第105話 龍人VS蜘蛛人

「ちょ、ちょっと貴女たち……!」


 簀巻き状態のカナタがうつ伏せで横たわったままそう口にして二人を止めようとしたが……もう遅い。


「先手は貰うぞ! 『一角独槍アインスピア』!!」


 二本ある細剣レイピアの内、片方だけを手に持ちそのきっさき蜘蛛人アラクネに向けて構え、レプターが武技アーツの名を叫んだ瞬間、呼応する様に細剣レイピアが槍の形の魔力に包まれる。


 龍人ドラゴニュートの身体能力を持って突進してくるレプターに、されどウェバリエは至って冷静な様子で、

「……ふふ」

 そう小さく微笑んだかと思えば、いつの間にか張り巡らされていた糸を手繰って、レプターを遥かに上回る速度で上昇して彼女の攻撃を躱し、その姿を鬱蒼と茂る木々に隠した。


 一方レプターは、突進の勢いを広げた翼で殺し、ザザッと方向転換しながらウェバリエが消えた方角、僅かに月明かりの差す森の上方へ向け、

「……っ!? 貴様っ、自分から仕掛けておいて逃げるつもりか!? 卑怯な……!」

 騎士ナイトである彼女にとって敵前逃亡などもっての他なのだろう、恥を知れとばかりにそう叫ぶ。

 

 ――本来であれば、龍人ドラゴニュートであるレプターの視力や聴力で捉えられない筈は無いのだが、今や正気に戻った魔蟲たちが森の主を支援する為に、直接手を出す事は無くとも枝葉をガサガサッと揺らす事でレプターを撹乱させ、ついでの様にカナタは地面に横たわったままその音に恐怖してしまっていた。


『……私は蜘蛛人アラクネよ? 貴女みたいな如何にも騎士然とした龍人ドラゴニュートと違って接近戦は得意じゃないの。 悪いけど、逃げも隠れもするわ。 それが私の戦い方よ』


 心外だ、とそう呟くウェバリエの声が、まるでレプターの耳元で囁かれているかの様に聞こえてきた事に彼女は身体をぶるっと震わせる。


 だがそれもほんの一瞬の事であり、腕甲を装着した腕で胸をドンと叩いたレプターは、

「いいだろう! 何処からでもかかって来い! 私は貴様と違って……逃げも隠れもするつもりは無い!」

 自身を焚きつけるかの様に、暗にウェバリエを卑怯者呼ばわりしつつそう宣言した。


 するとウェバリエは、呆れて物も言えないといった様子でふぅ、と溜息をつき、

『一言多いわね……まぁいいわ、『先鋭分矢スプラドロー』』

 生成した蜘蛛糸の弓を引き絞ったかと思うと、同じく蜘蛛糸で生成された一本の矢がつがえられ、それは放たれた途端に複数の蜘蛛糸となり拡散し、それら一本一本全てが強靭な蜘蛛糸の矢へと変異する。


『凌げるかしら?

「なっ……!?」


 ウェバリエが二人から見えない位置で笑いながらそう言うやいなや、彼女たちの視界に突然膨大な量の蜘蛛糸の矢が現れた様に映った。


 ……その言葉は勿論レプターにも届いており、転がったままのカナタを横目で見ながら、

(絶衛城塞ランパートを……いや駄目だ、あれは前方にしか展開出来ない、これだけの物量を防ぐ為には……っ!)

 何かを決心したのか翼を広げてカナタの方へ飛び、彼女に被さる様にして構えを取ってから、

「レプター!? 何を……!」

 そんなカナタの叫びを無視してレプターは、バキバキと音を立てて更に大きく翼を広げ――。


「『龍如翼盾ドラガシルド』……! ぐうぅぅ……っ!!」


 降り注ぐ無数の蜘蛛糸の矢を、武技アーツの名と共に半球状に変異させ硬質化した翼で防ぎ出した。


 ――とても翼と蜘蛛の糸がぶつかる音とは思えない、鍔迫り合いにも似た音が絶え間なく響き渡る。


「ど、どうして私を……! 私は……あの子を元の世界から……家族から引き離した罪人なのに……!」


 カナタは今にも泣きそうな表情でそう言って、自らの所業を思い返していたのだが、

「確かにそうかもしれない……だが……私は誇り高き騎士ナイトだ……後は任せて下さいと、暖かく見送ってくれた部下たちに……そして、ミコ様に誓ったんだ……弱きを救け、強きを挫くと……それに!」

 レプターは矢によるダメージで口に血を滲ませながらも、騎士ナイトとしての本分を貫く為だとそう告げる。


「それ、に……?」


 それに、と言うからにはまだ続きがあるのだろうと思ったカナタが促す様にそう尋ねると、

「……貴女が勇者召喚サモンブレイヴを行使して、あの方を呼び出したお陰で……ミコ様に出会えたのもまた紛れも無い事実! 何なら私は貴女に感謝しているぐらいだ!」

 突然クワッと目を見開き、実は怒っていたのでは無く寧ろ謝意を示したいのだと明かしたレプターに、

「え、えぇ……?」

 彼女が望子に心酔しているのだろう事は分かっていたがここまでとは、とカナタは困惑してしまう。


 一方、文字通り二の矢を継ごうとしつつ、彼女たちの会話を耳にしていたウェバリエは、

『……勇者召喚サモンブレイヴ?』

 会話の中に出てきたそのワードが妙に頭に残り、引き絞っていた弓の弦に当たる部分の糸を緩め、顎に手を当て思案し始めた。


(それって、あの絵本の……? じゃあ、やっぱりあの子は、異世界から来た……)


 ウェバリエにとって『勇者召喚サモンブレイヴ』という言葉は見慣れた物であり、それは彼女が大事にしている絵本の中に登場する勇者様をこことは異なる世界から呼ぶ呪文の様な物だったのだ。


「……? 止んだ、の……? ……っ、レプター! 大丈夫!? 今回復を……」


 少しずつ糸と翼がぶつかるけたたましい音が止んでいき、それに気づいたカナタがそう口にしつつ傷ついたレプターに治療術を行使しようとしたその時、

「……貴女たちは、悪い人では無いんでしょうね」

「「っ!?」」

 森の奥へ隠れていた先程までとは違う、はっきりとした声と共に姿を現した蜘蛛人アラクネにどうしていきなりと二人は目を剥いて驚愕する。


 そんな彼女たちをよそに、ウェバリエは静かな声音で言い聞かせる様に、

「……一度だけ、チャンスをあげるわ。 龍人ドラゴニュート

 地面に片膝をつき息を切らすレプターを、その切れ長の目で見遣ってそう告げると、

「チャンス、だと……?」

 彼女はぺっと口から血を吐き捨て、高い位置にあるウェバリエの整った顔を睨みつけた。


 すると、ウェバリエは至って真剣な表情のまま、レプターをギラリと光る眼で睨みつけ、

「私が放つ全力の一撃……劇毒射法ヴェノジェクト、防ぎきってごらんなさいな。 それが出来れば、信用してあげる」

 手にした蜘蛛糸の弓を構えたと同時にそう呟き、少しずつその弓を見るからに毒々しい紫色へと染める。


「なっ……それ蜘蛛人アラクネの毒じゃないの……!? 痺毒大蛇パラーダなんか比じゃ無いくらいの猛毒の筈よ……!」


 瞬間、知識だけは豊富なカナタがその色の正体を看破し、ドルーカの町でウルと決闘した冒険者、ワイアットたちが使おうとしていた麻痺毒を偶然にも例に挙げて、大袈裟にそう指摘した。


「詳しいのね。 お仲間はこう言ってるけれど、やめておく? 私はそれでもいいわよ」


 自らの毒について指摘を受けたウェバリエはそう言いつつ、表情を崩す事なくカクッと首をかしげて傷ついたレプターにそう問うと、

「……やってみろ! 私も……全力で迎え撃つ!」

 口元の血を拭いながら立ち上がって、ついにもう片方の細剣レイピアも抜剣したレプターがそう言い放ち、

「……いいわ、受けてみなさい」

 それを聞いたウェバリエは少し笑みを浮かべ、すっかり紫色となった蜘蛛糸の弓を引き絞り、構える。


「聖女カナタ、糸は既に切断してある。 貴女は森の奥へ避難を……」


 そんな折、ウェバリエに視線を向けたまま後ろに横たわっていたカナタに小さく告げると、

「……! ここに、いる……!」

 カナタはいつの間にか簀巻き状態から解放されていた事に驚きつつも、自分を守ってくれた龍人ドラゴニュートを置いて逃げるという選択肢は無かった。


 ――彼女はどこまでいっても、聖女なのだ。


「……好きにしたらいい。 だが命の保証はしないぞ」

 レプターは軽く溜息をついた後、そう忠告するやいなや、二本の細剣レイピアと共に蜥蜴人リザードマンの時からあった強靭な尻尾の先をウェバリエに向ける。


 対峙する龍人ドラゴニュート蜘蛛人アラクネの間に風が吹いて、ほんの一瞬視界を遮る様に木の葉が舞い散り、次に互いの姿がはっきりと視認出来た瞬間――。


 暗い暗い森の中で、二人の亜人族デミが激突する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る