第73話 帰路での一幕
魔族を無事撃退した望子たちは、少女と化したローガンを連れ
「ん〜っ……はぁ……っ、なーんか随分久しぶりな感じすんなぁ、外」
外に出た途端、ウルがぐーっと背伸びをしながらそう口にすると、各々頷きつつ彼女たちは帰路につく。
そんな彼女の言葉に、空を見上げて太陽……である筈の光の位置を確認したハピが、
「時間としては半日も経っていないはずなのだけれど……日暮れ前には着くかしらね」
潜入した時、
一方、ローガンが手を引いた事により普段通りに出現し始めた
「ふふ……私の冒険者生涯においても、ここまで濃密な探索はそう無かったよ。 そういう意味では貴重な経験と言えなくもないかな?」
満足げな表情で、展開した
「……
対照的に少し暗い表情のフィンが、ダランと腕を下げた状態でふわふわ宙を泳ぎつつ溜息をついた。
「そういえば、お主たちは
フィンの様子を疑問に思ったローガンが、首をかしげて長々とそう告げると、
「そうなんだけど……ほら、何だっけ、良心の……」
「呵責?」
彼女は何かを言おうとしたものの思い出せずにいたところへ、ハピが言葉に詰まる彼女をフォローする。
するとフィンは、あぁ、と大袈裟に声を上げて彼女をビシッと指差して、
「そうそうそれそれ。 ちょーっと心が痛んだり痛まなかったり……ってね?」
わざとらしいジェスチャーで、自分の豊かな胸をぎゅっと押さえてそう言った。
「痛まない可能性もあるんだね……」
一方、そんな彼女に対して、あははと苦笑いするアドライトからそう突っ込まれてしまい、
「……ふむ、我輩も上級魔族の端くれ、そういった心の機微も分からなくは……」
フィンを見遣ったローガンは何かを思案する様に、顎に手を当てそう呟いた。
「ねぇいるかさん。 おししょーさまとおじいちゃんも、あのおやしきでまってるの?」
その時、フィンの顔を覗き込んだ望子が、『領主の屋敷でリエナたちが
「ん? うん、リエナがそう言ってたよ」
先程まで気怠げだったフィンは、ニコッと笑顔を見せて望子を背中側から抱く様に腕を回して答えた。
「言ってた、ねぇ……『
それを聞いたウルが、フィンが唱えたらしい魔術の名を挙げ、両腕を頭の後ろで組んだまま尋ねると、
「そうそう、上手くいって良かったよ」
望子を抱きしめてそう答え、望子は急にぎゅっとされた事に驚き、わわっと声を出す。
「我輩も
一方、二人の会話を聞いていたローガンが自身も得意とする通信用の魔術の仕組みを説いて、同意を求める様にフィンに問うたものの、
「あー……うん、そうそうそんな感じ」
よく分からなかったのか口をポカンと開けていたフィンは一瞬固まった後、投げやりにそう言った。
彼女たちの会話の中に街で待っているリエナの名が出て来た事で、ある事を思い出したハピが、
「あぁそういえば……また街に入り直すんだから、身分証明、を……あっ」
全員に向けてそう告げようとしたのだが、その視界に褐色の少女を捉えた瞬間、声を上げて硬直し、
「む? どうしたのであるか?」
それを不思議に思ったローガンが、図らずも上目遣いでそう口にする。
一方で、固まってしまったハピの意図に気がついたアドライトとウルが、
「……そういえば、貴女はどうするんだい? 身分証明に関しては入街税……ここでは銀貨三枚を払えばいいけど、そもそもその姿では町に入る事自体が……」
「つーかお前、あたしらの旅についてくるっつってもよ、それじゃ何処にも入れねぇだろ。 どうすんだ?」
角、翼、尻尾……果てはその褐色の肌を見ながら、それぞれが彼女に尋ねた。
「あぁ、そんな事であるか。 造作も無い事である。 『我が声に応じ、その口を
するとローガンは一瞬首をかしげてから何も無い空中に向けて手を伸ばしてそう呟いたかと思うと、小さな手の先に闇を思わせる黒い穴が空き、彼女はそこへ迷いなく手を入れて、何かを探す様な動きを見せる。
「何、やってんの? それ」
興味津々といった様子で覗き込む彼女たちを代表して、フィンがそう尋ねると、
「我輩この空間の中に、研究器具や触媒となる薬品などを置いているのである。 時場所場合を選ばない、便利な倉庫であるよ」
「ほー、ミコの鞄みてぇなもんか」
穴の向こうでガチャガチャと音を立てつつローガンが説明すると、ウルは成る程と頷いて望子の背負う鞄に目を遣り、当の望子は、これ? と鞄を見せていた。
「さて……あぁ、これである。 では早速」
しばらく手探りで目当ての物を探していたローガンだったが、すっと穴から手を出したかと思うとその手に持った試験管のコルクを抜き……中に入った真っ青な液体を一気に飲み干した。
「うっわ、それ飲んじゃっていいの? 凄い色だけど」
そんな彼女を見ながら、うえぇ、とフィンが露骨に顔を顰めてそう尋ねると、
「まぁ見ているのである……ほら、これならどこからどう見ても
みるみる内に褐色の肌が透き通る様な白色となり、魔族の象徴とも言うべき角、翼、尻尾も段々と見えなくなって……最終的にすっかり無くなってしまった。
「『
ハピがその眼を妖しく光らせながら、彼女の頭上に浮かぶ様に視えている魔術の名と、その小さな身体を流れる魔力を見通してそう口にすると、
「……流石の慧眼であるな、ハピ嬢。 実を言うとこの
ほぅ、と感嘆の息を漏らし、ローガンはハピに目を向けてそう解説する。
そんな折、唐突にてくてくと望子がローガンに近寄り、ニコッと微笑みかけて、
「そっちもかわいいよ、ろーちゃん」
洞穴を引き返していた時から、あらかじめ決めて呼んでいた
「そうであるか? ミコ嬢がそう言うのなら、当分このままでもいいかもしれぬなぁ」
ローガンは少し照れ臭そうにポリポリと頬を掻きつつも、ニッと笑ってそう言った。
そんな二人とは対照的に、暗い表情で顎に手を当て何かを考えていたアドライトが、
「……魔族は皆、これを扱えるのかな? だとしたら、ドルーカにも……」
自身の脳裏にバーナードやエイミー、知り合いの冒険者といったドルーカの住人たちを浮かべる。
「それは無いであろうな。 何せわざわざ脆弱な
一方ローガンは不安げな彼女に向けて杞憂であると語り、アドライトも、そうかと肩を撫で下ろした。
「ふーん……で? キミ、そのままだといざって時に戦えないんじゃないの?」
二人の会話が一段落ついたタイミングで、フィンが何気なくそう尋ねると、
「解除は任意であるしこのままでも自衛くらいは出来るゆえ、お主たちに手間はかけさせんが……あぁそうである、今なら我輩の首をとれるやもしれんぞ?」
ローガンは挑発するかの様に彼女たちの中では最も血気盛んなウルへ向けて、ニッと笑ってそう告げる。
ウルは一瞬、む、と唸ったが、ジーッと屈託の無い瞳で見つめてくる望子とローガンに根負けし、
「……馬鹿言ってんじゃねぇよ……旅に支障が出ねぇならあたしはそれでいいや」
はぁ、と深く大きな溜息をついて、ローガンから視線を外し再び歩き出した時、
「そうだねー……っと、街が見えてきたよ」
フィンがそう言って指差した先には、淡い光を放つ魔石に照らされたドルーカの門が見えていた。
瞬間、ローガンに抱きついていた望子がそのままぎゅっと彼女の小さな手を握り、
「いこ、ろーちゃん!」
「む? あ、あぁ」
ローガンはその無邪気さに困惑しつつも悪い気はしないとばかりに望子の足に合わせてゆっくりと走り、そんな二人の後を、待ってよー、とフィンがふわふわ宙を泳いで追いかけ、アドライトもその大きな歩幅を生かし、苦笑しつつも小走りで街へ向かう。
そんな四人をよそに、少しの間立ち止まって顔を見合わせたウルとハピは、
「ああしてると友達同士にしか見えないけれど……かたや勇者でかたや魔族なのよね」
「あたしら以外にも友達が出来るってのはまぁ……喜ばしい事じゃああるんだろうがな」
自分たちが守るべき存在が、いずれ敵となるだろう魔族と和気藹々としている現状に深い溜息をつきながら、重い足取りで望子たちの後を追いかけた。
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