第104話 龍人との野営
「……ぅ……っ!」
カナタがレプターに驚き意識を喪失してから数十分後、彼女は漸く目を覚まし、
(ここ、は……っそうよ、私あの時……)
自分が倒れてしまった事を思い返し、下に敷かれた布と身体に掛けられていた
「……ん? あぁ、目覚めたか」
「ひっ……!?」
焚火にくべる薪を探していたのだろう、太めの枝を何本か抱えたレプターが森の奥から戻って来ており、それを見たカナタは再び過剰なまでに怯えてしまう。
「……そこまで怯えなくとも、私は何もしない。 何故いきなり倒れてしまったのか、何故そんなにも怯えているのか……聞きたい事は多々あるが……」
そんな彼女の様子を見たレプターはそう口にして軽く溜息をつき、カナタに鋭い視線を向けながらも、
「まずは……そうだな、改めて自己紹介をしよう。 私はレプター=カンタレス、王都セニルニアにて駐屯兵を務めていた
もう一度自分の名前と、つい最近までの自分の職を簡単に伝えて一礼した。
――『兵長』だと言わなかったのは、彼女なりに余計な諍いを招かない為に決めていた事だった。
「……! 王都の、兵士……」
レプターの自己紹介を耳にしたカナタは、驚きつつも何とか平静を装っていたが、
(それなら私を知ってても……でも、そんな風には)
聖女という、王都に住まう者なら誰もが知っている筈の自分を知らないという事実に違和感を覚えた。
「貴女の名も聞かせてもらえるとありがたいのだが」
だがそんな彼女の心情などよそに、レプターはカナタにも自己紹介を促してくる。
「え、えっと、その……」
「……」
自分の正体を明かすべきか、いや知らぬのなら知らぬままで良いのでは、と脳内で論争を繰り広げるカナタに、レプターは首をかしげるでも無くただただ彼女を見つめていた。
その時レプターの後ろから、コポコポ、と誰が聞いても湯が沸いたのだと分かる音が聞こえてきて、
「おっと……そうだ、空腹ではないだろうか? 見た所随分やつれている様だし、私の保存食で良ければ、だが。 貴女の話を聞くのはそれからでも良いだろう」
それに気づいたレプターがそう提案すると同時にカナタのお腹が、きゅるっと可愛く鳴って、
「……そ、そうね。 ありがとう、頂くわ……」
彼女は少し、いやかなり恥ずかしそうにしながらも、レプターの提案を受け入れた。
硬めのパンと、干し肉と乾燥豆のスープを口にしながら、結局カナタは自分の名と聖女である事を隠し、『偶然立ち寄った王都で沢山の怪我人を見て、放っておけなくなった旅の神官』だと偽り、
「そうか、王都で怪我人の治療を……私は不器用だから、怪我人の手当てには加わらなかったんだ。 感謝するぞ、旅の神官よ」
レプターは感心したといった様にうんうんと頷いてから、パンをスープに浸してひと齧りした。
「い、いいえ……あの……レプター、でいいのよね? 一つ聞いてもいいかしら……?」
やっぱりバレては無さそうね、と安堵したカナタが本題を切り出そうと控えめに尋ねると、
「ん? ……んぐ。 あぁ、何だ?」
レプターは口に残っていたパンを充分に咀嚼し、スープと共に飲み込んだ後でそう反応する。
「私は、その……十日と少しで王都を発ったのだけれど、その後王都はどうなったの? 噂じゃあ、王はもう亡くなられたとか……」
――王は、彼女の目の前で
だが彼女は聖女であり、王はともかく、民が、国がどうなったか……それだけは知っておきたかった。
「何故それを……と言いたいところだが、既に噂となっているのなら仕方ないな。 これは本来
するとレプターはカナタを一瞬黙って見つめていたが、ふぅ、と重い息をついて首を横に振り――。
「まず……王は既に身罷られているし、おそらくは宰相……及び臣下たちも、もうこの世にいまい。 そのどれも、私は直接確認した訳では無いのだがな」
「っ、そう、なのね……」
そう語り出した彼女の言葉に、カナタは見えない位置で拳を握りしめる。
(やっぱり、宰相様も……あの三人がやったのかしら、それじゃあ王都は、いやこの国はもう……)
無論、王や臣下の死に遺憾の念を感じていた訳では無く、宰相ルドマンの死によって、王都を、王国を纏められる存在が消えた事を悔いていたのだが――。
――次の、瞬間。
「貴女は……知っていたのでは? 聖女カナタ」
「!!」
突然目の前の
「やはり、そうなのだな。 貴女があの方を……ミコ様を強制的に呼び出した張本人……! 幸運にもあの方には三人の仲間がいたから良かったものの、そうで無ければミコ様は今頃たった一人で……!」
「……っ!?」
レプターはギリっと歯軋りをして、その鋭い眼光を萎縮するカナタに向けてみせた。
(……ミコ、
その一方で、記憶にあるあの少女に様付けをするレプターに、何故あの子が勇者だと知っているの、と聞こうとしたカナタだったが――。
「……その話、私にも詳しく聞かせてくれる?」
「「!?」」
森の奥から聞こえてきた妖艶さを思わせるその声に二人はほぼ同時に反応し、かたやカナタはあたふたと辺りを見回して、かたやレプターは腰の
――だが、そんな彼女たちの反応よりも早く、二人の身体に細い何かが絡みつこうと飛んできた。
「え……ひゃあっ!?」
「これは……っ! 蜘蛛の糸か!?」
殆ど自衛の手段を持たないカナタは、あっというに簀巻きにされてしまったが、一方でレプターは左腕に巻き付かれるだけで済んでおり、その細い何かを視認するやいなや、そう口にして
その時、森の奥から何者かがゆっくりと彼女たちに近づいて来ている事に気がついたレプターが、カナタの
「
そこには上半身は
何故? とレプターの問いを反復する様に首をかしげた
「あの子の……ミコちゃんの名前が聞こえたから。 貴女たち、あの子の何を知っているのかしら……場合によっては、ここで止まってもらう事になるわよ」
切れ長の二つの目と、その周りについた六つの小さな目を光らせながら彼女たちを威圧する。
だが、カナタはともかく、レプターは今や
「私は……あの方を、ミコ様を追いかけているんだ! ミコ……ちゃんなどと呼んでいるのだから、あの方と親しいのだろう? 今は少しでも情報が欲しい! ミコ様の……力になる為にも!!」
『ミコちゃん』と呼ぶのは失礼だと思ったのか、若干言い淀みはしたものの、高らかな声でそう宣言し、頼む! と出会ったばかりの
とはいえ、
「……それを、信用しろと言うの? なら……その力とやらを示してみなさいな、
鋭い爪を有した右手に糸を巻き付けたかと思うと、それは大きな弓の形となり、もう片方の手を、かかって来なさいとばかりにクイッと動かしてそう告げる。
「……! 望むところだ! あの方から授かった力……今こそ見せようではないか!」
するとレプターは、カチンと来たのか一瞬だけギシッと
(どうしてこんな事に……!)
完全に蚊帳の外となってしまったカナタが、そう考えてしまうのも無理はないだろうが、それも
――彼女の名はウェバリエ。
かつて、このサーカ大森林にて魔族に洗脳されていた所を望子たちに救われ、更には森全体を汚染していた魔素溜まりの除去までしてもらい、レプターと同じくらいには望子を想っている――。
――望子の、おねえさん(仮)なのだから。
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