第81話 人狼の大咆哮
辺りに響き渡る鳥たちの大合唱の中、ウルはぺたんとさせた耳を軽く押さえながら、
「
そう言って、特に耳を塞ぐ様な事もしていないローアへチラッと目を向ける。
「まぁそういう事であるな。
ローアが右手の人差し指と中指を立てて、苦々しい表情のままにそう説明すると、
「……何の為に?」
いまいち要領を得ないといった怪訝な表情を浮かべたハピが、首をかしげて問う。
「戦力の増強、小鳥たちの噛ませ、新たな獲物の誘導……など、
するとローアはうむ、と頷いて、今度は左手の親指から中指までの三本を立て、かつて適当な
そうしている間にも段々と彼女たちを囲む鳥たちの輪は狭まっており、苛ついたウルは軽く舌を打って、
「……まぁいいや、殺られる前に殺りゃいいんだろ? ここはあたしが……」
そう低い声で呟き、いつも通りに赤く輝く爪を展開しようとしたのだが――。
「……それで済むならとうに我輩が手を下しているのであるよ、ウル嬢」
「あぁ? どういうこった」
呆れた様に溜息をついたローアに、ウルがより一層語気を強めて尋ねる。
「
きょろきょろと自分たちを囲む鳥たちに目を向けながらそう説明しようとした時、
「……きりんか、ってのと関係あるの?」
おそるおそるそう呟いたハピに、ローアはほぅと感嘆の息を漏らす。
「それも視えているのであるか。 その通りであるよ、ハピ嬢。
顎に手を当てながら長々とそう解説したローアの言葉を切って捨てる様に、
「あーあー、そりゃ凄ぇな。 で? 生き返ってくんならまた殺っちまえば……ん?」
ウルが再び爪に魔力を込めたその時、彼女は何かに気がついたのか小さく声を上げた。
ローアは首をかしげた彼女の反応を見て、気がついた様であるな、と口にしつつ頷いて、
「
実に面倒な事である、と呟いてウルと同じく軽めに舌を打ち、再び群れに視線を戻す。
そんな折、あまりの煩さに地面に座り込んでしまっていたフィンの頭をぎゅっと抱きしめていた望子が、
「あ! いるかさん、このまえのこもりうたは!?」
ドルーカの領主からの指名依頼で向かった
「え? あ、
気が進まない様子だったが、フィンはそう呟いてふわっと浮き上がり、
「あー……待て待てフィン。 やっぱあたしがやる、お前はあのシャボンでミコ守ってろ」
その時、そんな彼女を手で制したウルが、何故か妙に自信有り気に以前から何度も目にしていたシャボン玉を脳裏に浮かべながらそう口にした。
「……話聞いてた? 傷つけちゃ駄目なのよ」
貴女じゃ無理よ、とハピは心底呆れた様子で、近寄ってくる鳥を睨みながらウルに告げる。
ウルはハピの進言など何処吹く風といった様に、しっしっと手を振って、
「いいから任せとけって。 フィン、頼むぜ」
形の良い豊かな胸を張ってそう返しつつ、フィンに魔術の行使を依頼する。
「まぁボクは楽出来るならそれで……
フィンが気怠げにそう言って、ウルを除く全員を包む様に大きなシャボン玉を展開したその瞬間――。
『『『――
フィンの魔術の行使を、隷属の意思無しと捉えた
「はっ、殺れるもんなら殺ってみやがれ!」
ウルは挑発するかの様にそう叫び、それまで装着し続けていたマズルガードの様な
「ぐ、うぅぅ……グルル……!」
あろう事かその爪を首筋に当て、傷つかない程度に力を込めて絞め始めた。
『おおかみさん!? なにしてるの!?』
その行動に驚いた望子がそう叫ぶが、シャボンの外には届かない。
『『『――
大合唱も
『……ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ------……ッ!!!』
――ともすれば山を越え、先にある港町にまで届くのではないかという程の遠吠え。
『『『!!? ギャアッ! ギャアッ!』』』
それを耳にした
そしてその吠え声の影響を受けたのは、何も鳥たちだけで無かった様で――。
『嘘でしょ!? シャボン越しに……!』
本来なら、高い防護性と遮音性を誇るフィンの
今にも割れてしまいかねないシャボン玉に手をかざし、汗を流し苦々しい表情で魔力を注ぐフィンに、
『いるかさん!? だいじょうぶ!?』
『ほう、これは……』
かたや望子は心底心配そうに声をかけ、かたやローアはすっかり興味が
「げほっ、けほっ……へへ、ざまぁねぇぜ」
喉を酷使した為か咳き込みつつも、泡を食った様に飛び去っていく鳥たちを見て嘲笑したウルに、
「ウル、今のは……?」
彼女の眼にはその正体が映っているものの、一応確認の為にとハピが聞いてみた。
「ん? あぁ、『
息も随分整ってきたウルが、先程大声に付けた名を挙げそう説明すると、
「成る程、
ローアはうむうむと頷きながら、かつて王都にて
「おおかみさんすごい! かっこいい!」
そんな中、きらきらと目を輝かせた望子が、大活躍したウルを称賛し、
「へへ、だろ? もっと褒めていいぜ!」
ウルは望子を抱きかかえ、頭よりも高い位置まで持ち上げて満面の笑みでそう言った。
一方、意地でも望子に被害が及ばぬ様に、と
「うー、耳痛ぁい……ん?」
未だにウルの咆哮が耳にキーンと残っており、頭の横の鰭をさすっていたのだが、
(今のって……さっきの鳥がまだいたのかな)
そう頭の中で呟いた彼女の耳は、先程まで嫌という程耳にした鳥の羽音の様なものを捉えていた。
結論から言えば、音の正体は鳥ではあったのだ。
――
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