第64話 訓練修了後の献身的勇者
結論から言えば
「あ"ー……」
「んん……」
「う"〜……」
そんな彼女たちは今、領主クルトが手配していた宿のベッドで実に二日もの間、いかにも苦しそうな声を上げて泥の様に寝込んでしまっている。
「あたまのぬのをつめたいのにかえて……あせもふいて……あっ、きがえもよういしないと……」
そんな中、望子はパタパタとそれなりに広いその部屋の中を忙しなく駆け回り、二日に渡って寝込む彼女たちの世話をしていたのだった。
「ん、んん……? あぁ、ごめんな、ミコ……あたしらの世話なんて面倒だろ……」
望子がすっかり温くなったウルの額のタオルを交換しようとした時、ふと目を覚ましたウルがらしくもないしおらしさを見せてそう言うと、
「めんどうなんかじゃないよ。 おししょーさまがほめてたもん、すっごくがんばってたって。 だから、きょうもしっかりやすんでね」
そんなウルの言葉を否定する様に望子は首を横に振って、着物に焦げ目や砂埃をつけながらもどこか誇らしげに笑うリエナに告げられた事を思い返していた。
「……ありがとな」
「ぇへへ、どういたしまして」
一方、ウルが綺麗な黒髪に手を伸ばして優しく撫でると、望子は少し照れ臭そうにする。
「みこ〜……お腹空いたぁ〜……」
そんな良い雰囲気の二人の間に割って入る様に、顔だけこちらに向けてぐでっと寝込んでいたフィンが小さく鳴った腹の虫の音と共にそう呟くと、
「あっ、そうだよね。 どれにする?」
「みこの料理じゃないと元気出なーい……」
もうおひるだもんね、と宿で頼める小料理の一覧表を望子が見せつつ尋ねたものの、フィンはぽふぽふと手触りの良い枕を叩きながら拗ねる様にそう答えた。
「……おいフィン、あんま我儘言うんじゃ」
「そっか……わかった! ちょっとまっててね!」
随分と横柄な彼女の態度にウルは苦言を呈そうとしたのだが、望子は少し思案してから嬉しそうにはにかんで、手を振りながら小走りで出ていってしまう。
「フィン、貴女ねぇ……」
「だ、だってさぁ……普通のご飯じゃ味気ないっていうか……愛情が無いじゃんか」
三人の会話で目覚めていたハピが、ちょっとくらい自重しなさいな、とフィンを睨むと、彼女は拗ねる様に枕を抱きしめて言い訳を始めた。
「「愛情ねぇ……」」
その一方で、分からないでもないといった表情を浮かべながら二人がそう呟いた後、快活とは言えない声音で話をしていた三人の部屋の扉を誰かがノックし、
「あら、もう出来たのかしら」
「んーん、みこの足音じゃなかったよ」
「匂いも違ぇな……
その音に三者三様に反応してから、代表してウルがそう言うが早いか扉が大して音も立てずに
そこには、つい先日まで彼女たちを扱きに扱いた鬼教官……もとい狐教官のリエナが立っており、
「邪魔するよ……調子はどうだい?」
「「何だリエナか……」」
「は?」
望子では無いと分かっていながらも露骨にガッカリするウルとフィンに、何の事だと言わんばかりにリエナは小首をかしげてしまっていた。
「……調子は見ての通りだけれど。 何の用かしら?」
はぁ、と溜息をつく二人をよそに、ゆっくりと身体を起こしてベッドに腰掛けたハピがそう尋ねると、
「まぁ経過観察ってところ――」
二人からハピへと視線を移し、いつもの様に
「ここ禁煙よ」
「……」
そんなハピの忠告を受けた彼女は表情を崩さぬままに、スッと
「……で、あたしらは結局成功したんだよな? 確か、魔力限界の超越……だったか」
そんな折、うつ伏せで寝転がったウルが顔だけ向けて、足をパタパタさせながら尋ねると、
「……そりゃあねぇ。 成功してなきゃその刻印は……
何を今更、といった風にリエナが溜息をついて、備え付けの鏡台前の椅子に腰掛ける。
「
ウルがそう呟くと同時に、三人は一斉に自分の身体に刻まれた印を見遣っていた。
ウルは右の手の甲に、ハピは細い首筋に、そしてフィンは下腹部……臍の下辺りに、それぞれ赤、緑、青のシンプルな五芒星の印が刻まれている。
「それは仕方無いだろう。 何せ訓練修了から今の今まで全く魔術を使ってないんだ。実感なんて湧こう筈も無いさね。幸いもう一日猶予はあるし、取り敢えず今日はしっかり休んで明日試してみればいいよ」
癖になっているのか、リエナは再び
「そういえばアドは大丈夫なの? 昨日ここに来たピアンが、目を覚ましてくれなくて、って言ってたけど」
「……確か、私たちのせいで大怪我したのよね? 正直、あまり覚えてないのだけれど……」
フィンとハピの言葉通り、昨日彼女たちの元を見舞い目的で訪れたピアンが、訓練に助力したアドライトが大怪我をして未だ眠ったままだと報告しており、そんな二人の問いかけに、あぁ、とリエナが声を上げ、
「今朝目を覚ましたよ。 怪我の方も……ミコがくれた
「……? それなら、いいけど……」
そう言ってリエナが今朝のアドライトの様子を話すと、何故かフィンは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、気のせいかなという様に首をかしげてそう返した。
(……まぁ、大怪我どころじゃ無かったんだけどね)
……フィンが首をかしげたのにはちゃんと理由があり、先程のリエナの話に一つだけ虚偽の情報があるのでは、というのを看破していたからだった。
――それは、アドライトの怪我の程度について。
最終訓練の際、魔力の爆発による被害が他に及ばぬ様に
その瞬間、間髪入れずに三度目……よりにもよって青い
だがそこへアドライトが割って入り、『貴女は結界の再行使を!』と叫んで、詠唱を破棄して一瞬で
ものの数秒で
しかし、それでもリエナにとっては充分な時間稼ぎであった為、詠唱を終えた彼女が結界を張り直し、何とか押し留める事が出来ていたのだった。
(あれで死んでない
そんな中、見るも無残な姿になりながらも、流石だね、と力無く笑みを浮かべるアドライトを見たリエナは、悠久の時を生きる
「よいしょ……みんな、またせてごめんね……あれ、おししょーさま? どうしたの?」
その時、半開きの扉の間を縫う様に部屋へ入ってきた望子が料理の載ったお盆を両手で持ったまま、先程まではいなかったリエナを見て首をかしげる。
「ちょっと見舞いにね……ん? ミコ、それ……」
「え? あぁこれ? いるかさんがね、わたしがつくったりょうりがたべたいっていうから、ここのだいどころをかしてもらってつくったんだよ」
一方、リエナが答えると同時に望子の方を指差すと望子は、えへんと薄い胸を張ってそう言った。
――しかし、本題はそちらでは無く。
「いやそっちもだけど……その尻尾は?」
「「「尻尾?」」」
三人の位置からは見えていなかったが、リエナの言葉通り、望子の細い腰の辺りから三本の蒼炎の尻尾が生えており、その先には彼女が両手で持っているのと同じ量の料理が載ったお盆が乗せられていた。
「あ、こっち? りょうりをはこぶときに、てがたりないなぁっておもってたらできたの。 おししょーさまのいうとおり、べんりだね」
「!? あ、あぁ……そうだね」
望子が自分の腰辺りに生えた青い尻尾を見ながらそう言い終わった瞬間、彼女の黒髪の間からぴょこっと青い炎の狐の耳までもが生えてきた事にリエナは一瞬ビクッとしたが、何とか平然を装って返事する。
机の上に料理――鹿肉のハンバーグと乾燥豆のスープ――を置いた後、その狐っ娘姿を見た三人にやいのやいのと愛でられる望子を見ながらリエナは、
(……一部だけの
そう時間も経たないうちに、自分と同じ力量を持つのだろう望子の勇者性に舌を巻き、こっそりと微笑みながら四人の輪の中に入っていった。
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