第89話 翼人の頭領一家

 鷲獅子グリフォンに乗った彼女たちは大樹の天辺てっぺん付近まで運ばれ、望子などはあまりの風の強さに「わぷっ」と目と口を閉じてしまう。


 しばらくして風が止んだ事に気がつくと、そこにはここまで見てきたものよりも多少豪華な造りの木製の家が建てられていた。


 一旦その近くにある鷲獅子グリフォンたちの巣に繋がる自然由来の回廊に着地し、ありがとうねと別れを告げて、スピナやルドの住む家の前に着くやいなや、

『さぁ到着だよ。 ここがあたしたちの家さね。 レラ! レラいるかい!』

 ハピの肩に留まったままのスピナが、扉も開けずによく通る声でそう言うと、

「――はーい、どうしたのー?」

 その扉の向こうから、ふんわりとした声音の女声が返ってきたが、姿は見せず、扉もひらかない。


『客人を連れて来たんだ、顔を出しな!』


 スピナが扉の向こうの何某かにもう一度声をかけると、バタバタという音とともに、

「お客さん? ちょ、ちょっと待っててもらえる?」

 おそらく部屋を片しているのだろう、レラと呼ばれた女性は先程より明らかに慌てた様子で返事をする。


「……誰だ?」


 そのやりとりを聞いていたウルが、首をかしげて何気なくルドに尋ねると、

「俺の母親で……先代頭領だ」

 あぁ、と反応した後、彼は若干言いにくそうに答えたのだが、

「……あら? 先代も先々代も女性なのに、今代の頭領は男性の貴方なの?」

 そんな彼の言葉にふと疑問をいだいたハピが、一回り背の高いルドを軽く見上げて問いかける。


 するとルドは、爪でガリガリと頬……に当たる部分の羽毛を掻きながら、

「あ、あぁ……翼人ウイングマンはその特性上、雌の方が多量の、かつ質の良い魔力を持って産まれる事が多いんだ。純血、混血に関係無くな。 だから基本的にはどの集落でも雌が纏め役となる事が殆どなんだが」

 なるだけ彼女に分かりやすい様につらつらとそう語ると、その後ろで望子を抱えていたフィンが、

「じゃあ何で? 何か理由があるの?」

 ヒョコッと彼の顔を覗き込みながら、何の気無しにきょとんとした表情で尋ねてきた。


 一方、ルドはそんな彼女を見下ろしつつ、カリカリと爪で頬に当たる部分の羽毛を掻きながら、

「俺たちの集落に世襲だとかそういう制度がある訳じゃ無いんだが、婆様ばあさま母様かあさまもすこぶる優秀だったお陰で、集落の者たちはその孫であり息子である俺をやたらと推してきてな」

 ハピに問われた時とは違い、すんっとなってそう告げて、はぁ、と深く溜息をつく。


「……成る程。 持ち上げられ舞い上がったお主は、先程の如く尊大な態度をとる様になってしまった……という事であろうか?」


 それを聞いていたローアが、無慈悲にも彼に事実を突きつけると、ルドは一瞬言葉を失い、

「ぐ、ま、まぁそうなるが……はっきり言い過ぎだ」

 祖母スピナの手前、声を荒げる訳にもいかず、拗ねた様子で何とかそう反論した。


「……ごめんなさいね、遅くなっちゃって。 もう母さん、お客さん連れて来るなら先に言っておいてよ」


 そんな折、漸く扉がひらきその向こうからどちらかといえば凛々しい類の顔立ちだったアレッタとは対照的に、穏やかな表情の純血の翼人ウイングマンが顔を出し、

『あたしもさっき出会ったばかりだからねぇ。 とにかくもてなしの準備をしな、ほらルド、あんたも』

 彼女は未だにハピの肩に乗ったままそう口にして、後ろに立っていたルド母親レラを手伝えと命じる。


「……あぁ。 母様かあさま、俺に手伝える事はあるか?」


 彼はスピナの指示に素直に従い、母にそう尋ねると、レラはキョトンとした顔で、

「……あら? 随分殊勝だこと。 いつもの見栄っ張りなあんたなら、『何で頭領たる俺がそんな雑用を』くらい言うのにね。 何かあったの?」

 誰よりもルドの事を良く知っている彼女は、そう言って息子に聞き返すが、

「う、うるさいな……考えを改めたんだよ」

 彼はハピを始めとした望子たち一行にチラッと視線を向けた後、照れ臭そうに小さく呟いた。


「そう? それじゃあ下の畑から充分に実った野菜と、生簀からは魚を数匹見繕って来て頂戴ね」


 そんな息子の様子に多少の違和感を覚えたものの、まぁいいかと考えて、樹下に目を向けそう告げる。


「分かった。 ではまた後でな」

「えぇ、よろしくね」


 するとルドはしっかりと頷き、彼女たちに軽く声をかけつつ降下し、ハピは彼にふりふりと手を振った。


「……さて、自己紹介しなきゃね。 ある程度は聞いてるかもしれないけど、私はレラ=ガルダ。 こう見えても先代頭領で、あの子……ルドの母親よ」


 彼の姿が全員の視界から消えた頃、扉の前に立つ彼女はぺこりと軽く会釈をしつつそう口にする。


「えっと……みこです。 よろしく」

「あたしはウル。 見ての通り人狼ワーウルフだぜ」

鳥人ハーピィのハピよ。 よろしく頼むわね」

「フィンだよ! 人魚マーメイド……って言わなくても分かるか」

「我輩はローア! これでも立派な学者である!」


 そんな彼女に同調する様に望子たちもそれぞれ簡単に名乗り、自己紹介を済ませた。


人族ヒューマン二人に亜人族デミが三人、変わった組み合わせね。 まぁその辺りはあの人が帰って来てからにしようかしら。 さぁ上がって上がって」


 望子たちの顔を一通り見たレラが、家の中へ手を向けつつ歓迎してそう言うと、

「おじゃましまーす……」

 望子はやはり人の家だからと緊張していたのか、少し控えめに挨拶して中へ入る。


 その家の中は、およそ鳥の巣とはかけ離れた文明的な、そして清潔感のある広々とした空間で、

「あら、綺麗なお家ね。 住み心地良さそう」

 そんな彼女たちの住処に好感を持ったハピが、きょろきょろと部屋を見回しながら感嘆の声を出すと、

「ふふ、ありがとう。 まだ旦那が戻ってくるまでは時間があるし、ゆっくり寛いでていいからね」

 レラは嬉しそうに微笑んでそう告げて、おそらく台所なのだろう部屋に向かおうとした。


「あ、あの……」


 その時、望子が控えめに声を出しレラを引き留め、

「何かしら? ミコちゃん、だったわよね」

 彼女はくるっと振り返り望子の名を呼び聞き返す。

「えっと……おりょうり、てつだいたくて……」

 望子は指をぐにぐにと弄りながらそう言って、調理の手伝いを申し出たのだが、

「貴女はお客さんだし、ゆっくりしてていいのよ?」

 レラは望子に視線を合わせる為にしゃがんで、少女の提案をやんわり断ろうとする。


「うぅん。 わたし、いろんなおりょうりおぼえたいの。 だから、てつだわせてほしいなって……」


 とはいえ一党パーティの料理番である望子も、レパートリーを増やす為、ここで退く訳にいかず、上目遣いで「おねがいしますっ」と呟くと、

「あらあら……偉いわねぇ。 分かった、それじゃあ手伝ってくれる? ついでに色々教えてあげるわ」

「……うん! ありがとう!」

 望子のいじらしさ、もしくは愛らしさに負けたのか、レラは望子の頭を優しく撫でて、手伝いを受け入れてその小さな手を引いて台所へ向かった。


 その後、ルドも食材を調達し終えて戻って来て、しばらくレラと望子を除く六人で、リビングに当たる部屋で机を囲み、椅子に座って談笑していたのだが、

「ただいま。 集落に客が来ているらしいけど……ん? 君たちがそうなのかな?」

 突然ノックも無しに扉がひらきその向こうから、ルドより背が高く、それでいて雌の個体かとばかりの細身の翼人ウイングマンが姿を見せた。


「あぁ。悪ぃな、邪魔してるぜ」


 匂いで誰かが来ていたのは分かっていたし、それがおそらくルドの父親なのだろう事も理解していたウルは、片手を軽く振りながら簡素に挨拶をする。


 ひるがえって家に入り扉をゆっくり閉めた彼は、にこりと柔和な笑みを湛えながら、

「構わないよ。 なにせお客さんなんて随分久方ぶりだからね。 僕はルイーロ=ガルダ。 よろしくね」

 いかにもという様な優しい声音と口調でそう言って、握手をする為手を差し伸べる。


「えぇよろしく」


 一番扉の近くに座っていたハピが最初にその手を取り、その後もウル、フィン、ローアと順に握手しつつ自己紹介をおこなった。


(……キミのお父さんだって言うからもうちょっとこう……ゴツい感じかと思ってたよ)


 そんな折、フィンはふと気になって目の前の優男について息子のルドにそう囁くと、

(親父は純血の翼人ウイングマンとしては珍しく魔力に特化しているからな。 俺も随分苦戦したもんだ……まぁそれでも母様かあさまの方が強いんだが)

(ふぅん、そうなんだ)

 彼は自分の父親の特性を語りつつ、頭領襲名の際の試練や、怪物の様に強い母親の姿を脳裏に浮かべていたが、フィンはいつも通り興味無さそうに返した。


「あら、お帰りなさい。 今日はちょっと豪華よ。 ミコちゃんも手伝ってくれたから、ね?」


 その時、調理を終えたレラが台所から戻り、旦那に声をかけつつも望子にウインクしながら話を振って、

「うん! おかわりもあるから、いっぱいたべてね!」

 一方望子は収穫があったのか、いつも以上ににこにこしながら料理を並べていく。


 ――今晩のメニューは魚が中心。


 望子が持っていた食材や調味料、そして調節自在の蒼炎を使い、白身魚の香草ハーブ焼きと、すり身団子のスープが食卓を鮮やかに彩る。


 望子たち五人はいつもの様に手を合わせ――。


「「「「「いただきます!」」」」」


「「「「……?」」」」


 翼人ウイングマンの頭領一家は、そんな彼女たちを心底不思議そうに見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る