第88話 翼人の集落
ルドやスピナの語る、
『見えてきたよ。 あれがあたしたち
望子たちの視界に、高い木製の柵に囲まれても尚その姿を確認出来る程の、青々とした大樹が映る。
「すごーい……いえがきのうえにたくさん……」
望子がふわぁと感嘆の息を漏らし、大きな木の実が
「
ローアも望子と同じく感銘を受けた様で、記憶にある似た様な造りの物と比べてそう言い直していた。
「そうだろう? といってもこれは先人たちの知恵によるもので、俺たちはその恩恵に
ほー、へー、と感心している二人に対し、ルドがそんな風に誇らしげに語っていると、
「頭領! スピナ様!」
「お帰りなさいませ! ご無事で何よりです!」
柵の近くに設置されていた
「あぁご苦労……俺たちが出ている間に、何か変わった事は無いか?」
彼らを見下ろしながらルドが労いの声をかけ、先程話した驚異の事もあってかそう確認すると、
「えぇ特には……それより頭領、その者たちは?」
すっと顔を上げて返事するやいなや、見張りの一人が彼女たちを見遣ってそう尋ねた。
「あぁ、まぁ……客人、だな」
そんな部下の問いかけに、ルドは気まずそうにしながらも小さな声で彼らにそう伝えた。
すると、それを聞いた二人の
「きゃ、客人ですか?」
「それはまた、何と言いますか……その……」
ルドの方へ顔を戻したかと思うと、ぱちぱちと瞬きしつつルド以上に気まずそうに言い篭る。
『うふふ、言いたい事は分かるわ。 この子が頭領になってから、
それを見ていたスピナが口元に翼を当てて、軽く笑いながらからかう様にしてそう言うと、
「……
ルドは少し拗ねた様子で、そっぽを向いてスピナをジロっと睨みつけた。
『はいはい。 まぁこの子の言う通り彼女たちは大事なお客人よ。 丁重に扱ってちょうだいね』
一方スピナは不機嫌になったルドを宥めつつ、二人の見張りにそう伝え、
「了解しました、スピナ様!」
「それでは皆様、どうぞお通り下さい!」
彼らはビシッと敬礼して、集落を囲む柵の中央に位置する扉を開き、望子たちを招き入れた。
「ブライス、アレッタ、随伴ご苦労だったな。 今日はもう休んでくれていい」
その扉を越え、集落に足を踏み入れた途端、ルドが二人に
「え……あっ、ありがとうございます頭領!」
「……また何かありましたらいつでもお声掛けを」
いつもより明らかに優しくなっていた彼の様子に違和感を感じていたものの、二人はルドとスピナに一礼し、翼を広げて自分たちの住処へ戻っていく。
望子たちが扉の向こうへ歩を進めると、彼女たちが見える範囲だけでも大小様々な
「ほー、畑もあって池もあって……」
そう言ったウルの視線の先には、豊富な種類の野菜が植えられたそこそこ広大な畑を耕していたり、付近の川から引いているのだろう澄んだ池で魚に餌をやっている
「こういうのほほんとした場所で、眉間のしわを伸ばしながら余生を過ごすのも悪くなさそうであるなぁ」
「そうね……あら? 何か空から……」
ローアの年齢相応の発言に、ハピが賛同しようと口を開いた時……彼女たちに複数の影が差し、そんなハピの言葉と同時にその影は大きくなり――。
『『グルルゥ!』』
『『『クルルル! 』』』
「ぅわぁ! なになに!?」
彼女たちの元に……いや正確にはルドとスピナの元に、快活な鳴き声と共に鷲の上半身と獅子の下半身を持つ五頭の不可思議な生物が降り立ち、望子は驚いて近くにいたハピの後ろに隠れてしまう。
ハピは望子をよしよしと撫でながらも、その眼を妖しく輝かせると、
「
その荘厳な出で立ちの生物を見通し、スピナに遮られたルドの詠唱をふと思い出して彼の方を見た。
「あ、あぁ。 そうだったな、ははは……」
(うわぁ……)
彼の顔は羽毛に包まれているが、それでもハピに見つめられ、かつ話を振られた事で照れているのだろう事は、他者に然程興味の無いフィンでも分かった。
一方、
「成る程、これが対策であるか? スピナ嬢」
登山途中で彼女が口にした
『この種は生まれつき、風の女神カルデア様の手厚い加護を受けているからねぇ。 この子たちに楯突こうって鳥獣は殆どいない。 だからあたしたちは安定した棲家と食事を提供する事で、その代わりにこの集落を守護してもらっているんだよ』
そう語りつつ、パッと片翼を
「へぇ、馴れてんな」
そんな
「ちなみに父親がエスプロシオ、母親がアウラ、そして端からニヒ、ガラ、セールだ」
そう言って一頭一頭指差して名前を呼ぶ度に、彼らはグルル! クルル! と返事をする。
「へー……ねぇおばあちゃん、さわってもいい?」
それを聞いていた望子が右肩に乗るスピナに、だめかな、と首をかしげて問うと、
『うん? あぁ構わないけれど……初対面の者には警戒心を顕にする事が多いからね。 まずはあたしが言って聞かせて……』
スピナはそう言って、望子の肩から離れ
『『『クルル?』』』
『『グルルゥ』』
『『『クルルル!』』』
三頭の子供たちが両親に向け何かを尋ねる様にそんな声を上げると、おそらく了承したのだろう彼らが頷いた途端、子供たちは他でも無い望子に向けてパタパタと小さな翼を羽ばたかせて飛んできた。
「わぁ! ぇへへ、かわいいね!」
『あ、あら……?』
望子はそんな子供たちをぎゅっと抱きしめて幸せそうにしていたが、それを見ていたスピナは、いきなり懐くの? と心底不思議そうに首をかしげる。
「子供たちはまだしも……エスプロシオもアウラもそれを許してるのか……?」
警戒心の強いこいつらが、とルドが表情を驚愕の色に染める中、ウルがこっそりローアに近づき、
(……おい、これもしかして)
極力小さな声で尋ねると、ローアは顎に手を当て、
(まぁ、召喚勇者であるからなぁ。 受けている加護の厚さは
心底興味深そうに微笑みながらそう答え、そんな彼女の様子にウルは、駄目だこいつと考え肩を竦めた。
一方、
『ふふ、本当に不思議な子だこと……それじゃあそろそろあたしたちの家にご招待といこうかね』
そう言って、宙に浮かんだままルドへ視線を向けると、彼は納得がいってないのか首をかしげていたが、
「……そうだな。 エスプロシオ、アウラ、彼女たちを乗せてあげてくれ」
ここで考えていても仕方ないと判断し、その背に鞍が装着された二頭の成体にそう言いつける。
『『グルル!』』
同時に大きく嘶いたかと思うと、望子たちに近寄ってその前に伏せ、乗ってくれとばかりに目を向ける。
「よろしくね、ふたりとも」
既に
『『グルルァ♪』』
二頭はどちらも嬉しそうに頷きつつ、あまりにも大人しく撫でられていた。
その後、エスプロシオには望子とフィンが、そしてアウラにはローアとウルが乗り、唯一素で飛べるハピは肩にスピナを乗せ、ルドと共に
(ボクもあそこまでなら浮けるんだけどね)
一方、フィンは大樹を見上げてそんな事を考えつつも、欲望のまま望子との二人乗りを楽しんでいた。
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