第67話 百足との激戦……?

『『ギュアアアアアアアアッ!!』』


 洞穴を揺らす程の轟音を放ちながらウネウネと動く八つの首の内、二つが彼女たちに襲いかかる。


「ハピ! 片方頼む!」

「えぇ任せて」


 挟み撃ちする様に左右から伸びてくる首に対し、ウルはハピに呼びかけながら右腕を振り上げ、ハピは反対側の首へ向けてふわっと飛んでいく。


「ちょっ……! 待ってくれ二人とも! 剛鎧百足ペンドラーマは物理にも魔術にも高い耐性があって……!」


 だがそんな彼女たちを引き止める様に、アドライトが剛鎧百足ペンドラーマの黒く重厚な甲殻を見つつ腕を伸ばすも、

「知るかそんなん! ぶち抜きゃいんだろ!」

「まぁやるだけやってみるから、見てて」

「そ、そんな無茶な……!」

 当の二人はその忠告を受けず、口々にそう言いつつ改めて百足の迎撃に移ろうとする。


 目の前まで迫り来る剛鎧百足ペンドラーマに見せつける様に、ウルは挑発的な笑みを浮かべて――。


「訓練の成果! 見せてやるぜぇ! 『勇爪いさづめ』!!」


 耳まで裂けているのではという程に口をひらいて叫ぶと同時に、右手の甲に刻まれた限界突破オーバードーズの印が赤く煌めき、次いで右腕全体が強く輝いたかと思うと、大きさはそのままに洗練された真紅の爪が展開される。


「うっ……りゃああああっ!!」

『ギュッ、ギュオェエエッ!?』


 ウルはその爪を百足の脳天目掛けて振り下ろし、地面に叩きつける間も無くその一撃で爆散させた。


 一方、ハピをグルッと囲む様に這いずってきた頭の一つが、彼女を食い千切らんとその大口をけた時、

「……ふふっ」

 何故か当のハピはくすっと微笑み、頭上まで迫る百足の巨大で凶悪な口に向かって手を伸ばす。


「『氷密ひみつ』」

『ギ!? ギ、ギギ……!』


 迫り来る百足の牙に彼女の右の爪がそっと触れた瞬間、彼女の首筋に刻まれた印が緑青色に輝き、推進力ごと凍らされたかの様に剛鎧百足ペンドラーマが急停止する。


 少し離れた場所にいた望子たちにまで冷気が届く頃には、外殻はおろかその中身に至るまで完全に凍りついており、ピシッと大きくひび割れたかと思えば、次の瞬間にはけたたましい音を響かせて砕け散った。


「ふ、ふたりともすごい……!」

「ずるいなぁ……ボクもみこに褒められたいのに」


 そんな二人の活躍をキラキラと目を輝かせながら称賛する望子の声に、溢れ出る羨ましさを微塵も隠そうとしないフィンが拗ねる様に呟く。


「残り六つ……私も一つくらい、は……っ!?」


 負けてられないとばかりにそう言って、銀等級シルバークラスとしての意地を見せようとアドライトが弩弓クロスボウを構えた瞬間、二人が破壊した筈の頭の断面から、グジュという音が聞こえてきたかと思うと――。


『ヂ、ギギ……!』

『……ギィアアアアアアアアッ!!』

「「!?」」


 ……金切り声にも似た耳障りな叫びを上げながら、その断面から砕く前より凶悪さの増した剛鎧百足ペンドラーマの頭がぬるりと生えてきたではないか。


「復活……いや再生? 面倒な事するわね……!」


 ハピは至って冷静にそう呟きつつ、ふわっと百足の傍から飛び退いて一旦離れた場所に着地し、

「弱点とか無いのかしら……私の眼なら見つけられるかも、あぁでも魔力の反応は身体中、からっ!」

 何とか突破する方法を、と思考を繰り広げていた彼女に再び食らいつかんとしてきた百足を風で逸らす。


「ぅおお!? 危ねぇなコイツ!」


 一方、再生を終えたその瞬間にこちらへ食らいつこうとしてきた頭を、碌に魔力も纏わせていない単なる蹴りで押し戻していたウルだったが、

「一瞬で治りやがる! キリがねぇぞ!」

 彼女の蹴りでひびの入った甲殻も言い終わる頃には元通りとなり、再び目の前の獲物ウルに襲いかかってくる。


(……八つの頭も再生能力も……そして何よりこの大きさも、通常の剛鎧百足ペンドラーマでは有り得ない。 魔改造マスタム、だったかな……きっと奇々洞穴ここの魔物や魔獣、クルトさんの私兵たちの魔素もこいつの中に……)


 そんな風に情報を整理しているアドライトの言葉通り、通常個体の剛鎧百足ペンドラーマは一般的な人族ヒューマンより一回り程大きく、物理及び魔術に高い耐性を持つ魔蟲というだけで、再生能力など有していない筈である。


 だが、生き残った二人から聞いた魔改造マスタムという魔族の技術が確かならば、この個体は魔族の手が加えられているだけで無く、魔素と化してしまった者たちの魂が力の一端となった事で本来備わっていない能力が……彼女は、そう結論づけていた。


 そんな中、一つ、また一つと痺れを切らしたらしい剛鎧百足ペンドラーマの頭が二人を食らわんと動き出し、

「フィン、私たちも援護を……」

 それを見た彼女はそう言って、遠距離からの援護をしようとフィンに提案せんとした。


 ――したの、だが。


「みこ、じっとしててね? えーっと……『泡沫うたかた』」


 いつの間にか自分の触媒、魔道具アーティファクトである音響部隊ユニットを装着し、隣に立つ望子に向けて、頑張って覚えた沢山の魔術の名の一つを何とか思い出して唱えていた。


「ぇっ? ――――!?』


 ……それは、以前リエナの放った極大の蒼炎の魔術を防ぐ為に行使した薄いシャボン玉であり、遮音性も高いのか驚く望子の声は彼女以外には届かない。


「フィン、一体何を……?」


 そんな彼女の突然の行動を不思議に思ったアドライトが、手を伸ばして尋ねようとしたその時――。


「……すーっ……」

「? ……! ウル! ハピ! 耳を!!」


 『あんたの真価は音の方だ』『触媒というより兵器だよ』……フィンが深く息を吸い始めたのを見た彼女は、真剣な表情でそう告げていたリエナの言葉を瞬時に思い出し、自身の長い耳を包む様に塞ぎつつも未だ前線で百足と戦う二人に同じ様にせよと叫ぶ。


 だが絶賛戦闘中の彼女たちは、アドライトの忠告、もとい警告など聞いている暇も無く、

「あ!? 何だようっせぇな……!」

「というか貴女たちも手伝っ、て……っ!?」

『ギ、ギギ……ッ!? ギュイイイイッ!!』

 二人揃って苦言を呈そうとアドライトたちがいるのだろう場所を振り返ったその時、何かを察知したのはウルたちだけで無く、最初にウルたちの相手をしていた二つを含め、八つの頭全てがそちらへ牙を剥いた。


「は!? 何で急に……そっちに行くんじゃねぇ!!」

「この……っ! 二人とも! 望子を……!」


 かたや百足の急変に驚いたウルは自分から視線を外した頭の一つを爪で叩き伏せ、かたやハピは急いで駆けつける為に頭の一つに巨大な氷柱を突き刺しつつ、望子を守って、とアドライトとフィンに叫び放つ。


 ――だが、もう遅い。


『『『ギュアアアアアアアアッ!!!』』』

『『『ギィイイイイイイイイッ!!!』』』


 二人が捌き切れなかった六つの頭は、向こうに見ゆる人魚マーメイドを『餌』から『敵』へと認識を改めたのか、その巨体をくねらせつつ上下左右前後の六方向から望子たち三人に這い寄り、その大口で飲み込まんとした。


 ――その時。


『――――♪、――――♫』


 フィンが臍下の刻印から淡い水色の光を放ち、形の良い唇を動かしながら、まさしく水の様に透き通る唄声を……シャボンの中にいる望子以外の耳に届ける。


『ギュア……ッ!? ギ、ギギィ……?』


 瞬間、今にも彼女たちに襲いかからんとしていた六つの頭がグネグネと身をよじらせたかと思うと、その動きが次第に鈍くなっていく。


「ん、あ……?」

「フィン、あな、た……」

『『ギ、アアァ……?』』


 そして、耳を塞ごうにもそれどころでは無く、モロに彼女の唄を聴いてしまったウルとハピ、二人に襲いかかっていた二つの頭にも影響を及ぼした。


「――ふぅ……ま、こんなもんかな」


「くかー……」

「すぅ……すぅ……」

『ズォオオオオ……シュウゥゥゥゥ……』


 そして、音響部隊ユニットへの魔力供給を止めて彼女が一息つく頃には、剛鎧百足ペンドラーマの八つの頭もウルもハピも、それぞれ寝息を立てながら眠りについていたのだった。


「ぅ、うぅ……フィン、君は何を……?」


 その一方で、耳を塞げてはいたが完全に音を遮断する事は出来てはいなかったのか、アドライトが随分と眠たげに目をこすりながら尋ねる。


「え? 何って……『音入ねいる』だよ。 要は子守唄だね。 ねむれよいこよー、って感じかな。 まぁ、ここに良い子なんてみこくらいしかいないんだけど。 ね、みこ」

『――? ……ぁ、きこえるようになった、けど……みんな、ねちゃってる……?」


 するとフィンは何の気無しに答えつつ、望子を包んでいたシャボンを指でパチンと割った途端、望子の声が外にも聞こえる様になり、透明なシャボンの中から一部始終見ていたにも関わらずいまいち理解出来ていない望子は、首をかしげて疑問符を浮かべていた。


「……それより、この剛鎧百足ペンドラーマをどうする? おそらくクルトさんの私兵たちの魔素が注がれているのだろうし、放っておくなんて選択肢が無いのは当たり前だけど……下手に刺激してまた起こすのもね……」


 二人の間に割って入る様に、アドライトが意見を求めるとフィンは、あぁと言って軽く息を吐いた。


「それもだけど、その前に……『おはよ』」


 そして、パチンとフィンが両手を合わせると、寝転がっていた二人がその音に……或いは言葉に反応し、

「……んぁ! 寝てたか!? 無事かミコ!」

「ぅ……はっ、望子! 望子は!?」

 ガバッと起き上がって臨戦態勢をとりつつも、二人揃って守るべき少女の心配をし始める。


「みこは無事だよ……それよりハピ、今ならこいつの弱点とか分からないの?」


 先程、剛鎧百足ペンドラーマと相対していたハピの小さな呟きを聞き逃していなかったフィンが、重々しい寝息を立てて眠る剛鎧百足ペンドラーマを指差してそう問いかけると、

「? ……っ!? あの時身体中に視えてたのは、この巨体を動かす為に必要な魔力だったの……? それじゃあ眠ってる今あんなに強く光って視えるのは……!」

 ハピは眼を妖しく輝かせ、起きていた時はその全身から反応していた魔力が鳴りを潜めつつ、されどそんな状態でさえ一際強く光って視える部位を指し示す。


「……心臓、だろうね。 光ってるのは尾節びせつかな? 通常の剛鎧百足ペンドラーマの核もそこにあるからね」

「成る程ね……任せて、私が潰してくるわ」


 そんな彼女に対してアドライトが解説する様にそう口にすると同時にハピが頷き、剛鎧百足ペンドラーマの八つの頭と反対側、尻尾に当たる部位に向けて飛んでいく。


「……いや、いやいやお前それ早く言えよ! その情報がありゃあ最初っからそこ狙ってたわ!!」

「い、いやぁ、魔族に改造されてるんだろうし、私だったら普通の場所には置かないなぁって……思い込みって怖いね……あぁ! ごめんごめん!」


 骨折り損だとばかりに詰め寄るウルに苦笑いで返したアドライトは、展開した爪をぶちかまそうとする彼女に慌てて頭を下げて謝意を示していた。


「……」

「……いるかさん? どうしたの?」


 そんな折、ウルたちの会話に加わる事無く自分たちが進んできた仄暗い洞穴の向こうを食い入る様に見つめるフィンに、望子が不思議そうに尋ねると、

「……さっき、ウルたちや百足以外にバタバタって倒れる音が……後ろの方から聴こえたんだよね」

「……ぇ、それって……」

 フィンは鰭をピクピクとさせながら、顔の向きはそのままに望子の問いに答えると、その言葉で察してしまった望子もそちらに顔を向ける。


「ボクたちの後に、誰かが入って来てるんだと思う」

「だれだろう……おししょーさまかなぁ」


 彼女が珍しく真剣な表情で頷いてからそう言うと、一方の望子はそんな希望的観測を口にして、この様な状況下にあっても望子は望子なのだと微笑ましくなったフィンは、そうだといいねと綺麗な黒髪を撫でた。


(絶対魔族あいつらだよね……めんどくさ)


 無論、実際に見た訳でも無く、声を聴いた訳でも無いが……彼女は半ば確信していた。


 ――彼女の奥底に残留する魔族の力が共鳴していたからだとは彼女自身、知る由も無いのだが。

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