第71話 相克する魔族

 そんな魔族の言葉に真っ先に反応を示したのは、望子でもウルたちでも無く、

勇者招集部隊インヴァイター……? はて、我輩は聞いておらんが」

 初めて耳にする部隊の名に、カクッと首をかしげて疑問を露わにしてローガンだった。


「それはそうでしょうね、そもそも勇者招集部隊インヴァイターの発足は数週間前の事ですから。 貴方は十年程前にデクストラ様から奇々洞穴ここに研究施設を移す様にと厄介払い……おっと、配置換えされておられたはずですし」


 すると先頭に立つ女性魔族が嘲る様にくすっと微笑し、暗に貴方は左遷されたのだとローガンに告げる。


「……嫌味を言うならもっと上手くやるのである。 それに我輩、今はデクストラに感謝しているのであるよ。 彼奴きゃつのお陰で召喚勇者に出逢えたのだからな!」


 ローガンはその言葉に若干不機嫌そうな表情を見せたものの、言い終わる頃には彼女の嘲笑など何処吹く風といった様な晴れやかな笑顔となっていた。


 一方、そんなローガンの笑みを見た女性魔族は、極めて苦々しい表情で軽く舌打ちをしながら、

「……魔王様と幹部の方々以外でデクストラ様を呼び捨てにするなど、貴方くらいのものですよ。 その様な立ち居振る舞いをしているから、心優しいあの方にここまで袖にされるというのが分からないのですか?」

 自身が尊敬して止まない魔王の側近……デクストラの高貴な姿を振り返り、語気を強めてそう告げる。


「我輩、魔王様には忠誠を誓っているがその他の者たちに敬意など微塵もいだいておらんのである。 側近程度に袖にされようが知った事では無い。 寧ろ、我輩と同じ上級であるお主が使い走りとなっている事の方が余程滑稽……おっと。 驚きであるがなぁ、フライアよ」


 するとローガンは心外だとばかりに鼻を鳴らし、先程の意趣返しをするかの様にニヤリと笑って、苛立ちを全く隠せていない女性魔族の名を口にした。


 ――その瞬間。


「っ! 私は自ら志願して任に就いたのです! 敬愛するデクストラ様の為、そして魔王コアノル様の為に! この様な僻地に飛ばされる貴方とは違うのですよ!」


 フライアと呼ばれた魔族の頬がカッと赤らみ、沸騰したかの様にローガンを指差して怒り、叫び放つ。


 その一方で、完全に蚊帳の外となっていたウルたちはあくまでも魔族たちに目を向けたまま、

(仲間割れ……か?)

(にも見えるね。 でも構えを解いてはいけないよ。 いつでも戦える準備はしておこう)

(そうね、結局どっちも上級の様だし)

 こそこそとそんな風に呟き合いつつも、臨戦態勢を整える事を決して怠りはしない。


 その時、ぎゃあぎゃあと言い合っていた上級魔族の片割れ、フライアに対して、

「ふ、フライア様、その辺りで……」

 後ろで控えていた、おそらく中級以下なのだろう青年魔族がか細い声でおずおずと忠告する。


「っ、そうですね……こほん。 勇者ミコ様。 先程も申し上げましたが、我々と共に来ていただきたい。 魔王様が貴女の御来城を心待ちにしておられます」


 部下の一言でハッと我に返り、ローガンから望子へと視線を走らせたフライアは、咳払いをしてから再度自分たちの目的を口にし、望子に笑みを向ける。


「ぅ、いや、あの――」

「そういう訳にゃあいかねぇんだ……って言っても聞いちゃくれねぇよな?」


 話を振られた望子は昏い笑顔の彼女から目を離す事も出来ずに口籠っていたが、そこへ割って入る様にウルが立ちはだかり、彼女を睨みつけてそう言った。


「……報告は受けていますよ、勇者様のお力で亜人族デミへと変異した三体の人形パペット。 言葉を返すならば……その通りです、といったところでしょうか」

「……」


 するとフライアは息をつき、何を今更といった風に呆れた様子でそう言うと、ウルは露骨に舌を打つ。


「……人形パペット? お主たちは人形パペットなのであるか!? 無機物に完全な生物に変異させてしまうなど……っ! やはりミコ嬢は素晴らしい! まさしく勇者的であるな!」


 そんな中、息を切らしたローガンが完全に興奮状態でウルたちににじり寄ってから、最終的に望子を褒め称える態勢に移行していたのだが、

「口を挟まないでいただきたい! 今は貴方に構っている暇など無いのです! さぁミコ様! 心配なさらずとも、我々は貴女に危害など加えるつもりは毛頭ございません! どうか城まで御同行を!」

 気狂いの同胞をキッと睨みつけ、怒鳴りつけてから手を伸ばし、フライアは改めて望子の勧誘を始めた。


 その時、突然フライアの視線を遮る様に望子の前へふわふわと宙を泳いできたフィンが、

「……ねぇ、それってボクらも行っていいの? それなら考えなくもないんだけど」

「い、いるかさん……?」

 そんな事をフライアに尋ね、いったいどうして、と理解出来ない望子はフィンの服の端を控えめにつまむ。


「何を言っているのか分かりませんね。 我々が、延いては魔王様が求めているのはミコ様のみ。 貴女の様な亜人族デミに同行の許可など下りる筈も無いでしょう?」


 そんな彼女にフライアはハッと嘲笑し、こけ落とす様な侮蔑の視線をフィンに向けてそう言い放った。


 しかし、フィンがその言葉を聞いた瞬間、彼女の透き通る様な青い双眸からスッと光が消えて、

「……そ。 だったら……渡せないかな」

「……っ!?」

 先程までの愛らしさを感じさせられる高い声とは異なる、邪悪ささえ思わせる様な底冷えする声に、フライアは一瞬怖気付いてしまう。


(この人魚マーメイドの声と魔力……あの時聴こえた唄と同じ……!? まさか、あれは勇者様では無く……?)


 洞穴で部下の半数が眠らされたあの唄を、勇者である望子の所業だと考えていた彼女はフィンの声を聞いて驚きはしたものの、それどころではと首を振り、

「……我々に下されためいは、ミコ様を傷つける事無く魔王コアノル様の元へお連れする事。 他がどうなろうと……私の管轄外です。 総員、構え」

 バッと右腕を掲げるやいなや魔族たちが三叉の赤黒い槍を向け、彼女自身もその刀身に魔術の詠唱を書き記した長剣ロングソードを構え、ウルたちも応戦するべく触媒となる魔道具アーティファクトを装着し、迎撃の準備を整える。


「っ、みんな……!」


 今にも目の前で戦闘が始まらんとしているというのに、既に戦う手段を失っている望子が、

(このままじゃ、みんなが……あどさんも……っ!)

 目に涙を浮かべながらおろおろとしていると、ザッと足音を立ててローガンが望子の隣に近寄ってきた。


「……全く、誰もかれも人の研究施設で……無作法な事である。 時にミコ嬢。 先程我輩、お主に一つ提案しようとしていたのであるが……覚えているかな?」

「ぇ……あっ、うん。 おぼえて、る」


 はぁ、と溜息をついたローガンが望子に向けてそう尋ねると、望子は言葉に詰まりながらもフライアたちがやってくる前のやりとりを思い出してそう答える。


「そこで更なる提案なのである! もし最初にしようとした提案を受けてくれるのであれば、我輩がこの状況を何とかしてみせよう! 無論、ミコ嬢の仲間たちには一切傷をつけんのである! さぁ、如何いかがかな?」


 そんな望子の反応に彼は満足そうに頷き、その細長い腕で望子の小さな肩を掴んで提案し始めた。


「ぅ、えっと」


 ――望子は、困惑していた。


(ていあん、ってなんだろう……ちょっとこわい……でも、そうしないとみんなが……)


 少し前に王城で大怪我をしたばかりの彼女たちが、再び負傷してしまうかもしれない事にも、そんな状況にも関わらず何やら楽しげに……いや、満面の笑みで話しかけてくる目の前の魔族の事にも。


 そしてローガンは、更に追い討ちをかける様に望子へニヤニヤと笑いかけながら、

「……あれでもフライアは我輩と同じ上級であるからして、限界突破オーバードーズを済ませたあの亜人族デミたちでも苦戦必至であろうなぁ……くふふ」

「うぅ……」

 わざとわしく顎に手を当て、ジリジリと互いの制空圏を近づけていく亜人族デミたちと魔族の軍勢に目を向け口にした事で、望子はますますたじろいだ。


 ――そして、数秒の思案の後。


「……わ」

「わ?」

「わかったから……! なんとかして!」


 可能な限り精一杯の大声で叫び、望子は上級魔族への協力を求め……それを受けた彼は、

「うむうむ! 契約成立であるな! では早速……」

 これまでで一番の笑みを見せつつ、懐から薄紫色の液体が入った細い試験管を取り出し、きゅぽんっ、とコルクの蓋を外して……息を、吸った。


「王都の時とは違いますよ……結束した我らの力! 存分に味わっていただきます! 総員! かかれぇ!」

「しゃあねぇ! 行くぞ野郎共!」

「こっちに野郎はいないけどね……!」


 その一方で、フライアは十数人の部下たちに号令をかけ、ウルがそう発破をかけると同時にハピがそんなくだらない返しをし、戦いが始まろうとしていた。


 ――その時。


「『世界に溢るる魔の粒子、地に満ち揺蕩たゆたい浮遊する。その身を費やし糧となれ』」


 フライアは確かに、亜人族デミたちの向こうからそんな嗄れた詠唱を耳にした……耳に、してしまった。


「なっ、それは……!? まさか本気で……っ!?」


 彼女は一瞬、そんなはずはと迷ってしまい、部下たちへの指示が遅れてしまう。


 ――だから、間に合わなかった。


遅疑逡巡ちぎしゅんじゅんであるな――『闇素変換ダクブースト』」

「……!?」


 その瞬間、ローガンが試験管の中身……謎の液体を地面に垂らしつつ術名を口にすると、そこを中心として薄紫色の光が発生し、望子はひぅっと声を漏らしてしゃがみ込んでしまい、ウルたちもそれぞれ爪で風で水玉で……果ては結界まで張って防御する。


 だが闇の波導は彼女たちを通り越して、フライアを始めとする勇者招集部隊インヴァイターへと襲いかかり、

「「「――――!?」」」

 瞬く間に十数人の魔族たちを闇へと飲み込んだかと思えば、声を上げる事も出来ずに一人、また一人と薄紫色の光の粒子へと姿を変えていく。


 ……勇者招集部隊インヴァイターは不運にも、同胞である筈の魔族の手によって壊滅させられたのだった。


 ――ただ一人、上級魔族フライアだけを残して。

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