第87話 翼人を襲う風
野営の片付けを終えた望子たち一行は、ルドを始めとした
アレッタとブライスを先頭に、その後ろに望子とローアが横並びで歩き、ウルが左、フィンが右、ハピが後ろを固める様に望子たち二人を囲み、そんな一行の最後尾をルドが歩いている。
その道中、そこが一番落ち着くと判断したのか、望子の小さな肩で羽を休めていたスピナが、
『しかしミコちゃん、あんたは不思議な子だねぇ。 誰よりも小さく幼いのに、誰よりも大きく、それでいて澄んだ魔力を持ってる』
望子の顔を覗き込む様にして、無垢な、それでいて全てを見透かすかの様な瞳を向けてそう口にする。
「ぇ……わかる、の?」
望子はそう聞き返しつつも脳内では、どうしようどうしよう、と勇者バレしないかとビクビクしていた。
『こう見えても昔……魔族との戦争に参加していた時期もあるからねぇ。 まぁ昔といっても本当に昔……百年程前の話だけれど……それにあたしが分かるのは魔力量とその色だけだから、あんたたちが一体何者なのかってところまでは分からないけどね』
そんな望子の心情とは裏腹に、過去を懐かしむ様にふいっと空を見上げてそう語り、
「そ、そっか。 すごいんだねおばあちゃん」
(リエナと面識あったりするのかしら)
それを後ろで聞いていたハピはふと、ドルーカで出会った
「なぁそろそろ話してくれよ、例の厄介事っての。何だっけ、あの……
ほぼ同時にウルがスピナにそう話しかけた事で、ハピはん、と口をつぐみ、
「……おい、スピナ様にその口の利き方は」
その一方でウルの軽すぎる口調を耳にしたアレッタが、振り向いて彼女を咎めようとした。
『いいんだよアレッタ。
だが当のスピナは、全く気にしていないという様に望子の肩に留まったまま器用に飛び跳ね後ろを向き、ウルたちにそう語りかけると、
「風に襲われる……? それはまた、興味深い話であるなぁ。 スピナ嬢、詳しく聞いても?」
ウルたちよりも先に横を歩くローアが彼女の話に反応し、そう尋ねた。
『ふふ、やぁねぇローアちゃん。 嬢なんて歳じゃないよあたしは』
するとスピナは口元を翼で隠しながら、満更でも無さそうに喜色のこもった声音で言うと、
「くはは。 まだまだお若く見えるゆえ、そう呼んでしまったのである。 気に障ったのなら謝罪を」
ローアは頭を下げつつそう告げて彼女を持ち上げると、スピナはうふふと心底嬉しそうにしていた。
(でもこいつの方が多分年上だから……嬢でも間違ってねぇんだよな)
一方ウルは、あざといなこいつ、と脳内で呟き、ローアにジロっと視線を向ける。
そんな折、スピナは翼を口元に持ってきたかと思うと、気を引き締める為かけふんと小さく咳き込んで、
『さて、どこから話したものか……最初に発生したのは三年前だったかね。 ある日、偵察兵の一人が本来の持ち場から遥か遠くの地点で全身に深い裂傷を負った状態で亡くなっていてね。それ以来……雌雄、年齢に関係無く幾人もの
真剣な表情――やはり愛らしいが――を浮かべて、少し声のトーンを下げて語り出す。
「裂傷って……それだけだと風の仕業かどうかなんて分からないんじゃ? それこそ刃傷かもしれないし」
するとハピは、かつて自分が王や兵士を風で裂傷させた殺害した事を思い出しつつも、肩を竦めてスピナに問いかけたのだが、
「いや、それがそうでもない。 さっき
そこへ突然、後ろをついてきていたルドが、ハピが会話に加わるのを待っていたかの様に、極めて得意げな表情でそう言った。
「へー、そうなんだ……あれ? でもその風の正体は分からないの? 詳しいんでしょ?」
それを聞いていたフィンは、首をかしげながらルドに振り返って尋ねると、彼は少しむっとしたが、
『それなんだけど……実を言うと、あたしたち自身その風をこの目で見た事は無くてね。 正体を探ろうにも、まずは自分で見てみない事には……』
そんな彼の代わりといった様に、スピナがそう言って自分を囮とする事も厭わない発言をしたのだが。
「スピナ様! 何を仰いますか! そんな危険な事を貴女様にさせる訳には参りません!」
瞬間、アレッタがバッと振り返り、くわっと目を見開いてそう叫ぶと、
「その通りです! それならば我らが
ブライスもほぼ同時に振り返って彼女に賛同し、どうか御身大切にとスピナに伝えた。
『まぁこんな具合で、いつまで経っても平行線でね』
そんな二人を見たスピナは呆れて溜息をつきつつも、自分を心配してくれているのも分かるのだろう、少しだけ嬉しそうにそう口にする。
「被害者に話とか聞いたのか? 生き残ってるやつとかいねぇのかよ」
彼女たちの話をしばらく聞いていたウルが、ふと気になってそう問いかけると、
「いるにはいる……いや、いたというのが正しいな。そいつらから話を聞いた事もあるが、皆口を揃えてこう言って、怯えながら死んでいくんだ。 『黄色い風が襲ってくる』ってな」
ルドは首を横に振り、苦々しい表情を浮かべて口惜しそうにそう言った。
問いかけたウルを始めとした勇者一行は、一様に要領を得ないといった風に首をかしげていたが、
「……!」
唯一ローアだけは彼の発言に目を剥き、その可愛らしい顔を驚愕の色に染めていた。
「黄色い風……? 何だそりゃ」
ローアの様子に気がつく事は無く、ウルが改めて疑問をぶつけると、彼は肩を竦めて軽く息をつき、
「俺たちが分からぬ事を貴女たちに分かれというのは無理な話だ。 気にしなくても良い」
『まぁそういう事だから……今日は泊まっていって、明日朝一番にでもこの山を越えていくといいよ。 いくらあんたたちが強くとも、正体不明の風の相手なんてごめんだろう?』
「まぁ……そうね。 お言葉に甘えましょうか?」
一旦話を締めくくる様にスピナが沈んだ声音でそう口にすると、ハピは少しの思案の後頷いて望子に笑顔を向けて提案する。
「……うん」
そんなハピの優しい声にそう返事をした望子の表情は、かつてサーカ大森林で出会った
(なぁ、もしかしてミコ……勇者スイッチ入ったか?)
そんな望子の様子に気がついたウルが、フィンの肩を抱きながらこそこそと尋ねると、
(うーん、どうだろうね。 まぁみこがやるって言うならボクはやるよ?)
そう言いつつ彼女も同じく身を寄せて、ボクはみこに絶対服従だからね! とこっそり主張し、ウルはそんな彼女に呆れ返って溜息をつく。
――そんな中、ルドの言葉を聞きその目を見開いてからしばらく沈黙していたローアは、
「黄色の、風……いやまさか……」
何か心当たりがあったのか、顎に手を当て俯きながら小さく小さく呟いていた。
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