第69話 深奥に潜む上級魔族
「行き止まり……ここにいるんだな」
「おっきい扉だねぇ」
魔素だけの身体となった領主の私兵たちを弔った望子たちは、
「普段通りなら、この向こうにその年で最も強大な魔物や魔獣が潜んでるんだ。
その扉に手を当てて、アドライトがかつてここを訪れた時の事を思い返して言うと、
「……が、今回潜んでやがんのは魔族。 それも上級だ。 油断は出来ねぇな」
ウルが確認する様に彼女へ顔を向け、右手に左手を打ち付け気合を入れ直す。
「……ふー」
その一方で、しばらく口を開いていなかったハピが深く息を吐き、つうっと冷や汗を流す。
(大丈夫……私たちはあの時より格段に強くなってる。 上級が相手でも、きっと……)
彼女は未だに、王城で相対した幹部、ラスガルドの脅威を払拭しきれておらず、明らかに武者震いとは違う要因で震えてしまっていた。
「とりさん? だいじょうぶ……?」
そんな彼女の様子に気がついた望子が、そっとハピの翼に触れて心配そうに尋ねると、
「っ、えぇ大丈夫よ。 心配してくれてありがとうね」
ハピは望子を気遣う様に力無く笑みを浮かべ、綺麗な黒髪を梳く様に撫でてみせた。
「で、早速入りてぇんだが……これ、どうする?」
二人のやりとりをチラッと見ていたウルが、切り替える様に鉄扉の横に取り付けられた何かを指差すと、
「呼び鈴、だね。 こんな物は前に私が来た時には無かった筈だから、魔族が取り付けたんだろうけど……」
その先にある、紐を引っ張って鐘を鳴らす類の呼び鈴をアドライトが興味深そうに観察する。
「……あぁそうだ。 ミコちゃん、今のうちにもう一度
その時、突然ふと思い出したかの様にアドライトが望子にそんな提案をすると、
「え、どうして……?」
それだけでは理解しきれなかった望子が、こてんと首をかしげて聞き返した。
「確か……
すると彼女は望子に目線を合わせる為にしゃがみ込み、望子の首から下げられた
「そ、そうだね……んっ」
望子がアドライトの助言を受けて、きゅっと目を瞑ると……その姿が一瞬にして煙の様にかき消えた。
「じゃあ改めて、わざわざこいつを――」
鳴らすかどうか、とウルが呼び鈴について仲間たちに意見を求めようとした時――。
――ガランガランッ!
「はっ!?」
「「!?」」
彼女だけで無く、全員の耳にそこそこ大きな鐘の音が届き、驚いたウルがそちらを向くと、
「おいフィン! お前なぁ……!」
フィンがいつの間にか呼び鈴に近づき、紐を引っ張り鐘を鳴らしているではないか。
「えぇ? だって……鳴らさずに入ったらさぁ、一体何の為の呼び鈴だってなっちゃうよ?」
彼女は何の悪びれも無くそう言うと、満足したのか紐から手を離していた。
ウルがそんな彼女に苦言を呈そうとした時、呼び鈴が設置された少し上の辺りの壁から、
「いやそりゃあ……ぅお!」
「うわぁ! 何!? がいこつ!?」
突然、
その髑髏が飛び出てきてからしばらく間があったものの、少しするとその髑髏は、かつて目玉があったのだろう眼窩を光らせてカタカタと歯を震わせながら、
『……
随分と
「……この髑髏がカメラになってるのかしら」
声の主の姿が見えないのにこちらが
「かめら? まぁいい……どうしようか?」
アドライトが初めて聞くその単語に反応を見せたものの、気を取直してウルたちの方へ向き直る。
「……入ってこいっつってんだから、そうすりゃいいだろ。 拒否されてる感じでもねぇしな」
「そうね……望子、ちゃんとついてきてね」
そんな彼女の言葉に、ウルはパキパキと指を鳴らしながら気合を入れて同意しつつ、当のハピは彼女の眼にもうっすらとしか映らない望子に声をかけていた。
そうして彼女たちは顔を見合わせ頷きあって、代表してウルがグッと扉を押すと、殆ど力を入れずとも迎え入れる様にその口を大きく
扉の奥はここまでの道中より少し手狭な研究施設の様になっており、均等に並べられた大きな標本瓶の中には大小様々な魔物や魔獣の死骸が漬けられていた。
「……あれ何? あのグロいの」
その内の一つを、心底嫌そうな表情を浮かべたままフィンが指差して尋ねると、
「あれは……『
そちらを見たアドライトが、かつて討伐した魔獣の体内から這い出てきたそれを思い出しながら答えた。
「これも研究材料ってやつ……? ボクちょっと仲良くなれそうにないなぁ」
「ならなくていいんだよ、討伐すんだから」
フィンがうへぇと顔を顰めながらそう言うと、何言ってんだお前は、とウルが呆れてそう告げる。
(
一方、何かを思案する様に顎に手を当てていたアドライトは、謎の液体に浮かんだ紐の様に細長い魔蟲の生態と、先程討伐した百足型の魔蟲の異常性を照らし合わせて、自分なりに結論づけていた。
しばらく標本瓶によって彩られたその道を歩いていると、彼女たちの視界に何某かが映り、
「……っ!」
こちらに背を向けて何かの死骸をいじくり回す白衣の男を視認した瞬間、先頭を歩いていたウルはとっさに片腕を横に伸ばし、後ろの四人を制止する。
――だが、時既に遅し。
男は近づいていたウルたちにあっさりと気づき、白衣をはためかせて振り返ったかと思うと、
「あぁ、ようこそ勇敢なる
ボサボサで癖っ毛な白髪を揺らして一礼し、薄紫色の双眸の下に濃い隈を作った壮年の魔族が、魔族特有の褐色の顔を彼女たちに向けて自己紹介してきた。
「あ、あぁ、ご丁寧に……じゃねぇ! おいこら魔族! てめぇがクルトんとこの兵隊をやったんだろ!? あたしらはそいつらの仇を取りに来たんだよ!」
懇切丁寧に挨拶するローガンに一瞬呆気に取られたウルはペコッと頭を下げかけたが、いやいやと頭を横に振って、ビシッと指差し叫び放つ。
「……クルト? 兵隊? あぁ、もしや先日の? 彼らは実に我輩の研究に役立ってくれたのである。 ここまで来られたという事はあの百足を斃したのであろう?」
「……だったら何?」
何の事やらと顎に手を当て首をかしげたローガンだったが、思い出したのかポンと手を叩き、自身が手を加えたのだろう
「何、
するとローガンが、特に笑顔を浮かべるでも無くあくまでも研究者然とした興味深そうな表情で、たまたま先頭にいたウルに詰め寄って問いかけたものの、
「……っ! てめぇっ!」
「おっと、野蛮であるな」
近寄るなと言わんばかりに展開した赤い爪で彼を薙ぎ払おうとしたが、ローガンは表情一つ変えずに半歩だけ後ろに下がってその一撃を躱してみせる。
躱された事に苛つき舌を打ったウルが彼を睨むと、ローガンは少しだけズレた丸眼鏡を指で戻しつつ、
「まぁそれは制圧後にでも聞くとして……おそらくあの時敢えて逃した二人から我輩を上級魔族と聞いていたのであろう? それでも尚我輩に挑みに来るとは中々の傑物であるな。 それも……たった
『……!?』
ハピとフィンの間に不自然に出来た空間に妖しく光る目を向けたローガンに、声も出さずに姿を隠していた望子が悲鳴を上げない様に口を塞いで驚く。
(くそっ、やっぱ誤魔化せねぇか……!)
決して望子がいるであろう方向に視線を移しはしないウルが、頭の中で苦々しくそう叫んでいると、
「どうやら魔術では無い様であるが……生憎と我輩の目は節穴では無いのである。 あぁ、そう警戒せずとも良い。 我輩こう見えて……気は長い方であるからな」
先程までとは全く違う、極めて邪悪な笑みを浮かべたローガンから、かつて戦ったラスガルドと同等かそれ以上の威圧感が発せられた。
ウルもフィンもそんな彼の気迫に対抗する様に、負けじと臨戦態勢をとっていたのだが、
(この、魔力量……それに、あの魔術の数……下手したらあの時の幹部よりも……!?)
ハピだけはその眼でローガンの
(
一方、アドライトが
「……みんなには、なにもしないで……!」
いつの間にかウルたちとローガンの間に立っていた望子が、少しずつ
「ほぅ……ほぼ完全な隠蔽であったから、一体どんな猛者かと思え、ば……?」
「え、な、なに……?」
ローガンは、うっすらと見えてきた幼い少女の姿に興味深そうに注目していたが、望子の全身がはっきりと見え始めた頃、徐々に彼の口と目が驚きの形に開かれ、覚悟を決めて彼の前に立った望子も困惑する。
「ま、まさか……まさか」
「おいてめぇ! ミコに近づくんじゃ――」
何かを確認するかの様に、フラフラと望子に近づこうとするローガンをウルが制そうとした時――。
「……やはりそうである! その黒い髪! そしてその黒い瞳! お主、異世界人であるな!?」
「ぇ」
「「「「!?」」」」
すっかり興奮した様子のローガンの口から飛び出したその言葉に望子は絶句し、望子たちの事情を把握しているアドライトも含めた四人は、表情に驚愕の色を浮かべたまま硬直してしまっていた。
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