第92話 少女たちの共闘

 会議室はすっかりもぬけの殻となり、望子たちを含めその場にいた全員が、大樹のふもとにある歳若い翼人ウイングマンたちが訓練に利用するひらけた場所に集合していた。


「これより、ミコ、ローア組とファジーネの仕合を開始する。 尚勝敗の判定は俺が下す、異論は無いな?」


 会合には参加していなかった大小様々な翼人ウイングマンたちも、何だ何だと集まってくる中、審判を務める事となったルドがそう告げると、

「うむ、構わんのである」

「えぇ、頼むわね」

 ローアとファジーネは奇しくも同じ様に腕組みをしてそう返事をし、一方望子は未だ緊張しているのか、すーはーと深呼吸を繰り返している。


 互いに位置についてしばらく無言で見合い、広場が言い様も無い静寂に包まれた頃、ルドが腕を上げて、

「……始め!」

 そう叫ぶと同時に勢い良くその腕を振り下ろすと、彼らを取り囲んでいた翼人ウイングマンたちがワッと湧き立ち、

「まずはお手並拝見よ! 『一過断嵐ガストム』!」

 先手必勝とばかりに、ファジーネが両腕を前に掲げてそう叫ぶやいなや、彼女の翼が大きく広げられ、強い羽ばたきと同時に二つの風の斬撃が交差し望子たちに襲いかかった。


 望子は襲い来るその風にビクッとしていたが、ローアがそんな望子を庇う様に前へ出て、

(ふむ、この程度であれば)

 その小さな右足のかかとで地面をトンッと叩いた瞬間、地面から彼女の一回り以上も大きな岩石の腕が出現し、ファジーネの魔術をあっさりと握り潰した。


「なっ……! 詠唱も無しに……!」


 一瞬の出来事に驚愕したファジーネが思わず声を上げると、ローアは、はぁと溜息をつき、

「随分舐められている様であるなぁ……言っておくが我輩、そちらがどう出ようと手心は加えぬぞ?」

 挑発するかの様にそう言って、可憐な少女の姿に似つかわしくも無い邪悪な笑みを浮かべる。


「……口だけじゃ無いみたいね。 だったら……」


 ローアの言葉にカチンときた様子のファジーネは、少しトーンの落ちた声で呟きながら、再び翼を大きく広げ、そのままブワッと舞い上がった。


 そんな中、ウルの肩に留まって彼女たちの仕合を観戦していたスピナがクリッとした瞳を見開き、

『……驚いた。ミコちゃんに隠れてたけど、あの子もとんでもない量の魔力を持ってるじゃないか』

 にやにやと笑うローアを視界の中心に入れながら、静かな声音でそう言うと、

「あー……まぁ優秀、なんだよ、あいつも」

 まさか上級魔族だからと口にする訳にもいかず、ウルは何とかかんとかお茶を濁す。


(バレては……ねぇみてぇだな。 あぁもう、何であたしがこんな綱渡りしなきゃいけねぇんだ)


 無論、脳内では後で覚えてろよ、とローアに対して悪態をついていたが。


「さて、ここからは向こうも全力で来るであろう……ミコ嬢、やれるのであるな?」


 一方、飛び上がったファジーネに目を向けつつ、ローアが望子に確認する様にそう告げると、

「う、うん。 がんばるよ」

 望子は胸の前に掲げた両手をグッと握って、やる気も覚悟も充分だとアピールする。


 ひるがえってファジーネは、望子たちの会話が終わるまで空中で静止しており、妙に義理堅い一面を見せた後、

「『荒れ狂う深緑の風! の者を覆い、魔のみなもととの断絶を!』――『風害結界ウィジャム』!」

 雄の個体に比べれば細身だが、それでも屈強な右腕を上に掲げながら詠唱し術名を叫んだ瞬間、彼女を中心に薄緑色の風が発生し、一瞬の内に望子たちはおろか観客ギャラリーをも包み込む半球状の風の結界が完成した。


 そのあまりの勢いに望子は飛ばされない様にするのがやっとだったが、ローアは至って平然としており、

風害結界ウィジャム……確か、暴風の結界を発生させ周囲の魔素の流れを乱し、術者以外の魔術の行使を妨害する……干渉メドル系統の上級魔術であるな」

 自身の脳内にある知識と照らし合わせて、誰に聞かせるでも無くそう呟いたものの、かつて見たそれよりも随分規模が小さく感じていた。


(本来はもっと広範囲ハイレンジの魔術の筈であるが……単純に力量不足であろうな)


 とはいえ今は戦闘の真っ最中、瞬時にそう結論づけかぶりを振って、望子にボソッと何かを呟く。


「……これで風害結界ウィジャムが消えるまでの一定時間、貴女たちは魔術を使えない……少々小狡いけれど、これで終わらせてあげる――『風速纏装ウィクセル』!」


 大人気おとなげない手段だと自嘲しつつも、虚仮にされたままでは終われない彼女は、風を全身に纏い速度と破壊力を増す強化グロウ系統の中級魔術を行使して、望子たちを制圧せんとした。


 ――その、瞬間。


「では、手筈通りに」

「うん……!」


 突然ローアが数歩程後ろに下がったかと思うと、未だに畏怖と緊張で若干震えている望子の背に隠れた。


「なっ……! あれだけの啖呵を切っておいて陰に隠れるっていうの!? ふざけるのも大概にしなさい!」


 それを見たファジーネは、その実直な性格ゆえか彼女の行動に強い怒りを覚え、望子たちに……いやローアに向けて鋭い爪を振りかぶりながら急降下するが、ローアは望子の背後から出ようととせず、望子もその場から動く様子は無い。

(……っ、仕方ないわ、まずはこの子を傷つけずに)

 ファジーネはそう考え、なるべく優しく押し除ける為にもう片方の腕を望子に伸ばしたのだが――。


「……はっ!?」


 驚いてしまうのも無理はないだろう、彼女が伸ばした腕は、望子の身体に触れるどころか……その薄い胸を通り抜けてしまったのだから。


 ファジーネは自分の視界に映る異常な光景が信じられず、本能的に翼を広げ一旦距離をとる。


『ひえぇ……わかっててもこわいぃ……!』


 一方、火化フレアナイズを行使し、燃え盛る蒼炎と化した望子は、彼女の腕が通り抜けた自分の胸の辺りをさすりながら、震える声でそう呟いていた。


「す、すり抜け……!? いや、違う……青い、炎!? そんな、魔術は封じられている筈よ……!?」


 随分と慌てた様子で声を上げ、自身が行使した結界が正常に作用している事を確認しようとする彼女に、

「存じているとは思うのであるが……風害結界ウィジャムで妨害出来るのは同じ上級魔術までであるぞ?」

 事実を突きつける様に、ローアが後ろ手に親指で吹き荒れる結界を指し示すと、

「そんな事は知って……! ま、まさか!?」

 何を今更と言おうとしたファジーネの頭に一つの可能性が浮かび、信じられないといった表情で蒼く燃える望子に鋭い視線を向ける。


 そんな彼女の表情と言動に、我が意を得たりと満面の笑みを浮かべたローアは、

「そのまさかである! ミコ嬢! 今こそを!」

 喜色の籠りに籠ったその声で望子に向け叫び放ち、望子越しにバッとファジーネを指差すと、

『うん! 『ちからをかして、おししょーさま!』』

 それに応える様に、望子が首から下げた立方体を握りしめ、ドルーカでお世話になった狐人ワーフォックスを脳裏に浮かべて力強くそう叫んだ瞬間、望子を中心に風害結界ウィジャムをかき消す程の高温の風が吹き荒れた。


「お、おい! ミコ――」


 それまで大人しく観戦していたウルも、突然の事態に望子を心配する様に声を荒げたが、

「嘘、あれって……!」

 そんな彼女の言葉を遮って口を開いたハピが、眼を光らせながら驚愕する。


 無理もないだろう、先程まで望子がいた場所には、彼女たちを散々扱きに扱いた鬼教官であり、ドルーカの街の魔道具店の主人でもある――。


「……リエナ?」


 ――かつて、戦場にて火光かぎろいと呼ばれ恐れられた狐人ワーフォックス、リエナの姿があったのだから。


 ひるがえってファジーネは、無意識の内に震えていた腕をもう片方の腕で押さえつつ、

「超級魔術、だと言うの……!? こんな、小さな子が……! だからって、ここで退く訳には」

 いかないわ、と言って、覚悟を決めて再び戦闘に臨もうとしたのだが、

「ミコ嬢! 先に伝えた通りに!」

 そんな彼女を尻目にローアが、すっかり姿の変わった望子にそう指示を飛ばし、

『う、うん! えーーーーい!!』

 望子は本来の可愛らしい声のまま返事をするやいなや、両手をファジーネにかざし、ローアに言われた通りに蒼炎を操り、彼女に放つ。


 ――それは一月前、望子たちが初めてリエナに出会った時に、危険因子がやってきたと判断した彼女が、先手必勝だとばかりに放った魔術、狐炉命コロナ


「……!? な、きゃああああああああっ!!」


 蒼炎でかたどられた巨大な九尾の狐の口から放たれた放射状の熱線は的確にファジーネを捉え、彼女はその衝撃にいかにも雌らしい悲鳴を上げた。


「っ、ファズ!!」


 ルドはそんな幼馴染の悲痛な声を聞き、自分が審判である事も忘れ、彼女の元へ駆け寄る。


 望子の放つ熱線が途切れ、辺りが静まりかえっていたそんな時、ローアがブルブルと身体を震わせ、

「……くふっ、くははは! 素晴らしい! 運命之箱アンルーリーダイスは魔術を込めた者の力が大きく反映される! 青い火化フレアナイズが何よりの証拠であるが、まさか口頭で伝えただけでここまで術者の力を再現可能とは! 流石はミコ嬢! 流石はゆ――ぐはぁ!」

 研究者然とした一面を見せて大声で笑い、余計な事まで口走ろうとしたが、こちらへ走ってきていたウルとフィンに思い切りグーで殴られてしまう。


「言ってる場合かてめぇ! ミコに無茶させんな!」

「ほんとだよ! 次やったら殺すからね!」


 二人はそう口にしながら彼女に強い視線を向けたものの、ローアは特に反省した様子は無く、

「ぐうぅ……何も本気で殴らずとも……」

 突然の痛みに唸り、若干涙目になりつつも頭を押さえて二人を睨みつける。


「自業自得よ全く……望子、大丈夫なの?」


 そんな彼女にハピが呆れた表情を見せつつ、渦中の少女にそう声をかけると、

『え? うん、だいじょうぶだよ!』

「そ、そう……ならいいわ」

 青く燃えるリエナの姿をとっていながら少女の声音と口調で話す望子に、ハピは妙なアンバランスさを感じたが、無事ならまぁ、と一旦話を終わらせた。


「ファズ! 生きてるか!?」


 一方、うつ伏せに倒れていたファジーネに近寄り心配そうに声をかけたルドの言葉に、

「……ぅ、うぅっ……」

 聞こえているのかいないのか、呻き声で反応を見せたファジーネ。


 ――そんな彼女の姿は、彼が思っていたよりずっと……軽傷だった。


(超級魔術をその身に受けたのに、大した怪我は見られない……加減、してくれたんだろうな。 優しい子だ)


 ルドの推測通り、望子は既にリエナと同じレベルで蒼炎を扱う事が出来ていた為、極限まで威力を緩めて彼女に放っていたのだった。


「……完敗だな。 ファジーネ、戦闘不能! 勝者、ミコ、ローア組!」


 フッと苦笑した後、勢いよく立ち上がり望子たちを手で指し示してそう宣言すると、衝撃的な光景に沈黙を貫いていた観客ギャラリーたちが一気に沸き立つ。


『やったね! ろーちゃん!』


 二人に対する称賛や、ファジーネに対する慰めの言葉が飛び交う中、未だリエナ状態の望子がローアに向けてそう口にして青く燃える手を差し出し、

「うむ! 我々の勝利である!」

 それに応える様に、ローアは差し出された手に自分の小さな手を合わせハイタッチしてそう言った。

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