第83話 爽やかな朝に舞い降りた厄介事
――朝。
淡い木漏れ日が差し、小鳥の
――しかし、昨日の
「……ん、くうぅ……ふあぁ」
瞬間、寝袋の一つがゆっくりと起き上がり、ぐーっと背伸びをした寝間着姿の望子が欠伸をしていると、
「お、起きたかミコ」
見張りと火の番を兼任していたウルが、その辺に落ちていた木の棒で
「ぁ、おおかみさん……おはよ……」
ウルの近くまでのそのそと這い寄った望子は、眠い目をこすり朝の挨拶をした。
「おう、おはよう。 早起きで偉い……な……」
一方、ウルもニカッと笑って挨拶を返そうとしたがのだが、そう言おうとした瞬間彼女の引き締まったお腹から、ぐ〜っと間の抜けた音が鳴る。
「……」
「えっ、と……ほら、かおあらったらあさごはんつくるから……ちょっとまってて、ね?」
望子は一瞬どう対応すべきか迷ったが、聞かなかった事にするのは無理かなと判断し、苦笑しながら柔らかな声音でそう告げた。
「お、おぅ……あ、あたしも手伝おうか?」
気恥ずかしさから思わず赤面してしまうウルだったが、何とか持ち直してそう申し出ると、
「うぅん、だいじょうぶ。 みはり、してくれてたんでしょ? ゆっくりしてていいよ」
望子はふるふると首を横に振って、ありがとうねとその申し出をやんわり拒否し、
「そ、そうか。 分かった」
あんまりしつこいのもな、と考えたウルは、あっさりと引き下がり大人しくしている事を選択した。
(くそぅ、何であんなタイミングで……この腹はよぉ)
しばらくウルが恨めしそうに自分の腹を軽く殴りつけていると、望子の横を占領していた二つの寝袋がもぞもぞと動き出し、
「ん、いい匂いするぅ……」
「もう朝であるか……うっ、我輩朝日は苦手で……」
殆ど目も開いてない様な状態で、フィンとローアがそんな風に呟いた。
「ミコはもう起きてんぞ。 とっとと顔洗えよ」
そんな二人にウルが水の入った桶を指差してそう言うと、彼女たちはふらふらと起き上がり、
「「んー……」」
アンデットにも似たりという様な動きで、ゆっくりと桶の方へ向かっていく。
「何か似てんなあいつら……っと」
妙にシンクロしている二人を見送ったウルは、もう一人の仲間が起きていない事に気づき、そちらへ顔を向けつつそう口にしたが、
「すぅ……くぅ……」
(……見張りの順番あたしの一つ前だったしなぁ、朝飯出来るまで寝かしとくか)
当のハピは、気持ち良さそうに寝息を立てて、その美麗な寝顔を惜しげもなく
その後、未だ夢の中のハピと元々起きていたウル以外の三人が着替えも済ませた頃、
「みんな、ごはんできたよー」
望子が焚火の前で暖まりながら、用意した食器に料理をよそいつつ声をかけると、
「はーい」
「二度目のミコ嬢の手料理、楽しみであるなぁ」
フィンとローアが真っ先に望子の元へ向かい、望子の両隣に腰を下ろした。
「ほらハピ、ミコが呼んでるぞ。 そろそろ起きろ」
「ん、んん……あぁ、おはよう、ウル……」
一方で、頃合いか、とウルがぐっすり眠るハピを揺すると、比較的朝には弱い彼女ではあったが、それでも今朝の寝覚めは良かった様で、特段機嫌が悪いという事も無く手で口元を隠しながら欠伸をする。
「おうおはよう。 ほら、目覚ましに顔洗って来い」
「えぇ、そうさせてもらうわ……」
軽く挨拶を返したウルの提案を受け、ハピはふらふらと桶の方へ向かいつつ、それでも望子とははっきりと朝の挨拶を交わしていた。
――今朝のご飯は簡単で美味しいサンドイッチと、乾燥豆と干し肉のスープ。
「それじゃあ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」
彼女たちのその行為を、異世界の通例なのであろうなと大方理解していたローアは、望子の号令で手を合わせ口を揃えて食前の挨拶をする。
しばらくの間、焚火を囲んで和気藹々と食事を続けていると、取り敢えず、と前置きしたハピが、
「……今日中に山頂まで登りたいわね」
暖かいスープを飲み、ほぅと息を吐きつつ山頂へ目を向けてそう言うと、
「むぐ……ん、そうだな。 あんまり長居してるとまた面倒なやつらが出てきそうだし」
ウルは口一杯に頬張っていたサンドイッチをしっかり味わってから飲み込み、彼女に賛同した。
「早く海行きたいしね! 山の
一方、フィンもウルと同じく肯定的な意見を述べつつ自分の願望を口にしていたのだが、彼女の頭の横の鰭がピクッと跳ねた瞬間、その口を閉じてきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「どうしたの? またなにかきこえるの?」
それに気がついた望子が、こてっと可愛らしく小首をかしげて尋ねると、
「んーとねぇ……鳥の羽音が、バサバサって」
フィンが何か思案する様に、唇に人差し指を当てながらそう告げた。
「げ、またかよ……つっても、血の
それを聞いたウルは心底嫌そうな顔をしながらも、鼻をすんすんと鳴らしていたのだが。
「……!」
何故か空を指差して、パクパクと口を動かしている望子に疑問を
「どうしたミコ……何だありゃ」
そう問いかけようとして同じく空を見上げると、彼女の視界に槍の様な武器を持った何かが二体、空を飛んでいるのが映る。
「鳥……? いや人……? あ、
フィンも気がついたのか、何気なくその鳥の様な人の様なそれらを見遣ってそう呟いた。
その一方で、先の三人とは違い既にその正体を理解していたローアは、
「ほぅ、これはまた珍しい。 『純血』であるか」
すっかり研究者モードに入り、顎に手を当てながらそれらが属する血統の名を挙げると、
「話には聞いてたけど……何気に初見ね」
その眼を光らせ、ローアと同じく種族名も見通していたハピが、ここまで混血ばかりだったし、と付け加えてそう言った。
その時、上空を飛んでいた二体の鳥顔の
(あっ……)
その際の風圧で焚火が消えてしまった事に、望子がこっそりショックを受ける。
「……
そんな望子をよそに片方の
「轟音? あー……だったら何だよ。 まるでその場にいましたみてぇな言い方すんじゃねぇか」
一方ウルは特に焦る事も無く、あくまで口調は変えずにそう口にすると、
「あぁそうだ! 我々二人は巡回途中、偶然耳にしてしまったのだ! あの様な力持つ大咆哮、敵意を感じるなという方が無理があるだろう! 正直に答えろ、お前たちは我々『
おそらく雄であろう個体が、くわっと目を見開き自分たちの種族名を挙げつつ、昨日あの場に居合わせたのだと暗に告げ、同じく槍の先を向ける。
(あぁ、昨日の音は……って
そんな中、昨日聞こえた羽音の正体が分かってすっきりしていたフィンが、ふと二つの種族の違いが気になってローアにこそっと尋ねると、
(最大の違いは翼の位置であろうな。
そう口にしたローアの言葉通り、その二体の背中からは服で隠されていない部位の羽毛と同じ緑色の大翼が生えていた。
「あたしは……鳥を追い払おうとしただけで」
見てたんなら分かるだろ、とウルは弁明しようとしたのだが、その言葉を遮る様に、
「何だと!? 言うに事欠いて我らを鳥畜生呼ばわりするとは何たる侮辱か!」
「は? いやいや鳥違いだっての。 いいから話を」
半ば錯乱しているといっても過言ではないその
だがその時、二人の会話に割って入る様に雌の
「まぁいい、少し大人しくしていろ。 まもなく我らの頭領が到着なされる。 貴様らの処遇は……全てあの方の裁量次第だ」
空を見上げながらそう告げると、聞き捨てならないといった様子のウルが、
「頭領? いや待て待て、何だよ処遇って」
先程とは違い少々焦って問いかけたが、雌の
その時、目の前の二体より更に大きな、それでいて優雅な羽音を立てる端正な顔立ちをした純血の
体格も一回り大きく、それでいて細身なおそらく雄の
「頭領、
顔を地面に向けたまま雌の個体がそう言って、望子たちへの処遇の
頭領と呼ばれた
「取り敢えず自己紹介をさせてくれ。 俺の名はルド=ガルダ。 誇り高き
一礼し、きっちりとした口調で自己紹介をしたのだが、不意に顔を上げ望子たちを見た途端、彼の声が段々とフェードアウトしてしまっただけでなく、何故か彼女たちの方へ緩慢な動きで歩みを進め始めた。
「と、頭領? どうされました?」
先程まで冷静な態度を貫いていた雌の
(おいおい、何か近寄って来てんぞ)
(もしかして……
(えっ、ど、どうしよう)
ウルとフィンの抑え気味な会話を聞き、望子は思わずあわあわとしてしまう。
(そのときは我輩が何とかしてみせよう、記憶を弄るのは得意中の得意である)
(う、うん?)
そんな望子を安心させる為、右手をわきわきさせながらローアがそう言ったが、それいいのかなと望子は余計に混乱してしまっていた。
そんな折、ルドと名乗った
「……これは、運命だ。 麗しき
ウルたちの予想に反して彼が声をかけその手を取ったのは、
「は? わ、私?」
いきなり話を振られただけでなく、無遠慮に手まで握られ困惑の極みに陥るハピを見据え、二度ほど深呼吸をしたルドは、カッとその目を見開いて――。
「俺と……
「つ……はぁ!?」
至って真剣にそう告げた彼に対し、普段の彼女にはあまり見られない、驚愕の色に染まった表情でそんな大声を上げるハピだったが……それも無理はないだろう、若き
――突然の、
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