第79話 魔族と邪神の因縁

 ローアの口から出た発言に、しばらくの間言葉を失っていた二人だったが、

「邪神……神様かよ。 そんなん敵に回してまでお前ら世界征服したいのか?」

 気を取り直し、はぁ、と溜息をついてから呆れた様子でウルがそう尋ねると、

「魔王様は非常に我儘……あぁいや、欲望に正直であられるからな。 一度決めた事は絶対に曲げぬのだよ。 世界の掌握も……そして、小さな勇者の独占も」

 フォローにもなっていない言い回しをしたローアが、狐と戯れる望子へ視線を向けつつそう口にした。


「「……」」


 そんな彼女の言葉に、二人は再びその口を閉じてしまう……先程の様に驚愕からでは無く、ローアに対する警戒心からの沈黙だったが。


 一方ローアは、おっと、と失言をした自らの口を隠す様に手で覆い、

「……こほん。 話を戻すが、彼奴きゃつらは先程言った様に慎重な上、その癖扱う魔術はあまねく上級以上……個体数が少ないのが唯一の救いでな。 量より質という事なのであろうが」

 控えめに咳き込んだ後、彼女が知る邪神の性質を二人に解説する。


「……具体的な数は? 十や二十って事ぁねぇだろ?」


 未だ完全に気を許している訳では無いウルが、そんな静かな声でローアに問うと、

「元々は四柱よにんであったが……今より千と五百年程前に、地を司る邪神ナルラが突如姿を現し、不敬にも魔王様の姿を写し取って我らを滅ぼさんとしたのである。 数で勝る我らは魔王様の指揮の元、文字通り千日千夜戦い続けたが、最期には魔王様自ら彼奴きゃつに引導を渡し消滅させた……故に残りは、火、風、水を司る三柱さんにんであるな」

 ローアは邪神との長期に渡る戦闘を振り返りながら長々とそう語り、右の指を三本立ててみせた。


「さん……三!? 少ねっ!」


 以前王都で五十を超える魔族の軍勢と戦ったウルは、十や二十とは言いつつも、もっといるんだろうと踏んでいた為、拍子抜けした風にそう叫んだ。


「……魔族あなたたち一柱ひとり倒す前でもたった四柱よにん? それでよく世界の掌握なんて……」


 そんなウルに同意する様に、ハピは理解出来ないわと首を振ってそう口にする。


「言ったであろう? 量より質であると。 現に彼奴きゃつらに対して我輩たちが優勢に立ったのは、後にも先にもその時だけであるからな……口惜しいが、未だ我輩たちは魔王様の足元にも及ばんのである」


 するとローアは、ふぅ、と息を吐き、魔王への敬意を払いつつも、忸怩たる想いだと歯噛みしていたが、

「……そうかい」

 ウルは、魔族の気持ちなど共有しようも無いという風にぞんざいな返しをした。


 それを聞いていたハピは、少しだけ俯き何かを思案する様に顎に手を当て、

(上級魔族ローアが足元にもって……どれだけ強いのよ。 魔王も、邪神とかいうのも)

 脳内でそう呟き終わると同時に、遠い目を山の奥へ向けたのだが、

「……あら?」

 彼女の視界に、忙しなく木々の間を飛び交い、空へと舞っていく何かが映る。


(今のは……鳥よね? 目が合ったけど……)


 あまりに一瞬の事で名前を見通す暇も無かったが、異常な程に赤黒く染まった鳥の目にハピは軽く怖気を覚えていた。


 そんなハピをよそに、ローアはふぅと息をついて腕組みをしつつも、

「……とまぁ、ここまで大仰に語ったが、我輩たちが再び地上に現れてから百年、彼奴きゃつらとは一度たりとも事を構えてはおらぬのである。 彼奴きゃつらとしても、魔王様と事を構えるのは避けたいのであろうよ」

「藪蛇ってこったな」

 経験を元にそう推測する彼女に、ウルは成る程なと頷いてそう言った。


 ローアは藪蛇という単語に一瞬首をかしげたものの、異世界の言い回しかと得心し、

「この旅においても、邪神との偶発的遭遇ランダムエンカウントなど起こり得ないとは思うのであるが……こちらにミコ嬢がいる以上絶対とは言えぬ故、こうして忠告させてもらったのである」

「成る程ね……ま、肝に命じておくよ」

 右の人差し指をぴんと立ててそう話を締めくくると、望子が懐いているとはいえ魔族の言う事だしな、と考えウルは彼女の話を頭の片隅に置く事にする。


「ねぇねぇ、さっきからなにはなしてるの?」


 その時、先程まで狐と遊んでいた望子が満足したのか狐とお別れし、ウルたちに合流してそう言った。


「あー……まぁ、ちょっとな。 野営する時にでもあたしが分かりやすく……ん?」


 一方ウルは、どう説明すべきかと悩んだ末に、後回しにして進む事を選択したのだが。


「? どうしたの? おおかみさん」


 ウルの言葉が途切れた事を不思議に思った望子が、可愛らしく首をかしげて尋ね、

「ん、いや……何か、さっきも嗅いだ様な臭いが……気のせいか……?」

 ウルが鼻をすんすんと鳴らし、記憶に新しいその臭いの正体を思い出そうとした時、

「え、またさっきのりす? もうこわいのわかったから、ちかよったりしないけど……」

 望子が先程の頭喰栗鼠スカルスマッシュのクリッとした瞳と赤黒い爪を思い返して、そう口にした。


「……先程の二匹をつがいと捉えるのであれば、近くにその子や兄弟がいても何らおかしくはないであろうな……面倒ごととなる前に離れてしまうのが良いと思うが、如何に?」


 そんな望子の震えた声の呟きに、ローアが来た道を振り返り顎に手を当てながらそう提案すると、

「う、うん、そうだね。 みんな、いこう?」

「……ん、あぁ」

 望子が拙い口調で亜人ぬいぐるみたちに声をかけ、何の臭いかは分かっていても、何がその臭いを放っているのかは分からなかったウルは、納得がいかないといった様な表情のまま、望子の言葉に反応した。


 その一方で、望子を先頭に彼女たちが再び山を登り始める中、フィンはしばらくその場に留まり、

「んー……んー……?」

 ふわふわと浮かびながら、何かが気になるといった様に唇に人差し指を当てながら首をかしげて、

(なんだろ、さっきから……人の声っぽいけど、そうじゃない様な……うーん)

 そんな事を頭の中で呟く彼女の耳に届いていたのは、高いとも低いとも言えず、人の声にもそうでないものにも聞こえる何かの音。



 ――すれい おあ すれいぶ。



 ――スレイ オア スレイブ。



 ――隷属か死かスレイオアスレイブ

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