第68話 兵どもが夢の跡

(これだけ大きいと端から端までの距離が凄いわね)


 一切の音を立てずにそこそこの距離を飛んでいたハピは、寝息を立てる百足を見ながら脳内で呟いて、

「さて……あっさり終わればいいのだけど」

 尾節まで辿り着くやいなや、ふわっと速度を落としてそう呟いたハピが、眼を光らせて診察を始めた。


 ウルたちがハピに追いついてから少し後、フィンも望子を抱えて合流し、

「あどさん、おおかみさーん」

「もう終わった? それならさっさと……」

 近づいて来ているかもしれない何某かとの遭遇を避ける為、そう言って彼女たちを急かそうとする。


「今ハピが心臓探してるとこだぜ……つーかよ、あの部分にあるって分かってんなら切り離しゃいいじゃねぇか。 何ならあたしがやってやろうか?」


 だがそんな彼女の思惑に反して、眠る百足の上を飛び、ここかしら、いやこっちの方が、などと言いながら診察をするハピを指差しながらウルがそう口走る。


「いや……単なる剛鎧百足ペンドラーマならそれでもいいんだろうけど……あの再生力を見る限り、切り離したが最後心臓を中心に再生して第二の八首剛鎧百足オクトペンドラーマが……」

「「ひえぇ……」」


 そんなウルの言葉を否定する様にアドライトが首を振って、憶測の域を出ないとはいえやたらと具体的に語った事もあり、望子とフィンは怯えてしまう。


 ――もしかすると、フィンは望子に合わせただけで大して怯えていなかったかもしれないが。


「もういい分かった、あたしが悪かった」


 はぁ、と溜息をつきながら額に手を当て、もう片方の手を伸ばし続けようとするアドライトを制すウル。


「そういう事だから、確実に探し当てて一撃の元にってね。 ハピは言わなくても分かっている様だけど」

「……よし、ここと……あとここね」


 アドライトが微笑みながらそう言い終わったタイミングで、ハピがふわっと降りてくる。


「……ん? 心臓二個あんのか?」


 そう口にしたウルの視界には、他の部位と大差無い平べったさの尾節に突き刺さった……二つの小さな十字状の氷柱が映っていた。


「いいえ、一つよ。 ただこの部位、核があるせいかやたら硬いのよ。 心臓を潰そうと思ったら、甲殻もそこそこの力で破壊しなきゃいけないじゃない? それだとせっかく眠らせたのに、起きてきちゃうと思うのよね。 もう一回眠らせられるならそれでもいいけど」


 一方、ハピは問いに答える様に眼を光らせつつ説明すると同時に、望子を抱えたままのフィンを見遣る。


「……えー? もっかいやんの? あれ、結構疲れるんだよ? ボクちょっと休みたいんだけどなぁ」


 視線を向けられたフィンが、心底面倒臭そうにふあぁと欠伸をしてからそう口にすると、

「……そう言うんじゃないかと思ってたから……面じゃ無く、線と点で確実にってね?」

 ハピはすっかり呆れ返って彼女から視線を外し、ウルとアドライトに代案を出した。


「あぁ、成る程。 それなら私も手伝おう。 フィンは充分活躍したし、ウルでは少し手こずりそうだ」


 ウルは全く理解出来ていなかったが、どうやらアドライトの方は得心がいっていた様で、先程は使う機会が無かった弩弓クロスボウをガシャッと展開する。


「……んん? どういうこった」

「わたしもわかんない……」

「ボクもさっぱりだけど……何とか出来るって言うならそれでいいんじゃない?」


 残りの三人は何のこっちゃと首をかしげるが、フィンは面倒になったのか早々に思考を放棄していた。


「要は心臓以外に出来るだけ傷をつけない様にする為に、彼女が指定したポイントから線の如く細く鋭利に魔術を放ち、ちょうど心臓の辺りで交差させるんだ。 そうすれば結果的に、核だけを破壊出来る……違うかな?」


 地球でいうところの、ガンマナイフの原理を理解した上でそう説明したアドライトに、

「まぁそういう事よ。 じゃあ貴女はここをお願いね」

「任されたよ」

 ハピは満足げに頷いて、自分の近くのポイントを彼女に託し、もう片方のポイントの方へと飛んでいく。


「へー、成る程ね。 確かにウルには無理そうだよねぇ、ガサツだし」

「てめぇも似た様なもんだろ!」


 ぷぷぷ、とウルを指差し笑うフィンに、ウルは対抗するかの様に指差して怒鳴りつけ、

「まぁまぁふたりとも……」

 望子はそんな二人の間を取り持つ様に、二人の間で抱えられながらそう宥めていた。


「準備はいい?」

「いつでもどうぞ」


 そんな三人のやりとりをよそに、文字通り必殺仕事人と化した二人はストンと百足の上に乗り、かたや爪の先をちょんとポイントに当て、かたや詠唱を終えバチバチと電光の火花が散る弩弓クロスボウポイントへ向ける。


 ――二人は目を合わせて頷き、息を吸って。


「『凍突いてつき』」

「『麻痺雷針ストライク』」


 ハピは、爪を身の丈以上の氷の槍に変異させつつ風で加速させて突き刺し、アドライトは弩弓クロスボウから耐性を貫通して麻痺させる雷撃の針を撃ち出して、剛鎧百足ペンドラーマの心臓を……ほぼ同時に貫いた。


『ギッ……!? ジ、ギァアアアア……ッ!』


 二人の攻撃が心臓に届いた瞬間、剛鎧百足ペンドラーマの身体が大きく震えて叫声を上げるも、すぐに力を失い洞穴ごと揺れるかの様な衝撃と共にたおれ伏した。


『ふぅ、大丈夫? みこ』

『あ、うん……ありがとう』

「げほっ、けほっ……何であたしだけ……ん?」


 ブワッと舞った土埃を防ぐ為に泡沫うたかたで自分と望子を覆うフィンの横で、あぶれてしまったウルが大袈裟に咳き込みつつも何かに気がついた。


『……お前たちが、解放してくれたのか』


 無理な改造が祟り、身体が崩れていく百足の死骸の上に浮かぶ人の形をした淡い光の粒子がそう呟き、その周囲には同じ様な姿の光がふよふよと浮いている。


「え、な、何? 浮いてるし透けてるし……」

「ゆ、幽霊的な? ボクそういうのはちょっと……」


 土埃を風で吹き飛ばしたハピと、それを確認してからシャボンを解除したフィンが、二人して目の前のあまりに奇妙な現象に動揺してしまう。


 そんな中、浮かぶ何かの正体に心当たりがあったらしいアドライトがハッとして、

「貴方たちは、まさか……領主様の私兵の……?」

 そう声をかけると同時に、辛うじて人だと分かるかどうかの粒子が段々と形を変え、いかにも高価そうな軍服と、刀身にいくつかの宝玉を埋め込んだつるぎを腰に差し、左頬に十字傷のある短髪の男の姿をとった。


『……私は、アンドリュー。 クルト様に仕える……いや、仕えていた、魔導白兵隊隊長の呪文戦士スペルウォリアーだ』


 アンドリューと名乗ったその男が、ゆっくりと口に当たる部分を動かしてそう言うと、

「もしかして、しゃるさんとじぇにーさんの……?」

 クルトが領主というのは覚えていた望子が、一週間前に話を聞いた生き残りたちの名前を挙げて尋ねる。


『シャル、ジェニー……そうか、あの二人は、無事町へ辿り着いたのだな……お前たちをここへ寄越してくれたのもきっと……私は、良い仲間を持った様だ』

「……あんたは、それでいいのか」


 望子の言葉によって、当時この場所で起きた事、そして二人の小さな部下たちを思い出して満足そうに頷く彼に、ウルが至って真剣な表情で問いかけた。


『良い訳が無い。 だが、上級魔族との接敵などという絶望的な状況から二人も部下を逃がす事が出来た。例え……魔族の気紛れだとしてもな。 そしてお前たちのお陰で皆も私も、あの魔族の呪縛から解放された。 この上更に頼み事をするのは心苦しいが……あの魔族を撃退し、町の平穏を、どうか、どうか……!』

『『『――――――!!!』』』


 本当は心底悔しいのだろう、ウルの問いに首を振って、手の形をした粒子を胸の前でグッと握り締め、彼は望子たち五人に向けて頼み込み、彼の周囲に浮かんでいるおそらく部下であろう者たちも頭を下げる。


 ――何故かハッキリ聞き取れたのは、隊長たるアンドリューの言葉だけだったのだが。


「……言われなくてもやってやるさ、元々あたしらはその為にここに来たんだからな」

「ふふ、そうね。 後は任せてくれていいわ」

「魔族でも何でもぶっとばしてあげるよ!」

「私も微力を尽くすよ。 二人にも頼まれてるからね」


 望子を除く四人が一瞬顔を見合わせた後、それぞれがそう口にして安心させる様に彼に笑顔を向けると、

『すまない、恩に着る……っ、どうやらそろそろ時間の様だ……神の御許にいけるかは分からないが、精々祈っているとしよう――』

 彼は彼女たちの言葉に満足したのか、他の兵士たちと共に……少しずつ身体が仄暗い洞穴に溶けていく。


「そうだな、あたしらも……ミコ?」


 ウルがそんな彼らに対し、拙くも祈りを捧げようとした時、いつの間にかフィンの腕から降りていた望子が、ゆっくりと彼らに歩み寄る。


 望子は彼らの目の前で立ち止まり、ぎゅっと首から下げた小さな立方体を握り締め、

「……たいちょーさんたちが、あんしんしてかみさまのところにいけますように……」

 そう呟いた瞬間、望子の身体が蒼炎と化し……その炎は、今にも消失しかけていた彼らに燃えうつった。


『!? いや、これは……青い、火化フレアナイズ……? こんな小さなが……とても、暖かい、な……』


 彼らは一瞬驚愕したものの、望子が行使した魔術の正体に得心がいったアンドリューがそう言うと、他の者たちも次第に安らかな表情へと変わっていく。


「……おししょーさまがいってたの。 あおいほのおは、なくなったひとのこころをいやすのにもつかえるって。 だから……あんしんして、ねむってね……」


 昨日、新戦力の確認をしていた三人とは別行動を取って、九重の御伽噺ナインテールで一日を過ごしていた望子はリエナから青い炎の使い方を教わっており、誰に言われるでもなく火化フレアナイズを行使し、目に涙を溜めながらも笑みを浮かべて彼らを見送ろうとしていたのだ。


 そんな慈愛に満ちた望子の表情を見たアンドリューは、最期に心からの感謝ゆえの笑みを浮かべ、

『……ありがとう、小さな勇者よ』

 静かに、されど確かな声音でそう口にして、多くの部下たちと共に、天へと昇っていった。


「……あいつ、知ってたのか?」


 彼らを見送った後、彼の最期の言葉が引っかかったのか、ウルは偶々隣にいたアドライトに尋ねると、

「分からないけど……ミコちゃんのちからに触れた影響で、勇者の片鱗を見たのかもしれないね」

「……そうか」

 本当はどうか知らないけどねと付け加えられたアドライトの言葉に、それでいいさと納得した様だった。


「……かたき、とらなきゃね」


 涙を拭いながらその目に強い覚悟を宿してそう呟いた望子の言葉に四人はほぼ同時に頷き、剛鎧百足ペンドラーマから魔石を取り出し望子の持つ無限収納エニグマに詰め、ウルが残った死骸を焼き払った後、更に奥へと進む。


 ――潜入した時よりも、強い意志を持って。

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