁ、二代目!」

 何故か突然高らかに笑い出したかと思うと、そう言って更に速度を上げていく。


(……こんな嗜虐的サディストだったかしら。 それとも眠過ぎておかしくなってるだけ……?)


 そんな二人のやりとりを見ていたカナタは脳内でそう呟きつつ、おそらく互いに同じ様な事を考えてるんだろうなとピアンと顔を見合わせ、思わず苦笑しながら先を行く彼女を追いかけた。


 しばらくそんな調子で歩いていたレプターたちの視界に、同じ様にドルーカを目指しているのだろう冒険者や商人などといった者たちが映り始めた頃、

「……大体さっきから、二代目二代目って部下でもねぇ癖によぉ……俺にはルーベンって名前が――」

 あまりに引きずられ過ぎたのか、すっかり意気消沈してしまった二代目が小さく自分の名を告げた。


「心底どうでもいい情報をありがとう……おっ、見えてきたな。 ピアン、あれが?」


 一方、レプターはそんな雑な返しをしつつ、ふと目の上に手を添えた彼女の視界に大きな門が映り、ドルーカ住まいだと話していたピアンにそう尋ねると、

「はい! ドルーカの街ですよ!」

 彼女は昨日晒した泣き顔が嘘の様に笑顔になって、自分の住む街の名を嬉しそうに口にした。

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