第85話 一触即発の鳥たち
狼狽する二人の
「あー……我慢出来なかったか」
「もー、ボクがやろうと思ってたのにー」
一方、ウルはあちゃーと額に手を当てて、フィンは望子を右腕で抱きかかえながらも、もう片方の掌に殺傷力を持った小さな渦潮を呼び出し、
「くはは、意外と手が早いのであるな」
ローアは、やはり似た者同士であるなぁ、とハピとウルたちを交互に見ながら笑い飛ばしていた。
「……貴女たちもよ。 静かにしてなさいな」
そんな風に茶化しだす三人へハピが少しだけ睨み、されど声のトーンはそのままに彼女たちを諫めると、
「「「はーい」」」
ウルたちは殊の外素直に頷いて返事をし、どうぞお好きにと彼女に続きを促した。
ハピは軽く溜息をついて、再びアレッタたちにその鋭い視線を向けつつ、
「いい? あの子……望子は私にとって自分の命より大切な存在なの。 それを生意気だの矮小だのと……」
本人としてはなるだけ落ち着いた声で言い聞かせているつもりだったが、その声は沈む様に低く、
現に、アレッタとブライスは、先の一撃で眼前の
「そっ、それは……だが! それを言うならきさ……あ、あぁいや……あ、貴女の仲間たちも、我らの頭領を侮辱して……!」
何とか絞り出した声でそう主張したアレッタだったが、貴様と呼ぼうとした瞬間怖気付き、貴女と言い直す程度には怯えてしまっていた。
「それはあの頭領だのが先に望子を脅したからでしょう? あれが余計な事をしなければ、あの
そう言い終わると同時にチラッとウルたちの方を見たが、すぐに視線を戻し、再び二人を威圧する。
その一方、ハピの話に自分たちが出て来た事に気がついたウルたちはというと、
(……そうか?)
(いやぁ、どうだろうね)
(遅かれ早かれ、といったところであろうなぁ)
ハピの魔術によってルドが吹き飛んだ方角へ目を向けて、こそこそと呟き合っていた。
――ちなみに望子は、先程より多少落ち着いた様子ではあったが未だにフィンに抱きついたままである。
そんなウルたちをよそに、アレッタより明らかにハピに恐怖を覚えていたブライスが、
「く、うぅ……だからと、いって……! 簡単に納得出来るはずが……っ!? と、頭領!? ご無事で!?」
右手に持つ槍で何とか自分を支えながらもそう口走ろうとした時、ガサガサッという音と共に、薙ぎ倒された木々の奥からハピの手により吹き飛ばされたルドが姿を現した。
「……あぁ、何とかな……それよりも、だ……」
だが彼の身体は既に、土埃に
「何かしら? 言っておくけれど、私は謝らないわよ。 私、何にも悪い事してないもの。
そんな彼の姿を見ても、一切表情を変える事無くしれっとそう言ってのけたハピに、
「……理解しているのか? 貴女が今やった事は、我が集落に住まう
ルドは静かな怒りを浮かべながら、彼女に全く劣らない深く昏い眼光を向けてそう告げようとした。
「それ、さっき貴方の部下からもう聞いたわ。 同じ事二度も三度も聞かされる身にもなりなさいな」
しかし、その言葉を遮る様にハピが、ふぅと溜息をつき侮蔑の視線を送ってそう言うと、
「ぐ……き、さま……!」
いい加減我慢の限界だったのだろう、二人称が貴女から貴様に変わり、再び彼の周囲に淡い緑色の風が巻き起こり始めた。
「あら、呼称が変わったわね。 相当ご立腹の様だけれど、これでもまだ私を
それでも続けて彼を煽る様な発言をしたハピに、ルドは胸の前で魔力を込めていた右腕をだらんとさせ、
「……いいや、もういい。 婚約は破棄する」
怒りを通り越してしまったのか、少し俯いた状態で彼女に視線すら向ける事無く、小さな、しかしはっきりとした声音でそう告げる。
「と、頭領……?」
一度決めた事は絶対に譲らない、普段の彼をよく知っているアレッタは今のルドの様子に強い違和感を抱き、声をかけようとしたのだが、
「そもそもしてねぇけどな婚約なんて」
そんな折、ウルが小さく正論を呟き、こんな面倒ごとを巻き起こしたルドに鋭い視線を向けたものの、最早他に意識を割いている余裕も無いらしく、彼は返事をするどころか彼女の方を見ようともしない。
「だが式は執り行う事になるだろう……他でも無いお前たちの……葬式をなぁ!!」
その瞬間、そう叫び放つと同時に先程よりも遥かに強く大きな深緑の魔力が爆発的に放たれ、
「……やってみなさいな、今日という日を貴方の命日にしてあげるわよ」
それに同調し、対抗する様にハピもふわっと飛び上がりながらルドを大きく上回る緑青の魔力を強靭な脚の爪に集めていき――。
「『――吹き荒れろ翠緑の風! 大地掴み天翔ける、
力強い声音でそう詠唱し始めると、より色濃くなった風が巻き起こり、彼の姿が少しずつ薄れていく。
「頭領!? それはっ……!」
それを垣間見たアレッタは表情を驚愕の色に染め、彼を止めようと手を伸ばした。
(ほぅ、『
――そう、ローアの見立て通り、彼が行使しようとしていたのは、
多少腕に自信があるレベルの使い手に扱える魔術では無い事は分かりきっていた。
それを理解し、無謀だと思ったからこそアレッタもルドを止めようとしたのだろう。
――まさに一触即発な空気の中。
『――ルド、そこまでにおし』
「っ!? この、声は……!」
「まさか、あの方がここに!?」
「一体何故……いやそれよりもこの状況は……!」
少しくぐもった甲高い声が響き渡ると同時に、ルドを始めとした三人の
「んん? 何だこれ、どっから聞こえてきてんだ」
一方、特別聴覚が優れている訳でも無いウルは、彼らと同じくその声が何処から聞こえてきているのか分かっていなかったが、
「……あれじゃない? あの鳥」
フィンだけはその声が聞こえた瞬間に、ハピにより薙ぎ倒されていない木に留まっていた、緑色の丸っこい小鳥がそうだと識別し、それを指差して言うと、
「は? あのちっこいのか? まさか……」
ウルはポカンと口を開け、いやいやそんなと思いつつもそちらへ視線を向けていたのだが。
『そのまさかだよ、
その小鳥は枝から飛び立ったかと思うと、ふわっと着地しながらそう告げた。
「ま、マジ? お前も
ウルは地面に降り立った小鳥におそるおそる近づきつつ、見下す様にしてそう問いかけると、
「ぶ、無礼なっ! 控えろ
「この方は……先々代頭領だ」
いつの間にかその小鳥に向け、片膝をつき跪いていたブライスとアレッタが、かたやウルを叱責し、かたや静かな声で小鳥の正体を口にした。
「先々代? これがか?」
「かわいいね何か。 ほらみこ、見て見て」
アレッタの言葉に疑問しか
「ぇ……? あ、ほんとだ……まるっこくてかわいい」
話を振られた望子は目に涙を溜めながらも、フィンに抱っこされたまま小鳥をその小さな手で撫でる。
すると、そこへすっと屈み込み、いやいやと首を横に振った少女姿の
「
「……これがか?」
小鳥から溢れんばかりに湧き出す緑色の魔力を見通してそう言って、ウルは信じられないといった表情で先程と同じ言葉を発してしまっていた。
「……それで? その先々代頭領とやらが、一体何の用かしら? 見ての通り、取り込み中なのだけれど」
その一方で、水を差されたハピが少し苛立ちながら問いかけると、小鳥はハピの方を向き、
『その事なんだけどねぇ。 どうだろう、あたしに免じて、この辺で手打ちにしてやってもらえないかね?』
トントンと一歩二歩彼女へ近寄る様に小さく飛び跳ねて、文字通り低姿勢でそう口にする。
「「は?」」
――あまりに突拍子の無い先々代の提案に、思わず声が揃ってしまったハピとルドだった。
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