第107話 絵本と和解と調達と

 レプターとウェバリエが共に意識を手放してすぐ、カナタはあたふたとしながらも得意の治療術で、レプターを癒したはいいものの、二人は中々目を覚まさず気づけば朝になっていた。


 火の番も一人でしなければならなかった為、眠い目をこすり頑張って起きていると、最初にウェバリエが目を覚まし、カナタは内心ビクビクしつつも、最早隠し切れないだろうと判断し、自分の正体とあの黒髪の少女との関係性について詳細に語ったのだった。


 自らを聖女と名乗る目の前の神官からの情報を、頭の中ですっかり整理し終えたウェバリエは、

「……それじゃああの子は召喚勇者で……貴女があの子をこの世界に呼び出した張本人って事ね?」

 ふぅ、と軽く息をつき片手を頬に当てながら、小さく縮こまる彼女へ確認する様に尋ねる。


「え、えぇ。 そうなるわ……でも、どうして貴女は、その……勇者召喚サモンブレイヴの事を知っていたの……?」


 カナタは言葉に詰まりつつも頷いて肯定し、先程までの話の中で、何故かウェバリエが勇者召喚サモンブレイヴを知っていた事を疑問に思い、控えめに問いかけた。


 するとウェバリエがカナタの問いに反応したかと思うと、頬に当てていた手を森の奥へ伸ばし、

「え? あぁそれは……っと」

 掌を上に向けた状態で指、もとい爪をクイッと動かした途端、森の奥から何かが細い糸を伝ってくる。

「……!? ほ、本が飛んで来た!?」

 その正体は一冊の本であり、目を見開いて驚くカナタをよそにその本はウェバリエの手に収まる。


「さっき細糸集合ギャザリングで森中に張り巡らせた糸を集めたって言ったけれど……私の住処の方には糸を残してたのよ。 この絵本は、この森を訪れたとある旅人が持っていた物なの。 これを読んでみれば分かるわ、私が……勇者召喚サモンブレイヴを知っていた理由が」


 ウェバリエがそう言いつつ、古ぼけている割には埃も付いておらず、一目で丁寧に扱っているのだと分かる絵本を、巻き付けていた蜘蛛糸をほどいて差し出し、

「は、はぁ……それじゃあ、失礼して……」

 カナタはその絵本を受け取り、一言断ってからゆっくりとページをめくって読み始めた。


 ――それは、どこにでもありそうな英雄譚。


 困っている人を見過ごせないお人好しの勇者が、万物に命を与えるその力で、時に仲間たちを巻き込み、されど力を合わせて次々と困難を乗り越える、いずれ悪の権化の魔王を倒す為……そんな物語が、随分と可愛らしい絵柄タッチで描かれている。


 ――本当に、どこにでもありそうな英雄譚。


 ただ一点、主人公の勇者が、勇者召喚サモンブレイヴにより異世界から召喚された……黒髪黒瞳の青年である事以外は。


 絵本を読み終えたカナタは、パタン……とゆっくり本を閉じた瞬間、バッと裏返して表紙を凝視し、

(これって……! まるっきり勇者召喚サモンブレイヴの話じゃないの……! しかもこの勇者の髪と瞳の色、そして何より……あの子と同じ、物に、命を与える力……!)

 表紙に描かれた、仲間たちと共に如何にも勇者然とした勇ましいポーズをとった黒髪黒瞳の青年と、記憶にある愛らしい少女の共通点がいくつも散見された事に驚き困惑し、グルグルと目を回してしまう。


「……分かったでしょ? 私が勇者召喚サモンブレイヴを知っていた理由……そして、貴女の話を聞く前から、私があの子を勇者だと思っていた理由も」


 そんな中、ウェバリエが爪をクイッと動かし、いつの間にか絵本にくっついていた糸を手繰り寄せ、絵本を自分の手の中に戻してそう言うと、

「っ、そ、そうね……ありありと分かったわ」

 悩んでいた最中に本を取り上げられた事に驚きはしたものの、カナタは苦笑しながらそう口にした。


 その時突然、ウェバリエの切れ長の目からスゥッと光が消えたかと思うと、

「……貴女、多少なり罪の意識はある様だけれど……だからって許される事じゃ無いわよ? 絵本にある様な男の人ならともかく、八歳の女の子を強制的に親元から離して……挙句始末しようとするなんて」

 小さな六つの目も合わせ八つの目でカナタを睨みつけつつ、ウェバリエが真面目なトーンで説教する。

「わ、私は始末しようとしては……寧ろ止めようとして……でも……」

 一方カナタは、保身とは言わないまでも、王とは違うとか細い声で主張した。


「カナタ、だったわね? はっきり言っておくけれど、そっちの龍人ドラゴニュートはともかく貴女を信用は出来ないし、あの子にも近づけたくないわ。 そんな事があったのなら尚更ね。 私はあの子の……おねえさんなのだし」


 カナタの主張など聞く耳持たずにそう捲し立て、存在すら否定しかねないレベルの視線を向ける。


「で、でも私は……え、おねえさん?」


 カナタはそんなウェバリエの睨みにも負けずに言い返そうとしたのだが、彼女が最後に口にした言葉が気になりそう聞き返すと、

「あ、あぁいや何でもないのよ、気にしないで」

 失言だったとばかりに口を押さえたウェバリエはそう告げて、カナタは一体何なのと首をかしげた。


 そんな折、二人の後ろ……正確にはカナタの視界には映らない位置で横になっていたレプターが、

「……ぅ……? っ!!……っ!?」

 ゆっくりと目を覚まし目蓋を開けた途端、彼女は即座に臨戦態勢をとり腰の細剣レイピアに手をかけようと……したのだが、腰にも手元にも細剣レイピアが無い事に気がついたレプターはあわあわとし始める。


「レ、レプター? 大丈夫……?」


 そんな彼女の様子をしばらく困惑しながら眺めていたカナタだったが、意を決してそう声をかけると、

「っ、聖女、カナタ……ここは……? 私はあれからどうなって……そうだ、あの蜘蛛人アラクネは……?」

 それに気づいたレプターが地面にしゃがみ込んだままそう問いかけつつ、寝ぼけまなこで辺りを見回しだす。


「あれは貴女の勝ちよ、龍人ドラゴニュート


 そんな彼女にウェバリエが、長い脚でカツッと地面を鳴らして一歩前へ出てそう告げると、

「なっ……! だが、私は……!」

 その時漸くウェバリエの存在に気がついたレプターは、あんな幕切れではと納得がいかない様子だった。


「さっきも言ったけれど、貴女は私の一撃を防いだのだし……それどころか、蜘蛛人わたしの毒を吸収し、適応した……貴女の勝利と言っていいんじゃないかしら?」


 だがウェバリエは至って冷静に、言い聞かせる様な口調と声音で暗に自分の敗北だと訴える。


「そ、そうなのか……? では、ミコ様の事を……」


 するとレプターは、ふいっと顔を高い位置にあるウェバリエの方へ向けてそう口にしようとした時、

「えぇ、私の知る限りの事は話してあげるわ」

 みなまで言うなとばかりに彼女の言葉を遮って、ウェバリエがこくんと頷いてそう告げた。


「……ありがとう! そ、そうだ、自己紹介がまだだったな! もう聞いたかもしれないが、私はレプター! レプター=カンタレス! 見ての通り龍人ドラゴニュートだ!」

「私はウェバリエよ、よろしくね」


 そして龍人ドラゴニュート蜘蛛人アラクネ……二人の亜人族デミはここに来て漸く自己紹介を済ませ、固い握手を交わした。


(よ、良かった……また戦いが始まる可能性もあったけど……とにかく良かった……)


 人知れずホッと息をつき、もう戦闘になる事は無いだろうと安堵しつつ、カナタが脳内でそう呟いた時、

「それじゃあまずは……朝御飯にしましょう。 この森は果物も茸類も潤沢なのよ。 私が調達してくるわ」

 カィン、と硬い甲殻に覆われた手を叩き、話題を切り替える様にウェバリエがそう提案し、森の奥へ進もうときびすを返したのだが――。


「それなら私も行こう。 貴女との親睦も深めたいからな。 聖女カナタ、貴女はどうする?」


 レプターはそう言って、服に付着した土埃を払いながら自前の革袋を手に持って彼女の後を追い、ふと振り返ってカナタに、一緒にどうだ? と問いかける。


「え? あ、あぁ……私は、ここで火の番をしてるわ。 誰かは残ってた方がいいでしょ?」


 しかしカナタがウェバリエの方へチラッと視線を向けた後、お願い出来る? とそう口にすると、

「……ん、確かにそうだな。 では頼む」

 一瞬彼女の様子に違和感を覚えたものの、まぁいいだろうと考えウェバリエと共に森の奥へと歩きだす。

「じゃあ、行きましょうか……ふふ、ミコちゃんたちと味覚狩りしたのを思い出すわね」

 ウェバリエは、この森で望子たち四人と果物や茸を採取して歩いた思い出を振り返りつつ、小さく小さくそう呟いていた。


「いってらっしゃーい……はぁ」


 ひるがえってカナタは、あははと苦笑して手を振りつつ、これから自分はどうなるのだろう、と先行きに不安しか無い事に、思わず深い溜息をついたのだった。

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