第65話 奇々洞穴の入口で

 リエナの課した過酷な訓練を乗り越え、二日もの間しっかり休養をとった三人の亜人ぬいぐるみは、六日目を丸々自分たちの新たな力の確認に費やし、その翌日にアドライトを引き連れ五人で目的の場所へ向かっていた。


 ドルーカの街から南に位置する山脈にぽっかりと穴の空いた……奇々洞穴ストレンジケイヴに。


「……なぁアド、ほんとに大丈夫なのか?」

「ひどい怪我だって聞いたわ……私たちのせいで」


 その道中、さも何でもないかの様に自分たちについてきているアドライトに対し、ウルとハピが心配そうに……そして申し訳なさそうに声をかける。


「問題無いよ。 ミコちゃんの回復薬ポーションとピアンの献身のお陰でね。 装備も……見ての通り新調したから、足手まといにはならない筈さ」


 するとアドライトは軽く微笑み、自分の胸の前に以前使用していた物と同じ型の弩弓クロスボウを見せつける様に掲げ、だから気にしないでと口にした。


「……別に足手まといたぁ思ってねぇよ」

「装備を新調したのは私たちも同じだしね」


 それを受けた二人はアドライトの言葉に安堵した様子を見せつつも、自分たちの今の服装を見遣る。


 彼女を迎えに行った時、いつもの服でもいいけどなと言ったウルに対して、リエナやピアン、そしてアドライトまでもが、それでも冒険者かと大反対した事によって、全員が衣装替えをしており――。


「ねぇいるかさん、にあってるかな?」


 そんな彼女たちの先頭を歩き、自分の服を改めて見てもらおうとクルッと一回転した望子に、

「うんうん! すっごく似合ってるよ! 凛々しいし可愛いし、一粒で二度美味しいねみこ!」

「ぇへへ、そうかなぁ」

 フィンが瞳孔をハートにしながら大袈裟に褒めちぎり、その言葉に望子は照れ臭そうにはにかんだ。


 今の彼女たちは、おそろいがいいなぁ、とそう呟いた望子の言葉に亜人ぬいぐるみたちが賛同した事によって、それぞれ頭に白、赤、緑、青の布をターバンの様に巻いた、冒険者というより冒険家の様な装いをしている。


 無論、同年代の女の子と比較しても小さめの望子の服は、三人のそれをそのまま一回りも二回りも縮小した様な……フィンの言葉通り凛々しくもあり、それでいてどこか可愛らしくもある仕上がりとなっていた。


 ――ちなみに、洋裁をピアン、魔術及び物理への耐性の付与をリエナが担当し、資金は依頼主である領主クルトが負担している。


「……楽しそうだなお前」


 望子のあまりの愛らしさに心底舞い上がっているフィンに向け、ウルが呆れてそう言うと、

「そりゃ楽しみだよ! ボクたちもすっかり元気になったし、昨日一日で出来る事は大体分かったからね!」

 あくまでもニコニコとした表情を崩す事無く、フィンはそう口にして右手でピースサインを作った。


「まぁ……そうだな。 力を試せるってのは悪くねぇ」


 そんな彼女の言葉に釈然としない気持ちはあれど、言ってる事は分からないでもない、とウルは頷き、

「……これで相手が上級魔族で無ければ、もう少しリラックスして臨めるのだけれど」

 二人の会話を聞いていたハピは、この奥に上級魔族が、という情報を思い返して憂鬱そうに溜息をつく。


「私も中級までしか相手取った事は無いから……討伐じゃなく撃退で終わってくれるなら、それに越した事は無いんだけどね」


 亜人ぬいぐるみたちとは違い、上級との戦闘経験は無いアドライトが同じく不安げな表情を浮かべてそう返すと、

「……そうもいかねぇよ、そいつは少なくとも二十人以上消しちまってるんだからな」

 ウルはらしくもない真剣な眼差しでアドライトを見つめて、唸る様な低い声で告げた。


「そうだね……っと、見えてきたよ。 あれが奇々洞穴ストレンジケイヴだ。 私もかれこれ五十年ぶりくらいかな」

「……ねぇ、アドいくつ?」


 ウルの言葉に苦笑しながら返事をした彼女の視界に小さく洞穴が映り、懐かしむ様に目を細めてそう口にしたアドライトに対し、フィンが何気なく尋ねる。


「……女性に年齢を聞くものではないよ」

「そうなの? ふーん、覚えとこ」


 アドライトはそんな彼女の頭に手を置いて、ウインクしつつ微笑んでそう言ったものの、かたやよく分かっていないフィンは首をかしげていた。


(三百と少し……大先輩もいいところね)


 その一方、ハピの眼には彼女の年齢もしっかり視えてしまっている為、頭の中でそう考えながらも、本人が言いたくないなら黙っておきましょうと首を振る。


 そんな折、遠近法により小さく見えていた洞穴は彼女たちの数倍はあろうかという高さを誇る大穴となって、飲み込まんとばかりにその口をけていた。


「おっきい……ここにはいるの?」


 うわぁ、と感嘆する様な声を漏らしていた望子が、洞穴を指差して隣に立つアドライトに尋ねる。


 それを受けた彼女は望子に優しい笑みを向けて、そうだよ、と答えつつ目線を合わせてから、

「入口はこの一つしかないからね……それじゃあ早速、魔素迷彩マナフラージュを。ミコちゃん、出来るかい?」

 おそらく全員が修得済みの筈の、リエナが最初に課した訓練の成果を見せてもらおうと声をかけた。


「うん、うさぎさんがおしえてくれたから」


 望子がそう言ってぎゅっと目を閉じると、ウルたちの目の前で煙の様に望子の姿がかき消えた。


「うお、すげぇなミコ……匂いも殆ど残ってねぇぞ、ほんとにそこにいるのか……?」

「いるよ?」

「ぅわっ!」


 すんすんと鼻を鳴らしてウルが望子の所在を確かめようとした時、突然目の前に現れた望子に驚いたウルは、思わず仰け反ってしまう。


「ご、ごめんねおどかして。 だいじょうぶ?」

「お、おう、気にすんなって……はぁ」


 望子は心底申し訳なさそうにぺこりと頭を下げていたが、ウルは守ると決めた目の前の少女が自分よりも遥かに優秀だという事を思い知らされ、その情けなさからか溜息をついていた。


「ミコちゃんは問題無さそうだね、ハピも出来るって聞いてるけど……?」

「えぇ、大丈夫よ」


 ハピは彼女の言葉にそう答えるやいなや、望子程とは言わずとも、向こう側が見えるくらいには透ける事が出来ていた為、アドライトも満足そうに頷いた。


「じゃあ後は君たち二人だけど……どうかな?」


 そして彼女が残る二人に話を振ると、ウルとフィンは一様に気まずげに目を逸らしてから、

「……」

「いやぁ、あはは……」

 ウルは沈黙、フィンは苦笑で答えてみせた事で、アドライトは全てを察してしまう。


「え、駄目だったのかい? クルトさんの私兵の……比較的幼いたちでも三日で修得出来たらしいけど」


 予想外といった表情を隠そうともせずに、話を聞いた二人の女魔術師ソーサレスを脳裏に浮かべながらそう言うと、

「いや、駄目って訳じゃねぇんだが……」

「やりたくないなぁって……」

「……?」

 ウルとフィンがそれぞれそんな半端な返しをする一方、要領を得ない彼女は首をかしげてしまっていた。


「貴女は知らないと思うのだけど、二日目の訓練……命名ネームド、だったかしら。 あれを始める前に、『最終段階と並行して教えられるから』ってリエナに言われてたのよ。 この子たちがあまりに不器用だから」

「な、成る程……?」


 するとそこへ割って入る様にハピが溜息をつきながら記憶をなぞる様にそう言うと、分かっているのかいないのか微妙な反応を返すアドライトの陰から、望子の前で言うなとばかりに二人がハピを睨むものの、彼女は何処吹く風という様にその視線を受け流す。


「ぁ、あうぅ……」


 その一方で望子は、二人を蔑むハピを叱るべきか、それとも先に二人を慰めるべきかで悩み……結局悩んだ末に答えは出ず、あたふたとしていた。


、持たされてるんでしょう? 普通に出来ないっていうなら、さっさと使いなさいな」

「ぐっ……」

「はぁ、やだなぁ……」


 その時、ハピが呆れた様にそう告げると、二人は顔を見合わせた後、渋々といった風に探索用なのか少し大きめの革袋の中から、見覚えのある鈍い銀色の……を取り出してみせた。


「え、それは……吸魔装具マシミレイト? でも前と同じ首輪型じゃないみたいだけど……どうしてそれを?」


 いまいち話の流れを掴みきれないアドライトが、二人が取り出した指輪の正体を見極めながら尋ねると、

「あの首輪を改良したやつがこれなんだと。 死ぬまで魔力を吸い取る事はねぇが、装備した奴の全魔力の半分近くを吸収したら自動で外れる……らしいぜ」

 知らねぇけど、と付け加えながらウルはとことん拗ねた様にそう吐き捨てていた。


「『要はこれで周囲の魔素と同じくらいまで魔力を消費すればいいんだよ』って言ってたけど……最終段階まりょくのこかつで教えられるってのは、こういう意味だったんだろうね……ほんといい性格してるよあの狐」


 一方のフィンは、その指輪を親の仇かと言わんばかりに見つめながら、最終訓練で死にかけた時の痛みや苦しみを思い返しつつ愚痴を漏らしてしまう。


「ふたりとも。 あんまりおししょーさまをわるくいっちゃだめだよ? ほら、わたしがつけてあげるから」

「「……!!」」


 そんな折、不満を口にする二人を諌めようとした望子の思わぬ言葉に、二人はバッと顔を上げる。


「ぇ、じゃ、じゃああたしは……!」


 こう見えて意外に初心うぶなウルは顔を赤らめ、右手で頬を掻きながら左手を差し出そうとしたが、

「薬指! 左手の薬指につけて!」

「!? おいフィン! 邪魔すんな!」

「こればっかりは譲れないよ……!」

「んだとこの……!」

 そんな彼女と望子の間に割り込んだフィンが同じ様に左手を差し出してきた為、二人は両手を合わせてジリジリと取っ組み合いを始めるばかりか、互いを睨むその目付きは完全に敵に向けるそれとなっていた。


「え、えぇ? どうしたのふたりとも……」


 そんな中で、望子は何故二人がそうなったのかを全く理解出来ず、ただただ困惑してしまっている。


「惜しい事した、って思ってる?」

「……別に」


 一方、ニヤニヤとした笑みを浮かべたアドライトから掛けられた言葉が完全に図星だったのか、そっぽを向いたハピが拗ねた様にそう呟いていた。


 ――そんな馬鹿騒ぎをしていたからだろう。


「――デクストラ様、標的はこれより奇々洞穴ストレンジケイヴへ潜入する模様です。 ご指示を」


 ――彼女たちは、誰一人気がつかなかった。


『では貴方がたもしばらくしたら洞穴へ潜入し、勇者様を確保して下さい。 他の者はどうなっても構いませんが、勇者様には傷一つ付けぬ様に。 いいですね?』

「「「はっ!!」」」


 ……彼女たちの遥か頭上高くに、デクストラが選抜した急造の部隊、勇者招集部隊インヴァイターに所属する魔族たちが、王命を遂行せんとしていた事に。

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