第111話 龍と兎と聖女の合流
草木も眠る丑三つ時、暗闇が辺りを支配し、焚火の明かりだけが唯一の心の拠り所……そんな状況でレプターの帰りを待っていたカナタの耳に、ザッザッという足音が届き、彼女は反射的にそちらへ目を向ける。
「あ、レプター! お帰りなさ……い?」
そこには目当ての
「そ、それ、いやその、人? もしかしなくても」
数瞬の後、首を横に振って気を取り直し、おそるおそる指を差して震える声で尋ねると、
「あぁ、盗賊の生き残りだな。 懸賞金がかかっているかは分からないが……全員殺してしまうより、明日ドルーカのギルドか警備隊に引き渡す方が良い筈だ」
「ぐ、この化け物が……っ」
レプターが、縄でグルグルに縛られた、唯一の生き残りである二代目を睨みつけながら何でも無いかの様にそう告げた事に、彼は小さく悪態をついた。
「そ、そう……それでその、背中の……」
納得した様なしていない様な、そんな反応を見せつつ、盗賊の次にカナタが気になっていた、レプターが背負う何某かについて問いかけてみると、
「貴女がレプターさんのお仲間ですか? はじめまして、
既に互いの自己紹介を終えていたのか、レプターの背中からピョコッと顔を出したピアンが、背負われたままペコリと頭を下げてそう口にする。
「あ、あぁ、そうなのね。 ご丁寧にどうも。 私は、って、貴女、その足……」
これまでカナタが出会って来た
「これですか? そこの人のお仲間にやられまして。 とりあえず応急処置はしたので、後は町に戻ってから」
するとピアンは、たははと苦笑しつつも血の滲んだ包帯が巻かれたその足をさすっていたのだが。
「……それくらいなら、私が治せるわ。 レプター、彼女をこっちにお願い出来る?」
今こそ力の見せ所だとばかりにそう呟いて、傷ついた彼女を背負うレプターに指示を飛ばすと、
「あぁ、元よりそのつもりだったからな。 頼む」
「い"っ……この……っ」
彼女は片方の手で二代目を縛る縄を引っ張りつつ、カナタの元へピアンを連れていき、ゆっくりとしゃがみ込んでピアンを地面に敷かれた布の上に下ろした。
「えぇ、それじゃあ――『
引きずられ、苦痛を口にする二代目をよそに、カナタは手を優しく患部に触れさせて治療術を行使する。
「……よくよく見れば神官の方でしたか。 すみません、謝礼は町に着いたら必ず……っ?」
ピアンはそこで初めてカナタが神官服を着ている事に気がついてそう言おうとしたのだが、その時彼女は治っていく自分の傷を見て多少の違和感を覚えた。
「しょ、触媒も無しに凄い治癒速度ですね。 もしかして、結構な高位の神官さんでしたか?」
……そう、いくら素早く治す為の魔術とはいえ、その回復はあまりにも速すぎたのだ。
――これも全て、彼女が聖女たるゆえであるが。
「い、いやいやそんな事無いわ! 何処にでもいる普通の神官よ! あ、私はカナタ! よろしくね!」
当然カナタとしても身分をそう易々と明かす訳にはいかぬ為、ブンブンと激しく手と首を振って否定した後サクッと名前だけの自己紹介を済ませ、
「は、はぁ。 ありがとうございました、カナタさん」
流石に何かを隠しているのだろう事はピアンにも理解出来たが、恩人の仲間の素性を根掘り葉掘り聞くのはまずいかなと判断し、謝意を示すに
「そういえばカナタ、キューはどうした?」
そんな折、一段落ついたと見たレプターが、もう一人の同行者の所在について尋ねると、カナタはえ? と反応しつつ、心を一旦落ち着かせる為に深呼吸し、
「……この子はもう寝ちゃったわ。
彼女の傍に置いてあった革袋の上に寝そべるキューを、起こさない様に軽く持ち上げてそう言った。
「そうか、なら良い。 さて、腹も空いたし少し遅いが夕飯にしたい。 カナタ、準備は出来ているか?」
それを見たレプターは微笑みつつ、今日の夕食当番だったカナタにそう問いかけたのだが、
「え、えぇ。 それは良いんだけど……その……」
「……何だよ、見てんじゃねぇぞ」
「ご、ごめんなさい……」
だが、そんな彼女の言葉は二代目が口にしたなけなしの脅し文句に遮られ、ビクッとしてしまったカナタは思わず必要の無い謝罪をしてしまう。
「……おい、反省しているのか貴様」
それを見ていたレプターが、二代目の脅しなど可愛く見えてくる程の殺気を放ち、低い声でそう言うと、
「……覚えてろよ
何故か強気に笑みを浮かべた二代目が、さながら虎の威を借る狐の様に、自らの父親の脅威を語り出そうとしたその時――。
「『
いつの間にかカナタの元から離れ、二代目の方まで近寄って来ていたピアンが、自身の触媒である
「……っ、ぁ?」
二代目は饒舌に動かしていたその口を止め、少しずつ目蓋を下ろし……次の瞬間には、眠ってしまった。
「ん? 寝てる……のか?」
事実を確認する様に、レプターは彼が装備している革の鎧……その脇腹の部分を足先で小突いてみたが、反応は一切返って来ない。
何をしたんだといった表情でピアンを見つめるレプターに、彼女はこほんとわざとらしく咳をついて、
「実は私、支援魔術を得意としてまして……さっきもレプターさんが助けてくださるまで、
そう語り出した最初の方は快調な様子だったピアンだが、何故か言い終わる頃には、ふふふ、と自虐的な笑みを湛えており、
「……成る程。 しかし助かったよピアン……後少し遅ければ、処分していたところだったからな」
一方それを聞いたレプターはといえば、つい先程まで恐ろしい目に遭わされていたのにも関わらず、我慢の出来ない自分に代わって的確な処置をしてくれた彼女に心からの謝意を示しており、
「いえいえ、お役に立てたなら何よりですっ」
ピアンも、ほんの少しでも借りが返せたかな、と恩人であるレプターに向け微笑んでみせた。
「さぁ、懸念事項も消えた事だし夕飯にしようか」
そして今、見えている問題はあらかた解決した為、レプターがパンッと手を叩き、空気と話題を切り替えようとそう口にして、
「そうね。 温め直すから少し待ってて」
そんな彼女に同調する様に、よいしょ、と腰を上げて焚火の方へ近寄りながら呟いたカナタに、
「あ、カナタさん。 私手伝いますよ」
「そう? ありがとうね」
手先が器用なのが自慢の一つでもあるピアンが、指示を下さいとばかりに、ふんす、と薄い胸の前で小さく両の拳を握ると、カナタはふふっと微笑みながら、彼女の申し出を受け入れた。
――今日の夕飯は茸と
サーカ大森林を抜ける際に見かけた
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