第93話 調査開始と波乱の予感

 望子たちの仕合から二日後、傷は浅くとも超級魔術をその身に受けたファジーネが漸く目を覚ます。


 彼女は起きてすぐに望子とローアに、実力を疑った事や余計な諍いを起こしてしまった事を謝罪し、二人も気にしないでほしいとその謝罪を聞き入れた。


 その一方でルドは、幼馴染として彼女を慮りつつも、頭領として彼女に何のけじめもつけさせない訳にはいかず、ファジーネにしばらくの謹慎を言い渡し、彼女もそれを大人しく受け入れたのだった。


 そして翌朝、仕合の行われた広場に集められた翼人ウイングマンたちと勇者一行の前に姿を見せたルドが、

「では本日より正式に、黄色の風の調査に加わってもらう。 後戻りは出来ないぞ?」

 頭領としての一面を表に出して、望子たちに向けそう告げると、望子はグッと両手を胸の前にやり、

「う、うん! がんばるよ!」

 ね、みんな! とウルたちに視線を走らせ、彼女たちも望子に同意する様に頷いてみせた。


「諸君らも……まぁ先日の戦いを見て反対意見など有りはしないだろうが、構わないな?」


 そんな彼女たちから部下たちへ、視線をスライドさせたルドがそう問いかけると、彼らは一様に返事をしつつ、腕を掲げたり翼を広げたりして士気の充分さをアピールしていた。


「……では、これより調査を開始する。 前回と同じく、単独とならぬように二人ないし三人一組で行動し、何かあればすぐに『炸裂空気ウィンブルズ』をあらかじめ決めてある回数分行使し、連絡をする様に」


 ルドは何かしらの魔術の名を挙げ、爪に薄緑色の球状の空気を浮かべながら全員に向け伝達する。


「……うぃんぶるずって何?」


 魔術の名だろう事は分かっても、その中身までは分からないフィンはとりあえずローアに聞いてみる。


「手の平大の大きさの空気の塊を破裂させ、軽い衝撃を発生させる風の下級魔術であるが……どうやらその際の音を合図として用いている様であるな」

(……原始的ね。 いかにも部族ってところかしら)


 するとローアは顎に手を当て流暢にそう語る一方、彼女の小声での解説が聞こえていたハピは、脳内で割と失礼な事を呟いていた。


「それでは……散開!」


 そんな彼女たちをよそに、大きく息を吸ったルドが翼人ウイングマンたちによく通る声で指示を出すと、

「「「はっ!」」」

 彼らも負けじと大きな声で返事をし、リフィユざんの四方へ飛び立っていった。


「……さて、貴女たちは俺やエスプロシオと行動してもらう事になるが、構わないか?」


 部下たちへの指示出しも終わり、後ろに控えていた望子たちの方へ振り返ったルドがそう尋ねると、

『グルルァ!』

 自身の名を呼ばれた鷲獅子グリフォンのエスプロシオが、自分の存在を主張するかの様にいななく。


「ん? 鷲獅子そいつも来んのか?」


 共に行動するにしてもルドまでだろう、そう考えていたウルが聞き返すと、

「あぁ、アウラには婆様ばあさま母様かあさまと共に集落を守護してもらうが、そちらは一頭で充分だろうからな」

 ここにはいないエスプロシオのつがいとなる雌の鷲獅子グリフォンの名を挙げて、簡潔にそう答えた。


「ぇへへ、よろしくね?」

『グルルォ♪』


 一方望子がエスプロシオに抱きつきながらそう言うと、彼も心底嬉しそうに優しく一鳴きし、

「ミコ、一応そいつに乗って……あぁもう乗ってんのか……っておい、何でお前も乗ってんだローア」

「いやぁ、中々乗り心地が良いのでな」

 ウルがそう言おうとした時には、望子は既にエスプロシオの背に乗っており、更に望子の後ろにはおまけの様にローアも我が物顔で寛いでいた。


「はは……それでは、向かうとしようか」


 そんな彼女たちのやりとりを見て心なしか和んでしまっていたルドは、苦笑しつつもそう言って望子たちを促し調査を開始する。


 ウルは嗅覚で、ハピは視覚で、フィンは聴覚で……それぞれが特技を活かしてしばらく山中を歩き回っていた頃、フィンが唐突に、

「そういえばさぁ。 みこ、昨日スピナやレラと何か話してたけど、あれ何だったの?」

 エスプロシオに乗る望子にそんな事を尋ねると、望子は、ん? と可愛らしく首をかしげつつ、

「あぁ、えっとね……なんだっけ、え、えあろ……」

 何かを伝えようとしていたのだが、どうやら思い出せないらしく、んー? と腕を組んで思案している。


「……まさか、『風化エアロナイズ』か?」


 そこへ割り込む様にルドが、おそるおそる声をかけると、望子は弾けた様にパッと顔を上げ、

「あ、そうそう! それだよ! このなかにこめてもらったの! すごいんだよ! かぜになってね、びゅーんってそらをとんだりもできるの!」

 昨日の出来事を、望子にしては大きな身振り手振りで伝えようとする。


「うむうむ、ミコ嬢なら余裕であろうなぁ。 火化フレアナイズも問題無く存分に扱えるのだし」


 それを後ろで見ていたローアは、まるで自分が何かを成し遂げたかの如く嬉しそうに頷き、

「……そうか、そうだな……はぁ」

 彼女とは対照的に、自分の力の無さを改めて実感させられたルドは、深い深い溜息をついた。


 そんな折、すんすんと鼻を鳴らしながら辺りを見回していたウルが、なぁなぁ、と彼に声をかけ、

「話は変わるけどよ、あたしらさっきから適当に歩き回ってるだけなんだが、これで調査って言えんのか? 何かこう……ねぇのか、探知器みたいな」

 自分たちの行動に何の意味があるのかと問いかけるウルに対し、あぁ、と返事をしたルドは、

「……これを見てくれ」

 そう言いながら懐に手を入れ、中に二本の針の様な物がある、緑色の菱形の水晶を取り出した。


「何だこれ?」

「『風針盤ヴィンパス』という、魔石を風の魔術で研磨加工した魔道具アーティファクトだ。 周辺一帯の風の流れが記録されていて、異常な風……つまりは目当ての黄色い風が発生すれば強く輝き反応し、その方角も指し示す。 ま、完成したのはつい最近の事なんだが」


 全く要領を得ないといった様子のウルが問うと、ルドは丁寧にそう解説し、ハピもフィンも興味深そうに彼の手にあるそれを覗き込む。


「へぇ、便利な物作ったわね。 ねぇ望、子……?」


 ハピがそう言って振り返り、エスプロシオに乗る望子に声をかけようとしたが、何故か彼女の声は段々フェードアウトし、代わりにその眼が大きく開かれる。


 ――その、瞬間。


 ――パァン! パパパァン!


「っ、合図だ! 風針盤ヴィンパスも反応を! だが……!」


 おそらく他の翼人ウイングマンが行使したのたろう炸裂空気ウィンブルズの音が鳴り響き、手元に目線を落としたルドがそう叫びつつも、何かが引っかかっている様に苦々しい表情を浮かべる。


「何だ? 意外と早く終われそうだな。 割と気合入れて臨んだってのによ」


 一方ウルは、もっとかかると思ってたぜ、と言ってパキパキと首を鳴らし、

「まぁまぁ、とりあえず行ってみようよ。 ほらハピ、何ボーッとして――」

 フィンがそんな彼女を宥めつつ、後ろを向いたまま動かないハピにそう言おうとした時――。



「……望子は? 望子は何処へ行ったの?」



 呆然とした表情と声でそう呟いたハピの言葉に、三人は一斉に振り返ったが、

「「「……!?」」」

 エスプロシオに乗っていた筈の望子とローアの姿は煙の如くかき消えており、

『グルルォ?』

 何の事か? ときょとんと首をかしげた鷲獅子グリフォンだけが……そこに、いた。

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