第70話 上級魔族の昔話

「なっ……何でお前がそれを」

「ウル!」

「っ、あっやべ」


 望子が異世界からやって来たのだと言い当てたローガンの言葉に、ウルが思わずそれを肯定するかの様な反応をしてしまい、アドライトが彼女の言葉を遮ろうと叫んだものの……もう、遅い。


「やはりそうなのであるな!? 今の今まで疑念でしか無かったが、お陰で確信へと変わったのである! 感謝するぞ、野蛮なる人狼ワーウルフに精悍なる森人エルフよ!」


 ローガンが薄紫の双眸を輝かせつつ二人の方を向き、心底嬉しそうに晴れやかな笑みを見せる一方で、

「……!」

「ぐっ、この……!」

 アドライトとウルは、やられたと悔しげな表情を浮かべてギリッと歯噛みしてしまう。


 そして、そんな二人に早々に興味を無くしたローガンは、バッと勢いよく望子に向き直り、

「さて、色々聞きたい事もあるが……まずは互いをよく知る必要があろうな! お主、名を何と申す?」

 長身かつ細身なその身体の上半分を折り曲げ、礼をする様な形で望子を覗き込み尋ねると、

「ぇ? あっ、み、みこです……」

 そのあまりの勢いに押された望子は一瞬固まってしまったが、何とか気を取直して自己紹介した。


「ミミコ?」

「……みこ! です!」


 だが望子の言葉が拙くかつ詰まってしまっていたが為にローガンは勘違いをしてしまい、異世界人だとしても変わった名であるなぁ、と顎に手を当て呟いていたが、当の望子は最愛の母から貰った自分の名前をとても気に入っており、間違われるのは心外だとばかりに頬を膨らませ、改めて自分の名を告げる。


 そんな風に軽い怒りを露わにする望子を見たローガンは、ペシッと自分の額を叩いた後、

「おっと、これは失敬! ではこちらも……先程も名乗ったが、我輩の名はローガン! 数少ない上級魔族の一人にして、研究開発及び、魔族全体の技術力の向上を図る……研究部隊リサーチャーの最高主任者である!」

 バッと両手を広げ、二度目の自己紹介に自身の役職とその役割を付け加えてそう言った。


「り、りさーちゃー? しゅにんしゃ……?」

「……幹部とは、違うのかしら?」


 望子はローガンの言葉の中にあった単語の殆どを理解しきれずそう口にして、何かあった時の為に望子の後ろに立っていたハピが、何気なく彼に問いかける。


 そんな彼女に、望子へ向ける物とは明らかに異なる興味の無さそうな視線を向けると、

「当然である。 幹部とは上級魔族の中でも特に優れ、魔王様から直々に力を賜った魔族の事を指すのである。 我輩の様な引き篭りとは比べるべくも無い。 そこまで警戒する事も無いのである。 細心なる鳥人ハーピィよ」

 ローガンは、まるで自分を弱者だと言わんばかりに卑下しつつ、ニヤリと笑って答えてみせた。


(どの口が……!)


 だがハピの眼にはハッキリと、彼の魔力も扱える魔術の数も、そして幹部の一人であったラスガルドよりも遥かに長い、彼が生きてきた年数も視えている為、その言葉は余裕からなのだろうと悔しげに呟く。


「……ねぇ、一個いい? ローガン、だっけ」


 その時、それまで沈黙を貫いていたフィンが唐突に口を挟み、何かを尋ねようとする。


「む? 何であるか、精強なる人魚マーメイドよ」


 一方ローガンは、何故か望子を見る時と同じ様な視線をフィンに向け、彼女の底知れぬ強さを見透かしているかの如くそう口にした。


「せいきょう? まぁいいや、何でみこが異世界から来たって分かったの? 確かにここで黒い目とか髪の人ってまだ見てないけど……それだけじゃ無いでしょ?」


 聞き慣れない単語に一瞬引っかかったフィンであったが、ここまでに出会った王都やドルーカの人たちの瞳や髪の色を振り返りながら問いかける。


 ローガンはそんな彼女の問いに、ガシガシと自身の癖っ毛な白髪を掻いた後で、

「まぁ当然の疑問であるな。 だが大した事では無い。 我輩、遠い昔に出逢っているのであるよ。 ミコ嬢と同じ、黒い髪と瞳の持ち主に。 その者が自分からこう言ったのである、『異世界から召喚された勇者だ』と」

「っ! 何だと……!?」

 昔を懐かしむ様にあっさりとそう答え、ウルはその衝撃に思わずチャックしていた口を開いてしまう。


 そこへ、ウルを諌めて以来、彼女やフィンと同じく口を開いていなかったアドライトが、

「……それは、いつの話なのかな。 少なくとも、私が生まれてから異世界から勇者が召喚されたなんて話は一度も聞いた事は無いんだけど」

 自分が生きてきた三百年余りの出来事を振り返り、上級魔族相手にも物怖じせずに尋ねる。


森人エルフよ、貴様は三百年程しか生きておらぬのであろう? 我輩が話しているのは、千年も前の事である」


 するとローガンは何が可笑しいのか、くははと笑って彼女の歩んできた年月を言い当てたばかりか、この世界に生きる彼女にとって衝撃の事実を突きつけた。


「……馬鹿な! 魔族が現れたのは丁度百年前の筈だ! 君たち魔族についても!召喚勇者についても! そんな事は人族ヒューマンの歴史書にさえ記述されていない!」


 ……彼女は仮にもドルーカで最も等級クラスの高い冒険者であり、力だけで無くその知力もギルドマスターであるバーナードに勝るとも劣らない。


 これまで目を通してきた様々な文献にそんな記述など無かった事は……彼女が一番、分かっていた。


 ――分かっていた、筈なのに。


 一方、そんなアドライトの必死の叫びを聞いたローガンは、む? と唸りつつ首をかしげて、

「それはまた、不可思議であるな。 かの者は人族ヒューマン亜人族デミ、我らの支配下に無い魔物や魔獣、天界の神々までも動かし、我らを地の底に封印した程の傑物。 それが歴史に残っておらぬというのは一体……?」

 かつて幾度と無く相対した仇敵……もとい、研究対象について昔を懐かしむ様にそう語った後、面妖な事もあるものである、と腕を組み思案する。


(……地の底に、封印……? ならば魔族は突如現れたのでは無く、その封印を解いて……?)


 自分が二百歳と少しの時、魔族がより現れた事実を思い出し、再び彼に尋ねようとしたのだが、

「……それはどうでもいいけどさ、みこもその召喚勇者だって言いたいの?」

「……っ」

 話を軌道修正しようとしたフィンの問いに遮られ、アドライトは仕方なく口を閉じた。


 深い深い思考の海に身を投じていたローガンは、フィンからの質問でハッと我に返り、

「……あぁ、そういう事である。 かの者は圧倒的な剣術と魔術を持って我らを追い詰めたが……その魔力量だけで言えばミコ嬢の方が遥かに上回っているのである! これを勇者と言わずして何とする!? 我輩は今! 再び絶好の機会に恵まれたのである!」

 再び両手を大きく広げて嗄れた声でそう語る……狂気じみた彼の一連の動作に怯えた望子は、ひぅっ、と小さく声を漏らしてしまっている。


 その一方で、ローガンの言葉の最後に聞き捨てならない単語があった事にウルが反応しつつ、

「機会……? 何のだ」

 彼に聞こえる声量でそう呟き、死角となる背中側で右手に赤い爪を展開した彼女に対して、

「くはは! 何、お主たちにも無関係な話では無い、ゆえにこの場で話そう! さてミコ嬢、我輩から一つ、提案したい事があるのだが……聞いてもらえるかな?」

 おそらくその事にも気づいていながら、あくまでも高らかに笑い飛ばしつつそう言って、ローガンは再び上体を折り曲げ望子に目線を合わせて問いかけた。


「えっ……は、はい?」


 突然話を振られて驚いた望子は、疑問形とはいえ彼の問いかけに応える様な形になってしまい、

「ちょ、望子……」

 思わず声を震わせながらも、ハピが二人の間に割って入って制止しようとする。


 だがその時既にローガンは、望子の言葉を肯定と取って心底満足そうに頷いており、

「うむうむ! では早速……」

 彼の言う提案とやらを、望子を始めとした彼女たち五人へ告げようとしたのだが――。


「――そこまでです、ローガン殿」


 その瞬間、望子たちが歩いてきた方向からハスキーな女声が、目の前の上級魔族の動きを止める。


 自分の話を遮られたローガンは、これでもかという程に不機嫌そうに顔を顰め、

「何奴か? 呼び鈴も鳴らさず、随分不躾であるな」

 その声の正体にもおそらく気づいているであろうに、少しの嫌悪感も隠さずにそう告げる。


「それは失礼を。 我々は勇者招集部隊インヴァイター。 デクストラ様より命じられ、そちらの召喚勇者様をお迎えに上がりました。 さぁ、共に魔王様の元へ参りましょう」


 十数人の魔族の先頭に立つ、見たところ唯一の女性魔族が金色の長髪を揺らしながらそう言って、望子へ向かって手を伸ばした。

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