第74話 依頼達成の報告を

 門兵に免許ライセンスを提示し、ローガンはいつ手に入れたのかも分からない銀貨三枚を入街税として支払い、無事ドルーカへと帰還した望子たち六人。


 間も無く日も沈もうかという時間ではあったが、そのまま領主の屋敷に向かい、そこで待つクルトやバーナードたちに依頼達成の報告をしようとしていた。


 屋敷に通された彼女たちはローガンの事、魔族たちの目的を誤魔化しながらも一連の流れを説明し、

「――って事で、魔族は無事討伐した。 研究施設だか何だか知らねぇが……それも処理しといたから心配いらねぇぜ。 な、アド」

 軽い口調ではあるものの、安心させる様にそう報告したウルは同意を求めてアドライトに話を振る。


「あぁ、その影響かは分からないけど、普段通りに魔物も……今年は剛鎧百足ペンドラーマだったんだけど、出現する様になっていたから問題は無さそうだよ」


 そう言ってアドライトが革袋から剛鎧百足ペンドラーマの魔石をいくつか見せて微笑むと、

「そうか……ご苦労だった。 しかし、たった五人で上級魔族はおろか、魔族の群勢すら退けてしまうとは……君たちに依頼して本当に良かった、感謝する」

 彼女たちの報告を聞き終わった領主クルトは、謝意を述べつつ頭を下げる。


「クルト様……」


 既に事態は収束した為か、同席を許されていた従者のカシュアが亜人族デミに頭を下げる主人に力無く声をかけようとしたのだが、

「カシュア、確かにお前の両親は亜人族デミ に殺された、その事実は変わらない。 だが、彼女たちはそんな野蛮な存在とは違う。 本当はお前も分かっているんだろう? 」

 クルトはそんな彼女の哀しい過去を口にして、言い聞かせる様にそう語った。


 するとカシュアは、主人の言葉で何かを気づかされた様にハッと目を見開いてから、

「……そう、ですね。 彼らは私にとっても、共にクルト様に仕える大切な仲間でした……皆さん、これまでの非礼をお許しください。そして、本当に有難う御座いました……」

 例え憎き亜人族デミであっても、力を貸してくれた事に変わりは無いのだとそう思い直し、心の底から礼を述べる一方、ウルたちは気にしていないという風に彼女の謝意を受け入れた。


 その後、同席していたものの沈黙を貫いていた生き残りの女魔術師ソーサレス二人も、

「あの、わたくしたちからも……本当に感謝していますわ。 力及ばず敗走したわたくしたちの代わりに、仇をとってくださったんですものね……」

「隊長たちがそれを望んでいたのかどうかは、今となっては分かりませんが……それでも、きっと……」

 極めて力無い笑顔を見せながら、ぺこりと頭を下げて彼女たちに感謝する。


 そんな二人を見ていられなかったのだろう、望子はててて、と二人の傍へ行き、

「しゃるさん、じぇにーさん。 わたしたちね、たいちょーさんたちにあったの」

「「……えっ!?」」

 二人の手を握ってそう告げると、彼女たちは身を乗り出して望子に詰め寄る。


 望子は二人の勢いに押され、ひゃっ、と声を上げ軽く仰け反ってしまい、それを見かねたアドライトが、

「道中、魔族に改造された巨大な剛鎧百足ペンドラーマに出くわしてね。 それを討伐した直後に、既に魔素だけの身体になった彼らが現れて話を聞けたんだ。 ほんの少しの時間だったんだけどね……」

 望子の代わりに、それを起こした張本人へ目を向けぬ様に洞穴内で起きた一連の出来事を説明した。


「……ふたりのおかげで、わたしたちがきたんだよってつたえたらね、『私は良い仲間を持った様だ』って、たいちょーさん、うれしそうだったよ」


 アドライトの説明が終わったタイミングで、望子がもう一度しっかり二人の手を握り直し、柔らかな笑みを浮かべてそう言うと、

「たい、ちょう……!」

「ありがとう……ありがとうね、ミコちゃん……!」

 二人はそれまで堪えていた涙を流して、望子に抱きついて嗚咽を漏らし、望子はそんな二人をまるで母親であるかの様に優しく抱きしめていた。



「一段落ついた様じゃし、ここからは儂が話そう。 まずは奇想天外ユニーク、そしてアド、ご苦労じゃったな。 後程確認の為に冒険者を数名向かわせるが、おそらく依頼達成と判断して良いじゃろう。 これを持って奇想天外ユニークは、それぞれ一等級クラスずつの昇級となるからの」


 しばらくして、二人の涙が収まった頃、それまで黙って報告を受けていたバーナードが望子たちを労い、事後処理と彼女たちの昇級を約束する。


 それを聞いたハピは、おもむろに開いた胸元に手を入れ、いつの間に納めていたのか小さな青い宝石の付いた免許ライセンスを取り出し、

「私たちが瑠璃ラピスから翡翠ジェイド、望子が黒曜オブシウスから鋼鉄メタルね」

 改めて確認する様に、免許ライセンスをバーナードに見せながらそう尋ねる。


「うむ。 アドも含め報酬の受け渡しもあるから、こちらで確認が済み次第、また後日ギルドへ赴いてもらう事にはなるがのう」


 すると彼は自身の白い髭を扱きながら、遅くとも一日二日で終わるからの、と具体的な時間を彼女たちに提示し、望子たちは了解だと一様に頷いた。


 ――その時。


「……それで? その子は誰なんだい? さっきから誰もその子に触れないから、てっきりあたしだけが初対面なのかと思ってたんだけど、違うんだろう?」

「「「「……っ」」」」


 唐突に口をひらいたリエナが、ふー、と煙を吐いてからそう尋ねると、完全に白衣の少女に気を許している望子以外の四人がほぼ同時に息を呑む。


 そんな彼女の疑問を耳にしたクルトは、確かにといった様に頷いてから、

「そういえばそうだな、君は一体? 今回私が指名したのは彼女たち五人だったはずだが」

 さも当然の如く入室しソファーに座っていた為に、それまで気にかけていなかった彼女に問いかける。


「うむ、我輩はローア。 これでも研究者でな。 ここ数年、奇々洞穴ストレンジケイヴで起きている異変を探ろうとしていたところ、偶然彼女たちに出くわしたゆえ……同行する事と相成ったのであるよ」


 洞穴からの脱出の時点でそう名乗ろうと決めていたローアという名を使い、自己紹介した彼女に、

「……へぇ」

 紫煙をくゆらせ腕組みをしつつ、リエナは極めて懐疑的な視線と姿勢を見せた。


 そんな彼女の様子に、ウルたち四人は冷や汗をかきながらこそこそと呟き合っており、

(バレて……ねぇよな?)

(そう祈るばかりだね)

 特にウルとアドライトは視線を前に向け、表情を笑顔で固定したままそう口にしている。


「君の様な幼いが……と言いたいところだが、既に前例がある。 君にも報酬を……」


 対面のソファーに座る望子に視線を向けつつ、ローアにも報酬を出す事を約束しようとしたクルトだったが、

「構わんよ。 我輩、臨時で助力したに過ぎぬゆえ。まぁこれからは我輩も一党パーティに加入する事になるが」

 そういうのは正式に加入してからで良いのである、とローアはこれを拒否してみせた。


「ほぅ? もうメンバーを増やすのかのぅ? それも、ミコと同じくらいの少女を?」


 この言葉に真っ先に反応を示したのはバーナードであり、軽く身を乗り出してつつ白衣の幼女を見遣りながら望子たちにそう問うと、


「あー……まぁ、な。 こいつはこいつでそこそこ有能だし、戦闘はあたしら三人で頑張りゃいいからよ」

 ウルは露骨に目を逸らしてローアの頭をぽんぽんと叩きながら答え、そのローアはといえば有能という言葉に反応し、うむうむと嬉しそうに頷いていた。


「そうかそうか、その件も含めてギルドで申請出来る様取り計らうとしよう。では、儂は失礼しようかの。 年寄りにこれ以上の夜更かしは厳しいのでな」


 そう言うとバーナードはゆっくりと重い腰を上げ、女中メイドの案内で部屋を後にする。


「君たちはどうする? もし良ければ泊まっていってくれ。 シャルもジェニーも喜ぶ」


 その後、クルトは望子たちに向き直り、部屋も余っている事だしと彼女たちに宿泊を提案すると、

「……みんな、おとまりしてもいい?」

 望子は遠慮がちにウルたちへそう確認したが、ローアはともかく、彼女たちが望子の意見を断るはずも無く、皆一様に頷いた。


 その時、シャーロットとジェニファーが望子に向かって控えめに口をひらいて、

「ミコさん、今日も一緒に寝てくれませんか?」

「私もまだ、ちょっと怖くて……」

「うん! いいよ!」

 ウルたちもいる中で同衾のお誘いをと提案すると、望子はこくりと頷いて、二人に満面の笑みを向けた。


 ――が、それを亜人ぬいぐるみたちが聞き逃す筈も無く。


「……って何!? 聞いてないよ!?」


 フィンを筆頭にガヤガヤと騒ぎ立て、それを見ていたアドライトたちもその輪に加わり、楽しそうに会話を繰り広げていた中で――。


「……リエナ? どうかしたのか?」

「ん? ……あぁ、いや何でもないよ」


 クルトの心配げな声におざなりに応えたリエナだけは、煙管キセルを片手にある一点だけを見つめていた。


(……さて、どう判断すべきかねぇ)


 ――そう。


 ――他でも無い、魔族ローアを。

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