第110話 夜盗を撃退せよ
レプターの言葉通り、彼女たちが野営地と決めたその場所からそこそこ離れた位置にて、一人のローブ姿の少女がめらめらと燃える焚火を中心に、二十程の盗賊たちに囲まれていた。
普通ならば、間違い無く絶望的な状況であり、すぐに捕まっても可笑しくは無かったが……何故かその少女には擦り傷一つ付いていない。
その証拠に、本来であれば聞こえてもいい筈の剣戟音や、勝ち誇った盗賊たちの醜悪な笑い声などは全くレプターの耳には入っていなかった。
「チッ……あぁもう! めんどくせぇなぁ! 手間かけさせんじゃねぇよ! 大人しくしやがれ!」
屈強な身体つきの盗賊の一人が、忌々しげに舌を打ちつつ、手入れの行き届いていなさそうな大剣を少女に向け振り下ろすが、それはあっさりと躱され大剣は空を切り、盛大に地面へ突き刺さる。
「おい二代目ぇ! 一人だからってこいつを狙ったのは失敗だったんじゃねぇかぁ!?」
その時、同じ様に恰幅も良く、突起の付いた棍棒を構えていた盗賊が、後ろの方で腕を組み戦況を眺めていた比較的細身かつ小綺麗な男に声をかけた。
「……かもなぁ。 だがここまで虚仮にされて……今更退けるか? 絶対にふん捕まえろ、野郎どもぉ!!」
すると二代目と呼ばれた男は、はぁ、と重苦しい息を吐きながらもそう叫び放ち、腰に据えていたとても盗賊の武器とは思えない程装飾の見目麗しい二本の
「「「おぉぉぉぉ!!」」」
そんな彼の言葉に呼応するかの如く、盗賊たちは銘々武器を掲げて大声で叫び、大気を震わせる。
(くぅ、しつこいですねぇ……流石にこれ以上は……)
そんな折、ローブ姿の少女は脳内でそう思案しながら次から次へと襲いくる盗賊たちの攻撃を軽い身のこなしで躱していたのだが、
(進化したからって調子に乗っちゃいましたかね。 とにかく何とか街まで逃げて……えっ)
先程までと同じ様に振り上げられた武器を躱す為、ピョンッと後方へ跳び、着地したその瞬間――。
「――い"!? あ"ぁああああっ!?」
彼女が着地した場所には、丁度彼女の小さな足が引っかかるかどうかという小規模の落とし穴が設置されており、その中には……死した
少女の絶叫が辺りに響き渡る中、盗賊の一人が突然ひゃははと煽る様に大声で笑い出し、
「はっ、やっとかかりやがったか! 即席の
刀剣の背の部分を肩に当てながら、もう片方の手で少女を指差して得意げな顔でそう言うと、
「よくやった! 逃すなよ!」
未だ後ろで見ていた二代目と呼ばれる男は、バッと片手を広げ指示を飛ばす。
「へへ、年貢の納め時だな……
左足を襲った突然の激痛に涙を流す少女を、大人気なくも数人の盗賊たちが取り押さえ、その内の一人が彼女のフードを無理矢理に外し、白く細長い二本の耳を顕にしてそう告げた。
「っ、こ、この……っ! 私は
すると彼女はその潤んだ瞳を盗賊たちに向けつつ、そこだけは譲れないとばかりに、痛みに耐えて叫ぶ。
――そう、彼女の名前はピアン。
つい数日前にドルーカを発った勇者一行とも関わりの深い、
「へぇ? どれどれ……」
そんな彼女の主張を耳にした二代目は、ここで初めてピアンに近づき彼女の髪の生え際辺りから突き出ている一本の角を観察する為、妙な手付きで触り出す。
「……成る程、確かに
おそらく幾度か経験があるのだろう、彼は実感のこもったそんな声音と口調で得意げに説明した。
――そして、次の瞬間。
「くくっ、ははは! こりゃあ
喜色のこもったその声で、無知な仲間たちにそう告げると彼らは一斉に、おおおお! と声を上げ、
「マジかよ! ならよぉ、二代目! ここで切り落としちまおうぜ! 金はそれで充分稼げるんだろ!?」
「ぇ、は……!?」
その内の一人が、二代目に対し心底上機嫌な様子でそんな事を提案し、驚愕したピアンが苦痛に呻きつつも信じられないといった様に目を見開く。
「そうだなぁ……よし、そうするか。
その場にいる全員……無論、ピアンにも聞こえる声でそう言うやいなや、金の方に向いていた彼らの欲望が、倒れ伏すピアンの
「ひっ……!」
つい最近まで、
(そ、そんな……折角あの人がくれた姿なのに……! やだ、やだよぉ……っ!)
ピアンは今、痛みからでは無く、黒髪黒瞳の少女のお陰で進化を遂げたこの姿を……特に角を傷つけられる事に哀しみ、涙をポロポロと流しており、
「んじゃ、綺麗に根元からすっぱりと……」
そんな彼女の心情などよそに、腰から抜いた
――したのだが。
「――ぎ!? あ"っ……」
「っ!? な、何だ!?」
突如辺りに響いた仲間のものだろう悲痛な声に反応した彼らは、戦闘訓練を受けている訳でも無かろうに、獲物を横取りされまいと、自然にピアンを中心に輪形陣を組んでいた。
その時、彼らの視界に心臓付近を貫かれ、ドサッと大雑把に投げ捨てられた仲間の死体と、ビシャッと音を立て
「……貴様ら、一体何をしている?」
その
「なっ……! だ、誰だてめ……ぐげぁあ!?」
無謀にも彼女に近づいていった盗賊の一人は、一切そちらへ視線を向けぬまま、腕甲を装着した彼女の裏拳を顔面に受け吹き飛んでいく。
「その翼……
一方、この状況でも何とか冷静さを保っていた二代目は、彼女の背から生えている鱗の付いた翼を視認するやいなやそう確認する様な声をかけた。
だが彼女は、先に自分の質問に答えろとばかりに無言を貫き、それを見た彼はチッと舌を打ち、
「……見りゃ分かんだろ? 俺たちは盗賊さ。 今やってんのは……そうだな、追い剥ぎってやつだよ」
はぁ、と深く溜息をついてから、自分たちが
「そうか、それで充分だな。 貴様らを一人残らず……殲滅する理由としては」
その時、彼らの目の前に立つ
「……チッ、やれるもんならやってみやがれ! 戦いは数だ! この人数差、てめぇに覆せんのかよ!」
それでも未だ十八対一というこの状況、自分と仲間たちを同時に鼓舞するかの様にそう叫び放つ。
「良く見りゃこいつも結構な上玉だしな! 二人一緒に楽しませてもらおうぜぇ!」
そして盗賊たちもそんな二代目の言葉を受け、二代目と、ピアンを押さえたままの一人を除いた十六人がレプターに向けて武器を構えた。
「っ、に、逃げて下さいっ! 私の事はいいからっ!」
ピアンは自分の為に、視線の先の
「そうはいかない。 私は誇り高き
誰に聞かせるでも無く呟いたレプターの声は、ピアンの耳にも当然届いており、
「やっちまえ! 野郎ども!」
「っ!」
最早彼女は逃げるつもりが無いのだろう事を察したピアンは、二代目の号令と共に目を瞑る。
――瞬間。
「『
腰の
「……は、ぁ?」
バサっと
……後ろで見ていた二代目が、そんな呆けた声を上げてしまうのも無理はないだろう。
「ひ、ひぃいいっ!? た、たす……っ、けぁ?」
そんな中、ピアンを押さえていた事により難を逃れていた盗賊が、悲鳴を上げてこの場を後にしようとしたが、それを見逃すレプターでは無く片翼をそちらへ伸ばすと、スパンとその盗賊の頭を落とす。
そしてレプターは、もういいだろうと翼を畳みつつも二代目をギロッと睨みつけて、
「私は頭の
「……っ!? く、そぉ……! 化け物が……!」
先程の言葉の続きを言い聞かせる様にそう語り、今度こそ
「す、すご……!」
おそるおそる目を
(でも、この無茶苦茶な感じ、どこかで……)
彼女の脳裏に、他でも無いこの草原で大技をぶっ放した
「さて、奇遇にも私たちは共に二刀……一騎討ちを望むなら、相手してやらない事も無いが?」
そんな折、レプターが如何にも騎士然としたそんな提案をすると、二代目は腰の
「ぐ……!」
脳内で何度も何度も
「こ、降伏、する……」
忌々しげにそう呟き、一方レプターはふぅ、と息をつき、
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