第94話 消えた勇者と魔族
「は……? お、おい、ミコ……? ミコ!!」
つい先程まで
「まさか、ローアが……!? やっぱり魔族なんて信用すべきじゃなかったのよ……!」
そんな彼女とは対照的に、ハピは自分の爪をガリっと噛みながら苦々しい表情でぶつぶつと呟く。
幸運と呼べるかどうかは怪しいが、ハピの呟きはルドにもエスプロシオにも届いてはおらず、
「エスプロシオ! ミコは!? ローアは!? 二人は何処へ行ったんだ!?」
彼が切羽詰まった様子で、幼い頃から共に過ごしてきた
『グル……? ……グルルァ!?』
エスプロシオは一度カクッと首をかしげた後、何を言ってるのかとばかりに自分の背を見るため顔を後ろに向けた途端、焦った様に一鳴きした。
だが、たった今エスプロシオが見せた焦燥が演技などでは無い事は、誰の目から見ても明らかであり、
「……お前まさか、気づかなかったのか……?」
ルドが信じられないといった表情と、震える声でそう何とかそう問いかけると、
『グ、グルルゥ……』
エスプロシオは俯きながらゆっくりと首を縦に振り、しゅんとした様子で小さく鳴いた。
瞬間、ウルがバッとエスプロシオを睨みつけ、力強い足取りで近づいたかと思うと、
「……っ、ふざけんな! てめぇの背中に乗ってたんだぞ!? んな馬鹿な事があってたまるかぁ!!」
『グル、ルァァ……』
胸倉を掴むかの如く、鋭い嘴の下辺りの羽毛を掴んで無理矢理顔を上げさせ、その爆発するかの様な感情の矛先をエスプロシオに向けて怒鳴り散らす。
そんな彼女の叫びを聞いて、逆に少しだけ冷静さを取り戻したルドはウルの肩に手を置き、
「う、ウル! 少し落ち着いて――」
激昂する彼女を制止しようとしたのだが、その手はあっさりと払いのけられ、
「落ち着ける訳ねぇだろうが! 今すぐにでも――」
次はてめぇかとばかりに彼にも食ってかかりつつ、本来の目的など後回しに、即座に望子を探そうと今にも駆け出そうとしたその時――。
「黙ってて」
「「「……!?」」」
それまで不気味な程に静かだったフィンがそう告げると同時に、いつの間にか専用の触媒……
「ふぃ、フィン? 何を……」
まだ出会って数日ではあるものの、明らかに尋常でない彼女の様子にルドはおそるおそる声をかけた。
「……気づかなかったのはボクたちも同じ、その子だけが悪い訳じゃないよ。 だから……すーっ……」
するとフィンは、エスプロシオを庇う様な発言をしつつ、両手を広げて思い切り息を吸い、彼女に共鳴する様に
「ッ! おいルド! 耳塞げ!」
その姿を見たウルは、嫌な予感がしたのか頭の上の耳をペタンとさせ手で覆いながらそう叫び、
「はっ!? いきなり何を……!」
言い出すんだ、と全く要領を得ないルドが聞き返そうとしたのだが、
「エスプロシオ! 貴方もよ! 早く!」
ウルだけで無くハピまでもが、同じ様に耳を塞ぎ叫び放ったのを見た彼は、
「……くっ、エスプロシオ! 言われた通りに!」
『グ、グルルォ!』
訳も分からぬまま耳を塞いで指示を出し、エスプロシオも耳に当たる部位を押さえつつその場に伏せる。
キイィィィーーー……ンという、耳鳴りにも近い音が彼女の後ろに浮かぶ触媒から聞こえてくる中、
(一体何が、それにあれは何の――)
あれは何の
何一つ理解出来ない状態で、耳を塞いだルドがフィンを見遣ってそう脳内で呟いた瞬間---。
『みこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!』
――それは、数日前に
「……ぐ!? おああああっ!?」
『グリャアアアア!?』
「くっ、うぅ……!」
「う、るせぇ……なぁもう!!」
ともすれば鼓膜を突き破り脳を破壊しかねない程の轟音でありながら、三人と一頭が苦痛に喘ぐだけで済んだのは、リエナをして兵器と言わしめた
……少しずつ、本当に少しずつ辺りが静けさに包まれ始めた頃、何とか意識を保てていたルドが、
「……ぅ、お、終わったのか……? 今のは一体」
きょろきょろと辺りを見回し、最後に元凶であるフィンを見てそう尋ねようとしたのだが、
「……! 見つけた! あっち!」
両手を頭の横にやり、おそらく耳をすませていたのだろう彼女が突然バッとある方角へ目を向けたかと思うと、そちらへ泳いでいこうとする。
「……おいフィン! 今のは何だ!? 何で分かる!?」
そんな彼女に待ったをかけたウルが二つの疑問を同時に投げかけると、フィンは空中でピタッと止まり、
「今のは『
一瞬だけ振り返って、これでいいでしょとばかりにぶつける様に答えた彼女は再び望子たちがいるのだろう方角へ向き直り、今度こそ泳いでいった。
「あ、おい! 待てよあたしも――」
ウルがそう言って手を伸ばしつつ、追いかけようと駆け出す姿勢をとった時、
「ま、待ってくれ! ミコたちも心配だが、そちらは任せてもいいか!?」
未だ先程の余韻が耳に残っているのか、若干ふらふらとしながらルドが彼女にそう声をかけると、
「は!?」
ウルは、何言ってんだこいつと言わんばかりに思わずそう声を出し、ザザッと足を止める。
「さっきの合図だが……最初に一回、間を置いて三回の合図は想定外の事態を意味する! つまり……!」
そんな彼女に自分たちだけが分かる破裂音の意味を語り、俺が向かわなければと訴える彼に、
「……貴方たちの言う、黄色の風以外の何かが襲って来てるかも、って? それなら何とかなるんじゃないの?……それとも、信用してないのかしら」
ハピは腰につけた革袋をトントンと爪で叩き、話を早く終わらせる為そう結論づけようとしたが、
「ち、違うが……だと、しても……! 頭領として、部下を……仲間たちを放ってはおけないんだ!」
彼は言葉に詰まりながらもハピの言葉を否定し、鋭い爪を携えた拳をグッと握って叫ぶ。
「……ッ! あぁもう! 分かったよ! 好きにしやがれ! 元々てめぇなんか当てにしてねぇんだからな!!さっさと行け馬鹿!!」
仲間を想うその気持ち自体は分からないでも無いウルは、一瞬の葛藤の後、彼を指差しそう言い放った。
「……っ、すまない! エスプロシオ、お前も……!」
彼女の罵倒にも似た許しを受けたルドが、共に行こうと既に立ち上がっていた
『グ、グルルゥ!』
だが、彼の言葉に反対する様に、エスプロシオはその首を横にぶんぶんと振り始めた。
「……残る、というのか? まさか、責任を……? 分かった、お前は彼女たちの力になるんだ。 ウル、ハピ! こいつを頼む! 足手まといかもしれないが……!」
言葉は分からずとも、心でエスプロシオの想いを感じとったルドが二人に頭を下げると、同じ様にエスプロシオも小さく唸りながらその首をもたげる。
「……分かったわ。 ちゃんと面倒は見るから」
彼らの嘆願を聞いたハピは、はぁ、と溜息をつきながらも
「あ、あぁ! ありがとう……ハピ、これが終わったら改めて俺は貴女に
ルドは安堵した様に表情を明るくさせながら、彼女の眼をしっかりと見ながらそう告げたが、
「いいから早く行きなさいなっ!」
そんな彼の空気を読まない発言に、カチンときたハピが心底苛立ってそう怒鳴りつけると、
「す、すまないっ! ではっ!」
ルドは慌てた様子で翼を広げ、今尚未知の脅威と戦っているのだろう仲間たちの元へ飛び立っていった。
「……ったく、あたしらもフィンを追うぞ! エスプロシオ、ついてこれるんだろうな!?」
飛び去っていく彼の姿を呆れた表情で見ながらも、振り返ってそう発破をかけると、
『グルルァアア!!』
エスプロシオはその雄大なる翼を広げ、これまでで一番大きく、そして勇ましい声を上げ、
「っし! 行くぞ!」
それを聞いたウルがバシッと右手を左手に打ち付けて気合を入れ、エスプロシオと共にフィンを追う。
「望子、無事でいてね……!」
ハピもその後を追いながら、望子の姿を脳裏に浮かべて心から無事を祈る。
彼女たちは結局、揃いも揃って
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