第66話 探索する勇者一行

「……そろそろ大丈夫かな。 もういいよ」


 そんなアドライトの声を皮切りに、望子たちは一斉に魔素迷彩マナフラージュを解除する。


「……じょうずにできたかなぁ」


 魔素迷彩マナフラージュは何の問題も無く使えても、先も見えない洞穴に入る事自体に緊張していた望子は、取り敢えずの障害を乗り越えた事に安堵し、ふぅと息をついた。


「大丈夫みたいよ。 ふふ、よく頑張ったわね」


 望子と同じく魔素迷彩マナフラージュを物に出来ていたハピがそう言って彼女の綺麗な黒髪を梳く様に撫でると、

「ぇへへ、ありがとう……あっ、おおかみさん、いるかさん、だいじょうぶ……?」

 望子は嬉しそうに目を細めていたが、後ろでぜーはーと息を切らす二人を心配して声をかける。


「ぉ、おうよ……」

「へーきへーき、これくらい……」


 当の二人は、魔力の欠乏によりガクガクと震える身体を互いに肩を組む事で支え合っており、心配そうに眉を垂れ下げる望子に向けてサムズアップしていた。


 ……無論、既に指輪は外れている。


「……そうは、みえないけど……あ、ぬいぐるみにもどる? ちょっとだけでもやすめるかも」


 そんな顔面蒼白の二人を見た望子が、そっと彼女たちの手を握ってからそう提案すると、

「……そう、だな。 頼めるか?」

「何かあったらすぐ起こしていいからね」

 その提案を受けた二人は顔を見合わせた後、一抹の情けなさを感じながら望子に頼み込む。


「うん! それじゃあ……『もどって』」


 ぽぽんっ


 望子の一言により、一瞬で狼と海豚のぬいぐるみになった二人を望子は大事そうにぎゅっと抱きしめた。


「……前も見たけど、やっぱり凄いね。 さっきまで普通に亜人族デミだったのに……あれ?」


 勇者の御技みわざに感心していたアドライトだったが、何かが引っかかったのか首をかしげており、

「? 何か気になる事でも?」

 そんな彼女の様子を不思議に思ったハピがそう尋ねると、アドライトはおずおずと口をひらいて――。


「……人形パペットにするって事は、命を持たない存在にするって事だよね? なら最初からそうしておけば魔素迷彩マナフラージュは私とミコちゃんだけで良かったんじゃ、って……」

「「……!」」


 今明かされる衝撃の真実……もとい、アドライトの確信めいた憶測に、望子とハピは揃って雷にでも打たれたかの様に驚愕の表情で固まってしまっていた。


「……ふ、二人とも?」

「行きましょうか」

「ぇ? あ、あぁそうだね……」


 しばらく硬直したままだった二人にアドライトが声をかけようとしたその瞬間、正気に戻りつつもやや気落ちした様子のハピがそう言って先を急ごうとした為、呆気に取られながらも彼女の後をついていく。


「……ごめんねふたりとも、わたしがもっとはやくきづいてたら……」


 一方、望子は自分の数少ない取り柄であるぬいぐるみの切り替えオンオフを完全に忘れていた事を恥じ、若干涙目になりながらも抱きしめた二つのぬいぐるみに謝意を示しつつ、ハピたちの後を追いかけた。


 それからしばらく、先達の冒険者であるアドライトが二人に授業でも受けさせる様に、魔物や魔獣の痕跡の見つけ方などを教えながら探索していたのだが、

「それにしても……本当に何も出てこないけれど、異常、なのよね? これって」

 そんなハピの言葉、そして生き残った二人の情報通り、彼女たちの前に魔物や魔獣だのといった何かが立ちはだかる様な事は今のところ無い。


「何かしら出てこないとおかしいってのは確かだね。 まぁ、くだんの上級魔族が奇々洞穴ストレンジケイヴの生成する魔物や魔獣を全て魔素に変換してしまっているらしいから、今だけはおかしくないんじゃないかな」


 アドライトはかつて幾度と無く単独ソロで潜入してきた奇々洞穴ストレンジケイヴを振り返りながら、深奥に潜んでいるらしい魔族の所業を口にしてそう語るも、自分の言葉に納得がいっていないのか苦笑いで首をかしげていた。


(……魔素を集めてるなら尚の事、集めた魔素で手先を造ってると思ってたんだけど……安全に探索出来るに越した事は無いとはいえ、気は抜かない様に、っと)


 一方で彼女は脳内でそう呟きながらも、いつ何処から魔族によって造られた刺客が現れても対応出来る様に、決して油断する事無く、警戒も怠らない。


「……そう。 後、は本当に大丈夫なのかしら? いや、信じてない訳じゃ無いのよ? ただ『触れもせず魔素に変換する』なんて、万一の事があったら……」


 少し前に王都サニルニアにて出会った龍人ドラゴニュートから魔素についての説明を受けていたハピは、何かあってからじゃ遅いし、と付け加えつつ自分の着ているという表現の方が近そうな服をつまんで、その視線を服から望子にスライドさせながら不安を口にする。


「……私たちが着てる服にはリエナさんが魔術に対する抵抗レジストを付与してくれてるから、しっかり身を守ってくれるはずさ。 ある程度であれば、物理にもね」


 翻ってアドライトが、ハピが着ている物とは少し趣が違えど同じ耐性が付与されているのだと服の胸元をつまんで説明し、君も大概過保護だよねと笑うと、

「なら良いのだけど……きっと、強いんでしょうね。 やっぱりあの子は留守番させるべきだったかしら」

 ハピはほんの少しだけ気恥ずかしげに顔を赤らめさせた後、そっぽを向き溜息をついて静かに呟いた。


「魔族の強さも、ギルドの等級クラスと同じで玉石ぎょくせきの差が激しいから。 ぎょくが出てこない事を願うしかないかな」

「そう、なのね……あら? 望子、何してるの?」


 照れ隠しにも思えるハピのぼやきに答える様に、かつての中級魔族との戦いを振り返ってアドライトがそう告げると、そんな彼女に返事をしようとしたハピが後ろの方で何故か立ち止まっている望子に気づく。


「んー……んー……?」


 一方、望子はハピの声が聞こえていないのか、小さな頭を左右に傾けるだけで返事をしようとしない。


「……望子?」

「……なんか、ざざざって、ひきずるみたいな……それに……このにおい……どこかで……どこだっけ」


 改めてハピが声をかけると、望子本人は返事をしたつもりはないのだろうが、耳をピクッと動かし、すんすんと鼻を鳴らして何かを感じ取っており、二人にも届く声でそう呟いた。


「……ねぇ望子、本当にどうしたの? 急にフィンやウルみたいな事……っ!?」

「ぅ、わぁっ!?」

「っ、これは……!」


 ハピはそんな望子の姿に二人の仲間が被る事に強い違和感を覚え、近寄って確認しようとしたのだが、その瞬間、洞穴全体がゴゴゴッと大きく揺れだした。


 ――その時。


「何よ、あれ……っ!」


 何かが天井から地面まで円を描く様に、その巨体に似つかわしくない速度でこちらへ這いずってくるのをハピの眼が捉えた……いや、捉えてしまった。


「ふー……ミコちゃん、二人を!」

「う、うん! 『おきて、ふたりとも!』」


 一度だけ深く息を吐き、『探索』から『討伐』へと意識を切り替えたアドライトの指示を受けた望子は、焦りながらもぬいぐるみを地面に置いて叫ぶと、

「……んぁ、もう出番か?」

「ふあぁ……結構快適だねこれ……ん?」

 淡い赤と青の光の中から、完全に寝ぼけまなこで地面に胡座をかくウルと、尾鰭を折り畳んで地面に座り大きく欠伸をするフィンが現れ、示し合わせた訳でも無く同時にグーッと伸びをして――。



「「は?」」



 ――『それ』と、目が合った瞬間。



『――ギュアアアアアアアアアアアアッ!!』



「「「うわぁああああああああ!?」」」


 彼女たちのほぼ真上で、見るからに強固そうな黒い甲殻を纏い、牙の生え揃った大口をけたそれが放った洞穴内に響き渡る轟音に、負けないくらいの大声で驚く望子、ウル、フィンの三人。


「『剛鎧百足ペンドラーマ』……! 百足むかでよねどう見ても……!」


 暴食蚯蚓ファジアワームを更に凶悪にした様なその刺々しい巨体を妖しく光る眼で視ていたハピが、身体への負担を顧みて少しずつ冷気を纏いながらそう言うと、

「な、何だそりゃ……! 蜂だの蜘蛛だの蚯蚓みみずだの……最近そんなんばっかじゃねぇか!」

 ウルはこれまでの道中で、魔族や粘液生物ブロヴ、草原での双頭狂犬オルトロス以外に相手してきた存在を振り返って愚痴る様に叫び、舌を打つ。


(……剛鎧百足ペンドラーマは、普通の百足より大きく硬いだけの魔蟲……だった筈だけど)


 アドライトは洞穴の天井から自分たちを見下ろす百足を冷静に観察し、かつて仕留めた同種の魔蟲を思い返していたのだが、彼女の視線の先にいる百足は明らかに普通のそれとは異なっている。


 身体の真ん中辺りから枝分かれする様に生えた八つの頭、その根元には良く見なければ分からない程の繋ぎ目があって――。

 

 ――故に、彼女は思い当たってしまった。


「悪趣味だね。 『八首剛鎧百足オクトペンドラーマ』ってところかな」


 この百足こそが、魔物や魔獣どころか人族ヒューマンまでも研究材料などと宣う、くだんの魔族の手先なのだろうと。


「んな事言ってる場合か! 来るぞ!!」

『ギュアアアアアアアアッ!!!』


 それを聞いていたウルが全員に警告する様に叫んだ途端、剛鎧百足ペンドラーマが明らかに百本以上ある足をガサガサと動かし、望子たちに襲いかからんと咆哮する。


 ――望子たちにとっては、都合四度目となる異世界の虫との戦いが幕を開けた。

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