第82話 山中での野営
ウルの活躍により
ドルーカ前の草原での野営の時と同じ様に、望子が調理でフィンはその手伝い、ウルとハピが見張りをしていたのだが――。
「ろーちゃん、それなにやってるの?」
調理が一段落つき手持ち無沙汰の望子が、隅の方で作業に没頭していたローアを覗き込んで尋ねると、
「む? あぁ、これは……そうであるな」
そんな望子に気づいたローアは、手元で
「……魔術を使うのに必要な薬を作っているのであるよ、ミコ嬢」
触媒だの調合だのという難しい言い回しはせず、望子にも分かりやすい言葉で説明した。
「へ〜……わたし、そういうのぜんぜんわかんないや。 やっぱりろーちゃんはあたまいいんだね」
すると望子は愛らしいきょとんとした表情で、そう言い終わると同時に、にぱっと満面の笑みをローアに向けて彼女を褒めた。
「そ、そうであるか? お世辞でもミコ嬢にそういって貰えるのは悪い気はせんであるなぁ」
突然観察対象に褒められたローアは、少し照れ臭そうに頬を染め、ぽりぽりとその赤らんだ頬を掻きながら笑顔を返した。
「もぅ……おせじなんかじゃないのに」
お世辞という単語の意味は知っていたのだろう、ぷくっと頬を膨らませて望子がそう返した時、
「みこー! お湯沸いたよー!」
望子に言われて水を出し、ウルが起こした火にかけたその水を見ていたフィンが、ポコポコと音を立て沸 き立つお湯を指差して望子を呼ぶ。
「あ、うん! ありがと! それじゃあろーちゃん、じゃましちゃってごめんね?」
ふいっとそちらを向いて簡単に礼を述べた後、作業を中断させてしまった事を謝罪した望子に、
「くはは、
気にしてないという様に笑い飛ばし、ローアはフリフリと手を振って望子を見送り、
「うん! たのしみにしててね!」
その言葉でパッと笑顔に戻った望子はそう言って、フィンの元へてててと走っていった。
「……ふぅ、異常無し、と」
そんな折、一旦見張りを終えたハピが軽く息をついて誰に言うでもなくそう口にすると、
「魔物や魔獣どころか、普通の獣や虫もいなくなってんだもんなぁ……まぁあたしのせいなんだろうが」
同じく見張りに出ていたウルも、未だに喉に違和感があるのか、んん"っと咳き込みつつそう付け加えて彼女に同意した。
「我輩の目から見てもフィン嬢の泡の結界……
それを偶然聞いていたローアがうむと頷き、先程ウルが放った
褒められたのだと判断したウルは、満更でも無さそうな表情を浮かべていたが、
「へへ、まぁな……っと、それよりお前、それ何の薬だ? 色もそうだが
ローアが調合していた薬が気になりそう言って覗き込んだ途端、青い薬の入ったフラスコから同じ色の煙か噴き出した事に驚き思わず仰け反ってしまう。
ローアはそんな彼女を見てにやにやと笑いながら、失敬失敬、と微塵も悪びれた様子も無しに、
「これは他でも無い、
フラスコを手に持ち軽く振ってそう答えたローアの言葉に疑問を
「……貴女、どこまでついてくるつもりなの?」
怪訝そうな表情と小さくもはっきりとした声で、目の前の白衣の少女を問い詰める。
「無論、ミコ嬢がこの世界にいる限りであるが? お主たちにとって、これが朗報か悲報かは知らぬがな」
するとローアは首をかしげ、何を今更とでも言いたげな表情を浮かべてそう言って、止めていた手を動かし作業を再開する。
「……戦力としちゃあ一級なんだろうし、あたしは構わねぇよ。 ミコに手ぇ出したら殺すけどな」
そんな彼女の言葉にウルが、右の爪を赤く光らせながら警告すると、
「くはは、相も変わらず野蛮な物言いであるな。 肝に命じておくとするのである」
ローアは作業の手を止めず、ウルの方へ視線だけを向けて笑い飛ばした。
(……ウルもフィンも、あんまり警戒してる様子は無いわね。 私が過剰なだけなのかしら)
一方、ハピは隣に立つウルを横目に見ながらそんな風に考え、はぁ、と溜息をついた彼女の後ろから、
「みんなー! そろそろごはんできるよ!」
「おっ、待ってたぜ! 今日は何だ?」
望子が元気よく三人へ声をかけた事で、望子の料理なら何でも美味しく食えるけどな、とウルが脳内で考えつつもそう問いかける。
望子は仲間たちに料理を見せる様に両手を広げつつじゃーん! と言って愛らしくニコッと笑い、
「どるーかでまちのひとからたくさんたべものもらったから、ちーずふぉんでゅにしてみたの。 ここにおにくとかおやさいとかつけてたべてね」
そう口にした望子の言葉通り、大きな鍋に入った溢れんばかりの溶けたチーズと、その近くには軽く
ウルがへー、ほー、と声を上げて、垂れた涎をじゅるっと啜っていると、
「ふむ、一つの鍋を囲んで個々が好きに食材を……という事であるか。 中々珍しい食し方であるな」
いかにも興味津々といった様子で、焚火にかけられた鍋を覗き込んでいたローアがそう言うと、
「あれ、この世界ではそうなの? それともキミが魔族だからそう思うってだけ?」
「少なくとも我輩にとってこの料理が初見だというのは確かであるよ。 我輩、基本一人であったからな。 誰かと寝食を共にする事すら初めてゆえ」
するとローアは少しだけ寂しそうな表情で、我輩煙たがられておったし、と自虐するかの様な発言をし、ふふ、と苦笑しつつ過去を振り返っていた。
「ふーん、そうなんだ。 まぁいいや、早速食べよ!」
そんな彼女の物悲しい暴露を聞いたフィンは、尋ねてはみたものの然程興味は無かった様で、あっさりと夕飯にその興味を移してそう言うと、
「うん! それじゃあ、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
望子は元気良く返事をしつつ、両手を合わせてしっかり食前の挨拶をし、
「む? い、いただきます?」
ローアだけは、その行為の意味が理解出来なかったものの、とりあえず同じ様にやってみてはいた。
――銘々食べたい物を手に取り、チーズへ浸してはふはふ言いながら口に運ぶ。
「うん、美味しい! 流石ボクの嫁!」
開口一番、大きめの鳥肉を頬張って食べたフィンが満面の笑顔でそう言うと、
「あ、あはは……」
望子は自分用に小さく切っていたバゲットを口にして、飲み込んでから苦笑する。
「おい……でもほんとに美味ぇぜミコ」
唐突な嫁発言にイラッとしつつも、ウルは牛肉が刺さっていた串を手にして絶賛し、
「私たちだけだったら干し肉齧って終わりだもの、望子がいてくれて良かったわ」
ハピは一口ではなく、少しずつ
「そんなことないよぉ……あ、そうだ。 ろーちゃん、どう? おいしい?」
望子は謙遜しながらも照れ臭そうにそう言って、フォンデュ初体験であろうローアに感想を求める。
「うむ、美味であるよ。 これが異世界の料理なのであるな。 チーズがけの料理はこちらにもあるが、浸して食べるというのは中々発想としては出てこない。 流石はミコ嬢であるなぁ」
「ぇへへ、ありがとう」
ローアはそう語りつつ心から笑みを浮かべて望子を称賛し、望子も同じ様にニコッと笑ってそう言った。
その後も、彼女たちはワイワイと色々な事を話しつつ食事を進め、食べ終わる頃にはうつらうつらとしていた望子に清拭と歯磨きだけさせて先に寝かせ、食器を片付けたのち、交代で見張りをしながらリフィユ
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