第63話 最終段階:魔力の枯渇

 リエナの蒼炎の分身ドッペルに担がれ、同じ色の炎の縄で口を塞がれたまま運ばれるウルとフィン。


 住人たちから奇異の目で見られながらもリエナの案内の元、街の門をくぐって草原をしばらく歩くと、

「ぐえっ!」

「ゔぁっ!?」

 分身によってそこそこ乱暴に地面に降ろされた二人は、濁った声でそんな悲鳴を上げた。


「いっつつ……やっと解放されたか……」

「うー……あれ……? この辺だけ草が一本も生えてないんだけど……焼けてるし、ウルが何かしたの?」


 完全に頭から落とされて痛む頭をガシガシと掻いているウルに対し、フィンが打ち付けたお腹をさすりながらきょろきょろと周りを見渡して、すっかり焦土と化した草原を視界に映して彼女に尋ねる。


 当のウルは訓練前に少しでも調子を戻そうと、革袋の中からフィン特製の蜂蜜水玉ハニースフィアを取り出し、

「むぐ? ……ん、討伐だよ討伐。 犬のな」

 極めて簡潔にそう答えつつ淡く光る自分の口を指差して、お前も食っとけと回復を促す。


「……話には聞いてたけど……単純な威力だけならあたしとタメ張るかもしれないねぇ」


 一方、二体の分身ドッペルを行使しながら二人と共に草原を訪れていたリエナが、ウルに聞こえる様に呟くと、

「……威力以外は上だっつってる様に聞こえるが」

「そう言ったんだよ」

「あぁ!?」

 自身の疑問に対し、何でも無いかの様に告げられたその言葉に、ウルは思わず強めに反応してしまう。


「ま、あんたの頑張り次第でそれ以外も上回る可能性は充分過ぎる程にある。 あんたたちは紛れも無く……勇者ミコの所有物なんだからね」

「ぐ……まぁ、そうだな……」

勇者みこの所有物って何かいいね、みこに独占されてる感あって……ふふ、あはは」


 煙を吐きながらそう告げられたリエナの言葉に、満更でも無さそうな表情を浮かべるウルと、妄想が完全に口に出ているフィンが薄気味悪く笑っている。


(こいつやべぇな)

(あんたも大概だと思うけどね)


 そんな彼女を見ていたウルとリエナは、かたや普段の自分を棚に上げ、かたや同じ穴の貉だと呟いた。


「すまない、遅れてしまって」

「一緒に行かなくて良かったわ。 貴女たち街中の噂になってるわよ。 亜人族デミが炎に運搬されてる、って」


 その時、街の方角からやってきたアドライトとハピが合流し、銘々そんな風に声をかけると、

「げ、マジかよ……!」

「ほらー! リエナが余計な事するからー!」

 事実を突きつける様なハピからの情報に、やいのやいのと騒ぎ立ててリエナに苦言を呈する二人。


「あー……はいはい、あたしが悪かったから……そうだね、お詫びと言っちゃあなんだけど、あんたたちに良いものをあげようじゃないか。 勿論ハピにもね」


 一方、特に頭を下げたりする事も無くそう言ったリエナは、懐から何かを取り出そうと手を入れ、

「……良いもの? 何だ?」

「ボクのハードルは高いよ? 大丈夫?」

 そんな彼女の発言と挙動に、興味深々といった様子で身を乗り出しているウルとフィンに対し、

(どうせ訓練関係でしょうに……忘れてるのかしら)

 過酷な訓練に繋がる何かなのだろうと踏んだハピは、すっかり浮かれ気分の二人に呆れ返っていた。


「まぁ魔道具アーティファクトだけどね。 目、閉じてくれるかい?」


 リエナはそう言うと、懐からそこそこの大きさの巾着袋を取り出し三人に瞑目を促す。


「何で……まぁいいか」

「……痛いのはやめてくれると嬉しいわ」

「目を閉じて、かぁ。 みこに言われたいな」


 ウルたちはそんな彼女の要求を、素直にとは言えないまでも従い、口々にそう言いながら目を閉じた。


 ちゃんと目を閉じている事を確認したリエナは、すっかり蚊帳の外となっていたアドライトに、

「アド、これをハピに。 他二人はあたしがやるから」

「……成る程、過酷というのは間違っていないね。 彼女たちも……そして、私たちも」

 袋から取り出した三つの魔道具アーティファクトの内一つを手渡して、それを受け取り観察した彼女はすぐに最後の訓練内容を理解し、軽く同情する様な視線を瞑目する三人に向けつつゆっくりと背後に回る。


(……金物かなもの臭ぇな、何だこれ?)

(目を閉じる必要あるのかしら……不安だわ)

(やっぱり過酷なんだ……やだなぁ、何かカチャカチャ音するし……)


 一方三人は、言われた通りにしっかりと目を閉じたままそんな事を考えていたのだが――。



 ――ガチャッ。



 そんな重々しい金属音が耳に入った瞬間、驚き目を開いた彼女たちの首元には、

「「「……!?」」」

 おそらく銀製であろう、随分と物々しい造りの首輪が取り付けられてしまっていた。


「は!? おい何だこりゃ……ぅぐ!?」

「首、輪……っ、ぁ……!」

「ぅ、い、息、出来な……」


 それを彼女たちが視認した時、首輪に取り付けられた小さな宝玉が一瞬それぞれが扱う属性――炎の赤、風の緑、水の青――に対応する光を放ったかと思うと、ほぼ同時に三人が崩れ落ちる。


「……そのまま聞きな。 あんたたちに課す最後の訓練は……『魔力の枯渇』だよ」


 ひるがえってリエナは、そんな彼女たちの様子に一切動じる事無く、極めて冷静に最終訓練の題目を告げた。


「魔力、の……」

「枯渇……?」


 息を切らし、膝や手地面につきながらもウルとハピが聞き返すと、リエナは神妙な表情で頷き――。


「……フィンはどうだか知らないけど、あんたたち二人は力を使い切って意識を手放す、ってのを経験してるんだろう? 体内の魔力が尽きかけた結果、それ以上魔力を消費してしまわない様に強制的に意識が暗転ブラックアウトしたんだよ。 『魔力限界』って言うんだけどね」


 まさにこの場所でウルが眠りに落ちた事をアドライトから、そしてサーカ大森林での粘液生物ブロヴ討伐の際、ハピが意識を失った事を魔道具アーティファクト作製の為に注文を受けた時に本人から聞いていたリエナは、それらを思い返しながら彼女たちを見下ろしたままそう解説する。


 ……実を言えば、フィンも一度だけ王城にてそれを体験しているのだが……本人が覚えておらず話してもいない為、リエナはそれを知らない。


「限界……確かに、な……!」

「それ、で……これに、何の意味が……? この子なんか、それこそもう限界なんじゃ……」


 かたやウルは何とか意識を失わない様に、引き締まった二の腕に爪を立て、かたや既に顔面蒼白となっているハピが息も絶え絶えといった様子でそう尋ねながら、隣でうつ伏せに倒れるフィンに目を向ける。


 首輪を装着された時点から殆ど発言していないフィンは、辛うじて意識は保っているものの、ひゅー、かひゅー、という掠れた息を漏らすだけ。


「私の見立てが正しければ、それは『吸魔装具マシミレイト』。 一度装着されたが最後、対象の魔力を吸い尽くすまで外れない。 その魔力の質が高ければ高い程より貪欲に……魔道具アーティファクトというより魔呪具ギアスツールだね。 とても昵懇じっこんの仲に使う様な代物では無いよ」


 そんなハピの疑問に答える様に、リエナ程では無いにしろ修羅場を潜ってきたアドライトは、すっかり満身創痍の彼女たちを気遣いながら解説する。


 魔呪具ギアスツールとは魔道具アーティファクトとは似て非なるものであり、有り体に言えば装備した者……或いはその周囲に害をもたらす事こそが最大の特徴という文字通り呪われた道具。


 ……リエナは魔術師としてだけで無く魔具士としても超一流である為、ウルたちが満身創痍となってしまう程に強力なこの吸魔装具マシミレイトも、一日二日あれば完成させてしまうくらいの腕を持っていたのだった。


(魔力の、質……? あぁ、そう、なのね。 だから、この子だけがこんなにも……)


 その時ハピは、リエナが言っていた『フィンが一番強い』という言葉を思い返して頭の中でそう呟き、

「それは、いいけどよ……! 何でこんな事しなきゃいけねぇんだって質問に、答えてねぇぞ……!」

 ぜーはー、と息を切らしながら、ウルはリエナをキッと睨みつけつつ改めて問いただそうとした。


「……あんたたちが意識を失い倒れたのは魔力がからであって、……つまり、魔力の枯渇には至っていないんだよ。 本当に体内の魔力が零になったら、どうなると思う?」

「……まさか、とは思うけれど」


 リエナが先程の自分の言葉を引用してそう告げると、ハピが瞬時にそれを理解し、先を促す。


「そう、死ぬんだよ。 普通ならね……が、幸いあんたたちは揃いも揃って普通じゃない。 何せ勇者の所有物だ。 見えている死を乗り越えて、更なる境地に至る可能性もある……かつての、あたしの様にね」

「「……!」」


 そう言うとリエナは紺色の着物をはだけさせ、自身の豊かな左胸に刻まれた紺碧の印を見せつけた事で、それを見た二人は目を見開いて驚愕する。


 ……他に人気ひとけも無く上半分だけとはいえ、いきなり屋外で服を脱いだ事にも驚愕していたのだが。


「何だ、そりゃ……」

「……これは、『限界突破オーバードーズ』と呼ばれる刻印でね。 魔力限界を超越した者の身体に刻まれる印だよ……かつて、魔族と張り合えるだけの力を持っていた存在の殆どにこの印が刻まれていたんだ」


 ウルの小さな呟きに答える様に刻まれた印を細い指でなぞりながら、昔を懐かしんでいるのか遠い目をしてリエナが静かな声音で解説する。


「じゃあ、私たちもそれを……?」


 彼女たちから与えられた情報を繋ぎ合わせ、概ね最終訓練の本質を理解出来たハピがそう尋ねると、一方のリエナは我が意を得たりという様に頷き、

「そういう事だよ。 まぁ……その子だけはこんな事しなくても、ほぼほぼあたしと同格くらいにはなってるみたいだけどね……あんたら二人と違って」

 はだけた着物を慣れた手つきで直しながら、倒れたまま微動だにしないフィンを見つつ、ウルたちを挑発するかの様な物言いをしてのけた。


「……はっ、言ってくれんじゃねぇか。 いいぜ、限界でも何でも越えてやらぁ……!」

「ふふ……そうね、それくらいでもなきゃ、魔王討伐なんて夢のまた夢だものね……」

「ぅ、ぐぅ……ボク、も、頑張るよ……!」


 そんなリエナの言葉にあっさり焚きつけられた二人はググッと身体を起こし、グッタリとしていたフィンも彼女たちの会話自体は聞こえていたのか、うつ伏せのまま顔だけを上げてやる気を示す。


「その意気さね。 アド、あんたはあの子たちに……」


 彼女たちの決意を聞き、微笑んだリエナがアドライトに向き直って何かを頼もうとすると、

「『維持結界メンテラ』、だろう? 魔力限界の超越に成功した時、消費した魔力を取り戻そうと大きな魔力の爆発が起きる、だったかな。 流石にこれ以上草原を荒らす訳にも、街の住民たちを驚かす訳にもいかないものね」

 彼女は吸魔装具マシミレイトを見た瞬間に訓練内容と自分の役割ロールを理解しており、リエナの言葉を遮ってそう告げた。


「……話が早くて助かるよ、準備はいいかい?」

「勿論。 いつでもどうぞ」


 顔を見合わせ頷き合った二人は等間隔に並び、満身創痍の三人に両手をかざして――。


「「『形を保て、ただ只管ひたすらに。 聖なる光の御前おんまえに、あらゆる災禍はあだと成る』」」


 そう詠唱するやいなや、彼女たちごと三人を覆う様に、巨大で半透明な半球状の結界が出現する。


「ふぅ……流石のあたしでも、一人だと破られるだろうからね……アドがいて良かったよ」

「光栄だけど、油断は出来ないよリエナさん。 爆発は間違いなく……三回起こるからね」

「随分買ってる様だねぇ……ま、そりゃあたしもか」


 二人はそんな会話をしながらも、一切気を抜く事無く結界に魔力を注ぎ込んでいた。


 ――結局のところ、亜人ぬいぐるみたちの最終訓練は……翌日の朝にまで及んでしまっていたのだった。

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