第95話 二人の行方と現れたもの
ウルたちが望子たちの行方不明に漸く気がついた頃、彼女たちとはぐれた望子は目をぱちくりとさせ、
「……ぇ、あれ……? ここ、どこ……」
山の中と言うにはあまりに殺風景な、ゴツゴツとした岩肌が露わになり、自分が座り込んでいる地面には淡く光る苔が生えた広めの洞穴、そんな周囲の光景をきょろきょろと見回しながら小さくそう口にする。
(さっきまでおっきいとりさんにのってて……きゅうにめのまえがきいろくなっ、て……?)
望子が脳内でつい先程までの自分の状況を振り返っていると、少しだけ動かした手にこつん、と何かが当たり、不思議に思ってそちらを見遣ると、
「ぇ、ろーちゃん……? ろーちゃん! おきて!」
そこには、望子と一緒に黄色い何かに連れて来られたのだろうローアが仰向けに倒れており、
「……ぅ」
望子が声をかけても小さく呻くだけで、返事をしたり、起き上がろうとはしてくれない。
望子は一瞬、自分たちが置かれた状況に涙目になりかけたが、ぶんぶんと首を横に振って、
(けが、してるのかな、っそうだ! あれを……)
そう考えつつ、背負っていた鞄……
『――おやおや、漸くお目覚めかな』
「えっ……?」
突然かけられたその声に驚いた望子がパッと振り返ると、全身がボロボロの黄色のローブに包まれた、ウルたちよりほんの少し背が低い程度の歳若く見える女性が望子たちを見下ろしていた。
その女性は望子が呆然としている事を不思議に感じたのか、ん? と一瞬首をかしげたが、
『あぁ、そちらの白衣のお嬢さんが心配? 大丈夫だよ、彼女は眠っているだけ。 いずれ目を覚ますよ』
得心がいったという様に、ニコッと昏い笑みを浮かべてそう告げつつ、フードになっている部分を外す。
その女性は控えめに言っても美麗であり、その端正な顔を飾りつける様な黄色の短髪が彼女の美しさを映えさせる一方、それだけに所々に穴の空いたローブがあまりにもアンバランスさを感じさせる。
「ぇ、あ、そ、そう、ですか」
漸く自分に返事をしてくれた望子を見て、心を開いてくれたと勘違いしたのか、
『いやぁそれにしても、君は素晴らしいね! 圧倒的なまでの魔力量もそうだけど、何より質が良い! 僕たちとは正反対でありながら、それでいてこの世界に存在する全ての魔術を内包しているかの様な……まるであの時の召喚勇者みたいだよ!』
「ぇ……!?」
彼女は捲し立てる様にそう語ったのだが、最後の最後に望子にとっては聞き逃せない……聞き逃す訳にはいかない発言をした事に、望子は思わず声を出す。
『……うん? どうしたのかな。 何か気になる事が?』
すると女性は早送りの様に動かしていた口を止め、そう言って再び首をかしげつつ望子の言葉を待つ。
「ぁ、えっと……」
話を振られた望子は、どう誤魔化したものかとあたふたしていたのだが、次の瞬間、女性の表情が突然明るくなったかと思うと、
『……あぁ! そういえば自己紹介がまだだったね! これはうっかりしてたよ!』
これまた新たに勘違いをしたらしく、頭を無造作にガシガシと掻きつつ、ごめんごめんと謝罪をし、その後まるで貴族の如く優雅な一礼を見せて――。
『僕はストラ。 風を司る、
「かみ、さま……わっ!?」
そんな突拍子も無い自己紹介を受けた望子が、何とか情報を整理しようとそう呟いた瞬間、
「やはり風の邪神であったか……!」
先程まで倒れていた筈のローアが起き上がり、望子を庇う様にして躍り出て来た。
「ろ、ろーちゃん!? だいじょうぶなの!?」
それに驚いた望子がそう問いかけると、彼女は一瞬振り返ってこくんと頷く事で答えてみせた。
ストラと名乗った邪神は、望子とは違い突然飛び出して来たローアにも特に驚く事無く、
『……まぁ、起きてたのは知ってたんだけどね。 どうして嘘寝なんてしてるのかは分からなかったから放置してたんだよ。 君はその子の護衛か何かなのかな? 僕の事……知ってたみたいだけど』
彼女の狸寝入りを見抜いていた上で様子を見ていたと
「……貴様が我輩を知らぬのは道理であろうが、我輩は貴様の事を良く知っているぞ? 何せ我輩は貴様のお仲間二人との邂逅を果たしているのであるからな」
するとローアはストラから視線を外さずに、彼女らしい余裕ぶった表情などおくびにも見せず、かつての事実のみを突きつける。
『何だって? まさか……』
そんなローアの物言いに心当たりがあったのか、ストラがそう口にした瞬間、目を閉じ小さく何かを呟いたローアの白い肌が少しずつ褐色になり、角が、尻尾が……そして翼が生えていく。
「ろ、ろーちゃん……!」
望子がそう呟いた時には、彼女は完全に、魔族としての姿を取り戻していた。
そんなローアの変化の一部始終を見ていたストラは、はぁ〜、と深い深い溜息をつき、
『……成る程ね。 ミコ、だっけ? その子には劣りこそすれ君も中々の魔力を有していたから、僕の目的の為にと拐ったんだけど……あぁ、面倒だ』
そう言い終わる頃には、先程までの笑みとは全く異なる、嫌悪感を欠片も隠さない表情になっていた。
一方、
(
邪神には敵わないだろうと踏んでおり、何とか後ろの勇者だけでもと考えを巡らせていた時――。
『……でも、どうして魔族が
ふとストラがそんな事を口にしつつ、望子をじーっと見ていたのだが、何か思い当たったのかその声がフェードアウトしていく。
「な、なに……?」
その様子を不思議に思った望子がそう言うと同時に、ストラはゆっくり俯いて、
『
望子たちに聞こえるかどうかという小さな声で、呟きながら思案していたが、突然バッと顔を上げたかと思うと、ニィッと醜悪な笑みを湛えて――。
『あぁ……! そうか、そうかそうかそうかぁ! あはははははははははははははははははははは!!!』
「ひぅっ!?」
狂った様に大声で笑い始めた事に、望子は心底恐怖しその身を竦めてしまう。
(やはり、気づかれるか……!)
だがローアは、彼女の奇行の意味に気づいており、苦々しい表情を浮かべて歯噛みした。
『はぁ〜あ……ねぇミコ。 教えてよ、君は――』
しばらく笑い続けていたストラが、自分の推測を確信へと変える為、目に浮かべた涙を指で拭いながら望子に問いかけようとしたその瞬間――。
『――――――――――――――っ!!!』
突然洞穴の入口の方から甲高い音の波が押し寄せ、それは望子やローアだけで無く、ストラの身をも震わせながら、洞穴の更に奥へと響き渡っていく。
『っ? 何、今の』
邪神であるストラにとっても、自分の身を叩いた音波を無視する事は出来ずそう口にしていたが、
(いるか、さん? わたしを、よんでる……?)
望子は瞬時にそれがフィンの声だと感覚で理解しており、脳内でそう呟きつつ振り返る。
(今のはフィン嬢の……『
一方、望子とほぼ同時にフィンの声だと経験から見抜いたローアは、
「風の邪神ストラよ! 恐るべき魔王コアノル様に代わり、このローアが貴様を討滅するのである! 千年前、魔王様によって討たれた土の邪神と同じ様に!」
眼前に立つ邪神に指を差し、既にこの世界より消滅した彼女の同族の名を挙げて宣告する。
すると彼女は、気にかけていた音の事を一度忘れる様に首をふるふると振ってから、
『願っても無い事だよ。 ナイラを消した魔王……その配下を殺せる上に、
表情に変化は無くとも、同族の死を矢面に挙げられた事で、静かな怒りを声に込めながらそう言った。
「ろーちゃん、わたしも……!」
ローアが臨戦態勢をとろうとしたその時、彼女の後ろから望子がそう主張してきたが、当然ローアはそれを断るつもりでいた。
しかし仮に断ったとして戦いの最中に望子が狙われないとも限らない、それならば最初から、そう考えついたローアは、ふーっと息をついて、
「……こうなっては、致し方ないのであるな。 援護を頼んでも良いのであるか?」
「うんっ!」
諦めにも似た感情を乗せてそう告げると、望子は彼女なりの覚悟がこもった声音で返事をした。
二人のやりとりを見ていたストラは、まるで瞬間移動の様に距離をとり、彼女たちを見下ろせる場所に立ちながら大きく息を吸って、
『さぁ、そろそろ始めようか! 安心しなよミコ! 君は殺さない! そこの魔族は……駄目だけどねぇ!!』
そんなストラの叫びを聞いて、ローアは懐の触媒に手を伸ばし、望子は首から下げた立方体をぎゅっと握りしめ……今、戦いが始まる。
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